虚無の中での遊戯
(なんかソフィアが嫌な子になっちゃったな……)
「あ、フェイトちょっといい?」
マリアに呼び止められたフェイトがそちらに向かう。クリフやミラージュなども交えて、その場で簡単な会議が開かれる。
こんなことは日常茶飯事だった。
だが、ちびっこマリア事件以来、最近のマリアは故意に(もしくは強引に)フェイトに近づいているような気がしてならない。
「もう、最近のマリアさん、フェイトに近づきすぎですよね」
「そうかい?」
そのフェイトの本命は何があろうと平然としているからなおのこと腹が立つ。どうして自分ばかり、こうもやきもきしなければならないのだろう。
(ネルさんって、ヤキモチとかやかないのかな)
ソフィアは首をひねる。以前のフェイト爆睡事件ではソフィアからキスしたときには烈火のごとく怒ったものだ。
「ネルさんは、フェイトが他の女の人と話していても、気にならないんですか?」
突然尋ねられて、彼女は苦笑を混じえて答えた。
「多少はね。でも、マリアにしろソフィアにしろ、同じ仲間なんだから話し合うのは当然のことだろう?」
「でも私もマリアさんも、フェイトのこと好きなんですよ?」
取られちゃったりとかって考えないのだろうか。
「ああ……そういうこと。大丈夫だよ」
にこっとネルが笑う。
いったい何が大丈夫だというのだろうか。
そのくらいのことをいちいち気にはしていられないということか。
それとも、フェイトは絶対に裏切らないという信頼の表れなのか。
(強いなあ……)
だがこうなってくるとソフィアも人の子。
どうにかしてネルを動揺させてやりたくなるというものだ。
(こうなったら、なんとしてもネルさんを困らせてやるんだから)
こうして、PA『ネルにヤキモチを焼かせよう大作戦part.1』の火蓋が切って落とされた。
作戦その1.ペアリング
フェイトとネルが一緒にいるときを見計らって、作戦を決行した。
「あ、フェイトフェイト!」
ソフィアが小走りに近づく。どうしたんだい、といつもの優しい声が帰ってくる。
「あのね、指輪作ってみたんだ。もしよかったらしてもらえるかなと思って」
きれいな緑色の宝石がついた指輪を、はい、と渡す。エメラルドリングである。
「へえ、上手だね。ソフィアが作ったの?」
「うん、まあね」
微笑むソフィアの顔には一分の曇りもない。
──実は、エメラルドリングを自分では作ることができないので、ロジャーを監禁して出来上がるまで酷使したというのは秘密だ。
「フェイトと一緒にと思って。おそろいなんだ♪」
そういって自分の右手の中指を見せる。そこにはもう一つエメラルドリングがはめられていた。
「ええと、じゃあ僕がはめていいのかな?」
「うん、いいかな」
「ありがとう、もらっておくよ」
フェイトも右手の中指にエメラルドリングを通す。
「うん、ぴったりだ」
「よかった」
そのとき、フェイトは思いもよらぬ言動に出た。
「どうだいネル、似合うかな」
(って、ちょっとあげたの私なんだけど)
思わず合いの手を入れようかと思ったが、
「そうだね。あんたはちょっと洒落っけがないから、そのくらいがちょうどいいよ」
「ネルにだけは言われたくないなあ」
「そうかい?」
「そうだよ。よし、じゃあ今度僕がネルに何かプレゼントするよ」
「いいよ、どうせアタシには似合わないだろうしね」
「そんなことないよ、ネルはそのままでも十分綺麗なんだから、着飾ったらもっと綺麗になるよ」
いちゃいちゃいちゃいちゃ。
(……二人の世界に入っちゃった)
どんなときでも自分たちのスタイルを崩さない二人。
どうやらこの程度ではまだ割って入る余地はなさそうだった。
作戦その2.抱きつき
(よし、こうなったら偶然を装って一次的接触してやる)
フェイトとネルが一緒に歩いているのを見計らって、階段の上からフェイトにアタック。一歩間違えれば自分も大怪我間違いなしだが、優しいフェイトのこと、きっと自分を助けてくれるはず。
そこで足をくじいたとか言って、保健室まで抱っこしてくれればネルさんにヤキモチも焼かせることができ、なおかつ自分も役得で一石二鳥!
(これよ! これしかない!)
