FRIENDS

第4話 どうしてもを失いたくない






 強化型エクスキューショナー、代弁者と執行者を大聖堂でからくも撃破した三人は、慎重に地下通路を抜けていった。
 謁見の間、大聖堂と連戦が続いて体力的には厳しかったが、このままエクスキューショナーの闊歩を見過ごすわけにもいかない。このままでは犠牲者は増えるばかりだ。
「ねえ、フェイト。聞いてもいいかい」
 ある程度まで進んだところで、ネルが口火を切った。
「どうしてアンタは、エレナ博士が犯人だって思うんだい?」
 その疑問に答えることは難しい。何故なら、エレナ博士との会話を全て覚えているというわけでもなかったし、それこそ状況証拠以外の何ものでもない。
「ま、フェイトのことだもの。間違いないっていう気持ちは分かるけど、その理由を教えてほしいものよね」
 マリアもそれに続けた。フェイトは軽く息をついて「そうだね」と答えた。
「少し長くなるんだけど」
 と前置きしたフェイトは、エレナとの会話の中身を覚えている範囲で説明していく。
「なるほどね。確かにエレナ博士の発明品がオーバーテクノロジーといっても限度があるわ。それにフェイト、この星ではまだ遺伝子学っていうのはまだ少しも研究されていない分野なのよ」
「そうなのかい?」
「ええ。人の遺伝子が完全に解明されたのは地球暦21世紀初頭のことよ。細胞というものの存在を見つけ出したのが17世紀で、ちょうどこの惑星の文明レベルくらいね。遺伝という考え方が出てきたのは19世紀のメンデル博士からよ。少なくともこの惑星の文明レベルで遺伝子というものの存在を科学的に導くことは不可能ね」
 ネルは彼女の知識を超える話になった場合、極端に口数が減る。こういう場合に下手に口を出すと会話の進行を妨げると考えているのだろう。
「エレナさんでは絶対に知ることができないと思うかい?」
「さあ。いずれにしても、そのプログラムの件といい、何か知っているのは間違いないでしょうね。それにもともと彼女の知識はこの世界にあっていいものじゃないわ。少なくとも地球の22世紀くらいまでの知識は持っている。もう言うなれば彼女自身がオーパーツみたいなものよ」
 確かに、普段から話しているフェイトがかなわないくらいの知識を時折披露するくらいだ。この星の文明レベルは超えている。自分たちの文明レベルですら、超えているのではないかと思わせることがあるくらいだ。
「一つ、いいかな」
 控えめにネルが尋ねた。
「もし、もしもだよ? 今回の事件とエレナ博士が関係あるとして、エクスキューショナーと博士はどういう関係になるんだい?」
 言われて、改めて考える。
 彼女がエクスキューショナーを研究していたのは間違いない。もともと卑汚の風対策の責任者だったのだし、フェイトにも話したように卑汚の風と遺伝子との関連について、あと少しの段階まで研究は進んでいたはずだ。
「前に気になってたことがあるのよね」
 フェイトが答えないので、マリアが話を変えるかのように言う。
「仮にも聖殿と名前がついてるカナンだけれど」
「仮にも、とはひどい言われようだね」
「ごめんなさい、他意はないのよ。その聖殿に、どうしてファクトリーがあるのだと思う?」
 聖殿に、ファクトリーがある理由。
「そうだね、確かにおかしい。そんな設備があること自体……だいたい、誰が使うっていうんだ?」
 三人の脳裏に描かれた人物は、当然渦中の人であった。
「エレナ博士だとして、どうしてここに来ることになるんだい?」
「分からないな。でも、あそこの研究設備はかなり立派なものだった」
「そうね。この星の文明レベルを超えるくらいのものがあってもおかしくないでしょうね」
 調べてみる必要がある。
