REDEMPTION9
『いよいよ準々決勝も第三試合となりました。マリア・トレイター! 対するはここまでパーフェクト・アクア!』
アクアがちょこんとリングの上に立つ。それを待ってからマリアもリングインした。
「マリア」
その彼女に声をかけたのはネルだ。
「気をつけな。あの子のジャンケンマシン、ただものじゃない」
だがマリアはくすっと笑って答える。
「分かってるわよ。心配性ね、相変わらず。でも、私にアドバイスなんかしていいの?」
「どうしてだい?」
「私が優勝したら、ご褒美にフェイトをもらうかもしれないのよ?」
軽く揺さぶりをかける。だがネルは笑顔でかわした。
「それはあんたが優勝したときに考えるよ」
するとマリアも笑顔を残してアクアに向かい合った。
『それでは、第三試合を始めます!』
その宣言がグレイからかかった瞬間、アクアが動くよりも早くマリアが動いた。
「!」
子供相手に本気でマリアは技を放つ。極太レーザーがアクアの手にしていたジャンケンマシンを消滅させた。そのままレーザーはリング外の観客席の通路を直撃する。被害が出なかったのは彼女が方向をきちんと計算したのかはたまた偶然か。
「マシンを使っているのなら、マシンを使えなくすればいいじゃない!」
マリアだけにどこかの姫君のような口調で言うとマリアは距離をつめた。
『ジャンケン、ポンッ!』
マリアが渾身のチョキを繰り出す。
だが。
「甘いです」
アクアはその右手を左手で払うと、カウンターでマリアのボディにグーを放った。
「がはっ」
肺の中の空気が全てもれる。まさか、偶然とはいえ、これほど鮮やかにカウンターを決められるはずがない。そもそもアクアはただの女の子だ。戦い慣れしているはずがないのだ。
いったい、何故。
「あなた……何者?」
片膝をついたまま尋ねる。ふふふ、とアクアが凶悪な笑みを浮かべた。
「ジャンケンマシンなど、私の正体をくらますための道具にすぎなかったのですけれど、壊されてしまったのではしょうがないですね」
凛々しい声がアクアの中から響く。
「あなた、アクアちゃんじゃないわね」
「ええ。私はこの子の体を借りているだけ」
「何者?」
立ち上がりながらマリアが尋ねる。
「私の名は」
そのアクアの姿が変わり、銀色の髪を持ったフェルプールの少女の姿に変わる。そして手には長い槍。その槍を天高く掲げる──
「レナ──っと、とっとと」
その槍の重さでばたりと倒れる。
(お約束だなあ)
何故かほのぼのとするリングサイドのフェイトとネル。そして立ち上がった少女がぱんぱんと服の埃を払う。
「私の名はレナス・ヴァルキュリア。この戦いに参加する者どもの力量をはかりにきました」
「何のために?」
「そんなことは決まっています。そうでもしないと、私の出番がないからです」
リングに一陣の風が吹いた。
たかがそれだけのために参加したのか。誇り高き戦乙女が。
「世の中って平和だね、ネル」
「私もそう思うよ」
戦乙女が下界のジャンケン大会に出場するような世の中だ。平和以外の何物でもない。
「それに、この戦いに勝てば何でも好きな人物を思いのままにできるのでしょう?」
レナスの大胆発言に会場がどよめく。
「試みに聞くけど、あなたの目的は何?」
「決まっています。フェイト・ラインゴッド。そなたをエインフェリアとして私の陣営に加えること」
エインフェリア=死んだ勇者
(かんべんしてくれええええっ!)
