freesia 〜op.1〜
(半場さん素敵です)
『こんにちは! 新製品開発の調子はどうですか?』
最新の情報を尋ねようと、フェイトは久しぶりにテレグラフでウェルチに連絡を取った。
「まあまあかな。今度、そっちにまた新製品を送るよ。この間、ロジャーとスフレが作った怪しい薬でよければ」
『も〜う、何でもオッケーですよ! どんなにアヤシイ製品でも流通ルートはありますからね、フフフフフ』
「ちょ、ちょっと怖いよ、ウェルチ」
いったいどれほどの『怪しいクスリ』が出回っているのか、さすがに尋ねてみる気にはなれないフェイトであった。
『あっ、そうだ。フェイトさん、今度いつペターニに来られますか?』
ギルドの本部はペターニにある。ちょうど王都シランドへの通り道にあるので、新製品が出る度に届けに行っているので結構頻繁に顔を出していたのだが、ここしばらくは顔見せもできない状況だった。
「そうだね、しばらく顔見せもしてないし、いくつか新製品もあるし……近いうちに行くことにするよ」
『本当ですか?』
何故か嬉しそうな様子のウェルチ。
「何かあったんですか?」
今までテレグラフでこんなことを尋ねてきたことは一度もない。フェイトが不思議がるのも当然のことだった。
『いい〜え! それじゃあ、次に来られるのを楽しみにしてますね!』
満面の笑みを残したまま、ウェルチの映像は消えた。
さて、それから十日後。一向はペターニに到着していた。
自由行動となったところで、クリフはいつものように酒場へ直行。アルベルはふらりとどこかへ消えてしまい、スフレとロジャーも何故か雲隠れ、宿屋にはフェイトとマリア、ネル、ソフィアが残された。
「それじゃ、僕はウェルチのところに行ってくるから」
いくつかの新製品を持ってフェイトが出かけていくと、残された三人の間で話し合いが始まった。
真剣な表情をしているのはマリアとソフィア。興味なさそうにしているのはネルであった。
「それで、ソフィア。彼がウェルチから誘いを受けているのは間違いないのね?」
まずはマリアが話を切り出す。ソフィアが大きく頷いて答えた。
「はい。この間、テレグラフでウェルチさんがそう言ってました」
アクアエリーの共有ルームでウェルチと話していたフェイトを観察していたソフィアの証言である。
「でもねえ……いつ来るかっていう話をしてただけなんだろ?」
『甘いっ!』
ネルが関心なさげなことを言うと、マリアとソフィアからびしっと指をさされる。
「フェイトのあの優しさに一番あてられてるの、ネルさんじゃないですかっ!」
「いや、それは……」
「彼の優しさは無意識なんだから、知らないうちに引き込まれちゃうのよ。分かってるでしょ」
「それはそうだが……」
「ウェルチさん、押しが強いんですよ!? このままフェイトを取られてもいいんですか!?」
「私は絶対ごめんよ。ネルには悪いけど、ライバル宣言させてもらった手前、あなたがそんなに弱腰なら私が彼をもらうからね」
「何勝手にライバル宣言してるんですかっ! 私だってフェイトのこと好きなんですからね、マリアさん!」
「あら、でもフェイトが一番に思ってるのはやっぱりネルだものね。あなたは対象外だもの」
「た、た、た……」
ソフィアが湯気を出して怒っている。途中からネルは話についていけなくて頭を押さえた。
とにかくこの二人は、これ以上余計なライバルを増やしたくないというところでは意見一致しているらしい。
そのあたりはさばけているネルだが、だからいったいどうしようというのだろうか。
「ネルさんは気にならないんですかっ!?」
ソフィアに言わせるとそういうことらしい。
「あなたのフェイトが、今にも浮気してるかもしれないのよ?」
フェイトに限ってそれはないだろう、とマリアの意見もネルには通じない。
「つまり、後をつけようっていうことか」
ネルはため息をついた。
「フェイトに限って、アンタたちが考えてるようなことはないよ」
「そうね。私もそう思うわ」
と、突然掌を返したようにマリアが肯定した。ソフィアが驚いたようにマリアを見つめる。
「でも……その相手の方はどうかしらね」
「?」
「ウェルチがあの押しで、強引にフェイトを誘惑することだって、あるんじゃない?」
ありえない、とは言い切れない。
なにしろ『あの』ウェルチだ。
あの強引な手法で何人の男がクリエイターになったことか。
「そういえば……フェイトもウェルチさんに押されてクリエイターになったんですよね」
──その一言が決め手となった。
「あっ、フェイトさん!」
