Singles-α

第9話 real motion






「状況は?」
『フェアリーテイル』に戻ってきたリードは席に着くなり尋ねる。すぐにセリアが熱い茶を運んできた。
「地球にクラス三を超えるエネルギー弾が衝突。六回です」
 蒼白な顔をして答えたのは測量長のプライアだ。事実、それが信じられないのだろう。
「それでは喧嘩にならんな」
 答えた提督があまりに冷静だったため、艦橋がようやく落ち着きを取り戻す。リードが茶をすすってその様子を見つめながら考える。
 無論、そんな桁外れな火力を持つ相手に銀河連邦軍ではまるで歯が立たないだろう。予想以上──ではない。予想をしていなかったのだ。だが考えれば、それだけの火力が向こうにあるのは当然ともいえる。
 もし敵が地球を火力によって崩壊させようというのなら、エネルギークラスは四から五は必要だ。それだけの火力を持っているという予測を予め立てておいた方が無難というものだ。
「敵陣は最初に宣告、自分たちを神の使い、エクスキューショナーと名乗り、発展しすぎた人間の科学は禁断の領域に達してしまったために、滅ぼすことにしたと」
 既にエスティード夫妻から聞いたFD人についての内容は艦橋にいるメンバーには伝えている。その内容事態に驚くところはなかったのだろう。
 禁断の領域=紋章遺伝子学。
 それが何故、FD人の禁忌に触れるのか。これは話が前後するが、紋章遺伝子学を究めることになれば、生みの親であるFD人を倒すような生体兵器すら作ることができるようになるから、であろう。
 と、そこでようやくリードは気づいた。
「ミレトスはどうした?」
 自分にいつもぴたりと影のようにくっついているあの男の姿がない。珍しいことだった。
「大尉は」
 少し答えづらそうにセリアが隣から話しかけた。
「錯乱されたので、鎮静剤を投与し、眠っていただいています」
 リードにとっては、クラス三のエネルギーよりもその方が驚愕だった。
「錯乱、だと?」
 このメンバーの中で、おそらく、いや間違いなく、誰よりも神経が図太い男だ。ミレトスに限って錯乱などありえない──いや。
「被害地域の分布図を出してくれ」
 まだ戦闘は始まったばかりだ。おそらく最初に地球を襲ったエネルギーは、宣戦布告程度の意味合いしかないだろう。これから地球までいくから待ってろ、という意味だ。
 だが、その程度ですら被害は甚大だった。惑星シールドで防いだとはいえ、各地に被害が生じている。
 中でも被害が甚大なのは四箇所。シドニー、トーキョー、ケープタウン、そして──ニューヨーク。
「なるほど」
 ニューヨークには、ミレトスの彼女がいる。
 たとえ離れていても、会えなかったとしても平気ではあるが、失うということは絶対に耐えられない。かつて、彼はそう言っていた。そして、もし彼が自分を裏切るようなことがあるとすれば、それは彼女に関する場合だけだ、とも。
(だが、壊滅というわけではない。死者は出ているだろうが、彼女がどうなったかは調査してみなければ分かるまい)
 ふう、と一息ついたところだった。
「あらあら、随分ひどいことになってるわね」
 艦橋にずけずけと上がりこんできた女性が明るい声で言う。突然現れた女性に、クルーたちも戸惑いを隠せずにいた。
 もちろん、顔など確認しなくてもそれが誰だかは分かる。聞きなれた声だ。
「ラインゴッド。艦橋への立入を許可した覚えはないぞ」
 振り向きもしないで言ったが、その自分の肩をリョウコはぽんと叩いて隣に空いていた補助席に腰掛けた。
「固いこと言いっこなしよ。状況が分かっている人間がいた方がリーくんも助かるでしょ?」
 こともあろうに、銀河連邦の大将位にある人物に対してなんという発言か。
 部下たちが一斉に激憤した。が、副官のセリアだけが冷静に手を上げて質問した。
「閣下。こちらの女性は」
「ああ。リョウコ・ラインゴッドだ。見当はついていただろう」
 古い知り合い、とそう彼女には以前伝えていた。セリアは頷き、その彼女にも改めて茶を持ってくる。
 まったく、これが夢なら早く醒めてほしい。
「エネルギークラスは三、か。どうやら手加減してくれたみたいね」
 そのリョウコの発言に、クルーが愕然となる。プライアがもはや思考不能という様子でリョウコに尋ねた。
「お、お待ちください、ラインゴッド博士。では、さらに強力な攻撃があるということですか」
「そう考えるのが自然でしょ? 私の見立てでは、この倍のクラスの攻撃があると思うわ」
「倍? クラス──六?」
 もはやクルーの思考は完全に停止している。もっとも、その見立てはさほど外れてはいないだろう。というより、それほどのエネルギークラスであれば、もはや惑星シールドなどさほど効果はない。クラスが五だろうが六だろうが七だろうが、惑星が崩壊するという事実には変わりないのだ。
「手加減をしたという理由は?」
 分かっていることではあるが、リードはそれでも確認をしておく。
