DNA

第4話 will






 銀河連邦によって『ファントム』と渾名された船は、地球やクラウストロの船とさほど内装が変わらないようだった。それでも性能は違うのだろう。エイルマットが「速い」と言い切ったほどなのだ。いったい船の仕組みがどうなっているのか知りたいところだ。
 転送室から出ると、通路に明かりがともっていく。そちらへ進めということなのだろう。たどりついたところは艦橋。その艦長席にだらしなく足を机に乗せたエイルマットがいた。
「来たか」
「ええ。ご厄介になるわ。こちらは部下のリーベル」
「よろしくお願いします!」
「一人だけか」
「他のメンバーにはやってもらうことがあったから。一応彼は私のボディーガードみたいなものと思ってくれればいいわ」
「ふっ。俺が危険な男に見えたか。まあ、そうだろうがな」
「あなたのことは信頼しているわ」
 マリアは正面から相手を見つめた。
「何故だ?」
「あなたは仲間のことを言った私を信頼して送り出してくれた。逃げられる可能性だってあったはずなのに。つまりあなたは、仲間を大切に思うことができる人ということよ」
「なに、逃げたところで俺の艦からは逃げ切れん」
 自信満々だった。だが、ミッドガルド艦との戦いからそれがブラフではないことが分かる。
「それじゃ、いくか」
「あ、その前に一つだけいいかしら」
「なんだ?」
「銀河連邦のリード大将が、あなたにお話があるって」
「俺には関係のないことだな」
「お礼がしたいそうよ。エクスキューショナーに襲われた銀河連邦軍を助けてくれたって」
「それなら今聞いた。それでいいだろう」
「ま、駄目なら仕方ないって言っておいたけど」
 そう言って、あえてマリアは相手を見つめる。エイルマットも見返してきたが、やがてため息をついた。
「地球人ってやつは、どうしてこう頑固な奴が多いんだ」
「地球人を一括りにしないでくれるかしら。だいたい、あなたは何人なの?」
「エルダー人だ。といっても、もう滅びた星の名、知りもしないだろう。銀河の歴史からも削除されたはずだからな」
 確かに聞いたことがない。だが、あとで検索してみる価値はありそうだった。
「まあいい。さっさとつなげ」
「つなげって、この艦のことなんて私には分からないわよ。だいたい、他のクルーはどうしたの?」
「この艦は俺一人だ」
 それを聞いたマリアとリーベルが目をむく。
「じゃあなに、あなたは一人でこの艦を操って、一人でミッドガルド艦を打ち落としたっていうの?」
「そうだ」
 信じられない、とマリアは首を振る。
「あなたの腕がいいのかしら、それともこの艦の性能がいいのかしら」
「両方だ」
 どこまでも自信家な男だ。だが、それを嫌味に感じさせない。それは事実を述べているにすぎないからだ。
「それじゃ通信席はもらうわよ」
 マリアが席についてパネルを確認する。だが、使い方が分からない。
「コンピューター、通信はどうすればいいの」
 尋ねると、音声ガイドが動き出した。
『左のグリーンのボタンを押し、通信先を指定してください』
「悪いけど、字が分からないのよ。通信先はこちらの音声に従ってオートでやってもらえる?」
『分かりました。ボタンを押して、通信先を教えてください』
「銀河連邦の『フェアリーテイル』。座標は──」
 と伝えると、やがてモニターに画像が映る。
「こちら『ファントム』のマリアです」
「ああ、待っていました。こちら『フェアリーテイル』のリードです。通信許可はいただけたのですね」
「ええ。今メインスクリーンに映します」
 そうして正面のメインスクリーンにリード大将と、フェアリーテイルの艦橋が映る。
「はじめてお目にかかります。銀河連邦司令長官、リード・マーベリックと申します。先の戦いでは、我ら義勇軍を助けていただいて、ありがとうございます」
 すると、だらしない態度だったエイルマットは足を下ろすと、そのスクリーンに映った人物をじっくりと見始めた。
「なにか、ございましたか」
「いや。お前、地球人か」
「そうです」
「そうか」
 エイルマットはしばらくリードと向き合っていたが、やがて首を振る。
「エイルマット・P・タナトスだ。礼にはおよばん。お前は、何のためにあいつらと戦った?」
「私がですか。そうですね、一つには自分が生き残るため。そして、仲間や家族、恋人といった自分の親しい相手を守るため、自分たちは戦いました。ただ、こう言うと笑われるかもしれませんが」
「なんだ?」
「この宇宙の平和を守りたかった。家訓なんですよ、この宇宙のために動け、というのは」
「家訓、か」
「はい」
「そうか、いい家訓だ」
