クレセント祭

last:後夜祭





 ウルザ石窟寺院。ここから凶暴なモンスターが多数出現したということで、モンスターの駆除、及び内部の視察のため、シーハーツ、アーリグリフの兵が共同でこのダンジョンに挑むこととなった。
 無論、シーハーツ王国からは編成されたばかりの第七の師団『鋼』の精鋭を選りすぐり、団長のフェイト・ラインゴッドと、副官のクールビューティ、クレセント・ラ・シャロムが派遣されることとなった。
 そしてフェイトとクレセントが内部に潜入した──まではよかったのだが、続く戦闘の中でお互いの場所を見失い、完全に一人はぐれてしまった。
 進んでも退いても、どこへ向かっているのかが分からない。そんな洞窟の中に一人。
「困りましたね」
 さすがにクレセントも疲れてきたのか、少し大きな広間の、泉の前の石段に腰を落とす。
 フェイトは無事だろうか、と心の中で案じる。もちろん彼はこの星で誰よりも強い。自分ですら無事なのだから、彼がそう簡単にやられるはずはない。
 きっと彼も、はぐれてしまった副官を探してやきもきしているだろう。
 そう考えるとおかしくなる。
 たとえ彼がクレアのことを最優先に考えているとしても、部下である自分を見捨てるようなことだけは絶対にない。
 自分がシャロムだろうと、施術が使えなかろうと。
 彼だけは、私を差別せず、一人の人間として扱ってくれる。それも、無意識に。
 フェイトはどこに行ってしまったのだろうか。
 全く、いればいるで、いなければいないで、自分の心を占めるのは結局あの人だけなのか。
(あの人には、クレアがいるっていうのにね)
 ──結局、フェイトを手に入れることはできなかった。
 一時の逢瀬はすぐに終わりを向かえ、彼はクレアの元へ戻った。
 ただ、二人のはからいで、自分の嫌疑は晴らされ、今も『鋼』の一級構成員として働かせてもらっている。
 ありがたいことだ。涙が出るほどに。
 だが、同時に、二人はどれほど残酷なことを自分にしたか、知らない。
 クレアもフェイトも、自分に傍にいてほしいという。
 だが、自分があの二人の傍にいるということは、望んでも決して手に入らないものを永遠に見続けさせられることに他ならない。
 断ろうかと思った。だが、結局は残った。
 それは自分の犯した罪を償うためでもあり、同時に、それでも彼の傍にいたかったからでもある。
(どうすればいいのかしらね)
 その表情は変わることがない。常に冷静で、周りと極力距離を置くようにしてきた自分にとって、感情の表現などは厳禁だった。
 泣けば苛められるし、笑えば疎まれる。
 だから無表情で、感情のない振りをしてきた。
 今まではそれでもよかった。
 だが、彼に出会ってからは、そのバランスが崩れてきている。
(早めに、自分の中で決着をつけないと駄目ね)
 もう一度、彼女はため息をついた。









