悔しかったら、アタシより強くなるんだね。そうしたら抱かれてやるよ。











PLUS.外伝

血染めの月







If you're stronger than me, you can fuck me.






 神羅カンパニーは全世界に展開する巨大企業である。
 この世界で生きていくのに神羅と無関係で生きていくことはできない。各地にある魔晄エネルギーを利用できるのも神羅のおかげだし、ほとんどの巨大都市の設計には神羅が関わっている。
 当然、裏では『汚い仕事』もある。二代目ルーファウスが事実上トップの座から引退したとはいえ、その『汚い仕事』を受け持つ部署そのものは残る。
 タークス。
 神羅が神羅であることができるのは、ソルジャーと呼ばれる傭兵部隊と、タークスと呼ばれる『裏』の仕事を受け持つ諜報部隊のおかげだ。
 そのタークスを率いていたツォンも、先のセフィロス事件においてリタイア。現在は引退したルーファウスの下に実働部隊が集まっている。
 粗末なあばら家は、かつて神羅で全世界に号令をかけていたルーファウスには相応しくないものの、もはや人前に出られぬ体となった彼にとっては場所などもうどこでもいいのだろう。






 レノは、家の外で草むらに横になりながら草笛を吹いた。
 ルーファウスからは、タークスの指揮をとるように正式に言われたものの、返事は保留にしている。
 ツォンを見ていても分かる。タークスを率いる者は、まずリーダーシップを持って、部下を教育して、神羅のことを絶えず考えて、敵対組織の情報を集めて、そうした計画を立てて部下を実行させて……と考えていかなければならない。
 面倒くさい。
 自分は使う側ではなく、使われる側の方が気楽でいい。
 ただ、ツォン亡き今、自分より優秀なタークスがいないのも事実だ。それは自分の実力を冷静に把握できるからこそ、よく分かる。
 ルードは自分よりもそうした上から指示するということが似合わないタイプだ。そして自分たち二人以外にベテランタークスがいるかといえば──
(そういや、一人だけいやがったぞ、と)
 ヴィンセント・ヴァレンタイン。
 神羅と敵対することになってはしまったものの、今の神羅ならば協力体制をとることもできるのではないか。いっそあの男を引き抜いて、タークスを統括させればいい。その時にベテランの自分やルードが邪魔なら、タークスから追い出してくれたってかまわない。
 とはいえ、こんな考え方ができるからこそ、レノをタークスのトップに、とルーファウスが考えるのだろうが。
(やれやれだぞ、と)
 あまり考えたくない。仕事のことだけに集中できていた頃が懐かしい。
 まったく、ツォンさえ生きていれば自分がこんなわずらわしいことをしなくてもよかったのだ。

 ああそうか、いたな、一人。適任者が。

 多分彼は選ばれたら反対するだろうが、まあこの際だ。彼が上にいるのならこちらも動きやすい。問題はないだろう。彼のことならばルーファウスも知っている。その働きぶりを褒めていたくらいだ。
 度胸も腕っぷしもある。まあ、自分には及ばないが。ただ、上にたってものを見る能力はきっと自分よりあるだろう……あると信じたい。
 レノは懐からPHSを取り出すと、直通ダイヤル04にかける。
「おう、元気にしてるか」
『最悪だ わんさか敵がいる』
 冷静な状況分析と、その状況からでも自分ならば生き延びることができるという自信がこもった声。レノは苦笑して答えた。
「そりゃ悪いことしたぞ、と」
 そういえば彼は自分の命令で、かなり危険な任務につかせたところだった。
「着信音は切っておくのがマナーだぞ、と」
『今度から気をつけるが、仕事の途中で鳴らしたあんたに言われたくない』
「その仕事だぞ、と。片付いたらすぐに来い」
『リョウカイ』
「応援はいるか?」
『俺ひとりでも充分だ』
「その意気その意気」
 そして通話を終了させる。先のセフィロス事件を生き抜いたタークスメンバーの一人だ。実績も能力もずば抜けている。彼ならばこれからのタークスを任せても大丈夫だろう。
「さて、俺はこっちの仕事に取り掛かることにするぞ、と」
 起き上がったレノは、傍らに放り投げていた書類の束を手にする。
 ライフストリーム調査報告書。
 先の事件から徐々に出始めている星痕症候群。その問題がライフストリームにあるのではと睨んだ神羅カンパニーからルーファウスが受け取った調査報告書。だが、ところどころ穴の多い報告で肝心の部分が今ひとつ分からない内容になってしまっている。
 ライフストリームとは精神エネルギーの流れ。全ての人間は死ねばライフストリームに還るとされている。
 問題は、そのライフストリームに『途切れ』が見えている、ということだった。
 何をもってその流れが断ち切られているのかは分からないが、世界何箇所かにその断点が見られるというのがその報告内容だった。
「実際に一箇所行ってみるのが早いぞ、と」
 レノは現在動けるタークスメンバーを考える。セフィロス事件の前からタークスに配属となったメンバーは、今も世界中をひっきりなしに動いている。もちろん、仕事の美学として、きちんと休暇は与えている。休暇を楽しめないようではタークスとして使い物にはならない。
「休暇でもなく、今動ける奴か」
 あては一人しかいない。だが、確かに成長著しいとはいえ、彼女を連れていくのは正直足手まといな印象がぬぐえない。
「ま、仕方ないかぁ。お仕事、お仕事っと」
 ルーファウスには予め話を通しておいて、彼が戻ってきしだい、正式に彼をタークス主任として率いさせ、自分は現場に戻る。
 完璧だ。
 ただ、彼からまた恨まれるのは目に見えてはいたが。






