ファレナ女王国の女王は常に太陽の紋章と共にある。
太陽の紋章はファレナの女王のシンボル。女王は太陽の紋章に選らばれなければならない。
だが、この太陽の紋章は男子であるラグの頭に宿った。なぜラグだったのか。
(考えれば考えるほど分からないことばかりだ)
女王しか宿してこなかった太陽の紋章を、史上初めて男子のラグが宿す。
(きっと、太陽の紋章は、僕の体で何かをしようとしているに違いない)
今眠っているのは、そのための準備か。
幻想水滸伝V
『戦う理由』
ホールはある意味で、武芸自慢の修練場のようなものになっている。
ビッキーはよくそこで転寝をしているのだが、それは今の状況では大変に都合がいい。リオンとシグレを伴ったラグは、ホールにいるメンバーを見わたして安堵した。
「ベルクート! ナクラ! 頼む! 手を貸してくれ!」
新入りのナクラが腕試しにベルクートと稽古をしているところだった。この二人が一緒ならば何よりも心強い。
「これは、王子殿下」
「おう、早速の声がけか。何の用だ?」
「ビーバーロッジに異変だ。現場に急行する!」
二人の顔に緊張が走った。
「承知いたしました」
「王子サンのためなら、いくらだってやってやるぜ」
ナクラはここに来たばかりだが、ベルクートにしてみればレルカーにセーヴルと、なかなかラグと共に行動することができなかったこともあり、ようやく共に行動できるというところだろう。
さらに、
「王子? 随分慌てているようだが──」
そこにちょうどやってきたのが、
「ローレライ! 頼む! ビーバーロッジが襲撃を受けたかもしれない! ついてきてくれるか!?」
ラグのこれほど慌てた様子をローレライは今までに見たことがない。
「無論だ。誰であれ、命を尊ぶ王子に私は協力しよう」
「ありがとう! ビッキー! すまないけど、ビーバーロッジまでテレポートを頼む!」
「うん、任せて! そぉれっ!」
ビッキーが六人めがけてワンドを振り、瞬く間にビーバーロッジへとたどりつく。
「これは」
「ビーバーロッジが……」
六人は、少しの間だが完全に身動きが取れなかった。
炎で赤く染まる村。そして、耳を貫く悲鳴。
今、ここで、何の理由もないただの虐殺が行われている。
「急ぐぞ!」
ラグが最初に意識を切り替えた。五人ともラグに続いて村に入る。
「王子!」
そこにリオンの叫び。目の前にいたのは──
「こいつが、幽世の門、ってやつか」
「間違いありません。あの意思のない目。私と同じです」
ナクラの問いにサギリが答える。
「目はそうかもしれねえけど、中身はもう違うだろうがよ」
「え……」
「今のお前は、あんな奴とは同じじゃねえ」
ナクラは槍を構えると、一気に幽世の門に近づく。幽世の門も応戦しようとした。が、
「こんなもんが、俺の探してた幽世の門かよっ!」
相手の攻撃を見切ると、槍で喉を一突き。ただの一撃で勝敗は決まった。
「王子サンよ、本当にこんなのが幽世の門なのか? 拍子抜けだぜ」
「僕が前に戦ったのはこんなレベルじゃなかったよ。きっとこれは幽世の門といっても、こういう場所でしか使われない雑兵なんだと思う」
「だろうな。そうじゃなきゃ俺が長い間追ってきた意味がねえ。とはいえ」
槍を振って宣言する。
「こんな連中は、一人残さず殺すぜ」
「そうですね。生きていても、きっと意義のある人生は送れないでしょう。本人たちにとっても、倒される方が幸せだ」
ベルクートがその隣に立つ。村の奥からこちらへと向かってくる幽世の門たち。
「それに、私はようやく王子のお共が許されたのです。急ではありましたが、いつだって王子の力になりたいと思っていました。存分に力を使わせていただきます」
「上等だ。王子サンたち、援護頼むぜ!」
そうして幽世の門と戦闘に入る前衛二人。
「任せて」
サギリが投げナイフでその二人を援護する。的確に相手に突き刺さり、動きの鈍ったところを二人が処理していく。
「さすが本家本元だな。レベルが違うぜ」
「私は、こんな力、ほしくなかったし、今も厭わしいと思っている。でも」
投げナイフに力がこもる。
「私を信じてくれた王子殿下のためにこの力を使えるなら、この力があってよかったと思える」
次に投げたナイフは、一撃で幽世の門の喉を抉った。さすが、シグレよりも腕が立つとオボロから太鼓判を押されるだけのことはある。
「相変わらず、王子は人気者だな」
ローレライが肩をすくめた。
「本当に、心からありがたいと思っているよ。もちろんローレライも」
「ルセリナ嬢がいなければ勘違いしそうで困るな。まあいい、私も王子のために力を使うのは悪くないと思っている」
ナクラとベルクート、そしてサギリが打ち漏らして近づいてくる相手を、そのウィップでとらえる。
