終:現実の未来





「あと半年だけ、講師を続けさせてください」
 翌々日。リックは学長にそう願い出た。学長は「無論、やぶさかではないが」と付け加えた上で、尋ねた。
「それにしてもいったい突然、どうしたというのかね」
 学長の質問に答えるべきかどうか悩んだが、さんざん自分のことで迷惑をかけている以上、言わないわけにもいかないと覚悟を決めた。
「一人、卒業を見届けたい奴がいるんです」
「ふむ? だが、ミレンはもう就職が決まったんだろう?」
「はい。もう一人の方です。自分に卒論を見てほしいというので、本気で鍛えることにしました」
 学長は笑った。その生徒というのは、自分から茨の道を歩むことを決めたということだ。
「その生徒に同情しよう」
「ええ。そのかわり、過去三本の指に入る卒論をお見せできると思います」
「三本?」
 最高の出来ではないとはどういうことか、と学長は首をひねる。
「ええ。あいつがいくらいいものを書いたとしても、俺とレティアにはかなわないでしょうから」
 つまり自分達二人を除いて過去最高の出来、と言うのだ。
 学長は手を上げた。がんばりたまえ、と声をかけるとリックは挑戦的に微笑んで辞した。






 そういうわけで、半年が経つ。
 リックは正式にヴァリア・アドニスの元にやってきた。今度は、正式な申し込みだ。
「卒業と同時に、リーシャさんを私に下さい。私はSFOの傭兵です。まっとうな生涯を送ることはできないかもしれません。ですが、私はリーシャさんと一緒にいたいと思いますし、自分はもっと広い世界を見たいと思っています。そのためにはSFOという基盤を手放したくないんです」
 半年前よりも成長した物言いにヴァリアも頷く。もちろん娘と離れるのは寂しい限りだが、それでも彼のことは誰よりも信頼している。娘も一年間余所見わき見を一切せず、彼のことだけを想い続けた。それだけ二人が想い合っているというのなら父親として止めることはない。
「一つだけ、約束をしてくれ」
 ヴァリアはしかめっ面をして言った。
「子供ができたら、必ず見せにくること」
 柄にもなく緊張していたリックは、相貌を崩した。
「もちろんです。一番先に伺いますよ」






 結婚を盛大に行うつもりはなかった。リーシャとしてはやりたかったのかもしれないが、さすがに学園の教師と生徒の婚姻が『二組も』あるのはよろしくないという判断もあった。ならば、ルークがシルフィを娶る方だけを行い、リックとリーシャは旅の途中で式を挙げることにした。
 一番の心残りは、父親にドレスを見せられないことだったらしい。
「今からでも式を挙げることは可能だが」
 リックが無表情でリーシャに言うと、ううん、と彼女は首を振った。
「リック先生には今までもいろいろとご迷惑をかけてますから、それはもういいんです」
「リーシャ」
 はあ、と彼はため息をつく。
「もう夫婦なんだから、よそよそしい言葉を使うなと言ったはずだぞ」
「え、でも、だって」
 まだ彼と夫婦になったということの実感がわかないリーシャが顔を紅くしながらうろたえる。
「そんなに信頼できないか。まあ、仕方がないが」
 今だって、レティアの影は引きずっている。だが、自分はもうこの女性と未来を歩くことを決めたのだ。
 リックは彼女に近づいて、そして耳元に囁く。
「愛している」
 もともと赤らんでいた彼女の顔が、耳まで真っ赤に染まった。
「本当に可愛いな、お前は」
「〜〜〜〜〜〜〜〜バカッ!」






 そして、別れの日。
 二人を見送るのは父親のヴァリアと、そして親友のルークにフォトン、そしてシルフィの四人。
「娘をよろしく頼む」
「はい。必ず約束は守ります」
「ま、何かあったら連絡くらい寄越せよな。俺たちゃいつだってお前の味方だぜ」
「ありがとう」
「リーシャも、元気でね」
「うん。シルフィも」
 友人同士、ひしと抱き合う。これが今生の別れというわけではないが、それでもすぐに会えるわけではなくなるのだ。
 そしてそれは、一番の友人同士であった、この二人にも言えることだ。
「元気で、リック」
「ああ。お前もな」
 二人はそうして握手を交わす。
「──今、分かった」
「何をだい?」
「お前、レティアとはじめて挨拶したとき、初対面じゃなかっただろう」
 突然言われて驚く。たしかにその通りだが、どうして分かったのか。
「どうして」
「俺を甘く見るな。もっとも、今気付いたのだから俺も案外抜けている。たった一人の恋人と、たった一人の友人が知り合いだったことに何年も気付かないんだからな」
「僕とレティアとは」
「何でもないのは分かっている。それに、二人とも俺のために色々としてくれたことも。俺は、お前に出会えてよかったよ、ルーク。今まで俺を守ってくれて、ありがとう」
 そんな、言葉を。
「リック」
 まさか聞けるとは、全く思ってもみなかった。
「泣くな、馬鹿」
「泣くだろ、普通」
「男が泣いても気色悪いだけだぞ」
「泣かせる台詞を君が言うからだろ!」
 そんなわけで結局、彼らはいつまでも仲がよい、というわけで。






 挙式の日。
 シルフィとリーシャは約束をしていた。お互いの式に出られないのなら、せめて式の日程と時間帯だけは合わせよう、と。
 今自分が結婚式を行う時に、相手も結婚式を行っている。
 その、幸せを。



『我々はレイア神の前に、

いついかなる時も

互いに互いを自らの半身とすることを誓って、

ここに夫婦となることを宣言します』


Fin.





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