8.If I believe
『きっと、いつまでたっても』
いつもの昼下がり、シランド城内はいつもの平和な様相を呈している。
せわしなく働くクリムゾンブレイドの一人、ネル・ゼルファーもこの日ばかりは久しぶりに休憩を取ることができた。
というわけで、滅多に読むことができない本など読んでみたりする。
今彼女が読んでいるのは、最近発売されたばかりの少女文学だったりする。
ちなみにそれを書いた作者は、ペンネームこそ使っているものの、生意気な口調で偉そうなことを言っているミシェルだったりする。
だが、これが案外に面白かった。
専門書ばかりいつもは読んでいただけに、こういう頭を使わないで読むことができる物語というのは職務を忘れて没頭することができた。
話の内容は、恋愛と病気をテーマとした純愛文学だった。
街娘と王家の騎士とが晴れて恋愛関係になるのだが、ふとしたことで喧嘩別れをしてしまう。だがその後、娘の方が病気になってしまう。騎士はそれを知ってどうするか悩むが、結局彼女の元に戻る。そして奇跡が起こって彼女は回復してハッピーエンド、という内容だった。
その面白い小説を読み終わった頃、彼が顔を見せた。
フェイト・ラインゴッド。
このミシェルというクリエイターと契約している人物で、今はこのシランドで施術兵器研究所で働いている。
彼と契約しているクリエイターは多く、フェイトと契約しているというだけで、今では『フェイト・ブランド』として確実に流通するくらいの影響力を持っている。もちろん、それくらいの実力を持っていなければフェイトは契約したりはしない(例外はあるが)。
「あれ、ネル、珍しいな。小説を読んでるなんて」
「ちょっと気分転換にね」
苦笑して彼にその本を渡す。ああ、と彼は呟いた。
「ミシェルの新作だね。あいつ、意外にこういう少女文学とか書くからな」
「面白かったよ。奇想天外なストーリーがね」
は? と彼は首をかしげる。
「どのあたりが?」
「いや、一度別れた相手ともう一度くっつくだろう? 現実にはそんなことありえないじゃないか」
「そりゃまあ、そうだけど」
「けど、そんなことがまかりとおるようなのが小説なんだなって、改めて思ったのさ」
「まあ、悲劇文学は別として、基本的に小説っていうのは読者に夢を与えるものだから。だから最後はハッピーエンドで終わりたいのさ。いや、終わるべきなんだと思う」
「へえ……」
彼女は感心したように彼を見つめなおす。
「何?」
「あんたもそういうこと、考えるんだなって思って」
「まあね。こう見えても小説にはちょっとうるさいんだ」
「でも、現実的とはいえないよ。現実っていうのは、もっとありきたりで、つまらないものさ。こんなドラマがそうそう誰にでもあるっていうもんじゃない。もっとも、当人たちにとってみれば、これほどのドラマはそうそうあるものじゃないんだろうけどね」
「そうだね。気になったのはそれくらい?」
「うーん……」
彼女は正直、言うべきかどうか迷ったが、結局言うことにした。
「奇跡、っていうのが、どうもね」
少し首をかしげながら彼女は言う。
「奇跡なんていうものは、勝手に起きるようなものじゃないだろう? 軽々しく奇跡だなんて、言ってほしくはないね」
「そうだね。確かにそう思う。でも、もし何か一つだけ願いがかなうとしたら、何でもかなうとしたら、そうした『もし一つだけ』っていうストーリーは、これは世界を問わずどこの地域にもあるものなんだ。きっと、誰もが願いをかなえてもらいたいと思ってるんだよ」
「ま、気持ちは分からないでもないけどね」
「ネルはどうだい? 一つだけ願い事がかなうとしたら、何を願う?」
「私が、かい?」
この主人公の小説みたいに?
いや、自分にはそんなことはできないだろう。自分はただベッドの上で待っているなんていうことはできない。
自分から積極的に、彼の元に会いに行くだろう。どんなことをしてでも。
(アミーナ)
その姿が急にだぶった。
彼女は自分が会いたいというその理由だけで、病気もおしてシランドまできた。そして、彼に出会った。
だが、奇跡は起こらなかった。
それが、現実。
「そうだね。もし願いがかなうなら」
それをじっくりと考えて、彼女は言った。
「あんたと、ずっと一緒にいたいよ、フェイト」
彼女は額を彼の肩にあてて言う。
「それが私の願いかな。でも、それを奇跡に頼ったりはしない。私は、あんたをずっと離さない」
「随分、積極的だね」
「駄目かい?」
「いや、いつもより魅力的だよ。でも、安心して。その願いは、僕がかなえてあげるから」
「馬鹿」
くす、と笑って彼女は顔を上げ、目を閉じる。
そして、彼のぬくもりを感じた。
いつも、彼のそばにいたい。
いつでも。
いつまでも。
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