『ふざけるな! どうして俺が主任なんかやらなきゃいけないんだ。エースのレノがやるのが一番だろ! 俺なんかがやれるような仕事じゃないって! だから、こら、レノ、聞けっ! 俺を置いていくなーっ!』






 ──という嘆きの叫びを「ま、これも給料のうちだぞ、と」と一言で片付け、レノは車に飛び乗った。やはりルーファウスの傍であれこれ頭を働かせるより、実際に現場に出てみなければ自分の力というものは発揮できない。
「で、レノ先輩の今回の仕事は何なんですか?」
 と、お供に連れてきたイリーナが助手席から尋ねてくる。まったくもって不安極まりないが、それでも一人で行動するよりはずっといい。きっと。多分。
「なんかレノ先輩、失礼なこと考えてません?」
「気のせいだぞ、と」
 レノは運転しながら後部座席に置いてあった調査報告書を渡す。
「ライフストリームの断点、ですか?」
 何とか読み終えたイリーナが尋ねてくる。
「じゃあ、その断点と予測されている地点に行くんですね?」
「そういうことだぞ、と」
 さらにアクセルを踏み込む。車はさらにスピードを上げて、荒野を駆け抜けていった。






 タークスのレノ、といえばその道では知らない者はいない。
 神羅のタークスは世界の裏稼業の中でも、トップクラスの諜報組織部隊だ。もちろん諜報だけではない。暗殺も誘拐も、何だってやる。
 全ては神羅を栄えさせるため、ということだが少なくともタークスにいるメンバーのほとんどは『神羅のため』などという理由では働いていない。レノの知る限りそれは前々主任のヴェルドと、前主任のツォン。この二人だけだろう。そして今、自分を含めて神羅のために動こうという人間はタークスの中には皆無だ。
 それなのにタークスそのものは神羅のために活動している。そこに矛盾はない。タークスにいるメンバーは、自分が一番活動できる場所を探しており、タークスという場所が自分に相応しい場所であるということを知っているからだ。
 いわば、タークスのメンバーは自分のために活動しながら、タークスそのもののために活動しているといってもいい。
 一方でレノはタークスという立場にはそれほどこだわりはない。最初は自分も他のメンバー同様、自分さえよければという考えだった。だが、今、彼を動かしているのはたった一人の、自分の先輩からの余計な一言、それだけが理由だった。
 その先輩は、タークスに入る前のレノをこてんぱんに叩きのめした。悔しくて、もっと強くなるためにその勧めに従ってタークスに入った。
 そう。その強さは冗談ではなかった。当時ツォンとともにタークスのWエースとして活躍していた。ツォンがどちらかといえば戦略、戦術を重視していたのに対し、こちらは戦闘技能のみを高みに昇華させた存在だった。
 自分がこだわっていることが分かったのだろうか、別れる前、最後にこう、言い残していた。

『悔しかったら、アタシより強くなるんだね。そうしたら抱かれてやるよ』

 彼女はツォンと同時に主任となった。タークスのリーダーは事実上ツォンだったのだが、同じだけの実績を上げていた彼女を昇格させないわけにはいかなかった。総指揮官をツォンとし、現場指揮官が彼女となった。
 だが、彼女の現場指揮は結局一度きりとなった。彼女は任務遂行後、ホテルで一人になったときに大量の睡眠薬を飲んで死んだ。直属の部下として配属されたレノが第一発見者だった。見つけたときには、既に冷たくなっていた。
 彼女がどうして死んだのかなど分からない。ただ分かっているのは、初恋の相手に、死んでからしかキスできなかったということだけだった。

