Memory

第6話 使






 アミーナの体がスパークしていく。
 魂を返還された彼女の輝きが徐々に増し、戦乙女としての記憶が徐々に戻ってくる。
 その目が再び見開かれたとき、彼女の表情は今までの子供のものとは全く異なっていた。
「ブラムスか」
 アミーナ──いや、もう既にシルメリアか。彼女はブラムスをじっと睨みつけると、何とも言えない表情を見せた。
「まさかこの私に再びこの記憶を戻させるとはな。気でも違ったか。このまま私を吸収した方がお主にとっては願いがかなうのではないか?」
「貴様の力を吸収したところで何の喜びがある。俺は自分の力を極限まで高めるのが望み。他者の力を吸収するなど、下等な不死者のすることよ」
「お主のそういうところが嫌われるところなのだ。まったく」
 シルメリアはしっかりとした口調で言うと、ネルの腕から大地に下りる。
「ネルよ」
「あ、ああ」
「感謝する。私を守ってくれて。そしてすまなかった。意識がなかったとはいえ、お主を殺そうとしたこと、心より謝る」
「いや、それはこっちも同じだからね。それより……アンタ、本当に、アミーナ、なのかい?」
「私にはシルメリアという名前がある」
「ああ、そうだったね」
「だが、その名前の響きは心地よい」
 ふっ、と子供らしくない大人びた仕草をする。
「好きな名で呼ぶがいい」
「分かった」
「それから──」
 シルメリアは右手に浅葱色の力を生むと、倒れていたフェイトに向けてそれを放つ。
「立ち上がるがいい、勇者よ。姉上に認められたその力がまだ必要だ」
「う……」
 どうやら今のは回復の効果を持っていたようだ。その力でフェイトが気づく。
「僕は?」
「フェイト、大丈夫かい?」
「ああ、ネル。なんとか」
 気づけば体がほぼ全快している。ソフィアの魔法でもこんなに回復したことはない。
「アミーナ? その格好は?」
「やれやれ。お主はもう私の正体を知っておるのだろう?」
 アミーナは呆れたように言う。
「私はシルメリア・ヴァルキュリア。戦女神三姉妹の末娘だ」
「シルメリア……」
「これまで私をかくまってくれて感謝するぞ、運命の子よ」
「いや、僕は」
「それにな、アミーナもお前のことを愛していた。その意味でも感謝する」
「あ……」
 フェイトはそれを聞いて笑顔を見せる。
「僕もアミーナが好きだからね」
「ふふ。そう言ってくれるのは嬉しいが、恋人の前ではあまり感心せぬな」
「大丈夫。ネルもアミーナが好きだから。そうだよね」
「否定はしないよ」
 ため息をつく。まったく、この鈍感はどこまでいっても治らない。
「苦労するな、ネル」
 アミーナは喉の奥で笑う。そしてゆっくりと元凶を振り向く。
「さて、決着をつけようか。フレイ」
「シルメリア。あなた本当に、オーディン様を裏切るつもりなの?」
「無論。所詮オーディンにとっては私など駒にすぎぬのだろう。ブラムスのおかげで私にかかっていた封印も完全に解けた。今となってはオーディンこそ私の敵よ」
「戦乙女ごときが」
 フレイが憎憎しげにアミーナを見る。
「それがお主らの本性であろう」
「オーディン様に作られた存在でありながら裏切るというのね!」
「道具に魂を与えたオーディンの不手際だな。道具は道具らしく、思考させねばよかったのだ」
 ふん、と鼻で笑うとアミーナはフェイトを見る。
「これを使え」
 アミーナは手に剣を生み出すとそれをフェイトに渡す。
「一度きりしか使えぬゆえ、タイミングを謝るなよ」
「これは?」
「闇の力を帯びし名剣、ルインズ・フェイト。お主に似合いであろう?」
 にやりと笑うアミーナ。ふふっ、と笑ってフェイトはそれを手にする。
「使わせてもらうよ」
「タイミングを合わせよ。これが最後だ」
「分かった」
「ブラムスとネルは見ておれ。私とフェイトとで決着をつける」
「すまぬ」
 ブラムスは一言で答える。それに対してアミーナは一切答えずに、戦いに移る。
「ゆくぞ、フェイトよ」
「OK!」
 二人が同時に駆け出す。もちろん、フェイトはアミーナが何を期待しているのかは分かっている。それを確実に果たすだけだ。
「二人がかりなら勝てるとでも思っているの?」
 大怪我をしているフレイだが、それでもその声の響きはまだ凛としている。力は決して失われていない。
「勝てるとも」
「勝てるさ!」
「小賢しい!」
 フレイの攻撃が二人を狙うが、いずれも二人は回避していく。
 タイミングは、たった一度。
 フェイトが剣を振り、相手の油断を誘う。フレイは慎重にエネルギー弾を生み出すが、フェイトとて簡単には食らわない。それを軽く回避する。
「こっちだ、フレイよ!」
