Lv.101

別れの後に、再会は訪れず








 ルナたちが戻ってきて、改めて別れのあいさつをすると、ルナたちは一路ダーマへ飛んだ。
 ヴァイスとディアナとの間にどのような話があったのかはルナは聞かなかった。二人とも普通にしているようではあったが、どこか通じているようなところがあった。それが確認できただけで充分だった。
 そしてダーマに戻ってきて、ラーガの部屋へ向かう。既に日は没していて、行動するには難しい時間帯だった。
「戻ったか」
 ラーガとナディアが四人を出迎えた。アレスたちも頭を下げて謝意を見せる。
「幽霊船にはオーブがありませんでした。後はもう、行くところもほとんどないのですが、サマンオサにはオーブの伝承があったということで、行って調べてみようかと思います。もしシルバーオーブに関するものでしたら、そこから追いかけることもできるでしょうし」
「そうか。いつ発つつもりかね」
「今すぐ発てば、サマンオサはちょうど朝なので、それもいいかと思ったのですが」
 後ろを振り返ると、既にフレイが睡眠モードに入っていた。
「一泊して体調を整え、明日の夕方から活動を開始して、時差を調整しようかと思います」
「うむ。サマンオサだと完全に昼夜が逆転する。こちらの日の入りは向こうの日の出じゃからな。時差をうまく調整した方がよかろう。それに」
 ラーガが渋い顔で言う。
「まだ、サマンオサに派遣した魔法使いたちだけが帰ってこんのだ」
「まだ? もう派遣してから三日は経つのでは」
「うむ。何がしかの事情で遅れているのかもしれんしな。そういえば、ジュナとは知り合いじゃったか」
「はい」
「今回サマンオサに派遣したメンバーにジュナを入れておいた。サマンオサの様子を実際に見てみたいと本人の希望でな」
「では、向こうでお会いできますね」
「うむ。ジュナの家は知っておるかの」
「首都マナウスで一番大きな武器屋の息子だとおっしゃってましたね。たしか、白虎大路と西通りの交差点だったと思います」
「うむ。先に入ったジュナから話を聞けるかもしれんしな。それに遅れている理由も。まあ、一日以内に魔法使いが戻ってくれば問題ないのじゃが」
「サマンオサの治安が悪くなっていると、ジュナさんもおっしゃってましたが」
「悪いというのはやさしめの言い方じゃな」
 ラーガの顔はますます険しくなる。
「それほどに?」
「覚悟していくがよい。今のサマンオサはもしかすると既に、国としての機能が損なわれておるかもしれぬ。目立たぬように行動せよ。危険を感じたらすぐに逃げよ。よいな」
「分かりました」
 ラーガがこれほどまでに念を押すのはそうそうあることではない。
「でも、ルナはこの間サマンオサまでいってきたんだろ?」
「あのときは、町の外側から笛を吹きましたから、町の中にまでは入っていませんでした」
「じゃあ、どういう様子なのかっていうのは知らないのか」
「はい。こういうことになるなら、しっかりと町の様子を見ておくべきでした」
 もっとも、そのときは全世界を回るために急いでいたという理由もある。それを責めることはできない。
「何かの手違いでサマンオサにオーブがあれば楽なのにな」
「さすがにそんな簡単にはいきませんよ」
 ルナは苦笑する。
「でも、シルバーオーブの手掛かりがあるといいですね」
「ああ。最後の一個が見つかれば、レイアムランドへ行ってラーミアを復活させるだけだしな」
 それでバラモスを本当に倒しに行くことができる。これまでだいたい十日で一つのオーブを見つけることができていた。このペースでいけば、バラモスと戦うのもそれほど遠い未来のことではないのだ。
「ナディア。サマンオサで動きやすいように時間管理をしてやれ」
「了解しました。フレイさんには申し訳ありませんが、もう少しだけおきていてくださってもよろしいでしょうか。その分、睡眠時間は長くとってかまいませんので」
「……がんばる」
「完全に昼夜反対になりますから、体を慣らさないといけないんです」
 ルナも続けて説明する。
「サマンオサですぐに手掛かりが見つかればいいんですけど、簡単にはいかないでしょうから」