ウェルチはその顔を見ると、満面の笑みでフェイトを出迎えた。
「約束どおり、新製品持ってきたよ」
「ありがとうございます〜! 今すぐ鑑定しちゃいますからね! フェイトさんはその間、こっちに来て待っててください」
「いや、忙しいだろうし、僕はもう行くよ」
「駄目です!」
びしっ、といつも手にしているステッキでフェイトを指す。
「というのも、今日はですね、お願いがあるのですよ」
「お願い?」
「ええ。この間、近くの喫茶店で新製品が出たんですよ。ほら私、新製品って目がないじゃないですか。だからぜひそれがほしかったんですけど、二人でないと出せないって店員さんに言われちゃったんですよ」
「それで僕に?」
「はい! やっぱりこういうこと頼めるのはフェイトさんしかいませんから」
それでテレグラフで『いつ来られるのか』と尋ねたわけか、とフェイトは妙に納得してしまう。
「なるほどね。まあ僕も今日は一日空いてるから、別にかまわないけど」
「本当ですか!? ありがとうございます! それじゃあ、ちゃっちゃと鑑定させますんで、ちょっとだけ待っててください!」
大急ぎでウェルチは店の奥へ飛び込んでいく。
その奥からウェルチのものとおぼしき怒鳴り声と、何人かの男性の悲鳴が飛び交う。
(大丈夫かな)
鑑定ミスとかなければいいけど、とフェイトは心の中で祈った。
「あ〜、見失った〜」
ソフィアががっくりとうなだれる。そもそもそれほど乗り気でもなかったネルは「やれやれ」とだけ呟いた。
「おかしいなあ、確かにこの辺りにいたはずなのに」
マリアがきょろきょろと辺りを眺める。ウェルチもそうだが、フェイトも目立つ風貌だ。二人揃っていれば一層目立っているはずだ。
「あ〜あ、尾行なんて簡単だと思ったのにな」
「でも、やっぱり来てみて正解だったわね。ネルだって彼とウェルチが一緒に出かけるなんて思ってなかったでしょ」
そのネルからの返答はなかった。黙って、ただ一点、じっとある場所を凝視していた。
視線の先を、マリアが追う。
「──いた」
マリアが思わず声に出していた。
それは、三軒先の喫茶店『やまとや』の中。
仲良さそうにティータイムにしている彼とウェルチの姿があった。
「あ、あれって……」
ソフィアも気付いて、愕然とする。
ネルの拳がふるふると震えていた。
マリアが悔しそうに下唇を噛んだ。
「あ、あはははは〜……。まさか、こんなのが出てくるとは思ってませんでしたね〜」
ウェルチの乾いた笑いが響く。フェイトは左手で頭を押さえた。
彼女が頼んだ新製品ドリンク『胸のときめき』は、一つの大きめのグラスにストローが二本挿されていた。
(ゲームが違うだろ……)
二人じゃないと出せないというのは、要するに『男女カップル限定ドリンク』という意味だったらしい。
「ご、ごめんなさい……」
「いいよ。それが飲みたかったんだろ? 僕に遠慮しないでいいから、全部飲みなよ」
それでも嫌な顔を見せないあたりが『優しい』と言われる所以であろうか。改めてコーヒーか何かを頼もうと考えたフェイトであったが、それは駄目だとウェルチが言い張る。
「仲良く半分こしましょう! 私先に飲みますから、後からフェイトさんが飲んでください」
「いや、でも……」
「いいんですいいんです! だって私、単に新製品がどんなものか知りたかっただけだし、余計な支払いしたくありませんから」
「いいよ、ここは全部僕が払うから」
「いーえ! 誘ったのは私なんですから、全部私が出します! だから、遠慮せずに飲んでください!」
そう言ってウェルチはその『胸のときめき』なる飲み物に手をつけた。
「あ、結構美味しい」
意外な発見、とでも言うかのようにウェルチはその飲み物を味わう。
「ほらほらフェイトさん、これ結構美味しいですよ。飲んでみてください」
「え、いや、でも……」
「遠慮しないでくださいよ! ほら!」
ずい、と出された物体をフェイトはため息混じりに口をつける。
トロピカルピンクの液体は、ウェルチの言ったとおり確かに美味しかった。
「へえ」
「う〜ん、さすがは我らがクリエイターの作った作品だけのことはありますね」
「え、そうだったの?」
「はい。新製品のレシピだけはいただいたんですけど、私料理苦手だから、自分じゃ作れないんですよねー。だから店頭に並ぶまでずっと待ってたんですよ」
「誰が作ったの?」
「ああ、これですか? 殺人シェフさんです」
(聞かなきゃよかった)
キシシシシ、と彼の笑い声が聞こえてきそうな気がした。