 ウルザ石窟寺院。ここから凶暴なモンスターが多数出現したということで、モンスターの駆除、及び内部の視察のため、シーハーツ、アーリグリフの兵が共同でこのダンジョンに挑むこととなった。
 無論、シーハーツ王国からはこういう時のためにいるようなフェイトに加え、『闇』系列の各師団から複数名が選ばれることとなった。『闇』からも三級構成員が何人か参加したが、熱烈希望したファリンやタイネーブは別の任務のため外されることになった。
 そのかわりに二級構成員で参加したのは『風』のプリティブロンド、クレセント・ラ・シャロムだった。小悪魔のような笑みを浮かべるクレセントに対し、フェイトはただ愕然としているだけだったが、さらに先行して二人で内部視察を行うと決まったときは、彼はこの世の終わりのような表情を浮かべていた。失礼な話だ。
 というわけで潜入したのだが、内部が複雑で、またモンスターの襲撃などで、あろうことかはぐれてしまった。
 仕方なくあちこち動き回って探したのだが、彼の姿はどこにも見当たらない。
「ったくあの馬鹿、とろくさいんだから」
 まあ、あの男のことだから、モンスター相手に遅れを取るなどとは考えられない。普段はおっとりとしているくせに、こと戦闘となると人が変わったような戦い方をする。
 フェイトもフェイトで、きっと自分とはぐれてしまって申し訳ない気持ちで探し回っているのだろう。
 そう考えるとおかしくなる。
 たとえ彼がネルのことを最優先に考えているとしても、仲間である自分を見捨てるようなことだけは絶対にない。
 たとえ自分が何度相手を殺そうとしても、裏表のある性格だとしても。
 彼だけはシャロムの名など関係なく、ただの一個人として扱ってくれる。それも、無意識に。
 フェイトはどこに行ってしまったのだろうか。
 全く、いればいるで気が散るし、いなければいないで気になるというのも困った男だ。
「お前には、ネル様がいるってのにな」
 かなわない相手。あまりに強大すぎる相手。
 出会った時期も相手より遅ければ、その威厳、風格、そして時折見せる女らしさ。どれをとっても自分にかなうところなど一つもない。
 容姿だって、自分は人気があるように見せかけてはいるものの、男共に本気にさせるほどぶっているのでもない。適当に距離を置いてあしらう。その術は心得ている。
(どうすればいいんだろうな)
 シャロムという仮面をかぶり、誰にでも平等に明るく接してきた自分。常に顔には笑顔を忘れず、語尾には音符を忘れず、誰にでも人気があるようにと努めてきた自分。男には人気があるが、もちろん同性への心配りだって忘れてはいない。相談ごとがあれば親身になって相談に乗り、部下の面倒も人一倍見てきた。
 そうやって、頼りがいのある、それでいて可愛く、誰にでも愛されるキャラクター、クレセント・ラ・シャロムを作り上げてきた。
 それは既に、自分の中の一人だ。
 だが、普段考えていることが『こう』なのだから、それは全て演技の自分に他ならない。
 そうやって自分が気を使わなくてもいい相手。
 それが、フェイト・ラインゴッドという男だった。
(早めに決着をつけるか)
 クレセントは珍しくため息をついて、次の扉をあけた。









 ──彼女たちは、そこでお互いに出会った。









(誰?)
 石段に腰を落としていたクレセントは立ち上がって身構える。相手はどうやらナイフを持っているようだった。油断はできない。自分よりもはるかに背は低そうだったが、こんなところでうろうろしている人間だ。当然ながら実力あってのことに違いない。
 プリティブロンドの笑顔娘はにっこりとした表情を消すことなく「こんにちは♪」と声をかけ、ゆっくりと近づいてきた。
 心臓が早鐘を打つ。
 危険、危険、危険、危険、危険。この娘は危険。
 その一流の危機感知能力が、彼女の命を救った。
 一足で踏み込める位置まで来ると、金髪少女の体が動いた。
 ナイフが喉元を狙い、目に止まらぬスピードで命を奪いに来る。
 だが、危険を察知していたクレセントは『風斬り』の力で、まさに紙一重で避けた。
(この娘、早い。それに、鋭い)
 間をおいて、クレセントは剣を構えた。



 同時に、その渾身の一撃を紙一重で、それも余裕をもってかわしたクールビューティに、クレセントは驚愕する。
(かわした? 今の、かわせるタイミングじゃないのに)
 普通ならもう今の一撃で相手の頚動脈を切り裂いている。だが、その動きを相手は完全に見切って、回避した。ただの剣士ではない。
 間合いを取って剣を構えられるとさすがに分が悪い。自分は相手の虚をつく攻撃に長けてはいるが、正面から正々堂々戦っても体格でかなわないことが多い。だから可能な限り正面決戦は避け、相手の隙をつく攻撃ばかり行ってきた。
 今の攻撃、手加減なんかしていなかったのに。
 相手に警戒させてしまっては自分の方が圧倒的に不利だ。
 クールビューティがゆっくりと動きはじめる。すり足で間合いを徐々に詰めてくる。一気に行わないあたりが、一流の証だ。自分の間合いと相手の間合いを、少しずつ確かめているのだ。
「何者?」
 自分から尋ねてみる。相手の気を逸らす意味も多分にあった。
「そちらこそ」
 だが全く隙は生まれない。むしろますます警戒している様子だった。