 ダーマから協力を呼びかけたときも、一番反応が悪かったのはサマンオサだ。かの聖戦士サイモンがいた国だという割に、協力する意識がほとんどない。その差はどこにあるのだろう。






 そして翌日。昼過ぎに目覚めた四人は出立の準備をしてからサマンオサに飛ぶ。
 久しぶりの長い睡眠にフレイはすっかり元気だ。とはいえ、サマンオサはまだ日が昇ったばかり。街に入るにはまだ少し時間が必要だった。
「サマンオサか。聖戦士サイモン様の生まれ故郷なんだよな」
 城壁を見上げてアレスが呟く。
「はい。ここがサマンオサの首都マナウス。サイモン様が生まれ育った地です」
 アリアハンのオルテガ、サマンオサのサイモン、ダーマのリュカ。この三人の伝説はもういたるところに残っている。ルナの故郷ムオルにすらそれがあるくらいなのだから、大きな国は必ず訪れているといってもいい。
「それにしても大きい城壁だな」
「ここは南東の巽門です。マナウスという都市は他の各国とは少し変わった街づくりをしていますから」
「変わった?」
「はい。普通なら城を中心に東西南北の四方向に街が広がり、その先に門を置くのが普通です。エディンバラではその道をカーブさせたり、ジパングの京では南にばかり発展したりとありますが、東西南北に門があるのは同じでした。でも、マナウスは東西南北にあるのは角地なんです」
「角地?」
「正方形を四十五度傾けたように、東西南北が正方形の頂点に来るようにしているんです。そして北には玄武塔、東に青竜塔、南に朱雀塔、西に白虎塔があり、その塔を結ぶようにして城壁を張り巡らせています。その城壁の中点にあたる位置、つまり北東、南東、南西、北西の四箇所に市街地の門があるんです。北東が艮門(うしとらもん)、南東が巽門(たつみもん)、南西が坤門(ひつじさるもん)、北西が乾門(いぬいもん)ですね」
「他の国の首都と違って傾いてるってわけか」
「はい。そして、門から中心の城までは直接道を通していないんです。大路は城から東西南北の塔に向かって伸びます。城から北に玄武大路、南に朱雀大路、というような感じですね。そして門同士を結ぶのが大通りです。たとえば艮門と乾門の北の二つの門を結ぶのが北通り、艮門と巽門の東の二つの門を結ぶのが東通りという感じです」
「随分機械的なんだな」
「はい。塔にはそれぞれ騎士団が詰めていますし、城を守るのに適したつくりをしています。平城でここまでしっかりとしたつくりは他の国にはないものですね。内陸の都市ですが、国の中心に位置しますので非常に良い場所です」
「で、ここがその巽門か。だいたい位置がつかめてきたぜ」
「ダーマが派遣したジュナさんの家が西側、ちょうど西通りと白虎大路が重なるところなんです。まずはそちらを目指そうかと思います。南通りをまっすぐ西へ抜けて坤門までいき、そこから北へ向かえば交差点です」
「了解」
 そして朝八時。ようやく門が開く。他に門の外で待っていた商人たちなどがようやくという感じで中へ入っていく。
「む、お前たち見慣れぬ者だな」
 門番がアレスたちの様子を見て尋ねた。
「はい。旅人です。アリアハンから来ました」
「アリアハンから。随分遠いところから来たな。何の用だ」
「探し物です。手掛かりがマナウスにあると聞きましたので」
「そうか」
 門番はちらりと周りを見た。そして声を低める。
「悪いことは言わない。その探し物が見つかったらすぐに街を出ろ」
 ささやくような言葉に、ただならぬ空気を感じる。
 おそらくそれは、周りに聞かれたらそれだけで懲罰の対象となるようなことなのだろう。
「ご忠告ありがとうございます」
 ルナが一礼して通りすぎる。ここであれこれと尋ねて相手を困らせるわけにもいかない。彼も生活のために働いているのだ。忠告してもらえただけで感謝するべきだろう。
 詳しいことは、ジュナに直接聞けばいいのだから。
「なんだか嫌な空気だな」
「……活気がない」
「これが、マナウスか」
 三人がそれぞれ、町の中の様子を見て顔をしかめる。
 北に伸びる東通り、西に伸びる南通りは今入ってきた商人以外、ほとんど人通りを見ない。活気がないと言われても仕方がないだろう。
