Maria
(ついにやっちまいましたこのタイトル/滝汗)
事件というものは、いつも唐突に起こるものである。
先日フェイト爆睡事件があったばかりだが、今度はマリアが昼になっても起きてこなかった。
いつも朝は早いだけに、この時間まで部屋で寝ているということがおよそ考えられなかった。
「やれやれ。こないだはフェイトで今度はマリアか」
クリフがぼやく。そしてフェイトを見た。
「まさかマリアに限ってゲームってことはねえよな」
もうかんべんしてくれ、と言いたかったフェイトだが、ここはぐっとこらえる。
「それじゃあ、みんなで見にいってみようか」
ソフィアが提案する。別に文句は誰からも出ない。
「ま、いいんじゃないのかい」
ネルの言葉で全員が立ち上がった。
マリアの部屋はディプロの中でも一番奥まった場所にある。
マリアは当初その部屋を嫌がっていたが、人通りがないので落ち着くことができるらしい(といっても足音も聞こえないので、あくまで気持ちの問題だが)。
まあどこかの誰かがいつも部屋の前をウロウロされていれば気にもなるのかもしれないが。
「さてと」
クリフが扉の前に立って、六人を振り返る。
「フェイト。お前行け」
「え、なんで」
「お前マリアと仲いいだろ」
「う〜ん、まあいいけど」
普段、どこかの誰かが部屋の前でウロウロしているときでさえ、気にせずマリアの部屋に入っていけるフェイトである。確かに問題はない。
──背後で殺気を放つ二つの視線が非常に気になるところではあるが。
フェイトは何故か咳払いを一つすると、軽くノックをした。
「マリア? いるのかい?」
「いるよ〜」
中からは元気な声が帰ってきた。
「なんだ、起きてるんじゃねえか」
クリフが言うが、今の返答は何かがおかしかった。
(何か幼いような)
どこか間延びしたような声、そしていつもより少し甲高い音。
「ええと、入ってもいいのかな」
「うん、いいよ〜」
鍵は開いているらしい。フェイトは扉を開けた。
部屋の中は、マリアの部屋らしくなく、かなり散らかっていた。
基本的に床にばらまかれているのは衣服。そしてどこから調達したのか、固形食糧品や飲み物のビンなどが机の上にたくさん置かれている。
そして、ベッドの上でちょこんと座っている少女。
「……マリア?」
全員の目が点になった。
愛くるしい小顔。
大きな瞳。
小さな手。
サイズがあまりに大きすぎるトレーナー。
いや、違う。トレーナーが大きいのではない。
「マリアッ!?」
マリアの大きさは、いつもの半分しかなかった。
つまり、幼児化していた。
マリアは驚きに満ち溢れている一同の顔を見て、あどけない笑顔で微笑んだ。
(可愛い)
男四人の頭の中に、萌衝動が走る。
「……これは凄いことになったね」
一番冷静なネルがとりあえず近づいて、マリアの前に跪く。
「アタシのことは分かるかい?」
「ん〜とね、ネル」
「そっちの蒼い髪」
「フェイト」
「金色の髪」
「クリフ」
「戦闘凶の真性サディスト」
「アルベル」
「ほう……」
アルベルから殺意が芽生える。尋ねる方も尋ねる方だが、答える方も答える方である。
「記憶はあるみたいだね」
「でも、明らかに肉体も精神も幼いぞ、これ」
「これってゆーな!」
失礼なことを言うクリフに、マリアは枕で叩きつける。まるっきり子供だ。
「……なあ、マリア」
「うん?」
目をくるりと回せて、にっこりとフェイトに微笑む。
「どうしてこんなことになったか、わかるかい?」
「え?」
ぷい、と分かりやすいくらいに視線をそらしたマリア。
「……マリア。君がこうなってしまった理由が分からないと、戻すことができないだろう?」
「……」
マリアはちらり、と視線を動かす。
その視線の先にいたのは二人。
「……そういえばお前ら、なんかさっきからずっと静かだったよな」
クリフがその二人の首根っこを掴んだ。
「いた、いたたたっ!」
「ちょっと、何すんのよっ!」
掴まれていたのはロジャーとスフレだ。
「で、何したんだ、お前ら」
「何もしてないよ、してないってば!」
「そうよ! ヌレギヌよ! 暴力反対!」
