OASIS
(当時の私のメンバーはこの五人でした)






 ただただ広がる一面の荒野。知的生命体の痕跡が何もない不毛の土地。
 映像の中では見たことがある。だが、実際に四方全てが地平線という広大な空間の中に閉じ込められるのは、正直気分のいいものではない。
 宇宙艦や都市のように、どこか一定の空間の中にいる方が、人は落ち着くことができる。
 こういうときは文明人の方が逆に行動力が弱まるのかもしれない。
「さ、行くよ」
 いつまでも動こうとしない一行の中で最初に足を踏み出したのはネルだった。
 それは今までも確かに同じだった。今までは道案内の役割を果たすためにも常に先頭を歩いていた。
 だが、もはや彼女の案内人としての役割は全く必要ない。ここはエリクールではない。惑星ストリームなのだ。
 つまり、誰もこの星のことは知らないのだ。
 それなのにネルが先頭に立って歩くのはそれまでの習性から来るものと、そして広大な空間にすくんでしまっている一行を率いていくことができるだけの心のゆとりを持っているからだ。
 いつも通り、ネルはソフィアの足でもついてこれるくらいのスピードで歩き出した。
 それにつられるように、フェイトが、ソフィアが、クリフが、そしてマリアが歩き出す。
「やっぱこういうときは頼りになるぜ」
 正直にクリフが隣を歩くマリアにこぼした。
「そうね。さすがに四方八方何もない景色を見せられたら気が萎えたわ」
「どう思う。FD空間に行くことができたとして、神を止めることができると思うか」
「無理でしょうね」
 あっさりとマリアは答える。
「おいおい。じゃあいったい俺たちは何のためにここまで来てるんだよ」
「たとえ無理だとしても、それしか私たちが生き残る方法がないからよ。たとえそれがどんなに薄い可能性だとしても、私は生き残るために戦うわ」
 クリフはため息をついた。
「強いな、お前は」
「あら、あなたに教わったのよ、クリフ」
「そうだったか? 俺はお前の目の前で生きることを諦めた記憶があるがな」
「あのときのあなたが本心から言っていたなら、確かにそうね。でもあなたは考えていた。どうすれば助かることができるのか。どうすれば危機を脱することができるのか……」
 まだクリフが艦長だったころ──そう、マリアが力に目覚めたときのこと。ディプロが沈みそうになったときのことだ。
 クリフは生きのびることを諦め、船員に謝っていた。
 だが、その頭の中では『どうすればいいのか』必死に考えていた。
 最善の方法を、最後の最後まで考えつづけていた。
 マリアが学んだのは、その姿勢だ。
 生きのびるために全力で足掻く、その姿勢なのだ。
「褒めたって何も出ねえぜ」
「褒めてるつもりはないわ。事実を言っているだけだもの」
「なお悪い」
 二人は苦笑した。
「ミラージュのことは、いいの?」
「いいさ。俺だって帰ってくるつもりだからな。あいつは俺のことを待っている。俺はあいつのところに帰る。それで充分だ」
「……強いのね」
 へっ、とクリフは鼻をこすった。





「……正直、信じられないよ」
 ソフィアは隣を歩くフェイトに話し掛ける。
「何がだい?」
 聞くまでもないことだが、話の流れから合いの手を入れた方がいいと判断してフェイトは尋ねる。
「どうして私なんかが、そんな大事な役割を担っているんだろう」
 フェイト、マリア、そしてソフィア。三人の力がなければFD空間に行って戦うことはできない。
「僕たちは最初から選ばれていた……そういうことだよね」
 フェイトは彼女の肩に軽く手を置く。
「父さんたちは世界の運命を自分の子供に託した。それは他の人には任せることはできないと思うと同時に、自分の子に全てを委ねたいという気持ちがあったんだと思う」
「それはそうだけど……」
「それに、僕も父さんたちが他の人を選ばずに、自分の子供を選んでくれてよかったと思う」
「え……」
「自分たちの子供を危険な目に合わせるかもしれない。確かにそう考えたら誰だって自分の子供にそんな運命は背負わせないと思うよ。でも、どうせ滅びる運命なら、他の誰かじゃなくて自分の子供を選んでくれてよかったと思う。少なくとも僕は、父さんが他の誰かを選んでいたら面白くなかったと思うよ」
「そう……かな」
「僕も最初は戸惑ってばかりだったけど、今はこれでよかったと思ってる──でも、うまいこと父さんの策略にはめられたのかもしれないけどね」
「?」
 フェイトは苦笑して続けた。
「ファイトシミュレーター、最初に僕に勧めたのは父さんだったんだ。多分、僕が剣を使うことがあると考えてそうしたんだろうね、きっと」
「実際に使って戦ってきたんだもんね」
「うん。これから先、FD空間に何があるのかはわからないけど、戦う力は必要だっていうことを父さんはきっと分かっていたからファイトシミュレーターをやらせたんだろうね」
「この戦いに勝って……それからフェイトはどうするの?」
 ころっと話が変わり、一瞬言葉に詰まる。
「どうするか……考えたこともなかったな。ハイダからこっち、状況に流されるようにしてきたから」
「そうだね。勝たなきゃ未来もないわけだし……」
 まずは勝つこと。生き残ること。
 そう考えてここまで来た。だが、その先にはいったい何があるんだろう。
(ネル……)
 その先を歩く女戦士。
 後ろを振り返ることもなく、彼女はただ一同を導くようにして歩く。
 彼女の後ろをついて歩くことが、フェイトには既に習慣となってしまっていた。
「ソフィア、ちょっとごめん」
 フェイトは謝ると前のネルのところへ駆け寄っていった。
「あ……」
 それを見送ったソフィアはひとつ小さくため息をついた。
「フラれちゃったか」
 突然、その肩がやさしい腕によって抱かれる。
「マリアさん」
「残念だったね」
「う〜ん、でも、フェイトの気持ちは修練場の時から分かってたから」
 銃で倒れた彼女を案じて、丸二日寝ずの看病をしたのはつい最近のことだ。
 あれが自分でも、きっとフェイトは心配してくれるだろう。でも、身が切り裂かれるほどの傷みを感じてくれることはないだろう。
「妬けますね、やっぱり」
「ま、いい男だっていうのは認めるけど、男はフェイト一人ってわけじゃないでしょ? 他にいい男探しなさい」
「そんな簡単に見つかるなら苦労しませんよね」
 既に諦めているかのようにソフィアは苦笑した。その笑いがマリアにも伝染した。
「ま、確かにそうね」