慎重にタイミングを見計らって、階段の影で二人を待つ。
そしてついにそのときがやってきた。
仲良く話しながらやってくるフェイトとネル。
そして二人が階段の一段目に足をかけた。
「あ、フェイト!」
いかにも『今気づきました』という感じで階段の上から駆け下りる。
「ソフィア、走ったら危な──」
「キャッ!」
自ら足をもつれさせて、フェイトに抱きとめてもらえるように上手に転んだ。
そして、がっしりとした腕でしっかりと抱きとめられる。
(作戦成功!)
決して顔には出さず、心の中で喜ぶ。
だが。
「大丈夫だったかい?」
聞こえてきた声は、非常にクリアなアルトだった。
「へっ、ネルさん?」
思わず声にしてしまっていた。
そう。ソフィアを助けた人物。それはフェイトではなくネルだった。ソフィアが足をもつれさせた瞬間、いち早くネルが飛び出し、しっかりと抱きとめたのだ。
「危ないじゃないか。階段を駆け下りるなんて」
「ご、ごめんなさい……」
「フェイトに会えて嬉しいのは分かるけど、もう少し落ち着くんだね」
「はい……」
転んだことより作戦失敗したことに、意気消沈する。
「大丈夫だったかい、二人とも」
そこにフェイトが声をかけてきた。
「ありがとう、ネル。ソフィアを助けてくれて」
「なに。やっぱり女の子だからね。怪我をさせたくはないさ」
「ネル。自分も女の子だっていうことは分かってるんだよね?」
「こりないね、あんたも。アタシは戦うのが任務なんだよ」
「でも、僕にとってはネルは守るべき女の子だよ。あまり無理なことはしないでほしいな」
いちゃいちゃいちゃいちゃ。
(……ダメだ、この二人)
どんなときでも常に自分たちの空間を築きあげる二人。
既に転んだソフィアのことなど、二人の眼中にはなかった。
作戦変更
「うーん、どうすればいいんだろ」
ネルにヤキモチを焼かせる。こうなったら実力行使しかないだろうか。強引にフェイトにキスする。だが、そればかりはネルの許容範囲を超えるだろう。
と、そのとき。
ちゃーちゃっちゃちゃーちゃららちゃっちゃちゃー♪
ちゃららっちゃっちゃっ、ちゃららっちゃっちゃっ♪
突然、何か怪しげな音楽がソフィアの周りで響く。
そして「とうっ」という声が聞こえて、ぱたぱたと音をたてながら小柄な少女が走り寄ってくる。
「この世に悩む者があるかぎり、必ず彼女はやってくる!
マントとメガネに身をつつむ、正体不明の謎の美少女!
大胆不敵! 電光石火!
美少女仮面、レフス・ティセロ見参!」
「……スフレちゃん?」
「スフレじゃなくて、レフス〜っ!」
正体不明の美少女仮面はいきなり怒り出したが、こほん、と咳払いをすると何事もなかったかのように話を進めた。
「今の話、聞かせてもらったわ、ソフィアちゃん!」
「はあ」
「ネルちゃんにやきもちをやかせようというその心意気! レフスがそれをかなえてあげましょう!」
いきなり胡散臭い言いようだが、とりあえずそのまま聞いておく。
「で、どうするの?」
「ふっふっふ、このアタシの情報量を甘くみちゃいけないわよっ!」
言うなりレフスは手元からメモ帳を取り出した。
「これを見て」
言われたとおり、そのメモ帳を見る。
「ここにフェイトちゃんの秘密が書かれてあるのよ」
「フェイトの秘密?」
「そう。フェイトちゃんの、秘密、それは──」
「それは!?」
「年上の美人に弱い!」
確かに!