フェイトは滝の涙を流す。だが言った方は本気も本気、大マジだ。
「そういうことなら負けられないわね」
マリアは立ち上がった。そしてファイティングポーズをとる。
「この私と戦うというのですか、定星よ」
「私の可愛い弟を死なせてやるわけにはいかないのよ」
「ならば、実力で止めるのですね」
その実力もジャンケンによるものだというのだからあなどれない。ジャンケン一つにフェイトはまさに自分の命をかけることになったのだ。
「行くわよ!」
マリアにも慢心はない。足転闘気法を放つ。一方のレナスも奥義ニーベルン・ヴァレスティで迎撃する。
『ジャンケン、ポンッ!』
お互いの奥義がパーの形でぶつかり合い、消滅する。
「互角?」
戸惑ったのはレナスの方であった。戦乙女といえど、マリアであれば互角以上に渡り合うことができる。何しろ彼女にはアルティネイションがあるのだから。
「パーで駄目なら、グーを出せばいいじゃない!」
再び放った足転闘気法がグーの形を帯びる。それがレナスのチョキを打ち破り、ダメージを与えた。
『ポイント、一対一!』
これで並んだ。ついにここまでパーフェクトを歩んできたアクア──レナスが初めてポイントを失ったのだ。
「さすがは、光星の姉。油断しました」
するとレナスはもう一度槍をかざす。そして、蒼穹の鎧が突如として現われ、彼女の体に装着されていく。
戦乙女ヴァルキリー、戦闘バージョンである。
だがレナスはそこで槍はしまった。肉体だけで勝負というわけだ。マリアもそれにならい、銃をしまう。
「油断をしたのは私の方だったようですね。今度は本気でいきます」
「まだまだ。こっちだって負けるわけにはいかないんだから」
じり、と今度は間合いを詰める。まさに一騎打ちの様相を呈してきた。
そして、二人が同時に飛び込む。そしてジャンケンになる前に、お互いの手がお互いの手を掴み、力比べになった。
「それ以上近づいたら、ちゅーしちゃいますよ?」
「誰の台詞よ!」
マリアは相手を跳ね除けて足転闘気法でチョキのオーラを放つ。だが空中で器用に闘気を放ったレナスがチョキで相殺すると、さらにあいこの闘気を放ってきた。
「アリアス河のお水は、冷たいですよ?」
「だから誰の台詞よっ!」
レナスのパーの闘気が、マリアのグーの闘気を打ち破る。二対一。これでレナスがリーチだ。
「仕方がないわね」
マリアも腹をくくった。追い込まれた以上、必勝の技を持ってこなければならない。それも、二回もだ。次の一回を確実に取らなければならない。
(準決勝のためにとっておきたかったんだけれど)
マリアは銀色の短剣を取り出す。
「何をしても無駄です。次でとどめです」
レナスはとどめに最強奥義、ニーベルン・ヴァレスティの構えだ。
「アイテムクリエイションって便利よね」
マリアはその短剣を構え、相手の攻撃に備える。
「どういうことですか?」
「今日のために色々と準備をしていたのよ。どうしても優勝しないといけないから」
「その短剣があれば勝てるというのですか?」
「文献を紐解いて、クリエイションして、アルティネイション使ってようやく使える、一回限りの裏技だけれどね。これで追いつくわ」
マリアはその場で構える。レナスは槍を持ってこそいないが、最強奥義を放つために飛び上がる。
「なら、この技を返してみますか? ジャンケン──」
飛び上がったレナスは、空中で巨大な闘気を形作る。
「ニーベルン・ヴァレスティ!」
その闘気がパーの形となって襲いかかる。
だが、マリアはまだ、手を出していなかった。
「遅出し? 何故!?」
技を出したにも関わらず、全く身動ぎしないマリアを怪訝な目で見るレナス。
「──後より出でて先に立つもの──」
マリアは自分に衝撃波が到達する瞬間、その剣を振り、パーの闘気を押し出す。
瞬間、レナスの奥義はキャンセルされ、同じ威力の衝撃波が逆にレナスに襲い掛かった。
「きゃあああああああああああっ!」
レナスが悲鳴を上げてリングに落ちる。その体中が傷ついていた。
「い、今のは……?」
フェイトが何が起こったのかわからずに呻く。
「あれは、グリーテン大陸に伝わる伝説の武具、フラガラック」
「フラガラック?」
「ああ。あれは、攻撃の順序を入れ替えることができる道具だよ。先に攻撃をした相手に対して後から技を繰り出す。そうすると後から攻撃しているはずなのに相手の先に攻撃をしかけることができるんだ」
フラガラック……
