祈り
第11話 泣かないで少女よ
ネルとそっくりの小さな、小さな女の子。
アミーナの姿は気迫と闘志に満ち溢れていた。彼女にとって大切な『フェイト』を傷つけるものを許さないという、強い意思を持ってロメロに向かう。
その彼女の身体から、水色のオーラが立ち上っている。それが、マリアにもフェイトにもはっきりと見えた。
『浅葱の戦乙女か』
ロメロは顔をしかめる。だが、そのアミーナの様子に再び笑いを浮かべた。
『力はあっても、まだ完全に覚醒はしておらぬか。都合がよい。そのまま我が取り込んでくれるわ』
「ゆるさない」
だが、アミーナは恐怖を表に出さず、右手で相手を抑えるようにしてなおも気迫を込める。
『不完全な戦乙女が我の相手になると思うな!』
煉獄の炎がアミーナに迫る。が、アミーナは右手をロメロに向けたまま、その炎を打ち消していく。
「ふぇーとは、わたしがまもる」
そして、その水色のオーラが徐々に形になる。
そのオーラがアミーナの身体に絡みつき、徐々に実体化していく。それは、鎧。
三姉妹の末娘。子供のネルをかたどった、浅葱の戦乙女。
「ゆるさない!」
そして、手に生んだ剣を振りぬく。その衝撃波がロメロを襲い、大きな土煙が生じた。先ほど謁見の間で見たリオンの吼竜破の何倍もの威力があった。
「な……」
さすがにその常識はずれな力を見て二人は声をなくす。これはフェイトの究極奥義イセリアルブラストを全開で放つよりも強い力だ。
だが、その一撃を放つまでが限界だったのか、アミーナは意識を失ってその場に崩れ落ちる。施力の使いすぎによる疲労だ。
「アミーナ!」
フェイトが駆け寄る。無論、気を失っているだけだから命に別状があるわけではない。
「どうしてこんな──」
と、フェイトがアミーナを抱え上げると、そこに申し訳なさそうな顔をしたネルがやってきた。
「すまないね、フェイト」
「ネル。どうして」
「アミーナに不意打ちをくらった。情けないけど、意識がとんだよ。この子が私と同じ技量を持っているのをすっかり忘れていたよ」
ネルはおなかの辺りをさすっている。おそらくアミーナに鳩尾を一撃されたのだろう。
「そうか。でも、アミーナはもう限界だ。今度こそ、頼めるかい」
「ああ。奴もまだ、無事みたいだからね」
ネルがそのロメロの方を見ると、土煙が収まったところだった。隠し切れないほどのダメージを受けているが、まだ致命傷ではない。
「分かった。ネルはアミーナを連れていってくれ。僕はあいつを倒す」
「ああ。すまないね。私もこの腕が動けば」
ネルは片腕でアミーナを抱きかかえると、そのまま逃げ去っていく。
『やってくれるわ。まさか不完全な覚醒で、ここまでの力を持っているとはな』
ロメロは全身のダメージを隠すことすらできない状態だ。たとえどれだけ強くとも、相手の限界が見えているのならば、倒すことは不可能ではない。
「マリア、大丈夫か」
「ええ。あまりナメてかかるわけにはいかないっていうのは分かったわ」
頼もしい姉は先ほどよりも戦意を上げてきていた。こういう時は本当に頼りになる。
「僕が前に行く。マリアは援護を」
「了解」
ディバインウェポンの効果が残っているうちに勝負を決めてしまいたい。そう考えたフェイトは一気に間合いを詰める。
「パルス・エミッション!」
その後ろからマリアの銃が正確にロメロを狙う。
『この程度──?』
だが、その攻撃を弾いた瞬間、まだ遠距離にいたはずのフェイトが目の前にいた。
「ストレイヤー・ヴォイド!」
ここまできたら、あとは敵の生命力を削り取っていくだけだ。確実にダメージを与えていけば勝てる。
『くっ』
だが、ロメロとて死人の王と呼ばれた存在だ。そう簡単に倒れることはない。逆にロメロの剣がフェイトの腕を傷つける。
「まだまだ!」
ロメロの懐に入り込み、素早く剣を振る。二度、三度と剣戟を浴びせ、
「リフレクト・ストライフ!」
気をためてロメロの胴体を鋭く蹴りつける。
『甘い!』
だが、ロメロはその攻撃を回避すると、膝でフェイトの顎を打つ。一瞬、フェイトは目の前が真っ白になる。
『死ね!』
「させないわ! レディエーション・デバイス!」
マリアが空中を飛ぶユニットを四機発射する。そのユニットたちが次々に攻撃を繰り返すため、ロメロもそれ以上前進することができなくなった。
「大丈夫、フェイト」
「ああ。目の前が真っ白になった」
「さっきの私もそうだけど、あいつ、接近戦の方が得意よ。剣よりもね」
「接近戦が得意……」