 確認しあった一同はエクスキューショナーの妨害もなく、一気に聖殿カナンへたどりつく。
 相変わらずシンと静まり返った聖殿だが、過去に来たときよりも嫌な気配が漂っていた。
「よし、まずはファクトリーだ」
 フェイトが言い、三人はファクトリーへと入っていく。
「何もないわね」
 セイントストーンからセイントアミュレットを作ったときも、道具だけがあるばかりで、特別なものは何もなかった。
「そういえばここ、地震で壁が崩れたところから入ってきたのよね」
 マリアは呟きながら、壁を触って調べていく。
「本当に何かあるっていうのかい?」
 ネルの質問にフェイトは首をかしげた。
「あったとしてももう既に引き上げたのかもしれないし、なかったのかもしれない。でも、調べておくことは悪いことじゃないだろ」
「確かにそうだね」
 ふう、とネルは机に寄りかかる。
「フェイト。一つだけ、聞きたいことがあるんだ」
 少し間を置いて、ネルから話しかけた。
「なんだい?」
「もし、エレナ博士がエクスキューショナーを……操っているとして、いったいそれで何をしたいというんだろう」
 結論は、そこにたどり着く。
 そう、この推論を続けていくかぎり、エクスキューショナーはエレナが操っているということにしかならないのだ。
「分からない。でも、エレナさんは言っていた。世界を滅ぼそうとしている人がいたらどうするって。僕はどんなことをしてでも止めるとは言ったけど……」
「なんでそんなことを……私には分からないよ」
 彼女の顔は、疲労の色が濃い。
「エレナ博士は私にとって尊敬できる数少ない人の一人だった。その人と戦うなんて……ましてや、あんたと博士が戦うだなんて、私には耐えられないかもしれない」
「大丈夫だよ、ネル。僕も、エレナさんもきっと大丈夫。なんとしてでもエレナさんのことは説得してみせる」
「フェイト……私、実は、前から気になっていたことが」
「お二人さん。雰囲気出すのはいいけど、ちょっと来てくれるかしら」
 ぶすっとした表情でマリアが二人を呼びつける。
「どうした」
「ここの壁、他のところよりも薄いみたいなのよ。奥に何かあるのかも」
 叩いてみると、確かに向こう側が空洞になっているような気がする。
「よし、壊してみよう」
 フェイトが剣を抜いて、その壁に叩きつける。
 あっけなく、壁は壊れた。
「ファクトリーの奥に秘密の小部屋、か」
 フェイトはその薄暗い小部屋の中に入る。
 瞬間、照明がついた。
「なっ」
 その部屋には、フェイトにとって見慣れたものがあった。
 無数のディスプレイ、ワークステーションにPC類、そこは地球の21世紀レベルの文明が凝縮されていた。
「この照明、センサー式になってるわね」
 見上げたマリアが呟く。
「こんな設備が、カナンの中にあるなんて」
 ネルが信じられないというように首を振った。
「テーブルの上に何か置いてある」
 フェイトが注意深く、部屋の中央にあるテーブルに近づく。
 そこにあったのは、三つの縦型プラスチックカプセルに、一枚の手紙だった。
「これは!」
 直径10センチ、高さ30センチほどの円筒のカプセル。
 その中に入っていたもの。
 それは。
「エクスキューショナー……」
 三つのカプセルには、それぞれ代弁者、執行者、断罪者のミニチュアが液体に漬かっていた。
「生きてる……」
 その小型エクスキューショナーは、小さいながらも確かに生きていた。まさに、エクスキューショナーのミニチュアだ。
「手紙に、何て書いてあるんだ?」
 その手紙を取ったのはマリアだった。
「……あなたの考えが、正しかったみたいよ、フェイト」
 その手紙をマリアはフェイトに手渡した。