相手の後から攻撃を開始し、相手よりも先に攻撃を完成させることができる道具である。
この道具の一番の特徴は、魔力の装填だけでは発動せず、相手の切り札が発動して初めて起動する、カウンターに特化している点にある。
そして発動した後は、必ず相手より先に、相手の決め技と同じだけの威力を持った致命の一撃を叩き込むことができる。
従って、相手の力が強ければ強いほどカウンターも強力なものが出せるので、相手が強いほど確実に倒すことができることになる。
この道具はグリーテン大陸でも『神の山』として名高いバゼット山に封印されているというが、確かめた者はこのゲート大陸にはいない。
──アペリス書房刊『フェイト違い』
「なるほど、相手のレナスが強すぎたために……」
まさに致命傷となるほどダメージを受けているわけだ。ていうかそれもう、ジャンケンじゃない。随分前に気付いてはいたけれど。
「勝負あり、ね」
マリアは最後に足転闘気法を叩き込む。グーのマリアに対し、レナスはそれでも気丈にチョキを出したが、リング外に吹き飛ばされた。
「こういう気分の時、神界では、ざまあ見ろ、というのかしら?」
「そなたこそ、誰の台詞ですか……がくっ」
と、レナスはそこで力尽きた。そのレナスの姿が再びアクアに戻った。
こうしてマリアも順当に勝ちあがった。その準決勝で戦う相手が、次の対戦の勝者である。
ソフィアvsアドレー。
クレアが敗れ去った今、純粋なシーハーツ人はアドレーが最後の砦だ。一方で『紋章遺伝子』を埋め込まれたフェイトとマリアは準決勝まで勝ち残っている。ソフィアが勝ち上がれば三人揃い踏みだ。
「がんばれよ、ソフィア」
フェイトがリングサイドから声をかけると「負けないもん!」といつものようにソフィアがガッツポーズを見せる。
『さあ、それでは準々決勝最終試合を始めます! 両者、位置について!』
グレイのコールに二人が場所を決める。そして、動く。
「サイレンス!」
過去二戦。ソフィアは『声』を武器とする相手を戦い続けてきた。ウェルチにイライザ。その経験から、アドレーに対してもこの作戦は効果的なはずだった。
サイレンスをもってアドレーの『声』を封じる。そうすればアドレーを倒すことは不可能ではない。
だが。
「はあっ!」
アドレーはその紋章術を『気合で』跳ね飛ばした。さすがにそれを見た観客も騒然とする。
「何でもありね。あなたのお父さんは」
「マリアさん。命が惜しかったら二度とその話を私にふらないでくださいね?」
クレアがにこにこしながらマリアに告げる。どうやらこの話は地雷のようだ。危うきには近寄らない方がいい。
「タイタンボイスが来るぞ。ソフィア、防げ!」
「そ、そんなこと言ったって」
「ぐーっ!」
だが、考えている間にもアドレーの攻撃は始まっている。ソフィアはつられるようにグーを出し、アドレーはパーを出していた。
「ソフィア! 先に手を決めるんだ。相手が何を言ってもそれを変えたら駄目だ!」
「う、うん」
ソフィアは半分逃げ腰で構える。だが、アドレーはそんなことには構わず攻撃を続ける。
「ちょきーっ!」
するとソフィアはチョキを、アドレーがグーを出す。
「ソフィア!」
「だ、駄目なのフェイト。迷っているうちに、あの声に逆らえないの」
二対〇。やはりアドレーの牙城を崩すのはソフィアでも無理なのか。
「ソフィア」
マリアがリングサイドから声を送る。
「マリアさん」
「あなたにはあなたにしかできないことがあるわ。その技を使ってみることね」
ソフィアはマリアの言わんとすることが分かった。
(そうか。コネクションの力を使えば)
ソフィアは意を決してアドレーに向き合う。そして、動いた。
『ジャンケン!』
そして、アドレーが叫んだ。
「ぱーっ!」
コネクションは、空間と空間を結ぶ能力である。
では、この場面においていったいこの能力をどのように使えばポイントを取ることができるのか?
おそらく、考えればいくらか手はあるのだろう。
だが。
言われたばかりでそれを考え付き、実行にうつすのは、無理というものだった。
ソフィアはアドレーの気合にリング外まで吹き飛ばされた。
「勝者、アドレー・ラーズバード!」
三対〇。ストレート勝利だった。
「マリア。君ならコネクションをどうやって使うつもりだい?」
「そんなもの私が考えることじゃないもの、知らないわよ」
無責任な台詞だった。
準決勝組み合わせ。
フェイト vs レッサー
マリア vs アドレー
あと少し
もどる