聖王国シーハーツで最高位の軍人といえば、光と闇のクリムゾンブレイド。この二名をおいて他にはない。
 だが、その時代によってはクリムゾンブレイドと同じくらいに名声を得た武将がいることもある。過去、何度となく繰り返されてきたアーリグリフとの戦争の中で大きな武勲を立てたもの、そして部下たちからの信頼を得ていたもの、そうした名のある武将というのはいつも存在している。
 現代において、クリムゾンブレイドと同じくらいに名前をあげた武将といえばたった一人しかいない。【炎】の先代『現代のライゼール』と称される男、ルーファである。
 彼はアリアスからシーハーツ軍が引き上げることになってもなお村にとどまり、一人でも多くの国民を逃がそうとした。そして同時に、彼が見つけなければならない『敵』を探していた。
「いた」
 そして、見つけた。
 彼の獲物。彼だけの獲物。
 だが、その獲物は、見知らぬ男と戦いを始めてしまっていた。






STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】


第二十八話:覆う戦場の黒炎






 フェイトは剣を振って攻撃をしかけるが、デメトリオはドラゴンに乗って上空へと逃れる。そして、勢いをつけてフェイトに向かって降下してくる。
「くらえ!」
 長い槍でフェイトを突く。が、その勢いに負けることなく、フェイトは剣でその槍を受け流した。ドラゴンが空中を泳ぎ、体勢を立て直そうとするころには既にクリフとリジュンが近くに迫っていた。
「俺たちも忘れてんじゃねえぞ!」
「フェイトさんを傷つけさせたりはしません!」
 クリフの突撃はかわせたデメトリオだったが、反対側からやってきたリジュンに対しては完全に無防備となった。ドラゴンの鱗に傷がつき、のけぞったドラゴンが大きく吼える。
「くっ! よくも俺のドラゴンに傷を!」
 そして上空に逃れようとしたデメトリオだったが、そこに風を切る音と同時に、一条の矢が閃き、そのドラゴンの右目に刺さった。今度こそ暴れたドラゴンがデメトリオを振り落とす。
「くっ、な、なんだ!?」
「忘れたとは言わさんぞ。久しいな、デメトリオ。お前の首、仲間の墓前にささげさせてもらう」
 現代のライゼール、ルーファが弓矢を持って現れた。フェイトたちにとっては見たことのない相手であり、同時にルーファにとってもフェイトたちは見知らぬ相手ということになる。
「おい、少年」
 ルーファはフェイトを見てそう呼んだ。自分は少年というほどの年齢ではないと思ったが、その迫力に何も言い返せなかった。
「その男は俺の仇だ。できれば譲ってもらいたい」
 ついに仇にめぐり合ったルーファに対し、反論できるような様子はどこにもない。フェイトが何も答えられないことを了承と判断したルーファは、弓矢を背に戻して腰の剣を抜いた。
「ふん、死にぞこないが。引退した戦士が現役の戦士にかなうか!」
「たとえ引退していても、俺は一日たりとも自らを鍛えなかった日はない」
 デメトリオも剣を抜いて接近してくる。が、その戦士としての力量は圧倒的にルーファの方に分があるように見えた。力も技もスピードも、全てにおいてルーファの方が優勢であった。デメトリオは一方的に攻められている。
「おい、フェイト!」
 その間にクリフとリジュンがフェイトに近づいてくる。
「あの人はいったい」
「俺が知るか。それより、どうする」
「どちらが勝つにしても、デメトリオの口をふさがなければ、奴からヴォックスに報告がいくことになるでしょう」
 リジュンが冷静に答えた。
「つまり、倒さなきゃならねえ、ってことか」
「はい。それも、他に誰もこの辺りにはいません。誰もこないうちにしとめないと」
「それならまず、あの竜をどうにかしよう」
 まだ暴れている竜を見てフェイトが言う。
「だな。デメトリオの奴はあの黒髪の奴に任せるとするか。じゃ、さっさと片付けるぜ」
 クリフの言葉で三人は一斉に竜に群がった。だが、爵位のあるドラゴンは一筋縄で倒せる相手ではない。竜の翼がはためき、口からは炎が吐かれる。炎は風に乗ってフェイトたちに襲いかかる。
「あまいぜ、エリアルレイド!」
 高く飛び上がったクリフが、勢いよく竜を蹴りつける。体は鱗で守られているが、それを軽く破壊するほどのパワー。さすがはクラウストロ人。
「続きます」
 リジュンは自分の剣を一度鞘に収めた。そして、素早く踏み込む。
「居合い斬り!」
 鞘によって蓄えられた力が爆発したように竜に叩きつけられる。鋭く振り切られた剣は、竜の鱗を軽く切り裂いていた。
「ブレードリアクター!」
 そこにフェイトの剣が大きく弧を描いて竜の顔面を切り裂く。続けざまに受けた攻撃で竜は立ち上がってのけぞった。
 竜の弱点は鱗に覆われていない部分。すなわち、喉元。
「逆式!」