じたばたと足掻く二人だが、さすがに力ではクリフにはかなわない。
「……で、これか」
アルベルが指で机の上にあったビンをつまんだ。
「「あっ!」」
二人の声が重なる。
ソフィアがそれを受け取って、ラベルを読んだ。
「……若返り薬(偽)」
おそらくはアイテムクリエイションかなんかで作ったのだろう。フェイトたちは一様にげっそりとした表情になった。
「お前もこんな怪しいもの飲むなよ」
クリフは大きくため息をついた。
「ちがうの。スフレとロジャーは悪くないの。私が間違って飲んじゃったの」
それを聞いたソフィアが目を潤ませた。
「マリアさんって……昔はこんなに素直で可愛かったんだね」
じゃあ今はどうなんだ、という鋭い突っ込みはさすがに誰もいれなかった。
「まあとにかく、悪いのはこの二人ってことだろ」
相変わらず首根っこ掴まえられているスフレとロジャーはしゅんとなってしまう。
「治す方法ってあるのかな」
「治療法があるのならこいつらがこのまま放っておくはずがなかろう」
アルベルがごもっともな意見を言う。
「じゃあずっとこのままってこと?」
「さあな。放っておいたら薬の効果が切れるのか、それとも永続性のものか、試したものがいないなら分かるはずもなかろう」
フェイトの質問に的確に答えるアルベルだが、結論としては回復の目処が立たないという意味でもある。
「わたしはこのままでもいいよ」
マリアはそんなことを言った。
「え、でも……」
フェイトが困ってると、マリアは天使のように微笑んでフェイトの首筋に抱きつき、その頬にキスした。
「あああああああああっ!」
「……っ!」
ソフィアが叫び、ネルが殺意をたぎらせる。
だが、当のマリアは平然とした様子だ。
「これならフェイトといっしょにいられるもん」
「え、あ、うーんと」
あわてふためくフェイトに対し、ソフィアとネルは顔を青ざめていた。
「そういえば前回、マリアさんもフェイトに興味あるみたいだったし……」
「子供の姿ならアタシたちが攻撃できないと判断したわけか。あどけない顔して案外狡猾だね」
とはいえ、マリアはディプロ艦長である。クリフが代行することは当然できるが、艦長が不在というのはあまり望ましい形とはいえない。
「何にせよ、マリアの意思はともかくどうやって治すかだな」
「でもさすがに前回のフェイトの目覚ましと違って、何かしたから治るってもんでもないだろう?」
ネルがごもっともな意見を言う。
「そうだよなあ……ねえアルベル、君は治し方なんて知らないのかい?」
フェイトに尋ねられたアルベルは、ふん、と鼻を鳴らした。
「知らなくはないが、気が進まないな」
「どうしてだい?」
「バカめ。そんなことも分からないのか」
フェイトが顔に疑問の色を浮かべる。
「簡単なことだ。俺が子供を好きだからだ」
無言になる一同。
(ごめんなさい)
何に対してなのかは分からないが、とりあえずフェイトは心の中で謝った。
「……まあ、今回は場合が場合だ。仕方がないだろうな」
アルベルはやれやれという感じでため息をついた。
「いいのかい、アルベル」
いいも悪いもないだろう、とクリフは思わず口を挟みそうになる。
「ああ。俺が昔読んだものの本によると……」
アルベルは少し遠い目をした。
「騙されて毒を飲まされた少女は、王子様のキスによって治るという──」
「結局そのネタかいっ!」
ついにクリフから突っ込みが入るが、アルベルはかなりムッとした様子だった。
「失敬な。宇宙暦の前から伝わる由緒正しき伝説だ」
「伝説っていうところで既に随分うさんくさいぞ。つーか童話だろそれ」
「でもためしてみてもいいんじゃない?」
マリアはにっこりと笑った。
「ね、フェイト」
「ね、って……僕が!?」
殺意がますます強まる二人。
「ぜ〜〜〜〜ったい駄目!」
「……いい覚悟だね、マリア」
「ね、ね、いいでしょフェイト?」
そんな二人を全く無視して、マリアはフェイトにせがむ。
「え、でも……」
「いいんじゃねえか。それでマリアの気が済むんならよ」
(その後が怖いんだよ……)
人の気も知らないで、とフェイトはうなる。
「そ、そうだ。それならアルベルがやったらどうだい? 子供好きなんだろ?」
