遠く静かな星空から あふれる命の唄が聞こえる












PLUS.255

旅人の帰還







He returned.






 カイン・ハイウィンド

 第十世界キトレニアに還り、親友と再会する。



「カイン、本当に大丈夫?」
 ティナを見送った後、いよいよカインが元の世界に還る番となった。
 他のメンバーは既に移動し終わっている。この場に残っているのは幻獣界に居残るスコールとリディア、セルフィの三人。そしてカインと共にキトレニアに向かうイリーナ。これで全員だ。
「あのな、リディア」
 カインは頭を右手でおさえる。
「何も、果し合いに行くわけでも何でもない、ただ友人に会いに行くだけなんだぞ」
「だって、カインが、セシルに、会いに行くんだよ? ローザとの結婚式だって完全にすっぽかしたし、会ったとたんに何が起こるか」
「お前は誰が誰をどうすると思っているんだ」
 ここまで過保護にされるとは思わなかった。
「何を心配している? まさかここまできて、俺がローザを誘拐するなんてことを考えているとは思わないんだろう」
「当たり前でしょ。心配してるのはカインだよ。一人で苦しくないか、辛くないか、どれだけふっきれてるって言っても精神的にいろいろとストレスかかるし、下手したら倒れるんじゃないかとか」
 思わずスコールまで苦笑いだ。セルフィもにやにやしている。
「大丈夫ですよ! 私がついてますから!」
 イリーナが自分の胸を叩く。それを見てからリディアも頷いた。
「そうですね。イリーナさんがいたら大丈夫かもしれません」
 褒められて喜んだのか、イリーナが舞い上がってカインにあれこれと話しかける。
「どういう意味で言ったんだ?」
 スコールが小声で尋ねた。
「カインは面倒見がいいから、イリーナが近くにいたら自分のことばかり考えなくて負担が減るかと」
 それはイリーナが子供っぽすぎるということだ。納得したようにスコールが頷く。
「すぐにセシルに会いに行くの?」
「そうだな。それでもいいんだが、少し時間がかかるかもしれないな」
「落ち着くために?」
「そうだな。だからあまり心配しなくてもいい。自分の状態はきちんと把握してから行く」
「うん」
 頷いてからリディアはさらに不安そうな顔をする。
「緊張してる?」
「それはまあ」
「そっか。カインはきっとどんな精神状態でも大丈夫だとは思っているんだけど……」
「セシルとローザのときだけは、客観的になれないと思っているのか」
「違う?」
「違わない。だが、そろそろ大丈夫だとは思っている。ティナのおかげだろうな」
「そっか。うん、なら大丈夫かな」
 不安はつきない。だが、リディアはそうやって自分を納得させることにした。
「リディア」
「うん」
「今まで、本当にありがとう。俺がこうしていられるのがお前のおかげだということを忘れたことはない。お前がいてくれたから俺はやってこられた」
「それはティナに言うことでしょ」
「ティナとは別だ。お前が命がけで俺を助けてくれたことも、俺のために心を砕いてくれたことも、全部俺にとっては大切な絆だ」
 最後にカインが力を合わせたのはティナではない。リディアだ。それだけカインとリディアの距離が近いということを意味している。
 ティナは、膨れるだろうが。
「私ね」
 リディアはちょっとだけスコールを見てから告白した。
「カインと、親友になりたかった」
「親友?」
「うん。本当はあこがれてたんだ。カインとセシルが、力を合わせてルビカンテを倒したでしょ。あのとき」
「ああ、お前随分こだわってたな」
「相手が何を考えているか分かっていて、自分がその相手のレベルで行動ができる。セシルとカインの関係って、私の理想だったの」
「それで親友か。だが、それならセシルでよかっただろう。お前、セシルっ子だったろうに」
「そうだよ。カインは怖くて、セシルは優しかったから。でも、なんでかなあ」
 リディアは苦笑して言う。
「多分、セシルにはローザがいたからだと思う」
「?」
「だから、セシルには彼女がいたから、目がいったのはカインの方だったってこと」
 スコールの顔が険しくなる。
 そんな爆弾発言を、この場で言わないでほしい。後で自分がスコールに殺される。アセルスといい、リディアといい、どうして自分を困らせることばかり言うのか。
「好きだったって言ったら、信じてくれる?」
「お前はエッジの方が好きだったんじゃないのか」
「後からはね。だって、カインは私のことなんか見てくれなかったし、エッジはいつも私にかまってくるから。でも、ずっとカインのことを気にしてた。カインは全然私のことなんか見てくれてなかったけど」
「二回も言わなくていい」
 それはきっとほのかなもの。それが明確な形になることはなく、なんとなく、という気持ちのまま終わった、恋ですらない感情。