少し散歩をしましょうか、というウェルチの提案で、二人はペターニの街中を他愛もない話をしながら歩き回った。ペターニの様子や、ギルドの状況、色々なことを面白おかしくウェルチは教えてくれた。話を聞いていてフェイトもとても楽しかった。
「本当に、フェイトさんには頭が上がりませんよ」
ギルドの話をしている最中に、ウェルチはそんなことを言った。
「僕が?」
「ええ。今のギルドの繁栄は、全部フェイトさんのおかげですから」
「別に何もしてないけど」
ウェルチはいつになく真剣な表情で首を横に振った。
「そんなことありません。フェイトさんがギルドに加盟されてから、たくさん商品を持ってきてくださって、それでうちのギルドの名前が普及し出したんです。クリエイターの方が増えたのは、フェイトさんの持ってきてくださった商品が店頭に出回り始めてからなんです」
「大げさだよ」
「いいえ。ずっとギルドを見てきた私だから分かるんです。本当に、フェイトさんのおかげなんですよ。だから、ずっとお礼を言いたかったんです、フェイトさんに」
「でもそれは、ウェルチががんばったからだよ。僕は僕で、そのおかげで稼がせてもらってるわけだし」
「それでも、お礼を言いたいんです。ありがとうございました」
大きく頭を下げるウェルチに、逆に戸惑ってしまうフェイトであった。
「あ」
またしばらく歩いているうちに、ウェルチは道端に咲いている花を見つけた。
「こんなところにも、フリージアなんて咲いてるんですね」
その小さな黄色い花を、ウェルチはかがんでいとおしげに見つめた。
「普通は暖かいところに群生するんですよ。こんなところでひっそりと咲いてるなんて、滅多にないんです」
「詳しいんだね」
「好きなんです、フリージア」
ウェルチは風から守るかのように、そっと手で花を包むようにした。
「私こんなだから、他の人からも元気だねとか明るいねとかよく言われるんですけど、本当はもっとおしとやかでいたかったんですよ。ギルドの経営上、こうならざるをえなかったんですけどね」
「ウェルチ……」
「あ、今の自分の性格が嫌いって言ってるわけじゃないんですよ? むしろこの方が自分に合ってると思いますしね。フェイトさんもそう思うでしょう?」
さすがに返答しかねる質問だった。
「この花は、あくまで私の憧れなんです」
「ふうん……花言葉はなんていうの?」
そういえばこの前、ネルに花を贈ったっけかと思い出しながら尋ねてみた。
「『無邪気』です。私も無邪気なままでいられたらよかったんだけどな」
「ウェルチ?」
「あはは、こう見えても結構ヤバメ〜な流通もしてますからね!」
それは非合法という意味だろうか、と内心冷や汗をかく。
「私も無邪気なままだったら、ネルさんみたいに好きな人と一緒に旅するなんてこともできたんでしょうけどね」
「ウェルチは好きな人がいるの?」
ふと、そんなことが気になって尋ねてみた。
「うふふっ、内緒ですっ!」
そのときは既に、いつもの笑顔に戻っていた。
「今日はどうも、ありがとうございました!」
夕暮れ時、ギルドに戻ってきてウェルチはまた大きく頭を下げた。
「いや、僕の方こそ今日は楽しかったよ」
「それじゃあ、またご一緒してもよかったですか?」
「かまわないよ。あ、でも……さっきの飲み物だけは勘弁してもらえるかな」
くすくすっ、とウェルチは笑った。
「了解しましたっ」
「それじゃ、僕はこれで」
「あ、ちょっと待ってください」
帰ろうとしたフェイトを呼び止めると、ウェルチは自分の服のポケットをごそごそと何やら探し出した。
「これ、あとで読んでおいてもらえますか?」
取り出したのは一通の手紙だった。
「これは?」
「読んでいただけたら分かりますから」
「そう。それじゃ、後で読んでおくよ」
「はい。それじゃ、また来てくださいね!」
「もちろん」
ぶんぶん、と大きく手を振るウェルチに見送られ、フェイトは帰途についた。
そのウェルチの姿が見えなくなったとき。
「……随分と楽しそうだったわね」
冷ややかな声がかけられた。
話し掛けてきたマリアを筆頭に、ソフィア、ネルと、全員鋭い視線をフェイトに向けている。
「どうしたの、三人とも」
何やらただならぬ雰囲気に、さすがにフェイトもどうしたのかと気にかかる。
「見損なったよ、フェイト」
ぐっ、と胸の前で右手を握り締めてソフィアは言った。
「ネルさんという人がありながら、喫茶店であんなもの頼むなんて!」
「あ、あれは……」
見られていたのか、とフェイトは戸惑うと同時に、そのことでネルをどうやら傷つけてしまったということに反省した。やはり、あのときはきちんと断っておくべきだった。
