Garnet 〜禁断の園へ〜
(ネルが目立つ最後のシーンですね/涙)






 ひか……り……。
 ……まぶ……し……い……。
 わた……しは……。
「う……」
 体の感覚がおかしい。
 頭は動き始めているのは分かるが、反応が鈍い。
 目が、まだ開かない。
 自分の体は、どうなってしまったのだろう。
 今、ここは……。
 私は……。

「生きている……」

 自分の言葉で、目が開いた。
 見たことのない光景。
 青と緑の部屋。
 自ら発光する棒。
 全く、自然の匂いのない部屋。
「ここは……」
「起きたのね」
 聞き覚えのある声が横から聞こえてきた。
「マリア?」
「意識はしっかりしているみたいね。よかった」
 唯一見たことのあるものが、優しく微笑んだ。
「無茶をするわね。でも、助かったわ。ありがとう」
「ああ……そうか。みんな助かったんだね」
「ええ。あなたのおかげよ」
「そう。よかった」
 ネルもまた微笑み、ゆっくりと体を起こす。
 だが、その瞬間に頭がぐらりと揺れる。
「まだ駄目よ」
 マリアが体を支えて、ゆっくりとネルの体を横たわらせる。
「なんで、私は生きているんだ?」
 そのとんでもない質問に、思わずマリアは苦笑してしまった。
「そうね。あなたの常識なら、あの怪我は治らないものかもしれないけれど、私たちの技術なら治すことができるということよ」
「そうか……すまないね。結局、迷惑をかけたみたいだ」
「そんなことないわ。あなたがいなかったら、私たち、みんな殺されていたかもしれないんですもの」
 まだ、頭が朦朧としている。
 でも……
 生きている。
「私は生きているんだな……」
 命の借りを返したと思っていた。
 自分の罪に対する罰を受けたのだと思っていた。
 死んでもいいからフェイトに会いたいという願いが叶ったのだと思っていた。
 だが。
 自分は生きている。
 もう一度フェイトに会える。
 会いたいと願ったものが、かなう。
 かなう……!
「生きている……!」
 死にたいなどと思ったことは、今までに一度もなかった。
 だが、死にたくないと心から思ったことがなかったのも、また事実だ。
 そう、死にたくないと願った。
 フェイトともう一度会いたかったから。
 フェイトともう一度話したかったから。
 フェイトともう一度触れたかったから。
「ええ。だから、もうあまり無茶をしないでちょうだい。でないと、あなたの相棒さんに絞め殺されてしまうわ」
 そういえば、この段階にいたるまで大切な親友であるクレアのことはすっかりと忘れていた。思わず苦笑する。
「クレアにかい? まさか、そんなことはしないさ」
「ふふ、冗談よ。でも、本当に生きていてくれてよかったわ。あなたが撃たれたときの、フェイトの取り乱しようったらなかったわ。本当、あなたに見せてあげたかったわね」
「フェイトが」
 そうだ。
 あのとき、自分の命をかけてでもフェイトを助けようと思った。
 だが、フェイトはそれをどう思っただろうか?
 自分の犠牲で生き残ることを喜ぶだろうか?
 自分なら、絶対に喜ばない。
 もっとも大切な、誰よりも好きな人を失って、喜べる人間などいない。
「私は……」
 ネルは、真剣な表情でマリアを見つめた。
「私は、間違ったことをしたのかな」
「それは、命を捨てようと思ったこと?」
 ネルは顔を赤らめた。
「もちろん、正しいはずがないわよ。私だって怒ってるもの。誰が仲間の犠牲で自分が生き残ろうだなんて思うものですか。全員で生き残る。それが私の理想よ」
「そうだね」
「あなたが私たちにコンタクトを取って、連携して動くことができれば、あなたが転送妨害装置を破壊した瞬間を狙って、ビウィグを倒すことだってできた。あなたは余計な怪我をする必要がなかったかもしれないのよ」
「そうか……なるほどね」
 さすがに、マリアは頭が切れる。リーダーとして、部下の命を預かる責任感もあれば、そのために何をするべきなのか、何が必要なのか、常に思考している。
「あんたにはかなわないよ、マリア」
「それは私も同じよ」
 くすっ、と笑う。
「そういえば──」
 ネルは一息つくと尋ねた。
「フェイトはどうしてるんだい?」
 何故ここにいないのだろう。
 何もなければ、きっと傍にいてくれるだろうに。
 何か問題が起こっているのだろうか。
「ねえ、ネル」
 真剣な表情だった。
「……フェイトに、何か?」
「彼は大丈夫よ、安心して。でもね……できればあなたから、後で慰めてあげてほしいのよ」
「慰める? 私が? フェイトを?」
 その理由が分からなければ何とも言えないが、どうやらただごとではないことが起こったようだ。
「亡くなったのよ。彼のお父さんが」
「な……」
 思わず体を起き上がらせる。
「亡くなった……」
「ええ。フェイトをかばって、命を落としたのよ」
「そんな……」
 あれほど、父親に会いたがっていたのに。
 父親を助けに行きたいのだということはずっと知っていた。
 それを引き止めていたのは、自分だ。
 この国の民のためだと、自分と彼に言い聞かせ。
「私が、早く彼を解放していれば……」
「それは違うわね」
 だが、マリアはこともなげに切り捨てる。
「彼が何をしたところで、宇宙に出る方法がないんじゃ何をしてたって同じよ。それにバンデーンはフェイトを追ってきていたわけだしね。ラインゴッド博士もこうなることはある程度予期していたでしょうし。別に誰のせいというわけじゃないわよ。強いて言うなら、私達に攻撃を仕掛けてきたバンデーンのせいといったところかしら」