何故か強くうなずくソフィア。考えてみればハイダのビーチでも自分を妹扱いしたり、そもそもネルがフェイトより年上だ。
「さあそこで、ディプロでも折り紙つきの美人女性といえば──?」
「ミラージュさん!」
「そう、ミラージュちゃんにフェイトちゃんを誘惑してもらうのだ!」
「ナイスアイディア! さすがスフレちゃん!」
「スフレじゃなくてレフス〜っ!」
というわけで、二人の新たなる作戦がきって落とされた。
作戦その3.ミラージュ誘惑
「あの、フェイトさん、少々よろしかったですか?」
いつものようにフェイトとマリア、クリフ、それにネルが話し合っているところに、ミラージュが声をかけにいった。
もちろん物陰ではソフィアと謎の美少女仮面が固唾を呑んで見守っている。
(どうなると思う、スフレちゃん)
(あたしはレフスだってば)
「どうしたんですか、ミラージュさん」
「ええ。もしよければ、フェイトさんのためにご夕食を用意したのですが、ご一緒できないかと思いまして」
マリアの顔が驚愕に変わる。ヒュウ、とクリフが口笛を吹く。
ネルは──
(……表情、変わらないね)
(うん)
腕を組み、口元をマフラーの中に隠して上目遣いになるいつものポーズだ。今のところ、特別な感情を見せているというわけではない。
「え、でも……」
「あ、何か御用でしたら別にかまわないんですけど。少し多く作りすぎてしまいまして」
「ねえ、ミラージュ」
マリアがジト目でミラージュを睨む。
「はい、マリア」
「なんでフェイトだけ誘うわけ?」
「いつもお世話になっておりますので」
マリアの方が嫉妬の火花を豪快に散らせているが、ミラージュはどこ吹く風だ。
(嫉妬する相手が違う〜)
(大丈夫よソフィアちゃん。これからこれから)
とどめとばかりにミラージュはそそと近寄り、フェイトの手を両手で握った。
「それでは、お待ちしておりますので」
誘惑するように(しているのだが)妖艶な笑みでフェイトを魅了する。さすがのフェイトもこれには顔を真っ赤に染めた。
瞬間。
ネルの顔が、引きつった。
((成功!!!))
二人がハイタッチを決めて、喜び合う。
そしてミラージュが自分の部屋へと戻っていった。
「で、どうするの、フェイト?」
何故かすごく不機嫌そうなマリア。
「うーん、でも一人だけっていうのはな……」
「いいんじゃねえか、行ってこいよ」
クリフが女性二人をまるでかまわずに言う。
フェイトが申し訳なさそうにネルを見る。
ふう、とネルはため息をついた。
「いってきたらどうだい」
「でも」
「理由は分からないけど、きっと何か話があるんだろう。あんた以上に相談相手として適任な奴もいないだろうしね」
これは理解があるというべきなのか。
「確かにそうね。ミラージュがどうしてあんな行動を取るかは分からないけど、無駄なことをするはずがないものね」
マリアもその意見にはうなずくところがあったようだ。
「うん、それじゃあ──」
いってみようかとフェイトが考えたときのことである。
廊下の向こうから、足取りのおぼつかないアルベルがこちらへふらふらと歩みよってきた。
どれだけの距離を歩いてきたのかは分からないが、とてつもない疲労感をかもし出しつつ、ついには彼らの目の前でばったりと倒れた。
「お、おいアルベル、大丈夫か」
クリフが話しかけると、ぴくぴくと痙攣しながらアルベルが答えた。
「し、死神が目隠ししてやがる……」
(今度はそういうネタですか)
フェイトが心の中で突っ込みを入れる。
「で、どうしたんだいったい。風邪でもひいたか」
「阿呆。あのクラウストロの女のせいだ」
「クラウストロ? ミラージュがどうしたんだ?」
と、そのとき全員がアルベルの右手に握られていた紫色の物体を目にした。
その物体の中でなにか、うにょっ、と動いたような気がする。
「……アルベル。試みに聞くが、その右手のものはなんなんだ?」
「知るか! あの女、俺を捕まえるなりいきなりこれを食わせやがった。俺を殺す気か!」
(食べ物……?)