それを頭に入れておけば、相手の動きも読むことができる。
「分かった。ありがとう、マリア」
「どういたしまして。くるわよ」
ユニットの飛行可能時間が終わると同時にロメロが構えて突進してくる。
「これで最後にしてやる、ロメロ!」
フェイトが自分の足に力をためた。
「リフレクト・ストライフ!」
そして、フェイトが攻撃に移る──
『その技は既に──!?』
ロメロは余裕の表情で迎撃を行った──はずだった。
だが、その反撃をした場所にフェイトはいない。フェイトは一度攻撃体勢に入ってから、一度攻撃をキャンセルしたのだ。
「がらあきだ! くらえ、リフレクト・ストライフ!」
さらに力をためたフェイトの格闘奥義がロメロに正確にヒットした。
『がはっ!』
「バースト・エミッション!」
そこへ、マリアの最強奥義が放たれる。極太レーザーがロメロの身体を焼き焦がしていった。
『ば、ばかなっ……』
完全に無防備な状態でそのレーザーを受けたロメロは、ただ焼かれるままであった。
「倒したか?」
それをほぼ至近距離で見ていたフェイトは、だがそのレーザーの中でさらに反転するロメロの姿を見た。
「くっ」
ロメロの剣が薙ぐ。それを紙一重でかわしたフェイトだったが、さきほどの攻撃でバランスを崩していたため、そこまでが精一杯だった。足がもつれて、大地に倒れる。
『破壊の紋章を持つ者よ、さらばだ!』
ロメロが無防備なフェイトに踊りかかる。この体勢では迎撃できない──そう考えた瞬間だった。
「阿呆。敵の前で無防備な身体をさらすな」
剣閃が、ロメロを襲う。ロメロの剣ごと、右腕が飛んだ。
「あ、アルベル」
「この程度の敵にごたつくな、クソ虫」
既に全快していたアルベルが颯爽と登場した。満身創痍のロメロに対して、こちらは万全のアルベルが加わった。これでもう、完全に大勢は決まった。
『貴様、この場でまたしても』
「俺を生かしておいたのが運のつきだったな。悪いが、もうお前との鬼ごっこは終わりだ。鬼につかまったらどうなるか……ま、死人のお前には知らねえだろうが、想像はつくな?」
アルベルが剣を構える。ロメロは、身を翻した。逃げるつもりなのだ。
「逃がすかよ!」
だがアルベルより早く、そのロメロが振り向いた先に、
『ば、ばかな、何故』
一人の少女がいた。
「そこまでだ、死人の王ロメロ。決着はついた。おとなしく黄泉の国へ還るがいい」
フェルプールの格好をした、綺麗な銀色の髪の少女。
「君は、あのときの」
レナス・ヴァルキュリア。
彼女がご自慢の蒼穹の鎧を着ての登場だった。
『何故戦乙女がここにいる。戦乙女は世界に一人しか現れぬはず』
「事情があってな。だが、お主に言う必要はあるまい。これから完全な『死』をむかえるそなたには」
そして、彼女が手にする巨大な槍が閃く。
『ば、ば、馬鹿な、この私が──』
「ニーベルン・ヴァレスティ!」
その槍から発せられた消滅の光が、ロメロを完全に消滅させる。後には、塵一つ残らなかった。
「……たおしたのか?」
フェイトは目の前の光景が半分理解できていなかった。これだけの力を、あの少女──レナスはその身に秘めているということか。
「ふむ。まだ身体が本調子ではないな。やむをえんか、この身体ではな」
もう一度レナスは槍を振るってみて、その槍の重さに振り回されて倒れた。少し不満そうな顔を浮かべてからその槍と鎧が消えて、最初に出会ったときの服装に戻る。
「よくロメロを倒したな、フェイトよ」
「いや、倒したって言っても……とどめをさしたのは君なんだし」
マリアとアルベルが胡散臭そうな顔でレナスを見る。そして『知り合い?』と確認するようにフェイトに視線を送ってきた。
「いや、私は逃げようとした奴を止めただけだ。私が手を下さずとも勝負はついていた。気にやむな。それより、私の方こそ謝らねばなるまい」
「謝るって、何を」
「お主の力がどれほどのものかを見定めるため、戦いを見学させてもらった。あのロメロとやりあうのだからな。たいしたものだ」
小さな女の子からたいしたものだと言われるのも何か不思議な感覚だったが、それより今の言葉からすると、
「じゃあレナスは、この戦いにすぐに参加することができたっていうことかい?」
「ああ。だからすまない、と言っている」
「いや。それなら逆に僕の方が感謝しないといけない。あいつはネルを傷つけた相手だったから、何があっても僕の手で倒さないと気がすまなかったから」
「そうか。ならば、とどめをさすのはお主に譲るべきであったな。そちらの方で謝ろう。すまない」
