「大丈夫。せいぜい悠斗の寝顔を盗撮するくらいだ」
「そんな冗談を言う奴にカメラなぞ持たせるか」






【5−A】







 十二月二四日(水)。世間では一般にクリスマスイブと呼ばれるこの日、以前からプレゼントには何がほしいか考えておくようにと真央に言っていたのだが、当日になってようやく真央から答をもらうことができた。
「この間、旅行のときに持っていったデジタルカメラを譲ってほしい」
 てっきり、あれ買って、これ買って、という子供のような反応を期待していたのだが、どうやら真央はそんな世間一般の常識に振り回されることなく健康に育ったらしい。
「そんなのは家にあるんだから好きに使えばいいだろう」
 朝食後のデザートにフルーツのライチを食べていたところで、ようやく欲しい物の正体が明らかにされた。自分としては何か買うものを予定していたのだが、真央は本気でデジカメを欲しがっている。それは見れば分かる。
「自分だけのがほしいんだ。とはいえ、別に家に二台もデジカメは必要ないだろうから、譲ってくれればそれですむ」
「どうせなら新しいのを買えばいいだろうに」
 と言うと真央は首をかしげる。
「でも」
「別に、家にある奴を特別に欲しいというわけではないんだろう?」
 真央はただ頷く。
「それなら買った方がいい。どのみち画素数もメモリも一昔も二昔も前の奴だ。新しいものを買った方が使いやすいだろうし、綺麗に残るだろう」
「でも、新しいのは高いんじゃないか?」
「遊ぶのに一万は高いと感じるが、趣味に一万は安い方だろう」
 もちろん一万で買えるとは思っていないが、五万や六万なら別に問題はない。
「……いいのか?」
「子供はわがままを言うもんだ」
「そうか。なら、その言葉に甘えよう」
 真央は笑顔で言った。
「デジカメを買ってください」
「了解。それじゃ、片付けたら行くとするか」
 ライチを食べ終わった真央も立ち上がった。