 フェイトは振り下ろした剣を、今度は逆に振り上げて逆に弧を描く。その軌跡にドラゴンの喉元はあった。鱗と違い、柔らかい皮膚がそこにある。切り裂かれた喉元から、大量の鮮血が飛ぶのをフェイトは見た。
「とどめだ。マイトディスチャージ!」
 クリフの一撃がドラゴンを打つ。そして、体が痙攣したままドラゴンが倒れた。
「倒した」
「デメトリオの竜を倒せるなんて、すごいですね」
 リジュンが素直にフェイトとクリフを褒める。
「まあな。とはいえ、フェイトもたいしたもんだな。ますます力をつけやがって」
「負けられない相手がいるからね」
 そう。フェイトにとってはまだ決着のついていない相手がシーハーツにいる。考え方も何もかもが自分の対極にいる相手。絶対に決着をつけなければならない相手。
「それより、デメトリオは」
 リジュンの言葉に二人が振り返る。すると、デメトリオは完全に追い詰められていた。どこかの家の壁に背を預け、肩で息をしながら自分を追い詰める漆黒の戦士と対峙している。
「リジュン。あの人は誰か分かるかい」
「はい。あの容姿、見たことはありませんが聞いたことは何度もあります。『現代のライゼール』と称される弓矢の名人、シーハーツの【炎】の先代、ルーファ」
「ルーファ」
「たしか、デメトリオの策略で、部下を見捨てることになった人物と聞いています」
「だからデメトリオをうらんでいるっていうことか」
 状況は分かったが、シーハーツの人間ということは、立場上は敵ということになる。だが、自分たちもデメトリオと戦っている。ここは協力をしておくべきなのだろう。
「俺は前の戦いから、ずっと後悔しながら生き続けてきた。
 ルーファが剣を突きつけながら言う。
「だが、それも今日で終わりだ。お前を殺し、部下たちに報告する。それで俺の心残りはなくなる」
「ふん」
 だが、デメトリオは虚勢を張る。
「敵に捕まる方が間抜けなのだ。お前の部下は間抜けの集団だな」
「なら、ここで俺に殺されるお前も間抜けの仲間入りだな」
 ルーファが動いた。一気に勝負を決めよう、という勢いだった。
 が、デメトリオは懐から何かを投げつけた。危険なものだと判断したルーファはそれを剣で打ち払う。
 だが、本命はその直後に足元に転がってきた別の物体だった。それが何であるか分かったときは、既に遅かった。ルーファの足元で大きな爆発が起こった。
「ふん」
 デメトリオは勝ち誇ったように笑う。
「所詮、間抜けの頭は間抜けか。この程度の児戯で倒されるとはな」
「デメトリオ!」
 だが、その所業にフェイトが叫んだ。
「フェイト・ラインゴッド。我が愛竜を殺してくれたようだな」
「当たり前だ。虐殺に加担するものはみんな僕が倒してみせる。お前もだ、デメトリオ。正々堂々戦っている相手に、形勢が悪いからと言って道具を使って相手を倒すなんて、僕は認めない」
 基本的にフェイトのやってきたゲームは全て正面からの対戦ゲームだ。相手を騙し、罠にかけて倒す方法というものは全く学んでいない。だからこそ憤る。
「ふん、貴様も間抜けの仲間か。ならば、貴様の躯を我が愛馬の墓前にささげてやろう!」
 今度こそ、フェイトとデメトリオが剣をあわせた。姑息な相手であってもさすがに【疾風】のナンバーツー、その剣技はフェイトを圧倒していた。
「その程度か、技術者!」
「相手は一人ではありません!」
 そのデメトリオの背後からリジュンが斬りかかった。さすがに二人を相手にはデメトリオもひるむ。
「ふん、形勢が悪ければ二対一か。貴様らに俺を非難する資格など」
「違うな。三対一だ」
 が、さらにその口を塞ぐようにクリフも攻撃に参加していた。三方向からの攻撃。さしものデメトリオも何か言う余裕さえなくなる。
「くっ、卑怯な!」
「先に卑怯なことをしたのはお前だ、デメトリオ!」
 そしてフェイトが止めをさそうとした瞬間、デメトリオは再び懐から爆弾を取り出して投げつけた。
 巨大な爆炎と共に三人とデメトリオの間が離れる。
「そこまでだな、技術者、フェイト・ラインゴッド。貴様らのことはヴォックス公に報告させてもらう。それに【漆黒】の親衛隊のリジュン。貴様もだ。シーハーツの味方をするとは言語道断」
「私はただ、フェイトさんの手伝いをしているだけです。シーハーツの味方などしていません」
「好きに言うがいい。全てはヴォックス公が決めること。お前の考えが【漆黒】全体の考えだというのなら、団長のアルベルは解任しなければならないな。はっはっは!」
 リジュンは目を細めた。そんなことをさせるつもりはない。だが、デメトリオはいつでも逃げられる体勢になっている。
「我が竜の仇だ。せいぜい、後悔するといい!」
 そうしてデメトリオが完全に逃げようとして振り返った。
 その胸元に、真っ直ぐに飛んできた一筋の光。いや、弓矢。
「な……ん、だと……」
 その弓矢は確実にデメトリオの鎧を貫き、心臓に達していた。