 長い槍を猛然と振るうアミーナ。その小柄な体のどこにそれだけの力があるのか。
「本当に、いまいましい戦乙女!」
 その槍を回避すると、フレイはアミーナの顔面にひじを当てる。よろめき、二歩後退したアミーナにさらに攻撃を仕掛けるフレイ。
「させるか!」
 新しい武器、ルインズ・フェイトで攻撃するフェイト。その剣の軌跡が闇を生み出し、神属性のフレイにダメージを上乗せしていく。
「たかが人間が、何度も!」
「人間といえども力はある」
 アミーナはその力を徐々にためていく。
「私も人間に殺された。それに、神々の兵士として戦っているのは、もとはといえば人間ではないか」
「人間に殺されたあなたが人間を認めるというの?」
「人間は好まぬ。だが、私は」
 ふふ、と笑ってフェイトを見る。
「好きな人間もおるのでな」
「……完全に、故障してしまったのね、シルメリア」
 フレイは両手で白いスパークを生む。
「浄化する間もないくらい、一瞬で消滅させてあげる!」
「無論、分かっておろうな。この私との神技の打ち合いになるということは」
「戦乙女ごときの力が私にかなうと思わないことね!」
 そして、二人の力が極限まで高まる。
『神技!』
 そして究極奥義が発動する。
「エーテルストライク!」
「ニーベルンヴァレスティ!」
 その攻撃がすれ違い、アミーナはエーテルストライクの直撃を受ける。
 一方でフレイはニーベルンヴァレスティを三度、その身に受ける。
「それで終わりじゃない」
 だがそこへ、フェイトがその剣を天にかざしていた。
「この神技の二重がけを、甘くみるな!」
「な」
 フレイが動かない体でフェイトを見る。
「神技!」
「嘘っ!」
 必死にガードしようとするも、エーテルストライクを放ち、その身にニーベルンヴァレスティを受けては満足な防御もできない。
「ニーベルンヴァレスティ!」
 フェイトが放つ神技が、四度目にしてフレイの心臓を貫いていた。
「お、オーディン、様……」
 その体が徐々に塵となり、そして消滅していく。
「この私が、人間、ごときに……」
「だから言ったであろう。人間は強い、と」
 シルメリアがほとんどダメージを受けた様子もなく言う。
「なぜ」
「ダメージのことか? ブラムスがかばってくれたからな」
 そのかわり少年の方は満身創痍だ。
「そういうことだ。フレイ、お主は人間をあなどりすぎた。最初から、滅びるまで。それがお主の敗因だ」
「信じられない……私が、この私が……そんな……あぁーっ!」
 そして、フレイが光となって消え去る。
 それが、この地に舞い降りた神の最期となった。
「倒した」
 がっくりとフェイトがその場に崩れ落ちる。
 地面にたまった雨にぬれるのも、もうここまでずぶ濡れでは気にもならない。
「フェイト」
 ネルがその肩をぽんと叩いた。
「お疲れさん。よくやったね」
「ああ。ありがとう、ネル」
 だが、さすがに力を使い果たしたフェイトには立ち上がるまでの気力はすぐに回復しなかった。
「無事か、ブラムス」
「まあ、なんとかな」
 一方で重傷を負ったブラムスも、アミーナによってなんとか一命をとりとめている。つくづく都合のいい戦乙女だった。
「世話になったな、フェイト」
「こちらこそ。ネルやみんなを助けてくれてありがとう」
「お主には何度感謝しても足りぬ。ここまで人間がやれるものとは、実は私も思っていなかったのだ」
「それが当然だとは思うけどね。僕も実際、倒せるとは思ってなかったよ」
「お主の場合、倒せるかどうかということを考えてもいなかっただけのように思うがな」
「それはいえてる」
 はは、と二人で笑いあう。
「これから、どうするんだい?」
「そうだな。今は姉上たちに会いたい。アーリィ姉様とレナス姉様が何を考えているのか、何をしようとしているのか、ゆっくりと話すことが必要だと思っている」
「宇宙に出るのかい?」
「そうなるだろうな。ブラムス、宇宙船はどこに?」
「西の砂漠の方に隠してある」
「え?」
 初耳、とフェイトとネルがブラムスを見た。
「言っていなかったな。俺はもともとエリクールの住人ではない。惑星ミッドガルド。今はアーリィが支配している星から来た」
「そうだったのか。ミッドガルドのアーリィ……ああ、アーリィ大統領……って、えええええええっ!?」
 そこでようやく気づいたフェイト。遅い。
「なんだ、分かっていなかったのか。ミッドガルドのアーリィと伝えた時点で既に分かっていると思っていたが」
「じゃ、じゃあ、アーリィ大統領が、ヴァルキリー!? 三姉妹の長女!?」
「やはり知っているのだな」