 かっこいい女性だった。
 理知的というか、どことなく影を帯びているところがあった。そして戦いとなると人が変わったようにぎらぎらとした目つきになる。
 金色の髪が返り血で赤く染まる。ついた二つ名が『血染めの月』。まったく彼女をよくあらわした表現だと感心する。
 もちろん美人だった。何もせず、じっと黙っていればあれほど整った顔もそうは見つからないだろう。それなのに彼女の顔はいつも何かしらの感情と共にあった。たいていは笑っているか怒っているかのどちらかだった。
 彼女が自分を本気で怒ったことは一度もない。部下としてというより、同僚という感覚が強かったのだろう。それに、先輩・後輩という関係が長く、上司・部下という関係になっていたのはほんの一週間程度だった。

 何人もの女性を抱いたレノだが、本当に欲しいと思っていたのはただ一人だった。そして、それがもう永遠に手に入らないということが、痛いほどよく分かっていた。






「ここですかぁ」
 イリーナが荒野の真ん中に空いている巨大な穴を覗き込む。そこからではライフストリームの有無は分からない。ほとんど垂直に落ち込んでいる崖を降りていかなければならない。
 怖いのは、イリーナが足を引くことだ。彼女が万一ミスして、ライフストリームなどに落ちてしまったら二度と自分は還ってこられないだろう。
(ま、それでもいいか)
 そうしたら自分はライフストリームの中で彼女に会うこともできるだろう。それならそれでもかまわない。
 レノが命綱を固定してから、先に下りていく。イリーナはその場に残すつもりだったが、自分の後からついてこさせた。これも経験だ。
 しばらくその崖を下りていったところで、穴の奥に何か光が反射したように見えた。どうやら、ライフストリームが近いらしい。
 そのときだった。
「きゃあっ!」
 足を滑らせたイリーナが、自分に向かってまっすぐ落ちてくる。
 瞬時に両足と命綱とで身体を固定させ、自分の真上に落ちてきたイリーナを両腕でしっかりと受け止めた。
「わわ、わわわわっ」
「落ち着けよ、と。落ち着かないと──」
 その時、ぶちっ、という嫌な音が聞こえた。
(ぶち?)
 そのまま自分の体勢が仰向けに動いていく。
 その視界の端に、途中から見事に切れたロープが見えた。
(……不自然だぞ、と)
 よくよく見ると、イリーナが使っていたロッククライミング用のハーケンが見事にロープを真っ二つにしてたようだ。
「普通、お笑いでもおこらないぞ、と」
 そのまま重力に引かれて落ちていくレノとイリーナ。
 だがまあ、こうなってしまった以上はもうどうしようもない。
 大人しく、ライフストリームに身をゆだねよう。
(ま、これであの女に会えるならしめたものだぞ、と)
 そうして彼は、イリーナを抱きしめたまま目を閉じた──






 目覚めると、日の光がまぶしい。
 波の音と、潮の香り。よく分からないが、どうやら自分はまた生き延びることに成功したらしい。
 イリーナの姿を探すと、すぐ隣で寝息を立てていた。いい気なものだ。
「目が覚めましたか?」
 そして聞こえてくる優しい女の声。
(まさか)
 聞き覚えがある、などというものではない。今の声は、まさにあの女のもの──

「エレナ!」

 だが、身体を起こして見た相手は──あの女とは似ても似つかぬ、小柄な緑色の髪の少女だった。
「ええと、すみません。人違いかと思います」
「ああ、悪かったな、と」
 それから身体の誇りを払う仕草をする。落ち着け、と自分に言い聞かせる。どのような場合でも冷静でいろ。それもまたあの女から叩き込まれた技術の一つ。
「あんたは誰で、ここはどこだぞ、と」
「ここはフィールディ。そして、私はリディアといいます」
「フィールディ?」
「はい、異世界の方。私はあなたに会えて嬉しく思います」
 にっこりと笑う。年相応のあどけないものだったが、自分の容貌を見ても動じないのは、よほどの場数を踏んできているということか。一般人でも自分の姿を見れば、危険の匂いが分かるようなものなのだが。
「異世界ってのは、どういうことだぞ、と」
「詳しく説明しますけど、そちらの女性が目覚めてからにしましょう。それに、私はあなた方にお願いがあるのです」
 リディアと名乗った少女は微笑んで言う。
(やっぱり、声は似ているぞ、と)
 ただ、その雰囲気が違う。こんな優しいオーラは、あの女には似つかわしくない。
(ま、いいか)
 あまり深く考えずに、レノは現状を受け入れることにした。
 まずは現状把握だ。この少女から聞きだせるだけのことを聞き出す。そして後は──
(あの女のよしみだ。願いの一つくらいは聞いてやるぞ、と)






 無論、レノはこの時点で、彼女の願いの先にいるのがエアリスだ、などということは知るよしもない。






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