7.交わり

『アペリスの導き』






(ううっ、緊張するなあ……)
 シランドの北東に、一軒の屋敷がある。シーハーツの中でも名門中の名門、ゼルファー家の屋敷だ。
 フェイトはついに、そこに連れてこられていた。つまりは、初めて相手の『母親』に会うということだ。
 リーゼル・ゼルファー。ネルの母親。
 貴族の子女がゼルファー家に嫁いできて、一女を産み、今ではこの屋敷で何人かのお手伝いさんたちと一緒に暮らしている。
「待たせたね、フェイト」
 ネルが扉を開けて入ってくる。フェイトは立ち上がっていた。
 そして、ネルの後から入ってきたのは、顔立ちのよく似た品の良い女性だった。
「お初にお目にかかります。フェイト・ラインゴッドと申します」
「どうぞ、そのような他人行儀なことはなさらなくて結構です」
 優しそうなその女性は、慈愛の笑みを浮かべた。
「リーゼル・ゼルファーです。以後、よしなに」



 リーゼルは十六の時に嫁いできて、十八の時にネルを産んだ。四十は超えているはずだが、それでもこの若さはどうだろう。まだ二十代といっても通用するのではないだろうか。落ち着きがあるので年配であることは分かるが、ネルと黙って並んでいたら、綺麗な姉妹だと本気で錯覚すると思う。
「フェイトさんのお話は、ネルからよく聞かされています」
 テーブルについて、談笑が始まった。
「馬鹿とかさんざんに言われているのではないですか?」
「こら、フェイト」
 じろり、とネルが睨んでくる。母親の前で、少しは娘らしい仕種だった。
「この子が相手のことを悪く言うときは、それだけ気に入っているということです。何しろ、嫌った相手のことは絶対に口にしませんから」
「それは、相手のことをあまり考えたくないからです、お母様」
 確かに、ネルはいまだにアルベルのことはあまり口にしない。自分の中でどうしても許せない部分があるのだろう。
「でもね、ネル。全ての人がお前の好きな人にはなれないのよ」
 言い聞かせるように、リーゼルがつむぐ。
「人との出会いは、全てアペリス神の定めたもうところ。誰とでも交流ができるようにならなければ、あなたがこの先ゼルファー家を率いていくときにどうするのですか」
 この話になると弱いのか、ネルは黙って俯く。
「フェイトさん」
「はい」
「この通り、彼女はあまりにも根が素直で、人の上に立つということが苦手な子です」
「お母様」
 非難するように、ネルはマフラーに顔を埋めて睨む。
「ですから、あなたのお力が必要です。この子の支えとなっていただけますでしょうか?」
「もちろんです。僕はそのために、この国にいるのですから」
「ありがとうございます。あなたのことはこの子以外からもよく聞いています。女王陛下からも格段の信頼を寄せられているとか。ただ一つ気になっているのは、この家に来ていただけるのかということでしたが……」
「ええ、もちろんです。ゼルファー家を絶えさせるわけにはいかないということ、誰よりもネルが一番よく分かっていて、それで悩んでいることも知っていましたから。僕がこの家に来ます」
「ありがとうございます。ああ、あなたのような優しい方にめぐり合うことができて、この子は幸せです」
 リーゼルは安心したように微笑を浮かべた。
「この子はこの歳になってもまだ浮いた話の一つもなく、どうしたものかと母もずっと悩んでおりましたが」
「お母様っ!」
「ですが、こうしてフェイトさんにお会いするために、ずっと一人でいたのかもしれないですね」
「だとすると、とても嬉しいです」
「人の交わりとは、不思議なものです」
 リーゼルは万感の思いをこめて言う。
「これからも娘を、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。これからはお義母さんと呼ばせてください」
「喜んで」
 リーゼルは優しい笑みをたたえた。
「僕も不思議だと思います。何しろ、僕を助けに来てくれたのが、ネルなんですから」
 フェイトは素直に答えた。
「こうして出会えたことには、どれだけ感謝しても足りません」
「本当です」
 知らないうちに、フェイトとリーゼルは仲良く談笑していた。
(どうしてそんなに仲良くなってるんだい……)
 一人、話の中に入れないネルが、二人に気づかれないように小さく息をついた。





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