「ネル……」
「……」
ネルは大きくため息をついて、つかつかと歩みよる。
「ま、アンタのことだ。別にたいした理由はなかったんだろ?」
案外さばけているネルに、逆にフェイトは心が痛んだ。
「傷つけてしまって、ごめん」
「いいさ」
「ちょっと、ネル!」
そこに入り込んできたのはマリアだった。
「そりゃあ彼がウェルチに惚れてるとか悪意があってやったとかそんなことを言うつもりはないけど、それでも彼の無神経ぶりは責められてしかるべきじゃないの?」
「そうですよ! それに……フェイト、さっき最後、何をもらってたの!?」
「それは……」
フェイトは手紙を取り出す。
「とりあえず読んでくれって」
「ラブレターもらったの!?」
ソフィアが大声を上げる。マリアも、そしてネルもさすがに険しい表情だ。
「ちょっと貸しなさい!」
マリアがそれを奪い取って、封筒の中身を見る。
中には、こう書いてあった。
『ウェルチの切望アイテムリスト♪
〜鍛冶〜
名剣ヴェイン・スレイ
ミスリルガーダー
エレメンタルフォース
アイスコフィン
アストラルアーマー
ダマスカスガーダー
スマッシュガントレット
般若鉄爪
イグニートソード
ヒロイックヘルム
〜機械〜
……………………
えんえんと何枚も、クリエイションしてほしいアイテムがただひたすら羅列されている。
さすがにそれを見たとき、マリアは立ちくらみを覚えた。
「……ラブレターとは違うみたいですね」
ソフィアもそれを見て呆然としている。
「……もしかして、みんなそのことを疑っていたの?」
そりゃあもう、と言わんばかりにマリアとソフィアが頷いた。
(ネルにならともかく、どうしてマリアとソフィアにそこまで目をつけられなきゃいけないんだ?)
フェイトはため息をついた。
「とにかく、傷つけてしまったことは謝るよ、ネル。ごめん」
「いいよ、別に。アンタがどこで何をしようとも、アンタの勝手だしね」
「ネル……」
その態度はさばけているというよりも、どこか自分に対して諦めてしまっているというような様子だった。
「ネル。僕自身が誰からどう見られているかなんて分からないけど、これだけは言えるよ。僕は、その……君一筋だから、どうか僕のことを嫌わないでほしい」
さすがに目の前での愛の告白に、ソフィアとマリアはいい顔をしなかった。やれやれ、とネルはようやく穏やかな笑みを浮かべた。
「そういうことはね、二人きりのときに言うもんだよ」
「そうなのかい?」
『そうに決まってるでしょ!』
マリアとソフィアの声がそろう。何故だか余計に怒りのボルテージが上がっているようだった。
「ま、いいさ。それならあたしも、アンタの彼女だって少しは自惚れてもいいのかな?」
「え、うん。もちろん」
「そうかい。ならフェイト。歯を食いしばりな」
「分かった」
ぐ、と言われたとおりに食いしばる。
パン、と心地よい音が響いた。マリアが「いた」と呟き、ソフィアが肩をすくめる。
「今回のことはこれでナシにしといたげるよ。それに、あたしは別にアンタがウェルチとデートしてるくらいなら目くじら立てないから、好きにしていいんだよ」
「誤解だよ、ネル」
「本当に?」
「本当に」
「じゃあ一つ、お願いを聞いてもらおうかな」
「いいよ」
「これから一緒に『やまとや』へ行ってもらえるかい?」
それが何を意味しているのかは、言わずとも分かった。
「もちろん」
「決まりだね。それじゃ、行こうか」
ネルとフェイトは仲良さげに連れ立っていった。完全に二人の世界だ。
あとに残された方の二人は、寒空の中その二人を見送った。
「……私たちの扱いって、いったい何?」
「……私に聞かないでください」
二人は滝のような涙を流した。
「ふんふんふ〜ん♪」
ウェルチは楽しそうにギルドの掃除をしている。
「ウェルチや、随分と機嫌が良さそうじゃのう」
「そりゃあね。やっと念願かなってフェイトさんとデートできたんだもん」
ウェルチは笑った。
「なんといっても敵は手強いから、PA増やして好感度をまず上げていかないとね♪」
彼女の言っていることは意味不明で伝わりようがなかった。
「これからもよろしくね、フェイトさん!」
鏡に向かって、彼女はにっこりと微笑んだ。
そして、またテレグラフの受信ランプがともる。
「あ、いけないいけない」
こほん、と咳払いをして受信相手を確認する。
そして、通信ボタンを押した。
『こんにちは! 新製品開発の調子はどうですか?』
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