適格者番号:121100024
 氏名:佐々 ユキオ
 筋力 −A
 持久力−A
 知力 −A
 判断力−A
 分析力−A
 体力 −A
 協調性−D
 総合評価 −B
 最大シンクロ率 18.926%
 ハーモニクス値 33.40
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−A
 格闘訓練−A
 特記:昨年十二月に喧嘩をしたため、懲罰の対象となっている。












第拾参話



一致団結












 その後、ランクBの生徒と二度対戦して、二度負けた。自分はつくづくセンスがないと、シンジは自分に少し呆れていた。
 カズマの時を含めて三度。三度とも自分はあっさりと五分ほどで決着をつけられた。自分のどこが悪いのかすら分からない。マニュアル通りに動いているつもりなのだが。
 四度目の対戦と思って相手を確認すると、見知った名前だった。
『En Kojo - B』
 古城エン。この対戦はランダムで組まれる。ということは本当に偶然なのだろう。
『やあ、シンジくん。まさか対戦できるとは思わなかったよ』
『こちらこそ。よろしく、エンくん』
 そして戦いが始まる。たとえ仲間であってもこれは訓練だ。本気を出さなければ力は伸びない。
 エンの攻撃も容赦がなかった。自分の弱点を的確についてくる。そしてやはり、シンジは五分で敗北した。
(何が悪いんだろう)
 シンジは首をひねる。すると、エンからチャットが来た。
『どうしてシンジくんが勝てないか、分かるかい?』
 まさにそれを考えていたところだっただけに、シンジは素直に返信した。
『それを考えていたところなんだけど。今日はこれで四敗だし』
『シンジくんの弱点は二つだよ。一つはマニュアル通りに動くから、次の行動を予測されやすいこと。もう一つはそのマニュアルを完全に自分のものにしていないから、確認するまで行動ができなくて、結果としてスピードを落としていること。この二つだ』
 なるほど、とシンジは頷く。
『マニュアル通りだといけないの?』
『そんなことはないよ。でも、マニュアルに従って負けるんだったら意味がないよね。それにマニュアルはいつだって完璧じゃない。マニュアルが完璧なら、マニュアル同士で戦えば決着がつかないはずだよね』
 確かにその通りだ。シンジは頷いてその文章をよく読みなおす。
『だから、みんなマニュアルを元に、自分の戦い方っていうのをよく考えるんだ。勝つためにどうするのか。マニュアルに従うんじゃなくて、マニュアルを元にもっといい戦い方を考えるんだ』
 自分で考える。それはシンジにとっては非常に苦手な分野だ。創造力なんていうものは、子供の時になくしてしまった。自分はただ流されていればいい。自分はただ与えられたことをしていればいい。そういう考え方が身についてしまった。
『考え方っていうのは何度も実践してみないと分からないよ。それじゃ少し、今の戦いをおさらいしてみようか』
 プレイバックが自動的にかかる。どうやら向こうで操作しているようだ。
『まずこの最初の選択をするとき、シンジくんの行動は相手を確認してから動いている。全部後手に回っているだろう?』
『相手の動きを見ないと対処できないよ』
『そうだね。でも、それは結局相手の土俵で戦っていることになるんだ。相手だって自信があって戦いを挑んでいるんだから、シンジくんがどう対処しようとしても、応戦準備は整っていると考えた方がいい。だから、シンジくんは何をしてもすぐに負けてしまうんだ』
『じゃあ、どうすればいいの?』
『簡単だよ。相手にゆとりを持たせる前に自分から攻撃するんだ。戦略を立てるんだよ。シミュレーションはいかに相手を自分の土俵に乗せるかだ。乗せてしまった方が勝つんだ。だから、シンジくんも自分から戦場を設定して、勝つ作戦を練らないといけないよ』
 負けない行動をするのではなく、勝つ行動。やはりシンジには難しい内容だった。
『ほら、それじゃあこの行動をさせる前にシンジくんから行動しないと。どうすればいいと思う?』
 ──このような調子で、エン先生による講義指導は終了の時間まで続けられた。






