長い年月が過ぎ去った。
ウィルザはそれからもずっとその大陸に縛られていた。ゲ神の信者は毎日増え、大陸が豊かになると今度はザ神とゲ神の対立が始まるようになった。
自分とレオンとはまったく仲が悪くないのに、信者たちは勝手に争いを始めていく。
そしていつしか大きな戦争が起こり、疲弊し、新たな国が勃興し、その繰り返し。
「ようやく見つけたぞ、ウィルザ」
彼の背に話しかけたのはもちろん、もうひとりの不老、ザ神レオン。
「久しぶりだね、レオン」
「ああ。マ神との戦い以来か。あれから何年だ?」
「さあ。大陸暦で二千年は過ぎてるから、もう千二百年は前だと思うよ」
すっかり同窓会状態の会話だったが、お互い愉快な気持ちになどなれなかった。
既に遺跡と化した旧アサシナ。その廃墟に、かつてアルルーナが保管されていた家屋があった。
その家屋も既に崩れ、家の形を成していたわけではなかった。だが、彼にはこの場所にかつて予言をする機械天使がいたことが分かる。
「全てなくなってしまったな」
「そうだね。ぼくたちがやってきたことは何だったんだろう。せっかくマ神を倒したのに、結局人間は、自らを滅ぼしてしまった」
「それも人間の選んだことだ。もはや俺もお前も、一人の信者もいない神となってしまったな」
そう。
すべての人間は滅びた。ウィルザとドネアの子孫も、レオンとサマンの子孫も、もはやこの大陸には存在しない。
「ぼくは一つだけ、ずっと気にかかっていたことがあるんだ」
「だいたい想像はつくが、聞いてやろう」
「ありがとう。あの、最後の決断のとき。ぼくがルウと戦うと決断したことは、間違っていたんだろうか」
今思い返せば、それだけが心残りだった。
「ルウを取り戻すためにはマ神を倒すしかないと思っていた。でも、もしあそこでマ神と行動していたら、どうなったんだろう」
「さあな。だが、マ神とルウは切り離せない。それは今でも同じ考えだ」
「ぼくもさ。でも、ぼくはどうしても諦めきれない」
その手を強く握る。
「ぼくに罪があるというのなら、それは世界を滅ぼしたことなんかじゃない。あのとき、ルウを手放してしまったことだ。まだやり直すことができたはずなんだ。ぼくがルウの傍にいれば、きっとまだやり直すことはできた」
「そうかもしれないな。だが、それを確かめてどうする?」
「どうするんだろうね。もしかしたらぼくは、こうなって初めて自分の気持ちに気づいたのかもしれない」
「ルウを愛していた、と?」
「そうだね。愛していたっていうのも変な感じだな。多分、この世界に来る前、ルウの前世を愛していた頃から、ぼくの魂に彼女のことは刻まれているんだ」
だからこそ、忘れることができない。
ドネアのことを愛していたのは事実だ。そして、今なら分かる。
あの『二十年間』の中で、自分はさまざまな選択をして、さまざまな結果を手にしてきた。
そして、どのような結果でも、そのとき自分の傍にいた人を愛していた。
それでも。
自分の魂に刻まれた彼女のことだけは、絶対に忘れることはできないのだ。
「もう、どうすることもできないけどね。もう誰もいないこの大陸で、いつまでもそのことを考え続けるだけなのかな」
ウィルザが自嘲すると、レオンはため息をついた。
「寄越せ」
突然の言葉に、ウィルザは何を言われているのか分からなかった。
「何を?」
「ホラレの花。まだ、持っているな?」
その花は、マ神との戦いの前に手に入ったもの。
お守りとして自分が手にしたもの。
「どうしてレオンがそれを」
「話に聞いただけだ。それより、その花を使えばお前を『そのとき』に戻してやれるだろう」
それを聞いたウィルザが動揺する。
「どうして」
「どの意味だ? 理屈なら俺は知らん。その花を使えばお前の時を戻してやれるということを知っているだけだ。あと、俺がお前を過去に戻そうとする理由なら単純だ。俺もお前の選択の結果を知りたい。それだけだ」
「ぼくの、選択の結果」
「もしお前がマ神と行動を共にしたのなら、お前は、そしてこの世界はどうなったんだろうな。俺には想像がつかないが、きっと今とは何かが違ったんだろう。それは、人類の滅亡を早めるかもしれないし、遅めるかもしれない。俺はあの結果が最善だと今でも信じているが、最善じゃない終わりでもかまわないだろう。俺たちは既に、最善の終わりを経験したのだから」
「これが最善の終わりだって?」
ウィルザの感情が昂ぶる。
「この誰もいない、ぼくらふたりしかいないこの世界が最善だっていうのか!」
「そうだ。人間はマ神の滅亡から免れ、それから千二百年も生きることができた。これを最善と言わずして何と言う」
「ならどうして、違う結果が見たいなんて言うんだ!」
レオンはため息を吐いて答える。
「簡単だ。俺はこの結果を最善と信じている。だが、お前ならこの結果よりもさらにいい結果を生み出してくれるかもしれない。それは、根拠のないただの期待だ」
レオンが手を差し出す。
ウィルザは懐から、干からびた花を取り出す。
それは、千二百年前に摘み取った花。
マ神との戦いの直後に、魔法で劣化を防ぎ、この長い年月を生き延びた花。
「お前を、千二百年前に送る」
レオンはそれを受け取るなり、粉々に握りつぶした。そして、その灰をウィルザにかける。
「お前の罪は許されている。お前はもう世界のことを考えなくてもいい。そのかわり、お前の信じる道をとにかく進め」
「分かった」
「じゃあな。せいぜい、好きにしろ」
「ああ。ありがとう、レオン」
そしてレオンの魔法が発動するなり、彼の姿が消える。
「やれやれ」
レオンは彼を送り出すと、この世界にたったひとりになったことに気づく。
「ウィルザを探していたのは、ひとりになって寂しかったからか。俺も案外、人間くさいところがあったらしい」
そうして思い出す。
かつて、この大陸で愛した女性を。女性たちを。
「バーキュレア。サマン。俺はお前たちのおかげで、随分と充実していた」
そして、この世界に残ったザ神は、右手を自らの胸にあてると、力強くその胸につきたてる。
そして、自らザ神の心を取り出した。
「これ、で」
ザ神である以上、稼動装置を取り出してしまえば動くことはできない。
「ようやく、お前たちのところに、行ける、な」
そのまま、ぐらりと揺らいだ最後のザ神がその場に倒れる。
消え行く意識の中、彼はかつて愛した二人の女性の姿を思い浮かべていた。
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