組曲『Ghost』





Overture










 光王シーハート二十四世。今から四代前の女王であり、アペリスの聖女を兼任した人物。かつて女王と聖女を兼任したのは、開放女王シルヴィア一世と光王シーハート二十四世、そして現女王シーハート二十七世しか存在しない。
 今から約五十年前、当時のシーハーツは大きな戦乱はなかったが、そのかわりに国内において内乱があった。
 時の女王シーハート二十二世には二人の娘がおり、姉のアルトリアは気立てが良いながらも王者の資質を兼ね備えた女性であったのに対し、妹のミネアは教養に疎く、国王としての器量はなかった。
 もちろん、女王を継ぐのは本来であれば姉であり、妹が王位に就くことはない。だが、姉はアペリスの聖女となってしまった。強い施力があったのは幼い頃から分かっていたが、アペリスの御使いが降臨し、彼女に神託を与えてしまった。それゆえアルトリアは聖女とならざるを得なかった。
 権力欲の強い妹ミネアは、かわりに自分が国王になると言い出した。確かに聖女と女王を兼任するのは簡単ではない。歴代の聖女はアペリスの御使いから下されるさまざまな指示を聞くために東奔西走することになった。とても女王の任務をこなしながらできるものではない。
 だから姉はミネアに位を譲ることにした。そして二十二世の崩御があってから、シーハート二十三世として妹ミネアが国王となったのだ。
 だが、それから国は荒れた。税金が上がり、治世はめちゃくちゃとなった。諌めようとした家臣は残らず処刑された。いわゆる絶対王政時代である。
 ミネアの即位から五年。シーハーツは完全な恐怖政治となっていた。
 諸国をまわって戻ってきたアルトリアはその国内の状況に愕然とした。たった五年で荒廃しきった国を見て、ミネアに直接進言した。
 だが、ミネアにとっては自分より優秀な姉が気に入らなかった。姉をすぐに捕らえると、同様に処刑してしまおうとした。
 アルトリアは死を覚悟したが、そこにまたアペリスの御使いが現れた。そしてミネアを倒し、この国に秩序と繁栄を取り戻すよう神託を受けた。
 だがそれは、妹を殺すということになる。アルトリアは自分の体を痛めつけられてもなお、妹を殺すことをためらった。だが、心ある者がアルトリアを助け、そのかわりに処刑されてしまった。これでアルトリアの心は決まった。
 アルトリアの挙兵。これにより、シーハーツ王国は完全に二分した。
 当時、クリムゾンブレイドの二名は空位になっていた。ミネアに進言したために処刑されてしまっていた。そのため、六師団は各々が監視、抑制しあうようになっていた。
 ミネアについていけば、自分も甘い汁が吸えると思っている者。
 それに対して、アルトリアの元で正しいシーハーツを取り戻そうとする者。
 六師団が完全に二つに分断され、そして争いが起こった。
 一年に渡る内乱の結果、ついにミネアは捕らえられた。捕らえられたミネアが最後に言い残した言葉は『姉上さえいなければよかったのに』という怨嗟であった。
 ミネアは流刑となり、アルトリアはシーハート二十四世として即位することとなった。そして荒廃した国土を立て直し、シーハーツに秩序と繁栄を取り戻した。彼女の治世は二十年以上にも渡り、やがて彼女は五十三歳で亡くなった。
 死因は病死と発表されている。
 だが、その死にはいくつかの疑問が残されていた。
 まず、前日まで女王は具合が悪そうな素振りすら見せていなかったこと。
 そして、女王が亡くなった三日後、妹のミネアもまた亡くなっていたということだった。
 人々は二人の死に何らかの関連性を求めたが、当時の『闇』の調査でも結局何も分からなかったため、単なる偶然で終わることとなった。
 だが──






