「ネーミングにセンスが感じられない」
「それを現場で言うなよ。きっと従業員も気にしてるはずだ」






【3−E】







 二日目は美幌峠からオンネトー、そして足寄町の『あしょろ庵』で昼食。そして帯広に到着して温泉旅館に泊まる。
 泊まる宿は『観月苑』。本当は露天風呂付客室が良かったのだが、さすがに直前では予約が取れなかったので普通客室の和室に泊まることになっていた。
 帯広の温泉は『モール温泉』といって、普通の温泉と違って鉱物成分より植物成分の方が多い。そのため色もどこか赤みを帯びて美しく、皮膚を刺激せずに温泉熱が肌に染みこむため、入浴後の肌がとてもすべすべする。
 食事も量が多くて真央には食べきれないほどだったが、それでも味は文句なし。満足して眠りについた。






 三日目は急ぐわけでもないので十時ごろに出発。何しろ今日の旅程はたったの百キロちょっと。時間にすれば二時間も運転すれば目的地の釧路に到着する。
 とはいえ、今日は二人にとって決して譲ることのできない『勝負』の日であった。帯広市を出発して、国道三八号線を東に進み、幕別町に入る。
「あそこだね」
「あそこだな」
「分かってるよね、悠斗」
「ああ。お前が勝ったらDSの新しいゲームソフト一本な」
「絶対勝つ」
 かなり気合が入っている。まあ、気合が入っているのは悪いことではない。

 パークゴルフ一本勝負。

 道東を調べていくうちに、実は今やってきた幕別町というところがパークゴルフの発祥地であることを知った。それも発祥は一九八三年と意外に最近だ。それなら一度やってみようかという話になり、どうせ二人でやるなら何か景品があった方がいいだろうということになった。そこで真央が勝ったらDSのソフト一本という条件で勝負となった。
 場所は帯広市内から空港方面へ向かい、幕別温泉のある依田公園。その俳句村コースで行うこととなった。俳句村というだけのことはあって、コース入口に俳句の石碑なども立っている、なかなか凝ったところだ。
 勝負はホールごと。何打差をつけても、一ホールごとに勝敗をつけて、勝ったホール数の多い方が勝ち。
「絶対DS買ってもらうんだ」
「随分気合入っているが、何かほしいものがあるのか」
「ポケットモンスタープラチナ」
「なんだその対象年齢小学生」
「やりたいものは仕方がない。絶対に買ってもらうからな」
 ポケットモンスターだとやはり予約して買わなければならないだろうか。まあ、これだけ楽しみにしているのなら、やはり買わなければならないだろうが。
「まあ、勝てたらな」
「勝つ。勝って買ってもらう」
「言葉遊びはいいからさっさと打て」
 道具は有料レンタル。ホールは自由開放なので、いつでも始めることができる。
 平日ではあるが、ご老人がたくさんやってきている。ほのぼのとした様子でこちらを見ている。
「妹さんかね」
「ええ。本州の者なんですけど、自分の方が仕事、休み取れたので妹と一緒に旅行してるんです」
「いいことじゃ。家族サービスはしっかりせんとのう」
 ご老人は遠慮なく気軽に声をかけてくる。できれば自分より真央の方に声をかけてやってほしいと思うのだが、まあ仕方ないだろう。
 第一打を真央が打って、自分もその後に続く。そして二人でコースを進んでいく。
「ナイスアプローチ」
「これで四打で決まりだ」
「オーケイ、その勝負買った」
 残り十メートルというところか。少し浮かせるように叩いて、バウンドさせる。そのままボールがまっすぐホールに吸い込まれる。
「えー!?」
「三打。まず一勝な」
「うぅ〜」
 しっかりと四打で沈めた真央。
「次は負けない」
「その意気その意気」
 たっぷり四十分かけて十八ホールを回る。十七ホールを終わった時点で勝敗は自分の五勝四敗八分。
「最終ホールで追いつく」
「いいぞ。もし引き分けに持ち込んだらお前の勝ちと同じで、プラチナ買ってやる」
「その言葉忘れるな」
 自分は二打目のアプローチがうまくいって、三打終了がほぼ決まりだ。一方の真央は次が二打目だ。
「これを決めないと負けがほとんど決まるぞ」
「分かってる。手加減はなしだ。悠斗、私が外してもわざともう一打とか打たなくていいからな。年齢差があっても体力差があっても、手を抜かれるのは一番屈辱的だ。魔王に対して情けをかけるなよ」
「安心しろ。お前相手に手を抜いてる暇なんかねえよ」
 そう。真央はパークゴルフ初心者だというのに、まったく打球がブレずにまっすぐ転がしていく。上手いものだった。
(高校に入ったら部活はどうさせるかな)
 できればやってほしいと思うが、あまり目立つのも困る。戸籍がないということは絶対にバレてはいけないことだ。あまり有名になって、やれ中学がどこだ何だと騒がれることだけは防ぐ必要がある。
(スポーツ系の部活に入っても大会や練習試合には絶対不参加にさせないとな。こいつ、かなり運動神経がいいから何やっても中心選手になるだろ)
 それこそ中学三年間程度の実績など吹き飛ぶ程度に、あっという間に力をつけていくだろう。それだけの素質の秘めた中学生。
(それでも五年後にはいなくなる)
 いなくなるような選手を生み出すのはいけない。だとしたら文科系の部活の方がいいか。
「よし、いくぞ」
 真剣な表情になる。魔王の魔眼でも発動したかのように。
「いけっ!」
 強めに叩く。バウンドして、転がっていく。
 確かに手は抜かなかった。だが、できれば真央に花を持たせてやりたかった。
 そのボールが、悠斗の前でカップに向かって転がっていく。だが、ボールがかなりフックしている。このままだと、カップの傍をかすめて外れる。
(入れ)
 その願いが通じたか、ぎりぎりのところでボールがカップの端にかかり、カップを一回転して落ちた。
「やったっ!」
 真央が両腕を上げたまま両足でジャンプする。やれやれ、これだけ機嫌がよくなるのなら負けてよかった。
「約束だぞ、悠斗」
「分かってる。発売日が楽しみだな」
「うん。それも嬉しいけど、悠斗に勝てたのが嬉しい」
「そうか」
 真央の頭をぽんぽんと撫でる。すると真央は膨れるでもなく、嬉しそうにはにかむ。
「嬉しい」
 その言葉を聞いている自分も嬉しくなってくるから不思議だ。