 プリティブロンドから笑みが消えた。本気で自分を殺しにかかるという目だ。
 最初の虚をつく攻撃が外された以上、もはや取り繕う必要もないのだろう。だが、そうした殺意こそクレセントにとっては望ましい。その方が相手がよく分かる。
 ただの戦士などでないことはよく分かっている。最初のためらいのない踏み込みに、鋭い剣閃。互角か、相手の方が強いかもしれない。小柄な分だけスピードもある。
 剣を大振りすれば、相手はその隙につけこんでくる、それだけのテクニックがある。
「この寺院はよほどの腕前でなければくぐりぬけることはできません」
 クレセントは相手の正体とは遠いところから切り出した。
「それだけ、あなたの力は優れているということ。油断はできませんね」
「お前もね」
 プリティブロンドは、今度こそ獰猛な笑みで自分を睨みつけてきた。
「モンスターの出る遺跡にいるような相手だ。それとも、私たちが来るより先に中に入ってたの?」
 相手から逆に質問が来る。
 先に、とはおかしな話だ。既に洞窟入り口にはシーハーツ・アーリグリフの両部隊が蟻の子一匹通れないように封鎖しているのだ。後に入ったのは自分たちのはず。
 だとすれば、別の出入り口があるということだろうか。



 クールビューティが押し黙った。今の質問がいったい相手に対してどのような意味合いを持っていたのか、推測する術はない。
 味方がこのようなところにいるはずがないが、敵と言い切るのも難しい。何しろ相手は明らかに人間だ。
「なに、言えないようなことなの? それとも、不法侵入者?」
「そういうあなたは、どうなのですか」
 お互いに自分の正体を明かそうとはしない。当然だ。相手がどこの国に所属しているのかによって、話してはならないことはいくらでもある。
 やはり、戦わざるをえないらしい。
 じり、とさらに間合いを詰める。剣の間合いでは、自分の方が分が悪い。
 ナイフに間合いなどあってないようなものだ。いかに相手の虚をついて、その急所にナイフを突き刺すかが全てだ。
 どのみちこのままでは勝てない。ならば、できるだけ相手の隙を生み出さなければならない。
 だが、この剣士の威圧感がそうさせない。無駄な動きをすればその瞬間に剣が自分を切り裂くだろう。
 とはいえ、このままではやはり剣の間合いになって、ますます自分は逃れられなくなる。
(なら、先に動く!)
 クレセントは駆け出した。
 それに応じてクールビューティの剣が動く。鋭く、自分の急所を目掛けてくる。
 だが、させない。
 ナイフを合わせて、なんとか接近戦に持ち込む。それしか手はない。



 自分の繰り出した剣に、プリティブロンドはナイフを合わせた。そして、そのまま剣を滑らせて一気に間合いを詰めてきた。
 この小柄な少女だからこそできるわざだ。自分が同じことをやろうとしても、とても手と足が追いつかない。
 この場合、後ろに引くのも手をこまねいているのも駄目だ。
 それならば、力押し。
 間合いに入ってこようとするプリティブロンドを、力任せに一気に間合いの外へと押し出す。
 だが、少女は剣をそのまま受け流し、一足で懐にもぐりこむ。
 その攻撃が達するより早く、彼女のナイフを持つ右の手首を捕らえる。
 くっ、と彼女の顔が歪むが、そんな不利な体勢であるにも関わらず、起用に片足で立って蹴りを放ってくる。脇腹に入り、苦痛でこちらも顔が歪む。