「真実は違います」
 光王シーハート二十四世のゴーストを前にアイーダが言う。
「アルトリア様はミネア様に殺されました。そして最後までミネア様と和解することができず、ミネア様に殺されてしまったことを悔やみ、このようなゴーストとなってしまわれました」
「でもそれなら、他人に迷惑をかけるようなことはないだろう」
「いいえ。アルトリア様が亡くなった後、一ヶ月の間に当時の内乱に参加していたメンバーのうち、六人が急死しています。敵だけではありません、味方だった人間までも、です」
「何故」
「歴史の裏に何があるかはその当時を生きていた人でなければ分かりません。ですが、アルトリア様は恨んでいた。自分とミネア様を引き離した『何か』に。その『何か』に対する恨みが、ゴーストになるという選択に結びついてしまった」
「つまり、アルトリア女王のゴーストが、その人たちを呪い殺したってことなのか」
「代々のゴーストハンターにはそのように伝わっています」
「代々って……」
「初代ゴーストハンターは、そのときに誕生しました。六人が急死したあと、初代はふらりとこのシーハーツを訪れたそうです。そしてアルトリア様を異界に返すことはできないまでも封じることはできました。それ以来、アルトリア様を異界に返すことを、ゴーストハンターは最大の目標としてきたのです」
 シーハート二十四世のゴーストは光を放ちながらゆっくりとうごめく。
「フェイト様、よけて!」
 アイーダはフェイトを突き飛ばしつつ、自分も飛び退る。そこにゴーストが放つ光が突き刺さった。
「な」
 その光のあたった場所が、破壊されている。もしも直撃したらひとたまりもない。
「もしかして、アイーダが破壊活動をしたことの原因って、このゴースト?」
「いいえ」
 だがアイーダは首を振る。
「アルトリア様の部下の霊を相手にしたときのものです」
「じゃあ本命の方がずっと強いってこと!?」
「光王の二つ名は伊達ではありませんから」
「そこ! 勝ち誇ってる場合じゃないから! つかアイーダが勝ち誇る意味が分からないから!」
 次々に放たれる光。そして破壊されていく大聖堂。
「始末書確定ですね」
 そしてアイーダは指先に光を溜める。
 その彼女の髪が、長く伸びていた。霊術モードだ。
「『去ね』!」
 だが、その光はゴーストに吸収されて終わった。
「それなら」
 アイーダが両手を組んで力を込める。
「『散れ』!」
 そして放たれた光がゴーストの一部をかき消す。が、すぐにまた回復して元に戻る。
「なるほど」
 アイーダが頷く。
「どうした? 何かいい攻略法が?」
「いえ。ただ、全くダメージを与えられないのだな、と思っただけです」
「感心しなくていいから、何とかしてくれよ!」
「そうですね。フェイト様を巻き込んでしまったのは申し訳ないと思っています」
「だから!」
「お任せください」
 すると、アイーダは体中の力を溜めた。
「最強奥義でいきます」
「任せた!」
「任されました」
 シーハート二十四世の攻撃を回避して、最大霊術を放つ。
「『滅びよ』!」
 すると、シーハート二十四世のゴーストは粉々に砕け散る。
「やった」
 フェイトが言って、一安心する。
 だが、消えたはずの光が再び点灯する。そしてすぐに集まってきて、再びゴーストの形となる。
「任された結果がこれです」
「どうするんだよ」
「どうにもできませんね、これは」
 諦めが早い。早すぎる。
「くそっ、こうなったら」
 フェイトは剣を構える。もちろんゴースト相手に通用するはずがない。
「通常の武器ではダメージを与えることすらできませんよ」
「分かってるよ、でもこれなら──」
 フェイトは紋章遺伝子の力を使う。
「ディバインウェポン!」
 剣に光が宿る。そして、強く剣を振りぬいた。
 その剣が、確実にゴーストを切り裂く。
「え」
 アイーダが珍しく、呆然とその様子を見た。
 切り裂かれたゴーストは、ゆっくりとまたつながっていく。だが、戻りが遅い。
「通用するのか?」
 フェイトが自問すると、アイーダがようやく再起動した。
「フェイト様! もう一度お願いします!」
 そしてアイーダが全身に力を溜める。もう一度だ。
「分かった!」
 フェイトがゴーストに立ち向かう。だが、ゴーストもすぐに光を放ってフェイトの突進を止めようとする。
 一度、二度と回避するが、三度目はバランスを崩して完全に光を正面から受ける──
「フェイト様!」
 だが、フェイトはその光をディバインウェポンをまとった剣で弾く。それを見てアイーダがさらに愕然とする。
 その間に、フェイトはゴーストを射程に収めると、二度、剣を振ってダメージを与える。
「今だ、アイーダ!」
 愕然とはしていてもタイミングを外したりはしない。アイーダは再び霊術を唱えた。
「『滅びよ』!」
 そして、今度こそ、光王シーハート二十四世のゴーストは、粉々に散った。