「FD人の話はさっきした通り、つまり、この銀河系を滅ぼすっていうこと」
 改めてリョウコに言われると、クルーたちの青ざめた顔色がさらに悪くなる。
「でもそれは彼らにしてみればゲームみたいなものよ。最初から全力出してるんだったら、もうとっくにケリついてるわよ。戦争だって最初から全力出す国は過去に一度もなかったでしょ?」
「ゲーム、ですって、これが?」
 プライアが信じられないと首を何度も振る。
「ええ。圧倒的な兵力で敵の拠点攻略を行うシミュレーションゲーム。あれの目的なんて、楽しい、それだけでしょ。別にそんな気持ちがないのだとしたら、銀河系を一瞬で消去すればおしまいなんだから」
 リョウコはさも当然のように言う。さすがに二十年近くもこの問題と向き合い、そして夫であるロキシを騙してまで計画を進めた『魔女』だけのことはある。
「一つ聞きたい、ラインゴッド」
「一つだけよ」
「子供か、お前は。聞きたいのは、FD人がこの世界の物理法則に反する動きができるのかどうか、ということだ」
 言っていることが分からないんだけど? と彼女は首をかしげる。
「慣性の法則やエネルギー保存の法則、そうしたものをエクスキューショナーは無視することができるのか、ということだ」
「それは無理ね」
 リョウコは即断した。
「たとえ相手が何者であれ、それがFD人そのものであったとしても、この世界にいる以上はこの世界の法則を無視することはできないわ。FD世界から干渉することはできたとしても、この世界の中にいる者が法則を無視することはできない。たとえば、Out of the Place ARTifacts、いわゆるオーパーツみたいなものもあるけど、それは私たちの科学ではまだ解明できないだけのこと。過去に謎とされたいくつものオーパーツを我々人類は解読してきた。必ず法則は存在するし、無視することはできないわ」
 言いたいことは分かった。もしこの世界が真実、二進数の世界だとしたら、なおのことそうした矛盾はないはずだというのだ。
 何故なら、二進数の世界であるということは、全てが計算された世界だということだからだ。計算はすべて公式、法則に則って行われる。それをゆがめるようなことがあれば、それは世界そのものが成立しない。
 とはいえ、
「たとえば、の話だが」
「いいわよ、どうぞ」
「そうだな、お前にちなんで、ファイナルドラゴンの話にしようか。あれの三作目にあった重大なバグ、お前なら知っているだろう」
「ええ、業界ではとんでもないバグだったから、知らない人はいないわね。ゲーム中盤でサブイベントのルドラ遺跡に挑んでいて、そこでトール神との戦いを三回行ってしまった場合にフラグが立って、ラストバトルの後で過去から現在に戻ってこようとしたときに『時渡りの船』が出現しなくなるっていう、アレでしょ? なに、もしかしてリーくん、嵌ったの?」
 苦笑する。学生時代に間違いなくそのバグに嵌められて、二度とファイナルドラゴンはやるまいと固く心に誓った事件だった。
「ああ。それと同じように、敵がこの世界の法則にしばられないようなバグが生じたというような、そういう可能性はありえないのか?」
 作られた世界だというのなら余計に、プログラムミスなどでいくらでも法則を捻じ曲げることはできないのだろうか。いや、そのプログラム事態が法則を無視して活動できるようにしてあるということはないのか。
「あくまで今の例えを使うのならだけど、それは製作者側のミスってことよね。もしくは意図的なものでもかまわないでしょうけど、でもそれが物理法則をゆがめたことにはならないわよね」
「それはそうだが」
「心配するのは分かるわ。たとえば神隠しとかあるでしょ? ああいうのはあくまでバグ。それに対して、地球を攻撃した存在はウイルス駆除ソフトみたいなものよ。いわば人類がコンピュータウイルスで、ウイルス駆除ソフトであるエクスキューショナーに消去される存在というわけ」
 しん、と艦橋が静まり返る。
 さすがに随員たちもその会話の裏にどのような意味があるのか、おぼろげに察しがついたのだろう。何しろ、ここにいるメンバーだけが、FD世界のことを知っているのだから。
 だが神経の図太さでは負けるつもりがないリードはなおも冷静だった。
「なるほどな、よく分かった。なら、打開策はあるのか?」
「え?」
 逆に、リョウコの方が目を丸くして尋ね返す。
「もしもエクスキューショナーがウイルス駆除ソフトだというのなら、ウイルスの根絶はまず不可能だろう。なぜならコンピュータウイルスは日々進化する。もしウイルスを完全消去したいのなら、ネットワークを切断して、ハードごと破壊するしかない。違うか?」
 リードは今のリョウコとのやりとりで、ほぼ正確に自分の置かれた立場を理解していた。
 FD人が独自のサーバーでコミュニケーションを目的として作られた世界『銀河系』。
 そこにインストールされたプログラム『人類』。
 そして、その世界に紛れ込んだウイルスが禁断の科学と評された『紋章遺伝子学』なのだろう。