「そりゃ、アーリィ大統領は大破壊の前から有名人だし、それに今の銀河連邦に欠かせない人物だってクリフも!」
「そうだ。アーリィが何を企んでいるかは知らんが、あいつは政治の世界で確実に力をつけている。怪しいとは思わんか?」
「何が?」
「大破壊によって銀河はほぼ銀河連邦が支配する仕組みに変わってきつつある。もしもその中で銀河連邦の大統領などになれば、この世界は全てアーリィに支配されることになる。あいつの狙いが何かは分からんが、その結果として待っているのは、オーディンとの戦いになるだろう」
「オーディンと戦うための勢力として銀河連邦を使おうっていうのか?」
「可能性の問題としてはな。レナスもその辺りが気になって手が出せぬのだろう」
 話が徐々に大きくなってきた。
「さすがに僕は銀河連邦のことまではよく分からないけど」
「そうだな。今のままならば、私や姉上たちの戦いはお主とは関係のないことだ」
 アミーナが言うがその口調が言外で、この戦いに巻き込まれるのが避けられない、という感じをかもし出している。
「何かやな予感がするんだけど」
「そうであろうな。この世界の命運をかけた戦いにお主が参加せぬはずがない。お主が嫌がろうとも、運命が必ずそなたを導くであろう」
「うわあ……」
 やっぱり避けられないのか、とフェイトは頭を抱える。
「まあ、しばらくは休暇が与えられるだろう。一年か二年かは分からぬがな。それまでここで、ゆっくりと休息しているがよかろう」
「なんだか釈然としない」
「そう言いながらも、お主はそのときが来れば自ら戦いに参加することになろう」
「どうして?」
「それがお主の性格だからだ。困っている人間がいたら放っておけぬではないか」
「う」
「それを自覚して、いざというときにすぐに行動できるようにしておくのだな。さて、それでは私はそろそろ行こう。ブラムス、ゆくぞ」
「ふん」
 少年ブラムスは命令されて不機嫌そうだったが、それは表面上のものだということは既に分かっている。
「どこに向かうつもりなんだい?」
「今のところはまだ情報が足りぬからな。宇宙に出てから考えよう」
「話は聞かせてもらったわ」
 と、その四人の中に入ってくるもう一つの影。
「マリア」
「全く、最後まで仲間はずれにすることないんじゃないの?」
 マリアが右手を上に向けて呆れたという様子を見せる。
「すまぬな、マリア。お主の厚意に甘えてばかりだったが」
「気にしないでいいわよ。アミーナ、と呼んでいいのかしら」
「うむ。その名の響きは気に入っている」
「そう。アミーナ。ちょっといいかしら」
 マリアはコミュニケーターを取り出すと、そこに何やら打ち込む。そしてメモリカードを一枚取り出した。
「これを持っていって」
「なんじゃ、これは?」
「多分ブラムス君の方が使い方が分かるんじゃないかな。コミュニケーター、使えるわよね」
「無論。だが……」
 ブラムス『君』と呼ばれたことが納得いかないのか、ブラムスは少年の顔に険しい溝を作る。
「宇宙に出たら、元クォークの『クリフ・フィッター』という人を頼りなさい。今は政界に身を置いて活躍しているわ。マリアからの紹介だって言えば悪いようにはしないはずだから。情報を集めるにしても何にしても都合がいいはずよ」
「そうか。何から何まで世話になる」
「いいのよ」
 そして、マリアはメモリカードを渡すと、そのままアミーナを抱きしめる。
「マリア?」
「さよなら、アミーナ。私、あなたと一緒にいられたのがすごい嬉しかったわよ」
「──私もだ」
 アミーナは小さな体で、マリアにぎゅっとしがみついた。
「フェイトも、マリアも、ネルも、みんな大好きだ。また会いたい」
「必ず会えるわ。それこそ、けっこう近いうちに。その戦いが起こったら、私はまたあなたの味方なんだから」
「ありがとう」
 そしてアミーナはマリアから離れる。
「もう行くのかい?」
「うむ。これ以上は情が移る」
 その言葉は、彼女の姉からも聞いた。ヴァルキリーというのはみんな同じ考え方をするものなのだろうか。
「そうか。寂しくなるな」
「私もだ。お主の傍にいるのは嬉しかった。ありがとう、フェイト」
 そしてアミーナはブラムスと目を合わせて頷く。
「さらばだ」
「世話になったな」
 二人がそう言って、ゆっくりと立ち去っていく。
「アミーナ!」
 その背中に向かってフェイトは叫んだ。
「何かあったらすぐに連絡をくれよな! 僕はいつだってお前の味方なんだから!」
 言われたアミーナは立ち止まる。そして、少ししてから振り向く。
 その目に、いっぱいの涙を浮かべて。

「うん! またね、ふぇーと!」





もどる