「終わったのか」
 ぺたん、とフェイトはその場に座り込む。
「いえ、今のはただ追い払っただけです。エネルギーを蓄えたらまた現れるでしょう」
「ちょっと」
「大丈夫です。そんな、一日二日で現れるようなものではありませんから。フェイト様のおかげです。ありがとうございます」
 ぺこり、と頭を下げたアイーダはもう髪がいつも通りに戻っている。
「一つ気になったんだけど」
「はい」
「どうして、力を使うときに髪が伸びるの?」
「そういうものらしいです」
 つまりアイーダも理屈は知らないということだ。
「気になりますか?」
 うーん、とフェイトはうなる。
 こうしてフェイトを見上げてくるアイーダは確かに美人で可愛い。だが、
(髪が伸びて、紫の目をしたアイーダは、引き込まれるほどに魅力的なんだよな)
 それは既に恋愛感情に変わりつつあるのかもしれない。そのことに気づいてフェイトは苦笑する。
「それより、光王のゴーストは本当にもう出てこないのかい?」
「そうですね、あの様子だと半年は出てくることはできないはずです。ただ」
「ただ?」
「アルトリア様のゴーストはあまりにも強いので、シランドにいた他のゴーストたちはアルトリア様を怖れてまるで動く気配がなかったんです。これを機に他のゴーストたちの活動が盛んになるかもしれません」
「ちょっと待った」
「というわけで、これからもよろしくお願いします、フェイト様」
 くす、と笑うアイーダがとても可愛らしい。
「まあ、協力するのはもちろんだけど」
「というより、フェイト様がいてくださらないと駄目なんです」
 アイーダは真剣な表情だ。
「フェイト様はただ霊が見えるだけではありません。その剣にゴーストと戦う力を宿すことができる。こんなことはゴーストハンターの歴史上、一度もありませんでした」
「先代から聞いてないだけとかじゃなくて?」
「霊術についての修行不足は認めますけど、先代から知識については先に全て教わっています。ゴーストハンターの歴史、アルトリア様のこともそうですし、どんなゴーストを倒したかという記録まできちんとあるんですから」
「なるほどね。それなら僕のような存在が過去にあったかどうかはすぐに分かるよね」
「はい。過去のゴーストハンターの方々は常に一人で戦ってこられました。フェイト様のような方がいらっしゃるのは本当に初めてのことなんです」
「全然ありがたくないけど、アイーダに協力できるんなら喜んだ方がいいのかな」
 するとアイーダは、うん、と頷く。
「どうかしたの?」
「いえ。ちょっと後で、エレナ博士のところに行かないといけないな、と思っただけです」
「どうして?」
「賭けの相手を変えておかなければいけないな、と思いまして」
 賭けというと、自分が誰と付き合うか、というやつか。
「誰に?」
「アイーダにしようと思います」
 正面から見つめられて、どきん、と胸の拍動を強く感じる。
「アイーダって」
「すみません。恥ずかしいことを言ってますので、ちょっと退散しようと思います」
 そして踵を返すと、アイーダは大聖堂から出ていこうとする。
「あ、そうだ」
 そして一度振り返って微笑む。
「ここの破壊活動については、うまくネル様にでも説明しておいてくださいね」
 そしてアイーダが出ていく。今、何を言われたかがよく把握できていない。
(まいったな)
 今のは不意打ちだった。あれほど風変わりな子が、一途に自分を見つめてくる。
(これで、完全に逃げられなくなったな)
 もはやアイーダに協力しないという選択肢はなくなった。これから自分はゴーストハンターの助手として活動しなければならなくなった。
(ネルに新しい師団の設立、本気で相談してみようか)
 霊現象と戦う、非公開の師団。団員は自分とアイーダの二人だけ。
(ネルなら事情も分かってるし、ある程度融通をきかせてくれるだろうけど)
 それより、この大聖堂の有様だ。
 アルトリアの攻撃で破壊された場所が六ヶ所。そういえばもうすぐ、午後の礼拝の時間ではなかろうか。
 フェイトの顔が青ざめる。
「ていうか、なんで僕一人に後始末させるんだよアイーダっ!」
 ようやく正気に戻ったフェイトは、真っ先にネルのところへ赴く。事情を説明し、後片付けをしなければいけない。
 だが。
(今まで、霊のことは全部一人で抱え込んでいたアイーダが、今は自分に後始末を任せてくれている)
 それは、自分のことを信頼してくれているということではないか。
 確かに後始末は面倒だ。だが、それも相手からの信頼の証というのなら。
(まったく、僕一人でやるのは今回だけだからな!)
 これからも振り回されそうだが、とにかく今はここの惨状をどうにかするのが優先だった。






 こうして、ゴーストハンターのアイーダと、その協力者であるフェイト・ラインゴッドの物語は幕を開けた。






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