「それでは、シンジのランクB昇格と、来月のランクA昇格を祝って」
『かんぱ〜い!』
 昼食は同期八人で第三新東京の市街地に繰り出して、レストランで食べることとなった。
 別に同期会というほどのものでもないが、こうして見知った顔同士で食事をするのも悪くない。それにこの八人は基本的に仲がいいのだ。
 水曜日の午後は完全な自由行動時間だ。もちろんその間にトレーニングを積む者もいるが、シンクロ率やハーモニクスなど、何をどう努力したからといって上がるわけでもない。ランクBになるまでは基礎体力が必要だが、ランクAになるための効率的なトレーニング方法など存在しない。もしあれば確実にシンクロ率が上昇し、ランクAの人数は今よりもっと増えているだろう。
「まだ決まったわけじゃないのに」
「いいんだよ。シンジくんがランクBになれたのは事実なんだし」
 とはいえ、シンジ自身も、そして他の誰もがシンジのランクA昇格を疑ってはいない。それだけの数値を残している。
 ランクCまでとは違い、ランクBから上の世界はシビアだ。指導も子供を相手にするのではなく、一人前の兵士とした扱いに変わる。数値が出せないものは上にいけない。ランクBは明らかな実力勝負の世界だ。
 それでもこの八人が仲良くやれるのは、ランクAに定員がないからだろう。同じだけの実力を持つメンバーなのだから諍いがあってもおかしくはない。だが、それこそ八人が八人とも基準値をクリアすれば、全員でランクAになることだって不可能ではないのだ。だからこそ相手をうらやむことはあっても、嫉妬という段階にいたらない。
「それにしても、八人全員がランクB以上ってのは、本当にすごいことだな」
 リーダー格のジンが言うと、全員が素直に頷く。この男の言葉には、どこか人をひきつける力のようなものを感じる。
「俺たちが初めてここに来たときなんて、ほんの数人しかいなかった。ランクBが何十人もいる状況なんて頭になかったからな」
「そうだな。覚えているぞ。ランクAが一人、ランクBが五人だ」
 ダイチが言うとコウキから「さすが雑学大王」と揶揄が入る。だがダイチは気にせず続いた。
「その頃のランクAが朱童カズマ。それにランクBにいた五人が文月ソウタ、箕島トシオ、音羽ケイイチ、清田リオナ」
「うわ、なんかいわくつきのメンバー。まともなのってリオナさんだけじゃんか」
 何しろ今上がった四人のうち三人は十二月に起こった不祥事に絡むメンバーだ。音羽のランクAが濃厚になった瞬間、残りの二人が音羽を排除しようとした事件。結局二人は懲役となり、音羽は今も病院のベッドの上だ。
「清田さんとは僕も二ヶ月一緒にやらせてもらったよ。先輩だけあって色んなことを知ってるけど、あの人は本当にシンクロ率が上がらない人だった。そういえば、不破くんは清田さんと仲がいいっていう話だけど?」
 エンの言葉におお、と全員の注目がダイチに集まる。だがダイチはしれっと答えた。
「俺も二ヶ月、班が同じだっただけだ」
「まー、そこでダイチが口説かれたっていうなら分かるけど、ダイチから口説くってことはないだろ」
 コウキの鋭い突っ込みに全員が何故か頷く。確かにダイチは無愛想だが容姿は悪くない。彼の最大の欠点は、感情を表に出さないということだろう。
「リオナさんは私も尊敬しているぞ。どんなにシンクロ率が上がらなくても熱心に特訓に打ち込む姿勢は立派だ。私も見習っている」
 コモモが一生懸命に主張する。そのコモモも先月ようやくシンクロ率が十%を突破したばかりだった。
「一ついいかい」
 それまで発言を控えていたカスミが手を上げて尋ねた。
「残りの一人、なんで言わないんだ?」
 そう。今はランクBは五人いると言いながら、ダイチは四人しか言わなかった。そしてここにいるメンバーは残りの一人が誰なのかよく分かっているのだ。
「察しの通り。佐々ユキオだ」
 それはダイチにしては気をつかったつもりなのかもしれないが、不用意に人数を言ったことからその名前が出てきてしまった。
「ま、せっかくだ。ここらでちょっと作戦会議としゃれこもうか」
 コウキの提案に内緒話をするかのように全員が顔を寄せ合う。シンジは突然何が始まったのかと思ったが、カスミに頭を強引に掴まれて近づけられる。
「最初に聞いておくが、シンジ。お前がリンチにあったってのは本当なんだな」
 コウキの質問にヨシノを除く他の五人が驚いた表情を見せる。
「う、うん。でも、どうして」
「昨日のお前の様子がおかしかったからな。ヨシノと俺で葛城サンのとこに談判しにいった。何があったんですかってな」
「葛城一尉もひどいのよね。私たちがどれだけ熱心に尋ねても答えてくれないんだもん」
 ヨシノが不満をありありと見せた口調になる。このメンバーの中でだけ、彼女は自分の地で話す。他の適格者の前では『ごきげんよう』などというのだからおかしな話だ。
「佐々が直接命令をくだしているにせよそうでないにせよ、あいつらが俺たちのシンジを直接攻撃してきたのは断じて許さん。この考えに反対の者はいないな」
「モチのロン」
 ヨシノが答える。他の五人も頷く。ただシンジだけが困ったような表情だった。
「別に、僕は」
「お前が話すとややこしくなるから黙っとけ。これはお前一人の問題じゃない。俺たち一三年九月同期全員に対する挑戦だ」
 カスミの言葉にその通りだとコモモも強く主張する。
「私たちはお前が心配なんだ。肝心のお前が戦う姿勢を見せないでどうする」
「でも僕はそんな、戦うなんてことを考えてるわけじゃない」
「僕は、シンジくんが傷つくのは嫌だな」
 エンが少し悲しそうな目でシンジを見つめる。
「シンジくんは、僕たちの誰かが傷つけられていたら、そうは思ってくれないかい?」
「そんなこと」
「そうだよね。だったら、僕たちに少し、頼ってくれないかな」
 控えめなエンの言葉。優しい彼の言葉に、シンジはいつも頼ってばかりのような気がする。
「でも、これは僕自身の問題だから」
「碇の考えは分かる」
 ダイチが頷いて答える。
「おい、ダイチ」
「最後まで聞け。だが、これは一人でどうにかなる問題ではないし、俺たちがここでお前を守ることをしなければ、俺たちは仲間を見殺しにすることになる。それは避けたい」
「おお、ダイチにしては珍しくまともなことを言うな」
「珍しくは余計だ」
 そういう言葉を言っても照れる素振りさえ見せないあたりが不破ダイチたる由縁だろう。リーダーのジンがそれを受けて続ける。
「まとめに入るけどな、シンジ。俺たちはお前を一人で傷つけさせるようなことは絶対にしない。それは別にお前に限ったことじゃない。この八人のうち誰がそうなっても同じだ。それに、これからお前にはもっと辛い思いをしてもらうことになるかもしれない」
「もっと辛い?」
 コモモが眉をひそめる。
「ああ。使徒との戦い。これはシンジだけじゃなくてコウキもそうだけどな」
「あ、そういや俺もランクAだっけ」
「何忘れてんのよ、バカコウキ」
 ヨシノが鋭く突っ込みを入れると八人の間に笑いが起きる。
「将来、シンジはそんな辛い戦いに巻き込まれることになる。そのとき俺たちはきっと、シンジのためには何もしてやれない。俺たちがどんなに望んでも、変わってやることはできない。だから今、俺たちはお前を傷つける者から守ってやる。それが俺たちみんなの気持ちだ。これを受け取らなかったら、シンジ。殴ってでも分からせてやるからな」
 シンジは困ったように、さらに言う。
「どうして、そこまで」
「ばーか。それこそヨシノにバカシンジって言われるぜ、お前」
 カスミが右腕をシンジの首に回した。
「みんなお前のことが好きだからに決まってんだろ」
 シンジが顔を赤く染める。全員がシンジを見つめていた。
「あ、ありがと」
「よぅし、本人の気持ちも決まったところで、まずはシンジ姫のボディーガードからだな」
「シンジがプリンセスなら俺たちはプリンセスナイトか」
「あ、私ナイトってすごい憧れなんだ。よぅし、やるぜ!」
 わいわいとその場で七人があれこれと意見を出し合う。それが全部自分のためだということを感じながらも、シンジはそれでもまだ素直に全員の気持ちを受け入れられていなかった。
(もし僕が同期じゃなかったら、みんなはそんなふうにしてくれたの?)
 この一三年九月組は同期という意識が強い。
 もちろん同期であることをきっかけに仲がよくなったのはある。コモモが口火を切って毎月の同期会を行うとメールで全員を呼び集め、一人ずつあれこれと話を繰り返しているうちに次第に仲がよくなった。だから今ではお互いに仲間だと言うのはそれほど抵抗はない。
 だが、全員が本当に、この同期のメンバーを気に入っていると言えるのか。
 コウキは。
 エンは。
 コモモは。
 ヨシノは。
 カスミは。
 ダイチは。
 ジンは。
 みんなは、本当に自分を気に入ってくれているのだろうか。この同期というつながりが消えても、一人ずつとこれからずっと付き合っていけるのか。
 結局のところシンジが彼らに信じられている自信がないのは、シンジが彼らを信じていないからなのだ。その裏返しであるということを、半ば自覚していた。