その物体がまた、うにょっ、と自動的に動いたような気がする。
「……まさか、ミラージュ、これをフェイトに食べさせようっていうんじゃないでしょうね」
明らかに食べ物の範疇からかけ離れているそれを目にして、さすがにマリアが顔を引きつらせた。
「そういや、あいつが料理をしたところって見たことがねえなあ」
クリフが心底不思議そうに言う。
「えーとつまり……」
マリアがアルベルを指さした。
「人体実験?」
普通、それは味見とか言うのではないだろうか。
「なあ、フェイト」
ネルが少しためらったように言う。さすがにフェイトも冷や汗を隠しきれなかった。
「あんたのために言うんだが……行かない方が身のためなんじゃないか?」
「そうだね。なんだか命の危険を感じるよ」
怪しげな物体が、うにょっ、と動いた。
結末
「う〜ん、あと少しのところまでいったんだけどな〜」
ミラージュ本人に料理を作らせるのではなく、あらかじめソフィアが料理を作っておけばよかったのだ。これは作戦ミスだった。
「けど、ネルちゃんを嫉妬させるという当初の目的は達したわけだし」
「うん。でもね、方向は間違ってなかったよね。ミラージュさんであれだけフェイトが動揺したわけだし。どうにかしてネルさんに嫉妬させられないかなあ……」
「ふうん、なるほどね。そういうことかい」
気がつけば。
いつの間にやら、二人の背後に噂のクリムゾンブレイドが立っていらっしゃった。
「あ、あれ……?」
ソフィアは汗をだらだらと流し、ただ笑顔でその人物を迎える。
「そ……それではソフィアちゃん、さらば!」
謎の美少女仮面は身の危険を感じた瞬間、一目散にその場を逃げ去った。
「あ、スフレちゃんずるい!」
あわてて追いかけようとしたが、ネルはその首ねっこ捕まえて、にやりと笑った。
「話は全部、聞かせてもらったよ」
「うう〜、誤解ですネルさん」
「やれやれ。何か企んでいたのは分かってたけどこういうこととはね……平和っていうのもよしあしだね」
この悪戯娘をどうしたものかとネルは悩んでいたようだったが、やがて手を離すと、楽しそうに笑った。
「そうだね。それじゃあ、少しだけ借りを返させてもらうとしようか」
「へ? か、借り?」
「そうだよ。アタシとフェイトを喧嘩させようって思ってたんだろ? だったら、反対のことをするまでさ」
「だ、だからそれは誤解なんですって」
「問答無用」
いったい何をされるのか、とソフィアの表情が緊張で凍りつく。
だが、何を考えているのか、何もおきていないはずなのに、ネルは突然「キャアッ!」と叫び声を上げるなり、自分の頬を押さえて床に倒れこんだ。
(え?)
いったい何がおこったのか、まるで分からず呆然とするソフィア。
そこへ、
「ネル!」
(え? え?)
何故かちょうどいいタイミングでやってくるフェイト。
「どうしたんだ、ネル」
「いや……なんでもないよ、フェイト」
ネルは左手で自分の頬をおさえている。
「アタシがいけなかったのさ。アタシはあんたより年上だし、それにやっぱりシーハーツの人間なんだ。あんたとは釣り合いが取れなかったんだよ」
(え? え? え?)
ネルが何を考えているのか分からない。ソフィアは完全にパニックだった。
「そんなことないよ、ネル。僕はネルに傍にいてほしいんだって、いつも言ってるじゃないか」
「でも、あんたの周りの人間には、アタシは気に入られないから」
「まさか、ソフィア」
「へ?」
突然フェイトがソフィアの方を向く。
「見損なったよ、ソフィア。何があったか分からないけど、ネルを叩くなんて」
「え……えええええっ!? ああっ!」
ようやく、ネルのたくらみに気づいた。
彼女はソフィアがネルを叩いたのだとフェイトに思い込ませようとしているのだ。
「ご、誤解よフェイト」
「何が誤解なんだ。どんな理由があったって、仲間を殴ることはないだろう!」
「だ、だから〜」
そのフェイトの後ろで。
ネルが「あっかんべー」と舌を出していた。
「……!!!!」
一瞬で頭に血が上ったが、ソフィアが何か言うよりも早く、
「いいよ、フェイト。アタシも悪かったんだ。もう行こう」
「でも、ネル」
「いいんだ。それより、少し話があるんだ。大丈夫、アタシも気が落ち着いたよ。もう離れるなんて言わないからさ」
「……分かったよ、ネル」
そうして、二人はすたすたと歩み去っていってしまった。
(ま、負けた……)
あとには、完全にネルの策略にはめられて敗北感しか残らず灰と化したソフィアだけが残されていた。
なお、この件は何故か翌日にはディプロ中に広まっており、ソフィアへの批判とネルへの同情が一気に高まったとか。
追記
「うう……ソフィアのやつ、このオイラを監禁しやがって……うう、腹減った〜」
ぐうう、とロジャーの腹がなる。半日の間、ひたすらエメラルドリングだけを作らされつづけてさすがに体力の限界だった。ふらふらともたれかかった扉が、自動で開く。
その部屋の中からは、香ばしい匂いが漂っていた。
「おおっ、ラッキーじゃん!」
ロジャーは水を得た魚のようにその室内に駆け込む。
そのテーブルの上には、さまざまな料理が並んでいた。
「くうう〜っ、メラうまそーじゃんか! いっただっきま〜す!」
そこにあった食事に、一気にかぶりつく。
瞬間。
弱っていたロジャーの体は、一瞬で全てのHPを奪われてしまった。
無論、その部屋の主は金髪のクラウストロ女性であることと、その料理には名はついていないものの、調べれば『命の危険を感じる(2)』という追加効果があることだけはここに記しておく。
合掌。
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