「でも……」
「ネル」
 マリアは彼女の暖かそうな髪を優しくなでる。
「こういうときは、誰も『こうしていれば』と思うものよ。でも、現実にそんなことを考えても意味はないの。起こってしまったことを受け止め、これからどうすればいいのかを考えなくてはね」
「そう……だね」
 確かにマリアの言うとおりだ。
 強引に働かせたことはないし、アミーナの件から彼が望んで協力をしてくれたのだ。
 帰ろうにも帰る手段がなかったということもある。
 それに、フェイトの父親はフェイトをかばって亡くなったのだ。
 命がけで誰かを守ることができたフェイトの父親は、ある意味では満足だっただろう。
 だが。
 残された者は、そうではない。
「分かったよ。後でフェイトを慰めればいいんだね?」
「ええ、お願いするわ。私はこれから彼をちょっとひっぱたかなきゃいけないから」
「ひっぱたく?」
 随分過激な言葉だ。
「ええ。彼はまだお父さんの遺体の前でいじけているのよ。せっかく命を助けてもらったのなら、それに見合う行動をすべきでしょう?」
 言っていることは正しい。だが同時に、冷酷な意見でもある。
 なるほど、だからマリアは『フェイトを慰めてほしい』と言ってきたのだ。
 自分が厳しくするから、誰かに甘えさせてあげなければ彼の精神のバランスが保てない。
 そこまで考えているのだ。
「なるほどね。これからあんたたちは何をするつもりなんだい?」
「彼のお父さんが最後に言い残したことをするつもりよ」
「それは?」
「ムーンベースへ行け、だったわ。そこは博士の研究室があるところ。きっと、私たちの力についてのデータが残っているのよ。だからそれを調べなければいけない。何故私たちにこんな力を与えなければならなかったのか。それに……」
「それに?」
「希望だと、言ったわ。私とフェイトのことを。いったい何のことなのか、よく分からないけど。ま、それもムーンベースに行けば分かるでしょ」
「ムーンベース……」
「あ、でも安心していいわよ。あなたのことはちゃんと元の世界に戻してから行くことになるから」
「ああ」
「それじゃ、もう少し寝ていて。後で彼をあなたのところへ来させるわ」
「分かった」
 マリアは立ち上がり、部屋を出ていこうとした。
「あ、そうだ。一つ忘れてた」
 マリアは扉の前で立ち止まり、ネルを振り返った。
「なんだい?」
「助けてくれてありがとう。あなたは、私の、私たちの命の恩人よ」
 そしてすぐに顔を背け、部屋を出ていった。
 きっと、照れているのだろう。
 ふふっ、と笑って再び体を寝かせた。
「生きている、のか」
 フェイトとまた会える。
 それはネルの心を軽やかにした。
 だが。
 それはまた同時に、別れを意味することでもあった。
(フェイトはムーンベースってとこへ行くんだね)
 今の話の流れからいくと、そうなるのだろう。
 二人の力は何故与えられたのか、その真相をつきとめるために。
 そうしたら、自分とはもう会えない。
 シーハーツで、狂おしいまでの情熱に焼かれたまま、フェイトが来るのをただじっと待っていなければならない。
(耐えられない、か。そうだろうね。カルサアでの自分を思い返してみればね……)
 だとすれば、自分にできる選択肢は一つしかない。
 だが、それを選択することは、自分にとって辛い結果になることは目に見えていた。
『あなたに、覚悟はあるの?』
 その覚悟を、今、迫られている。
 近い未来に、その覚悟を迫られることは分かっていた。だが、こんなにも早くその時が来るとは思ってもみなかった。
 再会は早すぎたのだろうか。
 自分の覚悟が決まりきる前に、再会は起こってしまった。
(フェイト……)
 自分にとって、フェイトはかけがえのない相手だ。
 では、フェイトにとっては自分は必要な存在と言えるだろうか。
 幼馴染のソフィアもいる。クリフはいつも彼を助けていた。今の会話から分かるようにマリアは常に冷静で全てを見通している。
 自分がいなくても、フェイトには何ら影響はない。
 だが……。
(あんたは、私を必要としてくれるのかい?)
 もし自分が。
 ついていきたいと、言ったのなら。
 彼は、それを認めてくれるのだろうか?
(そうさ。私はもう、離れたくはないんだ)
 ネルは再び起き上がり、ベッドから降りた。
 少し頭はふらつくが、耐えられないほどではない。
(覚悟は足りないかもしれない。これほどの違いだからね。私が知っているものは、ここには何一つない)
 空気清浄機の音、ライト、モニター画面、合成繊維、レアメタル製の壁と天井と床。
 何もかもが、自分の知っているものとはかけ離れている。
 その違いに、自分はついていけるだろうか。
 その違いに、押しつぶされはしないだろうか。
 もし辛くなったら。
 フェイトがいるから大丈夫だと。
 それだけで耐えられるだろうか。
(分からないよ、そんな未来の話は)
 ネルは苦笑した。
 悩むのは、もうやめた。
 今はただ、できることを、やりたいことをするだけだ。
 たとえ未来に後悔したとしても、今を後悔したくはない。
 フェイトの傍にいる。
 それだけが、今の自分にとっての絶対条件。
「行くよ、ネル」
 そして、彼女は部屋を出た。






「ムーンベースか。一体どんな所なんだろうね。楽しみだよ」





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