クレセント祭

01:風邪





 熱があるときというのは、本当につまらない。
 普段は恋しいこのベッドも、何もせずじっとそこで黙っているのは寂しい。
 つくづく、人は一人では生きられないものだと思う。
 まして、今は会いたい人がいるのだからなおさらだ。
「早く治ればいいのに」
 そうすれば自分はまた、あの人の傍で働ける。
 代わり映えのしない天井はもうとっくに見飽きていて。
 ベッドよりも高いところにある窓からは空しか見えなくて。
 城の中の喧騒もここまでは届かなくて。
 世界で一人ぼっちになってしまったようで。
(病気のときは、変なことを考えてしまうものね)
 そんな感傷を一瞬でもした自分がおかしくなる。
 自分はクレセント・ラ・シャロム。
 感傷などとは無縁の存在のはずだ。
 それなのに。
(やはり、失いたくないものができると、人は弱くなってしまうのね)
 苦労して、苦労して手に入れた自分の『宝物』。
 絶対に手放すつもりはない。
(早く、会いたい)
 少なくともこの風邪をこじらせている間は、会うことができない。
(早く、治ればいいのに)
 先ほど飲んだ薬が効いてきたのか、彼女の意識はまた少しずつ途切れていった。






 どれくらい眠っていただろうか。
 近くに人の気配。
 鍵はかけておいたはずだ。
 それなのにこの部屋に入ってこられるのは、たった一人だけ。
 自分の最愛の男性だけだ。
「……何をしているんですか」
 蒼い髪の青年はベッドの隣にある椅子に腰掛けていた。そして、話しかけられるとにっこりと笑う。
「いや、お見舞いにね。そうしたらクレセント、寝ていたから」
「私は、病人なんです。風邪が伝染ったらどうするつもりなんですか。すぐにここを出て──」
 そんなことを言いたくはない。
 会いにきてくれて嬉しい。あなたの声が、あなたの姿が、こんなにもすぐ近くにあることがこの上なく嬉しい。
「かまわないよ」
 フェイトは微笑んでベッドに近づく。
「クレセントの風邪なら、喜んでうつしてほしいな」
「馬鹿」
「そんな、一言で片付けるなんて」
「私は、あなたに風邪を伝染したくなど──」
 その口が、塞がれる。
 彼の唇で。
(フェイ、ト)
 これは、この上なく甘い薬。
 全身に幸せと優しさが満ち溢れる、魔法の薬。
「……熱がまた上がりました」
 こんな素敵な男性の、不意打ちに近いキスを受けては。
「どうしてくれるんですか」
「いや、そう言われても」
「あまり病人に無理をさせないでください」
 クレセントは布団の中から両手を出し、フェイトに差し出す。
 そのフェイトは嬉しそうに、彼女の体を抱きしめてきた。その彼の体に腕を絡める。
 暖かい。
 この人の傍にいること。
 それだけが、私の幸せ。
「これ以上は、本当に風邪が伝染りますね」
 抱擁を解いて、またベッドに戻る。
「お見舞い、ありがとうございました」
「何も持ってこれなかったけど」
「何をおっしゃってるんですか」
 クレセントは自分の唇に触れる。
「何よりも素敵なものをいただきました」
「だといいけど」
 少し彼も照れているようだった。
「風邪、伝染らないように気をつけてくださいね」
「それでクレセントの風邪が治るならいくらでも伝染るけど」
「怒りますよ」
「クレセントが怒ったら僕にはたちうちできないな。おとなしく退散するよ」
 彼は笑顔でそう言って立ち上がった。
「それじゃ、また後で来るから」
 そうして彼が出ていくと、また部屋には静寂が戻ってくる。

 だが、もう寂しくはない。
 彼の温もりが、体中に残っているから。





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