「楽しい時間はあっという間だな」
「旅行初日からそんなことを言うな」






【8−C】







 首里城から那覇市内のホテルへ移動。こちらは普通のビジネスホテル。格安航空券を買ったら一泊無料で泊まれるとのことだったので、別に毎日リゾートでなくてもかまわないだろうという判断から適当なホテルを指名していた。
 駐車場に車を入れ、荷物を運び入れてから、国際通りへタクシーで向かう。沖縄一の繁華街。お土産もだいたいはここで手に入る。最終日にアウトレットモール『あしびなー』で買うこともできるが、どうせレンタカー移動なので初日に買っておいても何の問題もない。荷物が多くなったら宅急便で送ればいい。
 というわけで国際通りに足を踏み入れる。とにかくもう、人、人、人。
「すごい人だな」
「それだけこのゴールデンウィークに沖縄に来ている人が多いということだな」
「悠斗」
 くい、と真央が袖を引く。
「どうした」
「鉄人がいる」
「は?」
 言っている意味が分からない。
「鉄人28号だ。ほらそこ」
 真央が指さした先に、確かに鉄人がいた。



「……これは、いろいろな意味で、いいのか?」
「悠斗に分からないものが私に分かるはずがないだろう」
「さすがに沖縄。何でもありだな」
 そのまま歩いていくと、今度はウルトラマンも出てきた。何なのだろう、この町。
「なかなか面白いものが多いな」
「そんなネタもので面白くされても風情がない」
「ただ、客を楽しませようとしているのは分かる。それは悠斗的にはいいことなのではないか?」
「まあそうだが、版権関連はまずいだろ」
「大人の世界は難しいな」
 そうして歩いていくと、今度はTシャツ屋を発見。『無責任』とか『泡盛大好き』とか『諦めたらそこで試合終了ですよ』とか、意味不明なプリントがされているTシャツばかり売っている店だ。
「これが最近の新作らしいな」
「どれどれ」
 真央に言われてそのTシャツを見る。

