5.好き嫌い
『ささいなすれちがい』
フェイト・ラインゴッドはシランドの城下町に家を一軒、与えられている。もちろんゼルファー家と比べたらかすんで見えないほどの大きさだが、一人で暮らすには充分なものだ。
その彼の家に、久しぶりに彼女がやってきた。
久しぶりに楽しい時が過ごせると思っていた。
だが、それは大いに裏切られた。
彼女ははじめから『そのつもり』で来たのだろう。
家の中。二人だけの空間。
その空間が、今はこれほど居心地が悪い。
どうしてこんなことになってしまったのか。
ずっと一緒にいられればそれで幸せだと思っていた。
でも、それは彼女にとっては違ったのだろうか。
二人の間で、緊張した空気が流れていた。
相手も自分も、一歩も引かないという様子だった。
「駄目だ、フェイト。これだけは譲れない」
ネルは真剣な表情で言う。
「もう限界だよ……私はもう、耐えられない」
「何で今になってそんなことを言うんだ」
フェイトは必死になって説得する。
「僕はこんなにも好きなのに」
「その気持ちは、よく分かってるよ」
「分かってるなら、どうして!」
「もうあんたにはついていけない」
「ネル……駄目だ」
見詰め合う二人は、お互いに譲れないものを持っていた。
フェイトはフェイトで、こうと決めたら頑固で梃子でも動かないのは、あのルシファー戦のときから証明済みだ。
一方のネルも、自分で正しいと思ったことは絶対に実行するタイプだ。ある意味、似たもの同士と言えなくもない。
その二人が今まで大きな喧嘩をしたことは──確かに多かった。そしてその被害を一番受けているのはファリンとタイネーブだったりもする。だが、この二人きりの空間で邪魔者になろうとまではさすがにしないだろう。
この、今までにない緊張感。これを和らげるものがいるとしたら、それは神だろう。
「だから、今日でもうおしまいにしよう」
「嫌だ」
「わがままを言うんじゃないよ」
「嫌なものは嫌なんだよっ! どうして──」
そして、彼は叫んだ。
「どうしてステーキの一枚や二枚、焼いてくれないんだっ!」
──そう。
フェイトの好物であるステーキ。それを料理するかしないかで、二人はもめていた。
フェイトは好きなものなのだから作ってほしいと願う。
だが、ネルは「栄養が偏るし、いつも食べてたら太るから駄目」の一言で完全に対立した。
「だいたい、いつもいつも食べる必要はないだろ?」
「好物なんだからいつも食べてるんじゃないか」
「たまには他の料理も作ってくれないか、くらいの一言は言えないのかい?」
「料理の中にステーキが一品混じってたって問題ないだろ?」
──と、恋人たちは今日も幸せだったというお話。
ちなみに、後日フェイトがファリンとタイネーブに対してこの件について話したところ、二人から大きなため息をついて言われた。
「どうしてそこで、フェイトさんの分だけ作るっていう発想にならないんですか?」
「っていうよりもぉ、それって惚気話ですよねぇ〜」
首を捻っているフェイトに対して、当然のように二人はまた、はぁ〜、とため息をついた。
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