「お前など、王子の足元にも及ばない」
そのまま近くの海に放りすてられる。いくら幽世の門とはいえ、完全武装で水の中では身動きの取りようがない。慌ててあがってこようとする幽世の門に、的確にサギリの投げナイフが刺さった。
「王子、あれを!」
リオンが指さした方向を見ると、幽世の門から逃げてきたビーバーが一人。
「マルーン!?」
「え、お、王子……?」
マルーンはすぐ傍まで近づくと、橋の上にへたりこんだ。
「無事でよかった」
「き、来てくれたんだ……オイラたち、王子の仲間でもなんでもないのに」
「でも、ロードレイクを助けてくれた。それに、知り合いなら助けるのが当たり前だ。それより、いったい何が起こっているのか、説明できるかい?」
「わ、分からないんだ、本当に。轟音が響いたと思ったら、いきなりあちこちの家から火があがって、橋もあちこち落とされて、海の中に逃げ込んだら、なんか突然みんな動かなくなって……きっとあいつら、毒をばらまいたんだ!」
なるほど、だからさっきの幽世の門も、慌ててあがってこようとしたわけか。
「リオン。僕は長老の家に行く。リオンはマルーンを連れて安全なところへ」
「わかりました!」
「ま、待ってよ、オイラも!」
「足手まといだ。もうすぐフェイタス軍がここに来る。幸い、ここまでの橋は落とされていないし、敵も倒してあるから安全だ。とにかくいったん、村の外へ」
半ば強引にリオンとマルーンを追いやると、五人はフワラフワルの家へと向かった。
「長老!」
長老の家はまだ炎上していなかったが、中に入るとそこにはいくつかのビーバーの死体と、そして剣をもった男にフワラフワルが対峙していた。
「お、王子殿下?」
「お前は、王宮にいた」
「おや、随分と早い到着ですね」
笑顔の男は王子たちに向き合う。
「ドルフ、とお呼びください、王子殿下。なかなか個性的なパーティですね。あの闘神祭のファイナリストにアーメス人、そちらの女は分かりませんが、最後の一人は我々と同じですね」
「ちが……」
「てめえと一緒にすんじゃねえよ、こいつはお前らなんかとは全然違うぜ!」
サギリが否定するより大声で、ナクラが相手に食って掛かる。
「……ありがとうございます」
「事実だろ」
「そうでしょうかね。本心を見せることができず、笑顔でいることしかできない。僕とその人はそれほど違いはないと思いますが」
「心が違う。他人を思いやり、労わる心を彼女は持っている」
ベルクートが言う。ローレライも「全く同感」と続ける。
「ますます、違いはないと思いますけどね。あなた方は無辜の人たちを助けたいと思っている。私は自分の主君のために行動している。そこに残虐さや残忍さがあるかもしれませんが、他人のために動いているという意味では同じだ」
「そのために、関係ない人を傷つけてもか」
王子が追及する。
「このファレナにいる以上、完全に無関係な人などいませんよ」
「ビーバーロッジを焼き討ちしたのも、僕たちに協力したからか」
「そんな難しい理由ではありません。もっと簡単な理由です」
それ以上に簡単な理由などあるのか?
王子は背中がざらつくのを感じる。この人物はただ力を持っているだけではない。考え方そのものが、狂気に満ちている気がする。
そして、それは決して間違っていなかった。
「お館様は、このファレナに亜人は必要ないとおっしゃった。それが理由です」
なるほど。
王子は納得した。
なるほど。これは狂気だ。全くもって、理解できない。
「そ、そんなご無体な、いるだけで許されないというのですか!?」
フワラフワルが口を挟む。が、ドルフは張り付いた笑顔のまま答える。
「ええ。そもそも、ビーバーとて同じでしょう」
「な、何が同じだと!?」
「あなた方は人間との交際を絶った。つまり、ビーバーの暮らしに人間は必要ないと考えている。何も変わらないでしょう」
「そ、それは違います!」
「違いませんよ。いえ、別に違っていてもいいですけどね。どうせ、今日でビーバーの歴史は終わる」
ドルフが剣をかざした。
「させるか!」
ベルクートが間に入る。さらにナクラも槍で攻撃する。が、
「無駄なことを」
ベルクートの剣と、ナクラの槍を高速で捌く。
隙をついてサギリがナイフを飛ばすが、それも剣の柄ではじく。
「長老!」
その間に、なんとかラグとローレライがフワラフワルをドルフから距離を置かせることに成功する。
「君が大変な手練れだというのは分かる。でも、五人を相手に人質もなしで戦って勝ち目はあるのかい?」
ラグが言葉で責める。
この敵は強い。この場で倒しておきたい。
だが、
「我々をすぐに引かせるのが目的、ですか」