『●で何が悪い』

「法律的に悪いだろ」
「対面的にも悪いな」
「というかこれはさすがに作るのもどうかと思う」
「まったく同感」
 そうして、途中の土産物屋に寄る。沖縄名菓『ちんすこう』や『紅いもタルト』といった人気商品がずらりと並び、さらにはよくある『ハイチュウ』などのどこにでも売っている商品に『パイン味』『ゴーヤ味』『黒糖味』『紅いも味』『マンゴー味』といったご当地味が並ぶ。
「紅いもは美味しいかもしれないな。何しろあのソフトクリームであの美味しさだ」
「紫色はどうかと思うがな」
「アクセサリーやストラップもあるな」
「そういえばお前、携帯にストラップをつけていなかったな」
「ん、ああ。特別必要とは思っていなかったが、せっかくだから沖縄で買うのもいいかもしれないな──」
 と、少し考えてから真央が言ってくる。
「そうだな。悠斗が決めてくれ」
「お前、いきなり人に投げるか」
「いや、そうじゃない。プレゼントとしてほしいんだ。自分だとどうしても欲しいというものがない、というかどれも可愛くて一つに決められない。でも、悠斗がくれたものなら、それが何であっても、とても大切にすると思う」
 言わんとすることは分かる。それは自分で決めた方がいいものだと思うが、逆に毎日身近に置くものだからこそ、プレゼントとして欲しいという気持ちも分かる。
「分かった。すぐには決まらないから最終日までには買おう」
「うん。楽しみにしている」
 そうしてさらに歩いていき、ようやく見えてきた民謡居酒屋『地酒横丁』に入る。
「あれ、酒は飲まないんじゃなかったのか?」
「普通に食事もできる。沖縄の味を楽しめて、さらには三線や太鼓の生ライブが見られる」
「なるほど、沖縄文化を楽しむというわけか」
 店に入ると、椅子席にカウンター、さらには小上がりがあって、小上がりの奥にライブスペースがある。
「どちらのお席がよろしいですか?」
「できれば近くでライブが見たいな」
「というわけで小上がりで」
「はい。小上がり二名様ご案内でーす」
 壁側の二名席テーブルについて、まずは飲み物。
「シークワーサージュース。悠斗はお酒か?」
「そうだな。ではオリオンビールを」
 それからメニューを開き、飲み物が来るまでにメニューを決めてしまう。
「ラフテー、ミミガー、このあたりは豚肉だったな」
「ああ。それからゴーヤチャンプルか。ヤギ刺もいいな」
「あと島らっきょうのてんぷらを食べてみたい」
「渋いところきたな。お前、酒飲んでもいけるんじゃないのか」
「さすがにそれはまずいだろう。私はどう見ても未成年だ」
 そうして飲み物が届いて、まずは乾杯。
「初日お疲れ」
「悠斗も。沖縄に連れてきてくれてありがとう」
 一口飲んでから真央が尋ねてくる。
「オリオンビールというのは、普通のビールとは違うのか?」
「違うな。味が全然違う」
「それだと、他のビールに慣れている人たちは美味しくなかったりするんじゃないのか?」
「そうだな。別に居酒屋で飲むなら普通のビールでいいんだろうが、自宅で飲むならオリオンビールなんだろうな」
「何故?」
「まず味が違うといったが、オリオンビールの一番の特徴は水っぽさだ。『名護の水』と言われるように、オリオンビールは飲みやすさを第一にしている。暑い気候で、コクだの何だといわれるより、水みたいにがぶがぶ飲める方がありがたいんだろう」
「なるほど、気候の問題か。暑いときにたくさん飲めるようにするための工夫ということだな」
「だから全国では全く売れないオリオンビールが、県内では飛ぶように売れる」
「詳しいな、悠斗」
「と、何かで説明されていたが、実際にはどうだかな」
 あまり美味しいとは感じない。だが、確かに沖縄という土地で普通のビールが売れなくても、それは納得のいく話だ。
「さあ、料理が来たぞ」
「これがラフテーか。大きいな」
「まあ要するに豚の角煮だが、ここまで大きくしなくてもな」
「でも美味しい」
「そうだな。よく染みこんでいる」
「こっちの島らっきょうのてんぷらも美味しい」
「ゴーヤチャンプルはあまり苦くないな。これならお前でも普通に食べられるだろう」
「うん。あ、ヤギ刺って、少し変わった味。筋ばってるし」
「ヤギ汁というのもあるらしいが、これはあまりオススメではないようだな。まちぐゎーの方に行けば売っていたはずだが」
「あえて危険に踏み込むのは勇気ではなく蛮勇だ」
「全面的に賛成。俺たちはヤギ刺で満足するとしよう」
 そうしてだいたい食べ終わったところでちょうどライブの時間となった。男の人が一人と、女の人が二人。