「失礼な。俺は子供は好きだがロリコンじゃない」
言外に『お前と違ってな』と付け加えられていそうな言い方だった。
「よ〜し、じゃあオイラが……」
「あんたは黙ってなさい!」
マリアの手元から愛用の目覚し時計が空を切ってロジャーの顔面に激突した(ロジャー行動不能)。
(……やっぱりマリアは幼くてもマリアだ)
フェイトはマリアに対しての認識を改める。
「はい、フェイト」
ニコッと笑ってマリアは顔を少し上げてくる。
無邪気なだけに、タチが悪い。
「ええっと……」
助けを求めようと周囲に視線を向ける。
さっさとしろというようなクリフ。
興味津々のスフレ。
殺意がこもっている二人。
無表情の真性サディスト。
行動不能の冒険王。
(どうすればいいんだこの状況……)
フェイトは泣きたくなった。
「……」
少しだけ顔を近づける。
わくわくわくわく、といったマリアの表情。
(悪魔だ……)
天使のような微笑みが悪魔のように思える。
「と、とりあえず目を閉じてもらえるかな」
「こう?」
ぱたん、と勢いよく目が閉じられる。
と、ますます逃げ場がなくなったこの状況。
(……〜〜〜〜ごめんっ!)
意を決して、軽く唇が触れる。
その瞬間、ボンッ、と音がして煙が立ち込めた。
「な、なんだ?」
煙が収まると、そこには先ほどと変わらずベッドの上に座っているマリアの姿があった。大きさだけが異なって。
「元に戻ってる!?」
スフレが一番に声を上げた。ほお〜、とクリフも感心する。アルベルは当たり前だとでも言うように鼻で笑った。ソフィアとネルはそれでも機嫌が悪そうだった。
「マリア、大丈夫かい?」
フェイトが声をかけた。だが、マリアは答えない。じっと俯いている。
やがて、すく、と立ち上がった。
「……マリア?」
その顔が。
先ほどまでの天使のような笑顔から、般若のごとく激怒の表情に変化していた。
「……よくもファーストキスを奪ってくれたわね」
宇宙空間でも響くかのような低い声。
「え、でも、それは、マリアが」
「問答無用!」
マリアの蹴りが、フェイトの側頭部を打つ。
二撃目が鳩尾に入る。
三撃目が顎を蹴り上げた。
トライデント・アーツ。マリアの必殺技が決まり、フェイトはノックアウトされた(フェイト行動不能)。
「全員出ていけーっ!」
マリアの逆鱗に触れた一同は、慌ててマリアの部屋を逃げ出した。
「いたたたた……」
医務室でソフィアとネルから治療を受けたフェイトが鳩尾をさすった。
「フェイト、大丈夫?」
「うん、まあね」
「ま、役得分だと思うんだね」
「それはひどいよ、ネル」
だいたい、あのときはマリアの方から迫ってきたのではなかったか。
それなのに元に戻った途端、有無を言わさず蹴りつけるのはどういうことだろう。
「はあ、鈍いなあ、フェイトは」
ソフィアはため息をついた。
「何が?」
フェイトの当然の反応に、ソフィアとネルは目を見合わせて、また大きくため息をついた。
「アンタ、よくこんなのとずっと一緒にいられたね」
ネルが心底同情するようにソフィアに話しかける。
「ネルさんこそ、よくこんなので思いが通じましたね」
はああああ、と二人はまたため息をついた。
「なんだっていうんだよ、もう……」
フェイトこそ、ため息をつきたい心境だった。
はああああ。
そしてまたため息をついている人が一人。
「フェイトも、あんなことするなんて……」
思い出しただけで、顔が赤くなる。
ずっと会いたかった相手。
羨望が愛情に変わったところで、何の問題があろうか。
「……ま、仕方がないか」
こうなって、逆に吹っ切れた。
「私だって、参戦する権利くらいあるわよね」
鏡の前で、くすっと笑った。
「首洗って待ってなさよ、フェイト♪」
鏡に映った自分を、指鉄砲でバンと撃った。
その日の夜。
アルベルは自分の部屋で久しぶりに『しらゆきひめ』と書かれた絵本を読んだ。
「ふん……相変わらず泣かせる話だ」
無表情でアルベルは夜を徹して読みふけった。
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