ドルフが冷静に判断した。さすがに、鋭い。
「ここで私たちが引けば、幽世の門も引かざるをえない。ビーバーの被害を止められる。では、それに乗るとしましょう」
「こちらの考えをわかっていて、あえて乗ると?」
「ええ。ここで時間を引き延ばすと、逆に王子の次に来るフェイタス軍に全滅させられてしまうかもしれませんからね」
戦力を温存する、ということか。
いや、そうではない。これは、
「なるほどね。さっき何人かの敵を倒したけど、あんなのでも使わないといけないくらい幽世の門は人手不足っていうことだ」
「それはそうでしょう。望んで『アレ』になりたがる者などごく少数です。王子。ここは貸しにしておきますよ」
ドルフは紋章術で長老の家の壁を突き破って脱出する。
「いいのか、王子サン?」
「かまわない。今の僕たちで戦っても勝てると言い切れない相手だ。それより時間をもらえた。急いでビーバーたちを救出しよう」
「了解だ」
「お、王子殿下」
フワラフワルが近づく。
「助けてくださるのですか。協力を拒んだ我々を」
「もちろん」
理由も言葉もいらない。助けると決めたのだから助ける。
「王子ー!」
と、そこへ家の外から声が飛んできた。
「あれはゲッシュだ」
「ゲッシュ……あの、ロードレイクの方ですか」
ラグが外に出ると、ゲッシュにマルーン、リオン、そして大勢のフェイタス軍メンバー。
「できるだけ急いできたぜ!」
「ありがとう、ゲッシュ。助かる」
「何言ってんだ。こんなの見過ごせるわけねえだろうが。さあ、みんなやるぜ!」
ゲッシュの声に動き出すフェイタス軍。逃げ遅れたビーバーの救出、まだ残っている残党の殲滅、それぞれ適材適所で動き始める。
「ろ、ロードレイクの方が、我々を、助けてくださるのですか」
「当たり前だろ!」
そのフワラフワルの前に出てきたのは、やはりロードレイク出身のトーマ。
「それに、あんたたちだって、最後は助けてくれた!」
「そういうことだ。さ、うだうだ言ってる暇はねえ。消火も急ぐぜ!」
ビーバーたちを陸地まで誘導し、延焼した建物の消火活動を行う。
毒は幽世の門でよく使われるものなので、サギリが中和剤を作成して投入した。
なんとか一日で、この騒乱は終焉をむかえた。
「そうか。犠牲者が出てしまったのは本当に無念じゃ。街は作り直せるが、命は還ってこんからのう……」
全ての状況が判明し、フワラフワルはがっくりとうなだれた。
「なんでこんなことに」
「やっぱり、人間の争いに加わったから」
ビーバーたちは思う。
『ロードレイクの救出に協力したから、自分たちの街が焼かれた』
もちろん、はっきりとは口にしない。長老であるフワラフワルが決めたことだ。
そして、自分たちも決してロードレイクがあのままでいいとは思っていなかった。
だが、その代償がこれだというのか。
誰かを助けたことで、自分たちの街が、仲間が、失われた。
「皆、そうではないのだ」
フワラフワルが、生き残ったビーバーたちに向かって言う。
「ゴドウィンの手のものははっきり言っておった。このファレナに人間以外は存在させぬと」
ビーバーたちに動揺が走る。
それが事実だとするなら、このファレナで生きていくことはもうできないということになるのではないか。
「皆に聞きたい。我々が取りうる選択肢は3つ。また襲撃されることを恐れながらこの地にとどまるか、ファレナではない別の国へ移動するか、それとも、戦うか。ワシは長老じゃが、この決定はあまりに重い。皆の考えを聞きたい」
ビーバーはお互いの顔を見合うばかりで、誰も何も言い出さない。
「長老」
手をあげたのはマルーンだった。
「申してみよ」
「オイラは、自分や、みんなが幸せであることが一番だと思ってた。でも、本当は、ずっと、ほかの種族の人たちとも仲良くしたいと思ってたんだ」
「マルーン」
「でも、最初にやってきたのがあいつらだったから、もう人間とは縁を結ばない方がいいって思った。でも、王子様みたいに、やっぱり信頼できる人だっているんだ。オイラは、王子様と一緒に戦いたい!」
その言葉に、ビーバーたちは少しずつ顔色を変えていった。
もう、逃げない。
自分たちの居場所を守るために。
そして、
「王子殿下。浅はかな我々ではございますが、これから一緒に戦わせてもらっても、よろしいですかのう」
フワラフワルの言葉に、ラグは「もちろん」と答える。
「信頼できる仲間が増えることを断る理由なんかどこにもない」
「ありがとうございまする」
こうして、ビーバーもまた王子と共に行動することとなった。
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