「いいよ。レナスの言っていることが確かなら、倒したのは僕たちっていうことでいいんだろう?」
「ああ。それについては私の名誉にかけて断言しよう」
「ありがとう」
既にアルベルとマリアは会話に参加していなかった。とりあえずこの二人の会話を止めるべきではないと判断したようだった。
「ねえ、レナス。聞きたいことがあるんだけれど」
「なんだ?」
「君がもしかして、三姉妹の一人なのかい?」
アルベルとマリアも顔をしかめてレナスを見つめる。そのレナスはしっかりと頷いた。
「そうだ。私がレナス・ヴァルキュリア。三姉妹の次女にあたる蒼穹の戦乙女だ」
「じゃあ、アミーナは」
「うむ。我が妹、シルメリア・ヴァルキュリア。三姉妹の末娘たる浅葱の戦乙女。我らは生まれながらにして不死人と戦う宿命を帯び、そして我らが世界での戦いに協力する数多の勇者を集めておる。もっとも、我らが集めるのは死んだ勇者の魂だから、生きた勇者であるお主に用はないがな」
「だから、僕が死んだら迎えに来るって言ったのか」
「その通りだ。お主の力は私が過去に集めた勇者の誰よりも強く、気高い。私はいつでもお主を見ておる。心することだ」
フェイトは苦笑した。それは褒められていると喜べばいいのか、それとも早く自分に死んでほしいと言っているのか判断がつかない。微妙なラインだ。
「じゃあ、レナスはアミーナを連れにきたのかい」
アミーナ──いや、シルメリアというべきなのだろうか。
この世界にどのような理由で彼女たちがやってきたのかは知らないが、当然姉妹というからにはアミーナを連れ戻しに来たというところなのだろう。
「いや。シルメリアと私の役割は違う。私は本来、この世界に来る予定ではなかった。この世界でエインフェリア──勇者を集めるのはシルメリアの役目なのだ」
「ちょっと、事情がよく見えないんだけど」
「ふむ。少し説明が長くなるが……」
レナスの説明を要約するとこのようなものであった。
神々の世界において、レナスの属する神族と、それに対抗する一族がいるらしい。その戦いを有利に運ぶために、レナスたち戦乙女が、人間界の勇者をエインフェリアとして神々の世界へ連れていき、そこで敵と戦わせる、というのだ。
その戦乙女が人間界に来るのには順番が決まっていて、長女、次女、三女の順に人間界に送られるという。前回がレナスの番だったというので、今回人間界に送られたのはシルメリアの番、ということだ。
「だが、前回の戦いで不都合が起こってな」
「不都合?」
「うむ。シルメリアの魂が奪われ、今はある男の元にある」
「ある男」
「名をブラムスという。あの男を倒さない限り、シルメリアが元に戻ることはあるまい。だから今は記憶を失っているか、混乱しているはずだ。違うか?」
違わない。今のアミーナはネルの記憶のほんの一部を手にしている。それどころか姿まで似ている。
「おかげで三姉妹の順序も狂い、以前から大神オーディンに反発的だった姉上がこの世界に下りてきて暴走を始めている。早く止めなければこの世界すら危機に陥るだろう。それゆえ、私がこの世界に下りてきたのだ。だが下りたはいいが、私が以前集めたエインフェリアたちはほとんどが姉上に帰属してしまっていてな。あいにく戦力不足なのだ」
「どれくらい?」
「エインフェリアはこちらが四人。向こうが十六人だ」
圧倒的な差だ。それでは勝ち目もないだろう。
「それで、レナスはどうするつもりだい?」
「うむ。いずれにしても戦力差は埋めなければなるまい。幸い、この世界には私の知っている者が転送されておるのでな。記憶は回復しておらぬようだが、そのものも連れていくつもりだ。あとは、時期をみて戦う」
「アミーナはどうするんだ?」
連れて行くわけでもないというのなら、彼女はいったいどうなるのだろう。
「目覚めぬ以上、ここに置いていく他はあるまい」
「置いていくって」
「シルメリアには幸せになってもらいたい。ならば、記憶のないままこの世界でお主と共にいるのが一番よかろう」
あっさりと言うレナスに、そんなものだろうかと首をかしげる。
「姉妹なら一緒にいた方がいいんじゃ」
「我らはどのみち同じ道を歩めぬ者。気にする必要はない。この世界に三人が揃っている方がおかしいのだ。だが、気をつけるがよいフェイト。シルメリアは必ず、ブラムスが狙ってくる。言っておくが、ロメロの強さなど比ではない。お主の力を全開にしなければ、倒すことはできぬだろう」