『随分早く見つかっちゃったみたいね。
 エクスキューショナーのミニチュアはどう?
 私に話があるなら、カナンの一番奥にいるから、早く来てね。
 それじゃ、また後で。
エレナ』

「どうして、こんなものが」
「本人に話を聞くのが一番手っ取り早いんじゃない?」
 マリアが冷静な声で答えた。そう、手紙には話があるなら来いと書いてある。
 フェイトは、二人と視線を交わす。
「行こう。行って、話をしないと」
「そうね。ここにいても仕方がないわ」
「ああ」
 三人はファクトリーを出ると、一気に聖殿カナンを走り抜けた。

 何故。

 その言葉が三人の頭の中をめぐる。
 こんなことをしなければならない理由が、全く分からない。
 エクスキューショナーの、培養。
 つまり、昨日今日と戦ってきたエクスキューショナーたちは、全てエレナが生み出したもの。
 何のために、そんなことをする必要があったのか。

「エレナさん!」

 最後の扉を勢いよく開け、そこにいるのほほんとした施術兵器開発部長の名を呼ぶ。
「あ、早かったね〜」
 だが、こんなときでもエレナは相変わらずのほほんとしていた。
「あ、一応言っておくけど、あまり近づかないでね。話、しに来たんでしょ? 私、あまり力ないからさ、一応護衛を配置してあるから」
 そう言うと、エレナの背後から断罪者が三体、現れる。
(断罪者が三体……)
 一体だけでも強力すぎる相手なのに、それが三体も。その上、おそらくこの三体もパワーアップしているのだろう。
「エレナ、さん……」
「なに?」
「どうして、こんなことをしたんですか」
「こんなことって?」
「とぼけないでください!」
「いや、そうじゃなくてさ。何から話せばいいのかな〜ってコト」
 にこにこと笑顔で話すエレナは、いつもと全く変わりがない。
 ただ、場所が聖殿カナンで、周りに断罪者がいるというだけの違いだ。
「……エクスキューショナーは、エレナさんが作ったんですか」
「そうだよ。というかね、もともとこのエクスキューショナーっていうのは、私が発案したものなんだ」
「エレナさんが……発案?」
「そう」
 頭の中がめまぐるしく動く。
「やはり、そうだったんですね」
 ネルだけが表情を変えずに言う。
「そ。私、スフィア社の開発チームの一人だったの。こっちの世界に精神投影している間に事故が起こっちゃってさ〜。出られなくなっちゃったんだけど」
 エレナが、スフィア社の人間。
 その事実はフェイトとマリアにショックを与えていた。ネルだけが、どこかそれに気づいていた様子だった。
「ちょ、ちょっと待ってください。じゃ、じゃあ、エレナさんは、FD世界の人間?」
「君たちの言葉を使うとそうなるね。もともと私はエターナルスフィアの人間じゃないから。でもね、こっちの世界で生まれて、子供の頃からずっとここに暮らしてるから、私もこの世界の人間だよ。ただちょっと物知りなだけで。だから私も寿命が来たらこの星の土になるの」
 にっこりと笑って彼女は言う。
 だが、それでは。
「事故が起こって向こうの世界に戻れなくなったのは残念だったよ。仕方ないよね。だって、向こうの世界にはもう私の体はないんだから。精神投影している場所で火災があっちゃってさ〜。それでどういう原理かは結局よく分かってないんだけど、私の精神だけはこっちの世界に残っちゃって」
 そんなにあっけらかんと言われても、フェイトとマリアには言葉もない。
「でもね、私にはセフィラがあったから、あの無限のエネルギーを使えば向こうの友達とはいつでも話せたからね。別に何も問題はなかったのよ。聖殿カナンに私用のファクトリーを自作したし」
「あのテクノロジーはやはり、エレナさんのためのものだったんですね」
「そう。さすがに向こうの世界レベルのものを揃えることはできなかったから、かなり旧型のPCになっちゃったけどね。でも、エクスキューショナーの製作にしても、エターナルスフィアの製作にしても充分コトは足りるんだ。それに私、この世界が好きだからずっとここにいるのは悪くなかったしね」
「どうして、今まで教えてくれなかったんですか」
 ようやく、それだけを尋ねる。
「フェイト君たちがプログラムで0と1の集合体だっていうこと? 私がフェイト君たちを作った開発者チームの一員だっていうこと?」
「……全てを、です」
「そうだね。言えばよかったのかもしれない。でもね、それは無理な相談なんだ」
 彼女は右手の人差し指を顎に当てた。
「なんて言うのかな、セフィラがなくなって、向こうの世界との交信が私だけの力じゃ全然できなくなっちゃったとき、もうこれで全部終わった感じになっちゃったのね。私の意見がこの世界に投影されることはもうないし、だからといってじゃあ何をするかって言ったら、他のやりたいことは全部投げ出してエターナルスフィアの開発に没頭してたからさ、もういっそのこと、全部壊しちゃえ〜、みたいな」
「そんな、何の意味もなく!?」
「意味ならあるよ」
 そう言ってにっこりと笑う。
「私が満足する」
「エレナさん!」
