Syunikiss 〜二度目の哀悼〜
(このシーン、ビウィグは私の逆鱗に触れました)
(フェイト……!)
カルサア修練場の闘技場に現れた彼を見て、一瞬、足が出そうになる。
だが、彼女の冷静な思考力がその足を止めた。
(様子がおかしい)
別に、彼が偽者というわけではない。だが、あの緊張した面持ち。クリフにマリアも、どことなく緊張を帯びている。
それに、その後ろにいる見知らぬ三人の男性。あのバンデーンと呼ばれたものたちと似たような武器を持っている。
(何かあったね)
フェイトたちは自分たちの世界に帰った。それは、父親を助けに行くためだという話だった。
では、何故今ここにいるのか。
(来た)
フェイトたちに相対するように、別の一団が姿を現す。
(バンデーンか)
あの白頭は聖殿カナンで何人も倒してきた。
そして、その白頭たちの後ろに現れたのは、メガネをかけた痩せた中年男性。
(フェイトの父親か。似ているね、やはり)
そして、もう一人。
同じように手を縛られて現れた人物を見て、ネルの目が驚愕で見開かれた。
(アミーナ……!)
馬鹿な。
彼女は死んだはずだ。
いったい何故、ここにいるのか。
(いや、違う)
彼女はアミーナではない。
最初にフェイトが言っていたではないか。アミーナは、彼の幼馴染に似ているのだ、と。
(そうか。あれが確か……ソフィア、とかって名前だったっけ)
なにやら言い合いになった後、フェイトたちとバンデーンが戦いに入る。
(どうする?)
あの程度の敵なら、フェイトたちでも大丈夫だろう。
問題は、人質を盾にしてきた場合だ。
背後に回りこみ、人質を解放する。
そうすれば、フェイトたちは自由に動けるはずだ。
彼女はそう考えるなり行動に移った。
隠密を束ねるクリムゾンブレイドにとって、これだけ距離が離れているものを相手に気取られず動くなど造作もないことだ。
彼女がバンデーンの背後についたころ、戦闘も終わっていた。
そして無事に、フェイトの父親とソフィアとが解放される。
(やれやれ、出番はなかったみたいだね)
安心したのも、つかの間だった。
バンデーンは次から次へと兵士やマシン兵を転送してきては、フェイトたちに襲い掛かっていった。
フェイトたちはなんとか逃げ出していったが、それからも兵士たちはまだまだ沸いて出てくる。
(いったい、どうなってるっていうんだい)
状況が知りたい。彼らは何を目的にしてここまで来て、そして何がここで起こっているのか。
(もう一度、動く必要があるみたいだね)
敵兵は修練場の中へと入っていった。
この修練場の内部がどうなっているかはよく覚えている。敵兵が一人になったところを見計らって叩きのめし、情報を手に入れる。
それが一番、妥当な方法というものだろう。
(よし、行くよ)
影ながら味方の援護をする隠密。
やはり自分には、こういう任務がよく似合うのだなと、そんなことを思った。
「う、ぐう……」
相手も人間だ。どれほど強い武器を持っていようと、使う前に倒してしまえばそれは無用の長物となる。
「さて、いろいろと聞きたいことがあるんだけど、答えてくれるかい?」
相手の首筋にナイフをあてて脅す。何でも話す、という相手の了承を得て尋問が始まった。
「まず聞きたいんだが、あんたらはここで何をやってるんだい」
「何をって……あんたは、クオークの連中じゃないのか」
「質問は私がしている」
ぐ、とナイフに力をこめる。バンデーン兵は両手をあげて抵抗しない。
「ふぇ、フェイト・ラインゴッドの身柄の拘束をしに来た」
「何故だい? あいつの力が問題なのかい?」
人にはない力。あの空飛ぶ機械を完全に消滅させた力。まだ使いこなせない力。
あれを見たとき、正直、何がおこっているのかは分からなかった。
後で、それがフェイトの仕業だということがクリフから教えられた。
「そうだ。奴の力は、この世界を滅ぼす原因となるものだ」
「分からないね。あんたらがちょっかいかけなければ、あいつは無害な人間だよ」
「お、お前たちは何も知らないんだ。いったいこの世界が何に狙われているのかを」
「どういう意味だい?」
「俺だって詳しいことは分からねえ。でも、この世界がヤバイモンに狙われてて、それが奴のせいだってことだけは分かってるんだ」
「話にならないね。どうして確かめてもいないことでそんなに力強いことが言えるんだい?」