 パークゴルフ後、すぐ近くの『焼肉ガーデンまくべつ』で昼食を取り、そのまま移動。
 途中、うたた寝する真央を横目にしながらの運転は多少退屈ではあったが、それだけ真央が疲れるのも普段とは違うことをしているからだ。旅も三日目。今日は少し体を動かしたこともあって疲れているだろう。今くらいはゆっくりしているといい。
「うん?」
 信号のない道から釧路の街中に入り、ようやく信号で止まる。その感覚で真央が目覚めた。
「あ、ごめんなさい」
 すぐに背筋を伸ばして謝る。
「何がだ?」
「寝てしまっていた。悠斗を一人にさせてしまった」
「ドライブなんてのは眠れるくらいリラックスできるのが本当は一番いいんだ」
「でも運転手を退屈にさせるのはよくないことだ」
「お前といると本当に飽きないよ。寝てても起きてても」
 む、と真央は顔をしかめる。
「スケベ」
「またそれか」
「寝顔をじっと見ていたんだな」
「じっとじゃない。ちらっとだ」
「スケベ」
 どうやらそう言いたくて仕方がない年頃らしい。
「もう到着か?」
「そうだな。左が釧路駅。もう少し行ったところがホテルだ」
 国道三八号線を進み、ようやく市街地に出てくる。駅近辺となるとそれなりに高い建物も増えてくる。
 そのまま三八号線に沿っていき、やがて信号で左折。すると目の前に大きなホテルが出てきた。
「あれだ」
「大きいね。あれがプリンスホテル?」
「ああ。旅行疲れが出てきただろうから、今日くらいはゆっくりしよう」
 ディナーは一応午後七時で予約してある。現在まだ午後四時。
「それなら観光したいな」
「土産物屋なら近くにいくらでもあるだろうし、少し街中を散策するのもいいだろうな」
 そしてホテルに入る。
「今日はここでご飯か」
「ああ。十七階のトップオブクシロというレストランだ」
「一つだけいいか」
「ああ」
「ネーミングにセンスが感じられない」
「それを現場で言うなよ。きっと従業員も気にしてるはずだ」
 太平洋を一望できるレストラン、トップオブクシロ。だが、さすがにその名前はどうなのか。
「きっと料理は美味しいんだろうね」
「料理もいい。景色もいい。何も悪いことはなさそうなんだが……」
「名前がよくないね」
「名前がよくないな」
 妙なところで意見が合った。どうやらこの娘は感性まで自分に似てきたらしい。






 夜。
 うたた寝をしていた彼女は起き上がると、見知らぬ部屋にいた。
 自分の部屋は別の場所だったはず。そう思って部屋を出る。
 何か、様子がおかしい。廊下は真っ暗で、人の気配がどこにもない。
 彼女はホテルの中を歩いていく。
 緊張しているのか、呼吸が少し早く、大きくなっている。
 小柄なその体が、足音を立てないようにしてゆっくりと歩いていく。
 音を立てずに扉を開ける。
 その向こう。
 男が、椅子に座っている。
 暗い。部屋は電気もついていない。
「ね、ねえ」
 彼女はその男に声をかける。
「どうして、電気、つけないの?」
 その声が、震えている。
 自分でも、何故か、電気をつけられないでいる。
 そして、ゆっくりと、足を踏み入れる。
 その瞬間。
 ぐらり、とその男が揺れる。
 いや、違う。
 揺れたのは、その頭。

 頭だけが、床に転がった。

「いやああああああああっ!」






「なんだかありがちな映画だね」
 真央が画面を見ながら言う。
「まあ、ホラー映画なんていうのはあまり奇をてらっても面白くはないからな。というか、ホラー映画で怖がらない女は可愛げがないと思われるぞ」
「悠斗に嫌われなければそれでいい。というより、私は魔王なんだ。画面の中のこんな殺人鬼より私の方が怖いのが普通だろう?」
「あー、お前全然怖くないからその意識なかった」
「失礼だな。今日のパークゴルフだって、最後は魔王の力で勝っただろう?」
 真央が笑って言う。
「笑えない冗談だ」
「悠斗は冗談が通じないから面白くない。面白みのない男はつまらないと思われるぞ」
「やり返すな」
 二人はそう言いあって苦笑した。







【3−F】

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