 同時に剣が引かれ、そして同時に剣が繰り出される。
 必殺の剣がプリティブロンドに叩き下ろされ、
 急所を突くナイフがクールビューティの心臓に達する。

『フェイトッ!』

 二人の口から、同時に、同じ名前が出る。
 その声に、二人の動きが止まった。
(今、何て)
 お互いが、お互いの言葉の意味を探る。
 自分を騙そうだとか、そういうことはありえない。相手を倒すつもりなら、武器が止まるはずがないのだから。
「今、何とおっしゃいましたか」
 クールビューティが先に尋ねてくる。
「こっちのセリフだね。今、間違いじゃなかったら『フェイト』って言わなかった?」
 プリティブロンドが尋ね返す。
「あなたこそ」
 そこでまた、じっと二人は見詰め合う。
 身長差があるので、クールビューティが見下ろし、プリティブロンドが見上げる形となっている。
 クールビューティの胸にはナイフが、プリティブロンドの首筋には剣が、それぞれ一撃必殺の途中でぴたりと止まっている。
「敵じゃない、ってことかな」
「そのようですね」
 そしてお互いに得物を収めた。
「フェイトと仲がいいんだったら問題なしさ。自己紹介しておくよ。私はクレセント・ラ・シャロム。シーハーツ『風』の二級構成員さ」
 それを聞いたクールビューティが目を丸くした。
「クレセント?」
「ああ。何か変かい?」
「いいえ。ですが、私もクレセントです」
「は?」
「クレセント・ラ・シャロム。シーハーツで新設された『鋼』の一級構成員です」

 しばし、間。

「……どういうこと?」
 金髪のクレセントが尋ねる。
「分かりません。ですが、聞いたことがあります。このウルザ石窟寺院のことを」
「ここの?」
「はい。このウルザ石窟寺院は、自分たちが住む世界とは異なる、パラレルワールドへとつながる空間だと。だから──」
「つまり、私の世界と、あんたの世界とが、ごっちゃになったってわけか」
「おそらく」
 二人のクレセントは同時に(これはとんでもないことになった)と汗をかく。
 何しろ、目の前にいるのは全く外見が異なるとはいえ、まぎれもなく『クレセント・ラ・シャロム』なのだから。
「ふうん」
 先に立ち直ったのはプリティブロンドの方であった。そして近づいてぐるぐるとクールビューティの周りを回って、人物鑑定を行う。
「いいなあ、そんなに背が高くて」
 第一印象に、思わずクールビューティが苦笑した。
「笑わないでよ。だって私、こんな容姿で苦労してるんだから」
「ですが、あなたの方が可愛らしいです。私はそうした、可愛さとは無縁でしたから」
「私は絶対あんたの方がいいな。かっこよくて凛々しくて。全く、こんな姿にした神様が憎いよ」
「それは私も同じです。もっと素直で、可愛らしければよかった。本当に、こんな姿にした神様が憎らしいです」
 同じことを言い合って、笑う。
 お互い、最初こそ険悪だったが、話してみるとどうにも通じるところがある。やはりそのあたりはお互いがクレセントだということだろうか。
「フェイトって言ったけど、どんなヤツ?」
「私の上司です。施術の使えない私を守ってくださった方です」
「施術が使えない?」
 きょとん、とプリティブロンドが目を丸くする。
「はい。あなたは違うのですか?」
「うん。普通に使えるよ」
「そうですか。羨ましいです」
「外見だけじゃなくて、私たち、結構違うところがあるみたいだね。だいたい『鋼』って何?」