あまり詳しいことを知っているようではないということに気づき、これ以上の話は無駄だとネルはふんだ。
「それじゃあ一つ聞くけど、あんたたちばかり援軍が来ているのはどういうわけなんだい? まさか、それほど戦力差があるってこちなのかい?」
ぐ、と力をこめながら言う。少しでも悩むような素振りを見せれば殺す。
「あ、あ、あれは転送妨害装置を使ってるんだ。新型のな。俺たちは援軍を呼べるが、奴らは呼べないっていうスグレモンさ」
「なるほどね」
そういえばバンデーン兵の近くに機械があった。おそらくあれのことだろう。
「だいたい分かったよ。ありがとうね」
「た、助けてくれるのか?」
「悪いけど、敵に容赦できるほど私は甘い人間じゃないんだ」
一気にその喉を引き裂く。
頚動脈から、血が一気に吹き出た。それを浴びないように、体を逸らす。
『僕は弱いものイジメはしない主義なんだ』
そういえば、前に彼はそんなことを言っていた。
戦争なのに甘いことだと思った。今も思っている。
「悪いね、フェイト。戦うことしか知らない女でさ……」
今の状況を見たら、彼は自分をどう思うだろうか。
決して、いい顔はしないだろう。彼は純朴だ。
だが。
(あんたの敵を、一人でも削っておく必要があるからね)
たとえ今は戦意が喪失していても、あとでまた敵として自分たちの命を狙ってくるのなら、今殺しておいた方がいいのだ。
たとえそれが、フェイトの望まないことだとしてもだ。
(……罪か。ま、仕方ないね)
これが初めてというわけではない。
いまさら罪の意識を感じるなど、その方が偽善だ。
「罪には、罰を、か……」
自分にはどのような罰がくだされるのか。
苦笑して、ネルは首を振った。
そして、元の場所に戻ってくる。
フェイトたちも馬鹿ではない。逃げられないのなら戦うという手段にきっと方針を変えてくるはずだ。
ならば、バンデーンがフェイトたちに集中した瞬間を狙って、攻撃をしかければいい。
滅多に使わない長剣に手をかける。
(さあ、行くよ、ネル)
フェイトたちを助けなければならない。
自分の身が危険にさらされるのは分かっている。
だが、彼らは命の危険を顧みずに自分を助けに来てくれた。
今度は、自分が返す番なのだ。
死んでもいいから彼に会いたいと願った。
戦うことしか能のない自分には罰が課せられるのだと気付いた。
(運命めいたものを感じるね)
自分が死ぬはずだったこの地で。
自分が生きながらえることになったこの地で。
(この時まで、私はあんたたちに命を借りていたのかもしれないね)
だから、返さなければならない。
自分の命に代えても。
──来た。
彼らが突入してくる。
それと同時に、彼女もまた、動いた。
「それは、これがあるからじゃないのかい?」
長剣で機械を切り裂く。
「貴様、よくもっ!」
バンデーンの『光の矢』が、自分の胸に伸びる。
三本目まではかわしたが、四本目が自分の胸を貫いた。
(ああ……)
こうなるのだろうとは、覚悟していた。
最期に、役に立ててよかった。
命の借りは、命で返した。
カルサアで、今まで借りていた命を返したのだ。
(それとも……これが、罰、ってやつかもしれないね)
目は開いているはずなのに、そこにあるはずの顔が見えない。
フェイト……。
あんたは今、どこにいるんだい?
目の前にいるのなら、返事をしておくれよ。
それとも、その声を聞くことも、私には許されていないのかい?
せっかく、会えたのに。
でも、それを望んだのは自分、か。
たとえ死んでも、フェイトに会いたいと思った。
本当に会うことしか許されないとは、思わなかったけれど。
『自分の命をかけるほど、回りが見えなくなってしまうものなのか』
ああ、そうだね。
今なら、恋愛のために敵と通じたという部下の気持ちが分かる。
たとえ何と引き換えにしても、相手のことが一番なのだ。
死んでも。
それは、自分が望んだことなのだから。
(さよなら……)
もう、意識も薄れてきた。
感覚がぼやけていく。
フェイトの声が聞きたい。
フェイトの姿が見たい。
フェイトの……。
(しにたく、ない……)
フェイトに、会いたい──……
フェイ……ト、に……
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