「日曜だ」
 佐々は集まっている四人のメンバーに対してそう言った。
 何をするのかは既に聞いていた。さすがにそれを実行することを四人はためらっていた。
「ほ、本当にやるんですか、佐々さん」
 葛西が尋ねる。だが、その瞬間、佐々の右腕が唸る。
 その拳は、葛西の目の前で止まっていた。
「ゴミがついてるぜ」
 そして、ゆっくりとその前髪についていたゴミを取る。葛西の顔に汗が吹き出ていた。
「佐々さん。俺たち、碇のリンチの件で上から睨まれてるんですけど」
 三輪がおそるおそる言う。だが二度、拳が振るわれることはなかった。
「俺はまだ仕掛けるなって言ったぜ。勝手に行動したお前らが悪いんだろ。んなの関係あるか」
 冷たく突き放すような言い方に四人がうなだれる。
「ま、だからこそこいつを利用するのさ。それにお前らだって興味あるって言ってただろ。ま、バレないように俺がうまく段取ってやるから、そいつはお前らが好きにしな」
 さすがにここまで来て引き下がることもできないと思ったのか、四人の中で瀬戸が目の前に置かれた小さな薬瓶を手に取る。中には何錠かのカプセル。
 決意をその顔に秘めた様子を見て佐々は楽しそうに笑う。
「何て顔してやがんだ。楽しいコトしに行くんだろ。楽しい顔しやがれよ」
 四人が思い思いに部屋を出ていく。それを見送った佐々はベッドに横になった。
「その状況を見せられたときのお前の顔が見物だな、碇シンジ」






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