 エイルマットは苦笑した。
「俺も同じだ」
「は?」
「この宇宙の平和を守りたかった。同じ目的のために戦ったのだ。だから、礼にはおよばん」
 するとリードは驚いてから、すぐに微笑む。
「ということは、自分たちは仲間ということですね」
「そういうことだな」
「では遠慮はしません。自分はあなたが困っているならいつでもかけつけましょう。同時にあなたにも助けを求めることがあるでしょう。そのときは」
「ああ。いつでも手伝いにいってやる」
「ありがとうございます」
「仲間なら当然のことだ」
 そして通信が切れる。そしてエイルマットは左右に首を振った。
「やれやれ、あいつらのおせっかいが完全にうつったな」
 だがそれを見ていたマリアが笑みを浮かべる。
「そうね。あなたらしいとは思わないわ。まさか、宇宙のために、なんて本気で言ってるの?」
「そういうお前はどうなんだ。お前もこの宇宙を守った『英雄』なのだろう」
「冗談じゃないわ。私は敵と戦っていたら、それがたまたま宇宙をおびやかす存在だっただけのことよ。はじめから宇宙を救おうなんて考えてなかったわ」
「同じだ。もっとも、仲間だけは最初から宇宙を守るために戦うような奴だったがな」
「その影響で?」
「ないとは言わんが、俺が戦っているのは、また別の理由だ。俺の体は戦闘用に作りかえられた。そして戦いは終わった。だから戦いの場を求めてここにきた。それだけのことだ」
「戦うことそのものが戦う理由、ということ?」
「そうだな。お前は全力で生きて、それから死ねと言ったが、その通りだ。俺は自分ができることを全力で行っている。助けられるものは助け、倒せるものは倒す。そして、どうせ戦うなら俺の敵にふさわしい相手であってほしい。前のエクスキューショナーはなかなかの相手だったが、今回は小粒だったな」
 ミッドガルド艦五隻が小粒だという。確かにそれだけの腕前ではあるが。
「まあ、今回はこれからが本番だ」
「これから?」
「ああ。ミッドガルドが相手なら、それなりに手ごたえがあるだろう」
「知っているの、ミッドガルドがどういうところか」
「あそこは『神の星』だ。だから、乗り込むには準備がいる」
「結局乗り込むことになるのね」
「そのためには、お前に状況を把握してもらわなければならない。だから来てもらうぞ」
「どこへ?」
「En犬噺討个譴襪箸海蹐澄
「イーエヌフォー?」
「そこに宇宙の隠者たちがいる。この宇宙が崩壊に近づくとき、あいつらは動く。俺もその一貫として動き始めた。お前がそこに行けば、さまざまな事実が分かるだろう」
「あなたはそこへ行ったの?」
「ああ。もっとも俺は、戦う場所があればそれでよかった。あいつらにやってもらったのは、新型の航宙艦を一隻用意してもらったことだけだ」
「それがこの『ファントム』?」
 エイルマットは顔をしかめた。
「さっきからその『ファントム』っていうのはなんだ」
「ああ、銀河連邦で名づけた渾名よ。だって、船籍不明なんですもの」
「だから『ファントム』か。だが、その名前は気にいらん」
「じゃ、なんて呼んでほしいの?」
「そうだな」
 少し考えて、エイルマットは答えた。
「シッファーベレス」
「シッファーベレス?」
「ああ。そう呼べ」
「分かったわ。どういう意味なの?」
「意味はない」
 意味がありそうに言われても説得力がない。だが、おそらくは昔の仲間とやらに関係があるのだろう。あえてそれ以上は尋ねない方がいいのかもしれない。
「分かったわ。それじゃ、出発しましょうか。リーベルも座りなさい」
「はい」
 リーベルも操縦席に着くが、実際に操縦するのはエイルマットだ。安全装置を確認してからエイルマットが言う。
「せいぜい二日で着くだろう。ワープを開始したら自由にしてていい」
「了解」
「よし。『シッファーベレス』発進」
 そして、三人を乗せた船は、一路En犬悗噺かった。






 一方その頃。
 地球でいつもと変わらぬ日常を過ごしていたソフィア・エスティードは、この日だけは日常と違った一日となった。それも、歓迎できる事態ではない。
「捕まえなさい!」
 ソフィアは復興途中の市街地を走りぬける。最近はスポーツをしていなかったので、少し運動不足だ。追いつかれるのは時間の問題かもしれない。
 突然のことだった。クリフ・フィッターの名で呼び出されたソフィアだったが、そこにクリフの姿はなく、代わりに武装した兵士の姿があった。そして指揮官の女性が自分を捕まえるように指示を出した。ようやく危険を察知したソフィアは隙をついて逃げ出したが、そこから先、どうにも行動の限界に達していた。