「私はそんなに魅力なかったかな」
「天地がさかさまになっても、当時の俺の精神状況からすればお前を女として見ることは不可能だっただろうな」
「どうして?」
「俺とセシルがお前の母親を殺したのを忘れたのか」
「ああ、そうか。カイン、ずっと苦しんでたもんね」
 そんなふうに話ができるようになるくらい、二人の間にはいろいろなことがあった。ありすぎた。
「でも、だから親友でよかったのかも。恋愛は苦しいことが多いけど、親友の絆は変わることないもんね」
「そうだな。俺にとってもお前は誰より大切な、かけがえのない親友だと思っている」
「セシルより?」
「今となっては、そうだな」
 リディアの顔が満面の笑みを作る。
「カインにそう言ってもらえて嬉しい」
「他の連中とはなかなか会う機会もないだろうが、お前はこっちの世界の人間だ。またいつでも会えるだろう」
「そうだね。セフィロスさんを見つけるのは時間がかかるだろうけど、見つかったらいろんな世界を回りたい。スコールの世界にも戻らないといけないし、セシルやローザにもまた会いたい」
「俺は、お前にまた会いたい」
 カインは右手を差し出す。
「必ず再会しよう。親友として」
「うん。絶対。私、カインの親友でよかった」
 そしてしっかりと握手をかわす。
 セシルやローザというのは自分にとって何よりも重い関係だ。ティナは自分にとって最愛の、最も大切な存在。
 だが、リディアとは違う。
 何の遠慮もない、自分の苦しみを単純に分かってもらうことができて、相手の考えていることがすぐに分かって、力を合わせることができる。
 親友と言わずして、何と言おう。
「またね、カイン」
「ああ、またな」
 話が終わったところでスコールとセルフィも近づいてくる。
「全てが終わったら話がある」
 スコールが機嫌悪そうに言う。勘弁してほしい、と心から思った。
「いや、そういうことじゃない。ただ一度、手合わせをしてほしい」
「手合わせ?」
「そうだ。アンタは強い。だから、自分の力を試したい。多分、俺より強い奴はそうそういないだろうから」
 なるほど。それで手合わせか。
「俺より強い奴なら俺の故郷にいるが」
「アンタでないと駄目なんだ」
「いいか、スコール。俺はお前の父親の代わりじゃない」
 痛いところをついたのか、スコールの顔が歪む。
「父親を超えたいと思うなら、元の世界に戻ってから、世界を平和に統治してみるんだな」
「世界を?」
「お前の父親は指導者としてそうしたのだろう。指導者の息子として、自分の父親を超えてみたくはないか? 少なくとも俺は自分の父親を超えることを目標にしてきたし、この旅の中でそれが叶えられたと思っている」
 スコールは少し考えてから頷いた。
「そうしてみよう。ただ、それとは別にやはり手合わせだけはいつかしてほしい。父親のことを抜きにしても、アンタは俺の目標だと思うから」
 そんなものだろうか。まあ、目標がないよりはいいのかもしれない。
「分かった。リディアと一緒に来い。そうしたら手合わせしよう」
「ありがとう」
 そしてセルフィがにっこりと微笑んでくる。
「がんばってね」
「ああ。お前もセフィロスに会えるように、心から願っている」
「まっかせて〜。天下無敵のセルフィちゃんができないはずないでしょ〜?」
「そうだな。お前は心が強いから、きっと大丈夫だ」
 カインはセルフィの頭にぽんと手を置く。えへへ、とセルフィは微笑んだ。
「こうやってね、無邪気に近づける人ってもう少ないんだ」
「?」
「ほら、私、魔女でしょ。実はスコールですら私のこと怖がってあまり近づかなくなってるんだよね〜」
 見破られている。決してそんなつもりはなかったのだが。
「カインは私のこと、怖くない?」
「そうだな……」
 その小柄な体を、ひょいと抱き上げる。
「これくらいのことなら全然問題ないな」
「うわー、うわー」
 照れているのか、セルフィの顔が真っ赤だ。
「カインって大物だね。それに優しい」
「もうその話はいい」
 優しい、と言われることに慣れていないというか、自分がそんな人間ではないと分かっているだけに心苦しい。
「でも、ありがと。スコールはもちろんだけど、ブルーやカインのこと、すごい大好き」
「光栄だ。俺はお前が魔女だろうが何だろうが、いつでも味方だ。まあ、魔女の騎士はもっとうってつけの相手がいるから、俺では役者不足だろうが」
「えへへ〜。その役はセフィロス以外は駄目なので〜す」
 そうしてセルフィは床に下りる。
「いろいろと世話になった」
「がんばってね〜」
「カイン」
 スコール、セルフィ、そしてリディアが声をかける。
「幸せになってね」
 その餞別が何より嬉しかった。
「ああ、必ず」
 そうして。
 旅人は、故郷へと還る。