 ──と、しばらくはお互いの情報交換が続いた。
 プリティブロンドのクレセントの世界では、『鋼』のような第七の師団は創設されていないこと、クレセントが『風』の二級構成員で、その容姿からたくさんの男性から好かれていること、ただ演技しているので誰も相手にはしていないこと。そして──ネルとつきあっているフェイトが好きなのだということ。そんなことが伝わった。
 一方クールビューティのクレセントの世界では、鉄壁師団『鋼』が創設され、フェイトが師団長、そしてクレセントはその副官、一級構成員として活動していること、施術が使えないということで差別を受けてきたこと。そして──クレアとつきあっているフェイトが好きなのだということ。そんなことが伝わった。
 相違点はまだある。風の師団長がまず違うし、交友関係も異なる。クールビューティはネルやクレア、ルージュらと幼馴染だが、プリティブロンドの方はそれらは単なる上司で一緒に仕官したファリンが唯一の友人だった。
「意外な感じがします」
「本当だよ。ネル様やクレア様が幼馴染かあ……ちょっとキツイなあ」
「ええ。ただでさえ私は施術が使えませんから、クレアたちにはたくさん迷惑をかけることがありました」
「ふーん。私はファリンに何度も助けてもらってるから何ともいえないけど。それに、フェイトのことも」
 二人の表情が暗くなる。
 どちらにせよ、自分たちはフェイトには選ばれなかった人間なのだ。
「クレア様とつきあってるなんてね。ネル様のことはどうでもいいのかな?」
「私にはクレアではなくてネルと付き合っている、その状況が分かりません。フェイトはクレア一筋という感じでしたから」
「一筋っていうのは同じだよ。他の女性は目もくれない。他の女性と食事とかに行くときは、必ず一言ネル様に断りを入れるんだってさ。私が何度あいつを誘っても全くなびかないんだ」
「こんなに可愛い女性を振るなんて、女の敵ですね。私もフェイトの傍にいさせてもらいましたけど、何を言っても結局は変わってもらえませんでした」
「こんなにかっこいい女性を振るなんて、フェイトも馬鹿だね。私なら絶対あんたにイチコロなのに」
「それは私も同じです。あなたのような可愛らしい女性を振るなんて、フェイトも馬鹿なことをするものです」
 はあ、とお互いため息をつく。
「だいたい、彼女一筋だっていうんだったら、あまり他の女性に優しくするなっていうんだよな」
「同感です。フェイトは何をしても他の女性の目を惹くのですから、おとなしくしていただかないと困ります」
「そうそう。だいたいにしてソフィアさんにマリアさん、クレア様ルージュ様ファリンにマユ、ウェルチ、スターアニス……数えたら切りがない。あいつ、なんだってあんなにモテるんだ?」
「私たちがその筆頭というところでしょうけどね。でも、それだけの女性を歯牙にかけておきながら、全く無頓着なんですよ、彼は」
「そうそう。自分が相手を惚れさせてるってことにすら気づいてないよな、あれ」
「それを伝えたら迷惑がるんです。それなら最初から、優しくしなければいいのに」
「あいつ、この間なんて『仕事なら一緒に食事に行ってもかまわない』なんて言ったんだぞ! 女のプライドズタズタだ! 絶対許さないぞ、あいつ!」
「私も、直接『いつだってクレアしか見ていない』だなんて言われました! もっと他にいくらでも言いようがあるでしょうに!」
『ああもう、フェイトの馬鹿ッ!』
 最後は完全にハモった。そのことに気づいた二人は声を立てて笑った。
 自分と同じように、届かぬ想いに悩む、もう一人の自分がいる。
 そのことが何故か、自分の気持ちを軽くしていたのだ。





「さて、と」
 プリティブロンドが一つ伸びをした。
「そろそろ、戻ろうか?」
 それにクールビューティも頷いた。
「そうですね。フェイトも待っているでしょうし」
「あんたと会えてよかったよ。これからもよろしく」
「こちらこそ。もう会うこともないでしょうけど、もう一人の『私』がいることを、ずっと心にとどめておきます」
 二人はシーハーツ式の敬礼をすると、お互い別方向へ歩き出す。
 二人は二度と、振り向くことはなかった。





「あ、いた、クレセント!」
 やはり、彼は自分のことを探していたらしい。
 たとえ愛する相手ではなかったとしても、この男性の優しさというものは損なわれることはない。
「心配したよ。さあ、戻ろう。だいたいのモンスターは片付けたから」
 クレセントは頷く。そして笑った。









 たとえ、この想いが届かなくても、自分は決して一人ではない。
 同じ想いを抱えた、もう一人の自分が、存在しているのだから。





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