 リョウコの予測通り、この世界がFD人のゲーム会社が作った世界だとして、人類プログラムを起動させたとする。その会社が大きければ大きいほど、産業スパイの紛れ込む可能性は高くなる。そのスパイが人類に組み込んだウイルスが『紋章遺伝子学』なのだ。人類が進化していくと同時に紋章遺伝子学も発達していく。そしてある一定の段階に達すると、その紋章遺伝子学は内部で大きなエラーを起こす。つまり、FD人からの独立を目指すようになる。そうなればそのゲーム会社は終わりだ。そうなるように仕組まれていたのだろう。いわゆるトロイの木馬型のコンピュータウイルスだ。
 そう、ウイルスはむしろ『紋章遺伝子学』の方にある。人類は禁断の領域に手を触れたという宣告を惑星ストリームで受けたということだったが、それは『紋章遺伝子学』ウイルスに、『人類』プログラムが『感染』したのだ。だから正常に動作がしなくなった。トロイの木馬が発動して、FD人からの独立を考えられる段階に入った。
 おそらくタイムゲートの調査を行った段階で、そのウイルスがFD人に発見されることとなった。だから急遽、ウイルス駆除ソフトとしてエクスキューショナーが作成されたのだろう。
「違わないわね。ただ、ウイルス駆除ソフトは新種のウイルスが出るたびにバージョンアップされていくのよ?」
「確かに。だが、お前の生み出した『切り札』がFD世界へ行けば、ウイルス駆除ソフト『エクスキューショナー』を止めることができるのだろう。ついでにそれまで人類が滅びてはならない。生き延びるために、俺たちは奴らと戦わなければならん」
 リョウコはそれを聞いてしばしじっとリードを見つめてから、やがてくすくすと笑い始めた。
「まったく、私が好きになった男の人って、どうしてこうも前向きかなあ。ロキシも決して諦めない人だし。だから私も最大限協力した」
「そしてロキシに隠れてバンデーンを呼び込んだのか」
 リョウコは肩をすくめた。それに関しては何も答える気がないらしい。
「か、閣下。今の、話は……」
 途中から完全について来られなくなっていたクルーたちを代表して、やはりプライアが尋ねてきた。
「たとえ話だ。だが、ある程度話の推測はついただろう。この世界はエクスキューショナーの侵攻を受けている。どのみち奴らを倒さない限り、俺たちに未来はないのだ」
「で、ですが、ウイルス駆除ソフトとか、人類がウイルスだとか、私たちにはとても──」
「人間から見たときの樹につく害虫と同じだ。神から見れば人類は世界につく害虫のように見えるのだろう。だから殺虫剤を撒かれた。それがあのエクスキューショナーだ。そう考えてくれれば分かりやすい。それが神、FD人だ」
 自分たちよりはるか高みにいて、殺虫剤を撒いて楽しんでいる悪質な神。
「そんな神を認めるわけにはいかないな」
 くしくもそれは後日、アクアエリーという船で赤毛の女性が漏らした発言と酷似していた。
 と、その時であった。艦橋の扉が開いて、ミレトス大尉が入ってくる。
「ご迷惑をおかけしました」
 一つ礼をして入ってくる。だが、生気が感じられない。彼女のことで頭が一杯なのだろう。
「ミレトス」
「はい」
 彼はゆっくりと近づいてくる。そしてリードの前で姿勢を正した。
「お前の副官の任を一時的に解く」
 九年間付き合ってきた相手だ。だいたい何を考えているのかは分かる。
「ありがとうございます」
「こっちは大丈夫だ。なんならテュレス中将に命令して、お前を優先的に地球へ送ることもできるが」
「可能ならそうしていただけると助かります」
「分かった。全てが終わったら戻ってこい。俺にはお前が必要だ」
「承知しております。申し訳ありません」
「気にするな。だいたい、今のお前に仕事など何一つ任せることはできない。彼女のこと以外何も頭には入ってこないだろう」
「はい」
「ならお前はお前のするべきことをしろ。助けられるかもしれない大切な相手を見過ごして亡くしてしまうことほどの罪はない」
「はい」
「行け。テュレス中将には正式に要請しておく。軍の機密という扱いにするから、直接会いに行けよ。超高速艇を用意させる。これは銀河系の命運がかかっていると付け加えておく」
 ようやくミレトスは苦笑した。
「そこまでしていただくわけには」
「あながち間違いでもない。お前がいなければ俺の事務能力は三分の一まで下がってしまうからな」
「今はセリア少尉がおります」
「確かにな」
 言葉をかわしてからセリアを見る。突然の状況の変化ではあったが、セリアも事情は把握したらしい。しっかりと頷く。
「よし、行け」
「ありがとうございました」
 ミレトスが出ていくと、続けざまにリードの下へ通信が入りこんできた。
「閣下。ヘルメス長官から、超光速通信です」
 来たか、とリードは顔をしかめる。
「つなげ」
「はい」
 そして前方のスクリーンに緋色のマントを来たヘルメスの姿が映る。リードは立ち上がり、敬礼した。





もどる