「どうかしたのかい」
 隣に立ったフェイトに、彼女は軽く話を振った。
「いや、その……」
 先に話しかけられると、どう切り出していいものか迷う。
 フェイトはしばらく何も言わずに並んで歩いた。ネルも特別それ以上は何も聞かなかった。
 何の話にせよ、彼から言い出すのを待っているのだ。
「ネルは、この戦いが終わったらどうするつもりだい?」
 心が決まれば、あとは聞くだけだ。
「戦いが終わったら?」
「ああ。FD空間にいる神を倒すことができれば、僕たちが戦う理由もなくなる。ネルはそのあとどうするのかなって思って」
「決まってる。私の故郷はあそこだけさ。シーハーツに帰るよ」
「そうか」
 当たり前のこととはいえ、さすがにフェイトは落胆した。
 ネルとは、いつまでも一緒に旅をしていられるような気がしていた。
 前のお別れの後、すぐに再会できたことを考えると、なぜだかネルとは切っても切り離せない仲であるような錯覚を覚えていた。
「なあ、フェイト」
 考えに沈んでしまった彼にネルから声がかかった。
「え、なに」
「前に別れたときのことを覚えてるかい?」
「ああ、もちろん」
 ディプロが来るまでの四時間、二人は一緒に過ごした。
 お互いの気持ちを確かめあったのもあのときだ。
「アタシの気持ちはあのときから少しも変わっていないよ、フェイト。いや、違うな。あのときよりも気持ちが強くなっている」
「え」
「あんたと一緒にいたい。少しでも一緒にいたいと思ったからこそ、アタシはあんたたちに、いや、あんたについてここまで来たんだ。さすがにアタシには理解できない世界だけどね。でも、あんたたちのことは少しだけ分かったつもりだ。ずっと一緒にいたいよ、フェイト」
「ネル……」
「だから、アタシは安心していられるんだ」
 くすり、と大人の女性の笑みを浮かべる。
「あんたはまた会えると言った。そしてまた会えた。だから、アタシは待っていられるよ、いつまでもね。必ずあんたは会いにきてくれるから」
「……ああ、そうだね」
「あんたも、自分のとこに戻るのかい?」
「そう……なるのかな」
 考えていなかったからネルに尋ねたのだ。フェイトが自分の答えを持っているはずがなかった。
 だが、なんとなく分かった。
「そうだね。僕も……ネルと一緒にいたい」
「フェイト?」
「一度、自分の住んでいた場所に戻ることにはなると思う。母さんもいるしね。でもそのあとは……」
 ネルは続きを促さなかった。彼は自分で答を見つける。今までずっとそうだった。自分が何も言う必要はない。
「そのあとは、君のところに行ってもいいかな」
「アタシのところに?」
「ああ。僕もシーハーツで君と一緒に暮らしたいんだ」
 ネルは少し顔をしかめた。
「そう……なるほどね」
 あまり嬉しそうではない様子に、フェイトの方が逆に戸惑う。
「ネル?」
「いや、あんたはやっぱりすごいと思っただけさ」
 ネルは首を振った。そして微笑む。
「あんたがそれでいいっていうなら、アタシは大歓迎だよ」
「そう、よかった」
「でもいいのかい? 正直に言って、まったく違う環境だよ」
「分かってるよ。でもグリーテンの技術者ならシーハーツだって必要だろ?」
 からかうような言い方に、ネルは苦笑する。
「ま、かまわないさ。アタシとしてもあんたと一緒にいられるのは嬉しいよ」
 ネルは立ち止まり、フェイトの手をとった。
 そして、そっとその手を自分の頬にあてる。
「必ず勝とう。そして、一緒に帰ろう」
「ああ。これが最後の戦いだ……」
 フェイトはそのままネルを抱きしめた。
「……どうする? 完全に二人の世界に入ってるぞ」
 その少し手前であまされた三人が立ち止まってため息をついていた。
「マリアさん。私なんだかすごい腹立たしいんですけど」
「奇遇ね。私もよ」





 仲間たちで交わされる会話。
 それは戦いの前にある、最後のオアシス。





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