 さすがにクリスマスイブに車で出歩くつもりは全くない。JRに乗って東京へ出る。到着したのは新宿駅。さすがにイブは人、人、人。普段ですら人で溢れている町なのに、どこからこれだけの人が集まるものなのか。
「人に酔う」
「気持ちは分かるが、まあヨドバシはそこだ。耐えろ」
 真央の手を取ってヨドバシカメラ西口本店、マルチメディア館に到着。それにしても、電化製品を買うだけなのに、どうしてこうも建物がいくつにもまたがるのか。
「さて、どれがいいのやら」
「ちょっと待った、悠斗」
 服のすそを取った真央が、上目遣いに見てくる。
「ここにあるのが全て、デジタルカメラなのか?」
「割と」
「……どれを選べばいいのやら」
「全くだ。だが、カメラ本体はこの中の一部だ。フォトプリンタやビデオカメラ、メモリーカードなんかもあるしな。まあ、ゆっくり選ぼう。まだ慌てる時間じゃない」
「充分慌てる時間だ。全部見ていたら日が暮れる。今日はこれから食事なんだろう?」
「まあそうだが、別に食事は少し遅れてもかまわないだろう」
「時間にルーズなのはよくない。それに、プレゼントも今日のうちにもらわないと価値が薄い」
「価値?」
「こういうのはクリスマスの日にもらうから価値があるのであって、事前渡し、事後渡しはプレゼント自体の価値を損なうものだと考える」
「気分的には確かにそうだろうな」
 自分としては、物が手に入るのに時間などはたいした問題ではないのだが。
「とにかく見ていこう。いったいどういう機能なのかも知りたいからな」
 まずは一通りぐるりと見てまわり、それから手近なところを見る。
「どういうのがほしいんだ? 一眼レフタイプか?」
「いや、そんな持ち運びにくいものはいらない。薄型で、綺麗に写ればそれでいい。あとはメモリーが多ければ多いほどいいけど、別にそこはこだわらない」
 とりあえず目についたのはCANONのIXY。
「人物が綺麗に撮れるのがセールスポイントらしい」
「他のと何か違うのか?」
「被写体が動いても、ピントが自動的に追尾するらしい」
「そういうのはありがたいな。別に本格的にやるというつもりではないから。だが、そういうのは最近だとどのカメラにもあるんじゃないのか?」
「まあそうだろうな。ただ、その部分に力を入れているということだ」
 隣の島はCOOLPIX。こちらの売りは撮影や再生がタッチ操作できるという点。さらには顔認識が最大十二人までできるので、集合写真も綺麗に撮影できる。
「却下。別に集合写真を撮る機会なんてそうそうない。私は自分と悠斗が撮れればそれでいい」
 なかなかいい殺し文句だが、その言い方には何か問題がある。
「俺を撮ってどうする気だ」
「どうするも何もない。記念撮影だろう?」
「風景を撮りたいとかじゃなかったのか」
「どちらかというと、自分と悠斗だな。毎日のことを記録に残しておきたいんだ。私がこの世界に生きていた証に」
 なるほど。そう言われると納得せざるをえないし、さらには買い与えないわけにはいかない。
「分かった。あまりイタズラには使うなよ」
「大丈夫。せいぜい悠斗の寝顔を盗撮するくらいだ」
「そんな冗談を言う奴にカメラなぞ持たせるか」
 いきなり百八十度の方針転換に真央は笑って「大丈夫、何もしない」としっかり約束する。もちろんそれくらいの約束をしなければ信用などしないが。
「次はOLYMPUSのμシリーズだな。手振れを抑えるのにこだわって作っているようだが」
「それは重要だ。でもデザインがよくない」
「PENTAXのOptio。風景、人物をくっきり撮ることができる。お、人物は三二人まで認識。顔へのフォーカス時間が約〇.〇三秒」
「このA40というのがいいな。画素数も多いし、何よりデザインがシンプルで褪せない。でも色がシルバーだけか」
「FUJIFILMのFINEPIX。新開発の28mmワイドレンズ……って、さっきのPENTAXにも書いてあった気がするが。画像加工もできるんだな」
「そんなのはPCに保存してやった方が早い。このレッド&ブラックはなかなかデザインがいいけど」
「CASIOのEXILIM。自動追尾、ブレ検出、顔認識、なんか聞いたことがあるのばかりだな。ええと、高速連写? 一秒間に最大四枚まで撮影可能。ムービーも取れる。H.264方式で、メモリは1GB」
「鳥とか動物を撮るのにはよさそうだ。それにデザインもいい。これは候補」
「PanasonicのLUMIX。ピンホールモードやモノクロ処理なんかもできるが、多分他のでもできるんだろうなあ」
「デザインがありえない」
「SONYのCyber−shot。世界最薄。ペイント機能で文字や絵を直接描くことも可能」 「これだ!」
 真央が声を上げる。どうやらお好みのものが見つかったらしい。
「機能的にも素晴らしいし、デザインというかカラーもいい。このT77グリーンは本当に可愛い。何枚撮れるんだ?」
「約二二〇枚。メモリスティックは別売」
「これがいい。悠斗、これでもいいか?」
「決めるのはお前だ。好きなのを選べ」
 結局機能よりは見た目のデザインが重視されるのか。カメラ会社も作るときはその辺りを考慮して作ればいいのに、どうしてこうものっぺらとしたものばかりで、社名とか大々的に入れるのだろう。それこそどこかのイラストレーターに注文して、表面にイラストを入れればいいものを。
「じゃあこれにするか。あとは別売りでプリンタとメモリスティックがあるが」
「それはいい。ただでさえ高い買い物なのに、それ以上はいらない。画像はPCで処理するし、メモリで保存する必要はないから」
「分かった」
 とはいえ、これで金額が二七八〇〇円。思っていたよりは高くない。
 レジで購入して包装してもらう。全て手続きが終わって、袋ごと真央に渡す。
「メリークリスマス」
「ありがとう、悠斗」
 笑顔の真央が、袋を胸に抱いて感謝の言葉を言った。