「それなら、せめて一目。レナスだって、妹に会いたくないかい?」
一瞬、レナスの目が細まる。考えたということは、それは肯定の証。
断ろうとして口を開きかけたレナスだったが、それより先にフェイトがその手を掴んだ。
「何をする」
「いいから。よっと」
そのままフェイトはレナスを抱き上げた。
「マリア。ネルがどっちの方に行ったか、分かるかな」
「ちょっと待って」
すぐにレーダーを出して、それらしい反応を探す。
「城に戻っているみたいね。今はネルの自室」
「オーケー。それじゃ、ちょっと行ってくる」
フェイトはレナスを抱いたまま走り始めた。
「やれやれ。ったく、何がどうなってるんだか」
「さあ」
取り残されたアルベルとマリアが並んでため息をついた。
「ネル、大丈夫だったかい」
自室に戻ってきたフェイトは簡単に状況を説明した。ロメロが倒れた、という結果にネルも安堵の吐息をもらした。
「その子は?」
「彼女は──アミーナの、お姉さんだよ」
「アミーナの」
床に下りたレナスが会釈する。ネルもそれに応えて一礼した。
「妹が世話になった。レナス・ヴァルキュリアだ」
「ネル・ゼルファーです。では、アミーナ──ではなく、その……」
当然姉が来たというからには、アミーナの本名が分かっているはずだ、とフェイトを見る。だが、それより早くレナスが答えた。
「シルメリアという。だが、その名前は今のこの子には不要。好きなように呼んでやってくれ」
少女はその見かけに似合わない口調だったが、自然と逆らえないような雰囲気が備わっていた。
「ふむ……」
レナスはすぐにアミーナを見るのではなく、ネルをじっと見つめた。
「何か」
「いや。シルメリアは」
「こちらに」
レナスはベッドに横たわっているアミーナの傍に立つ。
体力が落ちて疲れ来ていたアミーナはそれでも目覚める様子がない。
その時はじめて、レナスのしかめっ面が外れて、ほんのりと微笑を帯びた。
そして、そっとその手が彼女の髪に伸びて──引いた。
「これ以上は情が移る」
振り返ったレナスは、改めてフェイトとネルを見直した。
「感謝する。私を妹に会わせてくれて、ありがとう」
深く礼をするレナスに、フェイトは何も言葉が返せない。
「ブラムスが来るまで、あまり長い時間ではないだろう。だが、その間、シルメリアには幸せでいてもらいたい。二人にはどうぞ、よろしくお願いする」
「分かった。レナスも、無茶はするなよ。僕でよかったら力に──」
「それ以上は言う必要はない、フェイト。お主は優しいな。だが、もう少しお主の恋人にその優しさを向けてやるがいい。相方がこれでは気の休まる暇もなかろう。のう、ネル?」
少し困ったように、ネルはマフラーに顔を埋めた。
「それでは、さらばだ。また会う時が来ぬよう祈っておるが、もしもの時は迎えに行くゆえ、ゆめゆめ忘れるでないぞ、フェイト」
そう言い残し、レナスは一瞬で消えた。その超常現象を見ても驚かなくなったネルだが、それでもこの突然の来訪者に声も出ないという様子だった。
「……ふぇーと?」
と、そこでアミーナが目を覚ました。
「アミーナ」
フェイトとネルが近づいて、彼女の姿を見る。
「ぶじでよかった」
アミーナが笑って手を伸ばそうとした。と、彼女は突然手を伸ばしたまま首をきょろきょろと動かす。
「どうした?」
「いま、だれかいた?」
その言葉にフェイトは表情が変わらないように全力で演技をした。
「いや、誰もいなかったよ」
彼女には、姉が来ていたなどということは知らせない方がいいだろう。
記憶がないうちは、彼女には幸せでいてほしい。それが姉の望みであり、同時にフェイトの望みでもあった。
「……ほんとう?」
だが。
ここに、確かにいた『姉』の気配が、彼女に影響を与えていた。
知らずに、彼女の瞳から涙がこぼれていた。
「ああ。だから、泣かないで、アミーナ」
「ふぇーと」
フェイトはアミーナの隣に腰を下ろして、彼女の姉ができなかったことをかわりにした。アミーナを優しく抱きしめると、その手で彼女の頭を撫でる。アミーナは声を立てないようにしながら泣き続けた。
(アミーナは僕が守るよ、レナス。だから、安心して)
ふう、と優しい風が通りすぎる。それは姿を消したレナスだったのかもしれない。いや、きっとそうに違いない。
フェイトは彼女を慰めながら、姉がいつでも妹を見守っていることに安らぎを感じていた。
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