 どこをどう逃げてきたのか、自分が今どこにいるのかもよく分かっていない。
 運よく稼働中の交番を見つけたので、そこで保護を求めようとした。だが、
「うそ」
 警官が二人、倒れている。そして、その二人を殺した兵士たちが、自分を見た。
「見つけたぞ!」
 ソフィアはすぐに翻って逃げ出すが、完全に場所が相手に見つかってしまった。このままでは時間の問題だ。
 いったい何故自分が狙われているのか。少なくとも発砲してこないということは、自分が殺されそうになっているわけではない。なら、理由は一つしかない。
 自分の力、コネクションの力を求められている。それ以外に理由はない。
「そこまでよ」
 だが、角を曲がったところで兵士たちが目の前に整列していた。そして、後ろからも兵士。完全に挟まれ、もはや逃げ道はない。
「あなたは誰ですか。どうして私を」
「別に手荒な真似をするつもりはなかったのよ。あなたがおとなしくしてくれていれば、余計な犠牲者が出なくて済んだのに」
「勝手なことを言わないで!」
 自分にも戦う力はある。紋章遺伝子の力で、紋章術はそこらの学者など目ではないくらいの力がある。きりぬけることは可能だ──相手の人数にもよるが。
「私はロレンタ。惑星ミッドガルドの外務大臣を務めている者よ」
「ミッドガルドの人が、私なんかに何の用ですか。私はただの──」
「一般人、ではないわね。分かっているわ。あなたの紋章遺伝子、コネクションの力、それがほしいのよ」
 やはり、とソフィアは思ったが、それが分かったからといってこの場所を脱出する手段にはならない。
「私をどうするつもりですか」
「協力してほしいことがあるのよ。もっとも、あなたは承諾しないかもしれないけれど」
「だからって連行しようとしたんですか」
「そうよ。私たちも生き残るために手段を選んでいられないから」
 ロレンタの目が細くなる。どうやら、問答無用ということらしかった。
「さあ、捕まえなさい!」
 そして兵士たちが動こうとした。が、次の瞬間だった。
 遠距離からのレーザー光線が、ソフィアの後ろにいた兵士たちの腕を正確に貫いていく。
「よってたかって、一人の女の子をいたぶるなんて、よくないでヤンスよ」
 どこかで聞いたことのある声だった。
「ま、ここで会ったのも縁、それも知り合いなら助けるのが当然って奴でヤンスね」
 さらにレーザーガンを発射。それが確実に残っていた兵士たちの腕を貫く。どの相手も寸分たがわぬ場所が打ち抜かれている。
「何者?」
「あっしはしがない、ただのピエロでヤンスよ」
 そう。
 そこには道化師がいた。ただし、持っているのは小型のブラスター。
 バジルだった。
「お久しぶりでヤンスねえ……ま、話は後にするとしまして、まずはこいつでヤンスね」
 バジルの射撃の腕前がこれほどのものとは知らなかったが、これで完全に形勢逆転だ。
「お嬢ちゃんに何の用でヤンスか? 事と次第とじゃただじゃおかないでヤンスよ」
「やれやれ、ね」
 ロレンタはため息をついた。
「降参したでヤンスか?」
「何を言っているの。自分で手をくださないといけなくなったのにため息をついたのよ」
 そして、紋章術が発動する。
「クロスエアレイド!」
 光の魔法が、ソフィアとバジルに襲い掛かる。バジルは一瞬で、ロレンタとソフィアの間に割って入った。そのかわり、魔法の直撃を全部その身に受ける。
「ぐううっ」
「バジルさん!」
 バジルが膝をつき、ソフィアがその傍につく。だが、
「逃げるでヤンスよ。あっしなら大丈夫でヤンス」
「できないよ。助けに来てくれたのに」
「もっとも、逃がす気はありませんけど」
 ロレンタが近づく。冷たい視線が二人を射抜く。
「サイレンス!」
 ソフィアがそのロレンタに向かって魔法を放つ。だが、
「私の対紋章術は百%。一切、攻撃は通用しません」
 そしてロレンタが近づいて魔法を放ち、その意識を奪う。
「どうするつもりでヤンスか」
「別に危害を加えるつもりはありません。ただ、協力してもらうだけです」
 ロレンタは自らソフィアを肩にかつぐ。倒れている兵士は見向きもしない。
「あっしは見逃すでヤンスか?」
「ええ。あなたが誰であろうと、私たちの問題にはならないでしょうから」
 そして、ロレンタとソフィアが消える。転送魔法なのか、それともどこかに回収されたのか。
 だが、目の前で女の子を連れ去られたバジルにとって、これは屈辱以外の何者でもなかった。
「さび付いたでヤンスねえ、あっしの腕前も」
 そう言ってバジルは手の中のブラスターを、勢いよく地面に叩きつけた。





もどる