 食事をしている最中もそのプレゼントが気になって仕方ない様子だった。終わって帰宅して、真央はまっすぐに自分の部屋へ。もちろんプレゼントを実際に使ってみるのだろう。
「やれやれ」
 先に日課の記録を始める。それにしても、いつの間にデジタルカメラなどに興味を覚えていたのか。
(確かに旅行のときから写真を撮りたがってはいたな。自分が撮ることで記録を残したいのか、それとも自分が写ることで記録を残しておきたいのか、あいつがどう行動するか、しっかり見ておかなければな)
 だが、写真を撮るという行動は、気に入ったものを残しておきたいという想いの表れだ。ひいては、自分の存在や周囲の存在を保存し、後世に残したいという、人間の本能からくる欲求だ。写真撮影というのは、きわめて人間的な行為だと考えられる。その行為を行っている真央は、間違いなく魔王から人間に近づいている。
 いったい真央がこれからどう変化していくのか。少なくとも今年は本当にうまくいったと考えるべきだろう。だが、来年は受験があり、さらには高校に入って人間関係を学んでいくことになる。いろいろと難しいことが増えてくる。
「悠斗」
 真央が部屋から出てくる。早速そのカメラを手にしていた。
「どうした」
「記念に一枚、一緒に写ってほしい」
 まあ、ここで断るのも真央がかわいそうだ。ああ、と頷く。
「で、どうすればいい」
「座っててくれればいい」
 真央はソファの隣に腰掛けて自分にくっついてくる。そして、右手でカメラを自分たちに向けて構える。
「そんなのでいいのか」
「うん。ブレは修正してくれるし、ピントは勝手に合わせてくれるから簡単」
「写真も随分簡単になったもんだな」
 一昔前は、コンビニまで写真の現像を頼みにいっていた。自分で写したものをパソコンに取り込むなど、十五年前には想像もしていなかったこと。
「はい、チーズ」
 フラッシュがたかれて撮影音がする。
「こんな感じ」
 二人が写った写真がタッチパネルに表れる。
「昔はピントを合わせるのも自分でやったのにな」
「それだけ便利になったってことだよね」
 デジタルカメラは確かに便利になった。デジタルカメラがなかったころは、たった一枚の良い絵を撮るために、撮影しては現像し、またその繰り返し。その場で撮影されたものがどんな感じになるかは分からないので、結果が出るまでに長い時間がかかったものだ。
 だが今は違う。気に入らない絵は削除ができて、しかも撮った絵を簡単に加工できる。昔の写真を知る者にとっては安上がりになってしまった。構図のセンスがどれだけあっても技術がなければできない仕事、それがカメラマンだった。今は、誰もがカメラマンになれる。技術はいらない。
「最近のカメラってのは本当にすごいもんだな」
「どうしたの、突然」
「いや。俺はあまりカメラを自分で使うのが好きじゃなくてね」
「どうして」
「さあ、なんでだろうな」
 理由は分かる。自分なんか、カメラの知識もなければ技術もない。そんな人間が道具の力だけで良い写真が撮れてしまうのが、職人に申し訳ないと感じてしまうからだ。だが、それは自分の勝手なこだわり。真央に伝えるような話じゃない。
 それに、道具の技術が上がったということは、誰でも簡単にカメラや写真というものに触れる機会が増えたということでもある。それは一つの文化の発展だ。それは決して悪いことなどではない。
「まあ、言いたくないならいいけど」
 真央は既に手馴れた操作でタッチパネルに触れて、二人の顔を中心に移動させる。本当に、こんなに手軽に操作できるのだから、職人の技術など本当に必要なくなってしまう。
 そしてペイントペンで『Merry Christmas in 2008』と書き込む。すっかり英語も書けるようになった。中学校レベルの勉強もそろそろ卒業か。
「写真を残して、お前はどうしたいんだ?」
「いつか、この写真を見るときが来るよ」
 触れるほどに近い距離で、真央が自分を見上げる。
「そして私は悠斗にこの写真を残していく。私のことをいつでも思い出せるように」
「お前のことを忘れることなんかできねえよ」
 苦笑する。そんなことまで考えなくてもいいものを。
「写真は全部、PCに入れるんだな?」
「もちろん」
「それならやっぱり、メモリスティックを大量に買ってきておこう」
「どうして?」
 それは、ごく当たり前のこと。
「俺はパソコンを開けばお前の写真が見られる。だが、お前はそのカメラを持っていかなければ写真を見ることはできないだろう」
 言われて少ししてから、真央は自分に抱きついてきた。
「悠斗、大好き」
「知ってる」
 その頭を優しく撫でる。
 全く、この魔王は本当に、男を喜ばせるのが上手い。







【6】

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