「沖縄の音楽は独特だな」
「そうだな。まず音階が違う。ドレミファソラシドのうち、レとラがないんだ」
「えーと、ドミファソシド?」
「ああ。だからまったく違う音色になる。音階が少ないだけに表現の幅も狭まるが、そのかわり南国独特の雰囲気を出せる」
「ふうん。なかなか面白いものだな。あの女性が弾いているのが三線か?」
「そうだ。基本、沖縄の三線は上から下に弾く。ギター用語でいうところのダウンストロークだな」
「それからあの太鼓は?」
「縦になっている方が平太鼓だな。で、横に倒されている方が締太鼓。まあ名前はともかく、リズムを取るためのものだっていうのは太鼓だろうがドラムだろうが同じだ」
「なんだかこういうのはいいな。聞いていて面白い」
「それは良かった」
「あ、悠斗、あそこ」
 真央が視線を走らせる。
「和服の女の人がいる。珍しい」
「そうだな。県民か、もし旅行客だとしたらわざわざ和服を持ってきたっていうことだな。相手の男の方は普通の格好だが」
「沖縄に和服か。風情だな」
 そして曲が進むと、椅子席の方から女性客が立ち上がって踊り始めている。狭いスペースだが、この店では最後に客がみんなで踊るらしい。
「私たちも踊るのか?」
「そうだ。カチャーシーと言ってな、沖縄民謡の締めに演奏されるもので、客がみんなで両手を上に上げて足を踏み鳴らして踊る。カチャーシーは『かき回す』という意味で、両手を上げて左右に振り回すところがかき回すように見えたから、そう名づけられたそうだ」
「なるほど、みんなでというのがいいな。面白そうだ」
 そしてリクエストタイムになって、おなじみ『島唄』が客からリクエストされる。普通本土の人間が知っている沖縄民謡などその程度だろう。
「さて、それでは最後の曲となりました。みなさん、最後はカチャーシーで締めたいと思いますので、どうぞご一緒に踊ってください」
 ライブの女の人が、さあさあ、と小上がりの客から順番に立たせていく。もちろん、自分も真央もだ。
 既に何人かが踊り始めていて、後はその中に入るだけだった。場所は狭いが、ただ手を上げて左右に振り回すだけ。
 だが、真央はすごく楽しそうだった。終始笑顔で、一生懸命踊っていた。
(連れてきてよかったな)
 真央が楽しんでくれるのが何より一番だ。
 そして三分か四分ほど踊って、ようやく曲が終わると、踊っていた客同士がハイタッチでお互いを讃えあう。
「今日のライブはこれで一旦終了となりますが、まだ時間はありますので、ゆっくりとされていってください」
 と、演奏者たちが引き上げていくので、拍手で送り出す。
「お疲れ様でした」
 と、気づけば真央は先ほどの和服女性のところへ挨拶に行っていた。
「おつかれさまでした」
「その和服、すごくお似合いですね」
「ありがとう」
 女性はにっこりと笑う。隣にいた男性も少し嬉しそうだった。
「沖縄の方なんですか?」
「いえ、旅行中です」
「それじゃあ、その和服は?」
「持ってきたんです。せっかく沖縄を歩けると思ったので、記念に」
 なるほど、そういう楽しみ方もあるらしい。
「そういうの、いいですね。私も今度、和服を着てみようかな」
「うん。若いうちにたくさん着ておいた方がいいよ。黒くて長い髪は和服によく合うしね。そう思わない?」
 女性は隣の男性に話しかけた。
「思う思う。そうだな、薄い青か緑の着物に、帯は白にした方が黒髪に映えるかな」
 男性はじっと真央を見つめて言う。
「そうだね、これだけ綺麗だと何着せても似合いそう」
「あー、すいません。妻は綺麗なもの見ると見境なくなるので」
 真央に話しかけられた女性がすっかり上機嫌で真央にあれこれと話している中、男性の方が自分に話しかけてきた。
「ご兄妹ですか?」
「ええ、まあ。そちらはご夫婦で」
「そうです。連休じゃないと旅行なんてこれませんからね。ついさっき到着して、まず国際通りに来たところです」
「似たような感じですね。首里城は先に見てきましたけど」
「そうでしたか。また会えるといいですね」
「ええ、真央も喜んでいるみたいです」
「妻も喜んでます。若い人に着物を褒められてとても上機嫌です」
 男性は苦笑していた。まあ、気持ちは分からないでもない。
「もしまたどこかでお会いしたら、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 と、どこか大人の会話をして、男性と女性は挨拶をして行ってしまった。
「いい人だった。もしよければああいう人に着付けとか習えるといいと思った」
「そいつは良かった。仲の良さそうな夫婦だったな」
「うん。また会いたい」
 真央は笑顔で言う。
「さて、そうしたら俺たちもそろそろ行くか」
「うん。明日は斎場御嶽からだな。今日はゆっくり休まないと」
 会計を済ませて店を出る。旅行の初日が終わりを迎える。
 最後に真央が、笑顔で言った。
「楽しい時間はあっという間だな」
「旅行初日からそんなことを言うな」







【8-D】

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