 元の世界に戻ってから、三日後。
 自分がセシルに会いに行った後で、イリーナとも一度別れることになっていた。カインがもう大丈夫だというのを見届けてから、イリーナはこの世界を一人で旅してみるというのだ。
「本当に大丈夫?」
 王宮へは一人で行く。それは最初から決めていたことだった。
「本当に俺の周りには心配性の奴が多いな」
「今までが今までだから」
 イリーナの発言に返す言葉もない。
「辛かったら別に今日じゃなくてもいいんだよ」
「いや、最初から今日と決めていたからな」
 なんでもない、ごく普通の日。
 何の前触れもなく、セシルに会いに行くのだと。
「少しくらいは嫌がらせをしてもいいだろう」
「嫌がらせになるかなあ。セシルさんは、カインが帰ってきてくれて喜ぶだけだと思うけど」
「だろうな、あいつのことだ」
「分かっててわざわざ普通の日にするんですか。だって、もうすぐセシルさんとローザさんの結婚記念日なんですよね。そのときにしたって」
 正直、別にいつだっていいのだ。
 ただ、そういう式典のようなものが行われるときに戻ってもゆっくりと話せない。だからあえて平日にしているという理由もある。
「ちゃんと戻ってくるんですよね? 一応アタシ、カインが戻ってきて報告を受けてから旅立とうと思ってるんですけど」
「大丈夫だ。こんな酔狂な兄につきあってくれる妹を無視するつもりはない」
「ならいいけど」
 イリーナはカインに近づいて、そっとその頬に触れる。
「カインが、無事でいますように」
「だから、どいつもこいつも、俺はただ親友に会いに行くだけだ」
 それでも、大丈夫かとか、がんばれとか、何か声をかけたくなるのがカインという人物なのだろう。
「行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
 そうしてカインはバロン城へと向かった。






 セシル・ハーヴィーという男は、自分にとって唯一の超えられない壁だった。
 力も、頭脳も、魅力も、そしてローザのことも。
 自分は何一つかなわない。勝てるのはこの精神力。カオスをも超える精神力。それだけだ。
 だが、自分は約束した。あの試練の山で。セシルの精神を投影したあの場所で。
 セシルは当然覚えていないだろう。
 だが、自分は覚えている。
 還ると。
 お前の元に、還ると。

 ローザ・ファレルという女性は、自分にとって最愛の女性だった。
 今はもう違う。確かにあこがれもあるし、いまだに愛している自信はある。
 ただそれ以上に好きな女性ができた。それだけだ。
 彼女は言った。いつか、幸せになれると。
 そして自分は幸せになった。
 だから、伝えたい。
 お前の言ったとおりだったと。
 こんな俺でも、幸せになることができたのだと。






(最初に、何て言えばいいんだろうな)
 緊張する。
 体もかすかに震えている。
 握った手が汗をかいている。
 見上げると、太陽が憎たらしいくらいに眩しい。
(謝るのか。それとも、ただ挨拶をするだけか。いや、何か違うな)
 その場にならないと分からないことというのはある。
 だが、これほど自分が分からないということはない。
(分からない。だが)
 ごくり、と唾を飲み込む。
(俺は、この時のために、長い旅をしてきたのだろう)



 自分がどういう存在であるのかを確かめるために。
 自分にとって。
 セシルにとって。
 ローザにとって。

 そして、答は出た。






 カインは城門を見上げる。高く、自分を拒むかのような。
(気の迷いだ)
 ぐ、と歯を食いしばる。
 そして、足を一歩踏み出した。
(行くぞ、セシル)






 この城の中に。

 自分の、最高の友人が、待っている。






FIN.

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