クレセント祭

03:休暇





 要職に就いているものが、そうそう簡単に休暇など取れるはずがない。
 ましてや同じ『鋼』同士なのであれば、二人が同時に休むことなど可能であるはずがない。
 だから『鋼』のトップ二人は部下たちが「たまには休んでください」とお願いに来るほど働き者のカップルだった。
 部下たちも自分たちの上司が三ヶ月も休みなしで働いていれば、それは「休んでください」と言いたくもなるだろう。部下として、上司が働いているのに自分が休んでいるというのは居心地の悪いものだ。
 かといってフェイトもクレセントも、お互い自分ひとりだけならば休暇を取る意味がない。自然と職場で顔をあわせる方が嬉しいということになる。
 だから休暇を取るのならば、二人同時に取らなければならない。ラッセルやクリムゾンブレイドへの定時報告も全て完了した状態で、『鋼』内部で問題が発生したならばジェイナスに全部押しつけるようなシステムを作り上げ、誰にも邪魔されない状態を構築しなければならない。
 それもこのシランドの中にいれば何かと呼び出しを受けるだろう。ゆっくりと休みたいのならば、シランドから外に出てしまった方がいい。
 イリスの野あたりで骨休めし、夕方前には帰って仕事場に顔を出すようにしようか、などと打ち合わせ、ようやく休暇を取ることが決定した。

 イリスの野でピクニック。
 とくれば当然お弁当。

「食べられるのかい?」
「いきなり失礼な質問ですね」
 むっ、と表情を悪くするクレセント。二人の手には紅茶のカップ。飲み物はうまい。それは自他共に認める。
 だが、この知的クールビューティ@ドジっ娘は料理だけがとんとできないと来ている。
 初めて手料理を食べたときは状況が状況だったこともあり、さすがに泣いている女の子の料理を食べないわけにはいかないと覚悟を決めて食べたのだが、その味たるや今思い返せばよく完食したものだと思う。不味さに耐えてよく頑張った。感動した。
「一言だけ言わせていただけるなら、クレアのような天然と私は違いますから。学習すればそこそこのものが作れるんです」
 そして視線をそらして、少し演技かかったように寂しそうに言う。
「それに、フェイトに食べてもらいたいですから」
 そこまで言われて食べない奴は男ではない。あきらめて、いただきます、と言い、まずはそのおいしそうに見えるから揚げからつまむ。
「いかがですか?」
「40点」
 哀しげな目を見せるが、評価は覆らない。
「どうしてでしょうか」
「自分で食べた方が分かると思うけど。揚げ方はOK、でも味が変」
 む、と挑むような表情になり、クレセントは自ら、えいっ、と掛け声をかけてそれを口にする。というか掛け声をかける前に味見してないのかとフェイトは言いたい。
「〜〜〜〜〜」
「お酢が多すぎたんだね。今度は量を減らせば大丈夫だから、また作ってくれよ」
 その言葉に、クレセントの顔から表情が消えた。
「また?」
「うん。また作ってくれるんだろ?」
 その辺りが、彼の無意識の優しさだ。
 自分はそういうところが好きになったのだと、気づく。
「分かりました。今度はもっと美味しいものを作ります」
「ああ。前の時に比べれば全然よくなってるよ。前は──」
 と、料理満載のトレーを思い出してアンニュイな気持ちになる。
「大丈夫。よくなってるから」
「その影のある話し方はやめてください」
 さすがにそうまで言われるとクレセントとしてもおもしろくない。
「次はきちんと成功させてみせます」
 かすかに握りこぶしでクレセントが主張する。フェイトも「楽しみにしてるよ」と言って隣の玉子焼きを食べた。
「これは、上手だ」
「本当ですか?」
「ああ。これなら100点」
「ありがとうございます」
 にっこりと笑ったクレセントに、思わず見とれる。
「フェイト?」
「あ、いや」
 と、初めて会った頃のクレセントをふと思い出した。
 ──本当に、最近はよく笑うようになった。
「笑ったクレセントは綺麗だ、って思っただけ」
 そうするとクレセントの顔が真っ赤に色づく。
「からかわないでください」
「からかってないよ。そうやって、笑顔を見せてくれるのが基本的に僕だけだっていうのは嬉しいな。クレセントを独り占めしてるみたいだ」
 そう言うと、クレセントは優しく笑って答えた。

「私はずっと、フェイトのものです」

 今度は、フェイトの方が赤くなる番だった。






 しばらく他愛のない話を繰り返しながら、随分と陽が西に傾いてきた。さて、とフェイトが立ち上がる。
「そろそろ戻ろうか。きっと僕たちがいないとけっこう困ることも多いだろうし」
「そうですね。フェイトが職責を忘れないでくださるのはありがたいことです」
 すっかり副官の顔に戻ったクレセントが答える。
「こういうときは、もう少し一緒にいたいとか言ってほしいんだけどな」
「言うのはかまいませんが、それよりも」
 クレセントは立ち上がったフェイトの傍に近づき、その頬にキスした。
「こういう方が、よくはないですか」
「……うん。全くそう思う」
 フェイトは自分よりも小さなクレセントをぎゅっと抱きしめる。
「幸せだ」
「はい。幸せです」
 クレセントも笑顔で、彼の背に腕を回した。

 このまま、もう少しだけ。





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