「五年前に来たときよりも悪い感じですね」
 その代わり、北の方角には青い鎧を来た兵士たち、西の方角には赤い鎧を来た兵士たちがちらほらと見受けられる。
「移動しましょう。あまり目をつけられない方が良さそうです」
 四人は南通りを西へ向けて歩きだした。
 街はひっそりとしている。朝が来て、これから一日が始まるというのに、いったいどこに人がいるのかというくらい、静まり返っている。四十万人都市と言われるマナウスで、外を歩く人間をほとんど見かけないというのが信じられない。十五万人都市の京ですらもっと人の姿があった。
「なんだか、寂しいな」
「あまり外で話さない方がいいです、ヴァイスさん。兵士たちから見られます」
 ただでさえ自分たち、旅人の格好は目立ちすぎる。ただでさえ全く人がいないのだから、兵士たちが自分たちを見てくるのは当然といえた。
 南通りをひたすら歩き、ちょうど朱雀大路と交わるところで、南から馬に乗った赤い騎士たちが北にある城へ向けて駆けていくのを見た。
「街の中で普通に馬に乗るのな」
「そうですね。完全に騎士が自由に動き回っています。戦時中でもないのに、このものものしさは何なのでしょう」
「お前たち」
 ヴァイスとルナが会話をしていたところに、北へ向かう騎士の一人が馬を止めて上から見下ろしてきた。
「旅人だな。何をしている」
 高い声だった。兜でよく分からないが女性騎士だろう。
「はい。知り合いのところへ向かっております」
「そうか。どのあたりだ」
「白虎大路と西通りの交差点のあたりです。マナウスでもっとも大きい武器屋をしています」
「シルヴァの……そうか」
 女性騎士は剣をぬくと、胸の前にかかげて黙祷する。
「魂よ、安かれ。すぐに行ってさしあげるがいい」
「ちょ、ちょっと待ってください。いったい、何があったというのですか」
「何が?」
 女性騎士が不思議なことを聞いたように尋ね返す。
「お前たちは葬式に参列するために来たのではないのか?」
「葬式!?」
 ジュナの家で葬式。いったい、何が起こったというのか。
「知らずに来たというのか。なら詳しいことを教えてやろう。シルヴァ家の長男が先日帰郷してきたのだが、その人物が反逆の罪で処刑されたのだ」
 ルナの頭に衝撃が走る。
「……その人物のお名前は、ジュナ、といいますか」
「そのような名前だったと思うが」
 馬鹿な。
 ジュナが、死んだ?
 処刑?
 それは、いったい何の冗談だ?
「何故」
「悪い時期に帰ってきたとしか言いようがない。そうだな。城の方は部下に任せればいい。従者!」
 女性騎士は馬から下りる。
「馬を朱雀塔に戻しておけ」
「はっ!」
「私はこの者たちをシルヴァ家まで送り届ける。私が同行すれば何も言われぬだろうしな」
「はっ!」
 地位の高い人物らしい。女性が兜を脱ぐと、本当にまだ若い女性だった。
「失礼した。私は南を守る朱雀将軍セシリア=リヴェイラだ」
「朱雀将軍」
 ルナはかしこまって頭を下げた。
「これは失礼をいたしました。四方将軍自らのお声がけとは思いもせず、挨拶が遅れたことをお許しください。私はダーマのルナ。ジュナとはダーマで一緒にいたものです」
「なるほど。シルヴァ家の長男を追ってきたということか。だが、ダーマからか。そのことはあまり口外せぬ方がいい。今、国王陛下はダーマという言葉に過敏だ」
「と、申しますと」
「そのジュナも含め、ダーマからやってきた三人の使者が国王陛下の暗殺を企んだということで、反逆罪に問われ先日処刑された。何があったのか、詳しくは私も分からないが、それもあって国王陛下はダーマを敵視しておられる」
 いったい。
 何が、起こっているのか。
「まず、シルヴァ家へ向かおう。おそらくシルヴァ家には近日中にも謹慎命令が出されるはず。会う機会がなくなるぞ」
「はい」
 つい、先日。
 また会おうと約束した、兄のような人。
 それが。
(ジュナさん)
 もう会えない。
 それを唐突に思い知らされた、サマンオサの初日であった。






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