1.出会い

『午後のひととき』






 そうだね……話すと結構長くなるし、他人のことだからね。きっと聞いてても、あまりつまらないと思うけど、それでもかまわないかな?
 うん、あれはちょうど僕が初めてエリクールに着いた時のことだったよ。最初はどうなることかと思ったけどさ。でも、今にして思えば、あのアーリグリフの街に落ちてよかったのかもしれないな。何しろ、ネルに会えたんだからさ。
 あの船の仕組みを僕たちに吐かせるために拷問まで受けて、正直どうなることかと思ったよ。
 何しろ、それまでの僕ときたらスポーツくらいはやってたけど、でも人を殺したことすらないような甘ちゃんだったからね。
 どうせ何を話したところで信じてはもらえないし、かといっていつまでも拷問受けてるわけにもいかなかったからさ。
 しばらくしてようやく一段落ついて。正直体はぼろぼろで、痛くて、寒くて。
 そのとき、初めてやってきたのがネルだったんだ。でも正直、助けに来てくれたのか、あの時は分からなかったよ。僕たちを利用しようとしているのは、最初から分かっていたからね。何しろ無制限に他人を助けてくれるだなんて、ありえるはずがないわけだし。
 でも、来てくれたのがネルでよかったと思ってる。
 本当に最初は、なんなんだこの女! くらいのことは思ったんだよ。いや、本当にさ。
 だって最初の言葉が「あんたたちには二つの選択肢がある。私の言うことを了承せずここで死ぬか、私の言うことを了承してここを生きて出るか」だよ?
 確かに美人だったけど、でも助かったっていう感じじゃなかったな。逆に恩を着せられて何かさせられるっていうのは分かりきってたことだしさ。
 でも、少しずつ彼女の優しさっていうのかな、そういうものが分かってきたんだ。
 本当に怒ったんだよ。ファリンさんとタイネーブさんを一人で助けにいったときはさ。でも、僕が本気でネルのことを意識したのはそのときからかな。多分、向こうも同じだと思うよ。
 そのときまでのネルは、口を開けば任務任務任務……ってまるで自分と国のことしか考えてないようなところがあったからさ。あっさりと部下を切り捨てていったようにも見えてたし。
 だから、一人で飛び出していったと聞いて、それまで彼女のことを誤解していた自分に腹が立ったし、それ以上に、悔しかったんだ。
 え、何がって? そりゃ、ネルが僕たちのことをまだ仲間だと思ってくれなかったってことがさ。一緒にアーリグリフを抜け出して、カルサア山道を抜けて、なんとかアリアスまでついたのにさ。彼女はあくまでも自分たちのことは仲間じゃなくて、護衛のターゲットとしてしか見てくれてなかったんだ。
 だからもう、絶対文句を言ってやろうと思ってさ。
 一人じゃできないことでも、仲間だったら助け合ってなんとか解決していくべきなんだってさ。
 でも、言おうと思ったんだけど……決まらなかったな。
 だってその時──アリアスから帰ってきたときだったんだけどさ。ちょうど夜で、月の光が出てて。

 まるでネルが、月の女神みたいに綺麗だったんだもの。






「も〜、結局フェイトさんの惚気話になっちゃいましたね〜」
 ファリンがカラカラと笑う。フェイトは少し照れたように苦笑した。
 場所は王都のカフェテラス。最近はシランドでもこうしたおしゃれな場所が増えてきている。ファリンとタイネーブがどうしても一緒に来てくれと、半ば強引にフェイトを連れ出したのだ。
「でも、あのとき私たちまで助けてに来てくれたのは感謝してます」
 タイネーブからも感謝の言葉が出る。
「いやまあ……でも、二人とも僕のせいで捕まったようなものだし」
「でもでもぉ、フェイトさんはぁ、私たちよりもネル様を助けに来てくれたんですよねぇ?」
 ずばり厳しいところを突いてきた。いやまあ、確かにそうなのだが。
「やっぱり相思相愛ですねぇ。うらやましいなあ」
「本当に。いつまでもネル様をよろしくお願いします」
「そんなかしこまらないでくださいよ。僕は自分がそうしたいから、ネルの傍にいるだけですし」
 そう。フェイトは何も特別なことはしていない。ただネルの傍にいたいと、そう願っただけのことだ。
「でも、フェイトさんに出会ってから、ネル様は変わられました」
 タイネーブが穏やかな様子で言う。
「きっとネル様にとって、フェイトさんはそれだけ大切な方だということですね」
「だといいんですけど」
「フェイトさんにとっても、ネル様は愛しのお姫様ですもんね〜」
 フェイトも笑って応じた。
「さて、そろそろ戻らないと、そのお姫様にどやされそうですね」
「そうですね。そろそろ戻りましょうか」
「は〜い」






 それは、平和な一時。
 シランドの午後。





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