「駄目だよ。もう私、決めちゃったから。今の私の目的は三つ。一つはこの世界を壊すこと。でも壊しちゃったら他にしたいことができなくなるから、これは最後。二つ目は昔の友達に会うこと。どうやればいいのか、全く分からないけどね。駄目ならこれは諦めるよ。そして、あと一つ……これは、秘密にしておこうかな。どうせすぐに分かると思うけど。ヒントは、フェイト君が一番分かるかもしれない、っていうことかな?」
「待ってください、エレナさん!」
「駄目。これは宣戦布告だから。現状で戦うつもりは全くないもの。というわけでフェイト君。私を止められる? 止めてみせてね、フェイト君は何があっても止めるって言ったんだもの。期待してるよ。裏切らないでね。とりあえず、今話せるのはこれくらいかな」
「エレナ博士!」
 一方的に話を終わらせようとするのを、ネルが大きな声で制した。
「なに?」
「一つだけ教えてください。あなたは、あんなにも私たちに協力してくれました。そして、この世界が好きだともおっしゃった。その好きな世界を、滅ぼすというのですか?」
「そうだよ。だって、この世界はもともと私が作ったんだもの」
 エレナは少し遠くを見つめた。
「もともとエターナルスフィアの開発チームは三人からスタートしたんだ。よく覚えてるよ。ルシファーとブレア。私にとって、大切な大切な幼なじみ。ルシファーは最後、私と意見が違っちゃったけど、ブレアとはよくいろんなことを話したな。セフィラを通してだけど、本当によく話した。私の一番の友達」
「ブレアさんが……」
「ブレアは元気だった?」
 フェイトが頷くと、嬉しそうにエレナは微笑んだ。
「よかった。それでこそ、この世界も壊しがいがあるよ。ブレアと対立するなら、いつかは会えるかもしれないね」
「まさか、エレナさん」
 三人が、エレナの狙いに気づいた。
「そうだよ。私が世界を滅ぼそうとするのは、いつかブレアが私の前に現れるかもしれないから。それ以外に会う方法、私は知らないんだ。ブレアの方から、私の存在に気づいてくれないことにはどうしようもないのよ」
「ブレアさんは、エレナさんの居場所を知らないんですか?」
「知らないよ。言ったことないもん。もし言ったらどうなると思う? ブレアのことだもの、なんとかしてここに来ようとするだろうし、そうなったらゲームバランスを崩す恐れがあったからね。だから居場所を伝えなかったし、聞かれなかった。お互い分かってたんだよ、そのこと。でももう、駄目だね。だって、私から連絡をしなければブレアは私と話ができないんだもの。だったら、派手に暴れまわってブレアに居場所を伝えるしかないじゃない?」
「だったら、世界を滅ぼす必要なんてないじゃないか!」
「確かにね。でも、やるからには徹底する主義だから。それに、これは私にとっても挑戦なのよ。今まで手がけてきたこの世界が、いったいどれだけ成長しているのか。私が消そうとするのを止められるのか。つまり、フェイト君たちが私を止められるかどうか。止められたならフェイト君の勝ち、止められずに世界が崩壊したら私の勝ち」
「そんな」
「それくらいのものがかかってないと、つまらないでしょ? 友達にも会えない、この世界を創ることもできない、そんな私の楽しみ方って、これくらいじゃないと駄目なんだ」
「そんなに、そんなにこの世界は不満ですか」
「不満? そんなのはないよ。ただ……そうだね、これは復讐と言ったら分かりやすいかもね」
「復讐?」
「そう。私から友達を取り上げたフェイト君たちに、ちょっと迷惑かけてやろうかなってさ」
「……さっきから黙って聞いてたけど」
 マリアがようやく口を開く。
「あなた、言ってることが支離滅裂ね。何がしたいのかなんて、本当は分かってないんでしょう?」
「うん、多分ね」
「だったら、そんな無意味なことをして何になるというの?」
「だから、結論はそこよ。私が満足する。それだけ」
「エレナさん!」
「うん、話は終わりね。じゃあ、私はもう行くから、あとはうまく私を見つけてね。最初にどこに行くかは、多分考えれば分かると思うから。あ、それから一応足止めついでに、この三体、がんばって倒してね。まさかとは思うけど、断罪者に負けることなんてないわよね。そうだったら、すごく期待はずれだな。それじゃね〜」
「エレナさん!」
 だが、そのエレナの姿はすぐに光に溶けて消えた。
 そして、あとには断罪者だけが残された。
「くっ」
「やるしかないみたいね!」
 三人は、最後の気力を振り絞って、その戦いに臨んだ──





「ん〜っ、と」
 地上に戻ってきたエレナは大きく伸びをした。
 今まで、誰にも言えなかったことを言った。
 このエターナルスフィアに入って、もう何年になっただろうか。
 その間、ずっと孤独だった。
 誰も自分を分かってくれない。誰も自分を理解してくれない。
 唯一、シーハート27世だけが自分の孤独を少しだけ理解してくれたが。
 元の世界に戻ることは、確かに望みとしてある。
 だが、この世界はやはり好きなのだ。
 好きな世界を壊す。
 それは、創造主にのみ与えられた特権。
「私もルシファーと同じか」
 苦笑した。自分はそうならないだろうと思っていたが、元の世界と隔絶されたことで、自分の精神はどこか捩れてしまったらしい。
「じゃ、まずはアーリグリフへ行こうかな」
 楽しそうに、エレナは歩き出した。





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