「死亡確認を怠ったな、デメトリオ。やはり間抜けは貴様のようだ」
 その正面、少し離れたところにルーファがいた。爆発に巻き込まれたというのに元気そうだった。
「なぜ」
「たいしたことではない。お前が何かをしてくるのは予想ができていた。爆発に巻き込まれた振りをして、そこの戦士たちがお前をひきつけている間に絶好のタイミングを計っていた。それだけのことだ」
「く、くぅっ……俺が、俺がこんな奴らに……だが、アーリグリフは負けんぞ。たとえ俺が倒れても、国同士の戦では、我らが勝つ……!」
 ごほっ、と血を吐いて、デメトリオは倒れた。この傷ではもう助からないだろう。近づいてきたルーファは剣を抜いて振り下ろす。綺麗にデメトリオの首が飛んだ。
「この男の首は俺がもらっていく。文句はないだろうな」
 ルーファがフェイトに向かって言う。もちろんあるはずがない。頷いて尋ねる。
「あの、あなたはシーハーツの」
「無関係だ。俺はただこの首を取りにきただけで、別にシーハーツのために戦っているわけではない」
 ルーファははっきりと答えた。
「たとえお前がアーリグリフの人間だからといって、俺にとってはどうでもいいことだ。フェイト・ラインゴッド」
「僕を知っているのですか」
「お前のことは既にシーハーツでも話題だ。ネル・ゼルファーが息まいていたぞ。フェイトは自分の獲物だ、とな」
 それを聞いてフェイトも顔をしかめる。
「先に人を殺したのはあの人の方です。うらまれるのは筋違いだ」
「俺に言ってどうする。自分たちで解決しろ。まあ、ネルは俺の恩人の娘だ。できれば肩入れしてやりたいところだが」
 ルーファはじっとフェイトを見た。
「お前はアーリグリフの人間だが、デメトリオの敵だった以上、悪い奴ではなさそうだ」
「僕はただ、戦争を止めたいだけなんです」
「そのためには、戦争を加速させようとする奴を殺す、か。結局お前がやっていることは大儀のために人を殺すということなんだな」
「でも、やらなければいけないことです。戦争を続ければ、もっと多くの人が死ぬことになる」
「多数を生かすために少数を殺す。それが正義だと思っているのなら、まだまだ若いな、フェイト・ラインゴッド」
「では、あなたならどうするんですか。戦争を終わらせるために」
「何度も言わせるな。俺にとってはどうでもいいことだ」
 ルーファは鼻で笑った。
「あなたは戦争を終わらせたいと思わないんですか!?」
 そのフェイトの言葉に、ルーファの顔が歪んだ。
「お前」
 そして、笑った。
「ネーベル将軍に似ているな」
「ネーベル?」
「先代のクリムゾンブレイド。ネル・ゼルファーの父親だった人だ。お前たちのところのウォルターと戦って敗れた」
 ルーファはため息をついた。
「あの人は戦争を止めるために自分の命をささげた。ネーベル将軍が死ぬかわりに戦争は防がれた。それがウォルターとの間にかわされた約束だった」
「そんなことが」
「あの人も言っていた。戦争を止めるには、誰かが犠牲にならなければいけない、と。そしてネーベル将軍は、その犠牲に自らなろうとする人だった」
 ルーファは再び剣を抜いた。
「フェイト・ラインゴッド。お前には覚悟があるか」
「覚悟?」
「この戦争を止める、そのためには自ら傷つき、命を落とすという覚悟だ」
「僕は」
 一度、フェイトは言葉を切った。
「自分の命をかけるなんて、怖いことはしたくない。でも、目の前でこんなことが起こっているのに、見てみぬ振りをするなんてもっと嫌だ」
「つまり、覚悟があるということでいいんだな?」
「僕が何かをすることで戦争が止まるというのなら、僕は僕にできることをする」
「いいだろう」
 するとルーファは剣を納めた。
「お前の考えは理解した。お前が協力を求めるのなら、無碍にしないことだけは約束しよう。だが、俺は基本的に引退してるんだ。アーリグリフもシーハーツもどうなろうが知ったことではない。だが、ネーベル将軍と同じ考えを持つお前の願いなら、聞いてやらないことはない」
「ありがとうございます」
「勘違いするなよ。協力するとは言っていない。お前の考えの先に平和があるのなら、少しは後押ししてやろうというだけだ」
 そうしてルーファは隠れていた女の子を見る。
「うちの国民は連れていってもかまわないだろうな」
「もちろんです」
「そうか。では、またな」
 ルーファは女の子を連れていった。
「迫力のある人だったね」
「そうだな。ま、俺より強いわけじゃなさそうだったがな」
 フェイトが言うとクリフは軽く答える。まあ、クラウストロ人にかなう人類がそうそういるとは思えないが。
「とにかく、アリアスの戦いは終わった。虐殺がまだ行われているのなら、少しでも止めるようにしよう」





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