9.昼寝
『この手を離さない』
すやすやと寝息を立てて彼女が眠っている。
その寝顔を見ているだけで幸せには違いないのだが、いつまでもこうしていては、彼女の仕事が片付かない。
彼女が眠っている間に僕が彼女の仕事を変わってあげる。
どうもそれが最近の約束事のようになってしまっていた。
実際、彼女も知らないうちに自分に頼っているところがあるだろう。
僕が彼女を手伝ってあげた日の次の日は、彼女は昼寝をしない。夜遅くまで仕事をしなくていいから、長く休むことができるからだ。
「全く、このお姫様ときたら」
自分を男と思っているのだろうか。こんなにも無防備に。
そこで行動に移すことができない自分もどうかとは思うが。
はあ、とため息をついて彼女の手を握る。
彼女は夢で何を見ているのだろうか、その手をしっかりと握り返してきた。
(僕の夢でも見てくれてるといいんだけど)
手の温もりが心地よかった。
最近、ふと思うことがある。
自分ははたして、いつまでこのエリクールで暮らしていけるのだろうか、ということ。
地球連邦は今たてなおしで忙しい。クリフが政治家になって活動しているが、いつかは自分やマリアが政界に出ることも考えられる。
いや、きっとそうなるだろう。
そのとき、自分はネルと一緒にいられるだろうか。
この、人一倍寂しがりやの彼女を置いて。
ずっと一緒にいたい。
傍にいたい。
このエリクールでいつまでも。
それは──許されないことなのだろうか。
気がつくと、自分も寝入ってしまっていたらしい。
既にネルは起きて、仕事を片付けていた。
「起きたのかい?」
彼女が声をかけてくる。ああ、と答えて起き上がった。
既に夕方に近い。随分と眠っていたようだった。
「ごめん」
「なんだい、あらたまって」
「ネルが寝ている間に片付けておこうと思ったんだけど」
「気にしなくていいよ。もともと私の仕事だし、それに、あんたの方が私より寝てないだろう?」
「どうしてそう思うんだい?」
「隠さなくてもいいよ。ファリンとタイネーブを締め上げたから」
苦笑を禁じえなかった。確かに、最近の自分は働きすぎていた。
施術兵器の開発を行う片手間、ネルの仕事を手伝い、さらにはファリン・タイネーブと共にエリクール内部に不穏な動きがないかどうかの調査、及びサンマイト・グリーテン・アーリグリフの状況調査、さらにはエクスキューショナーの影響下で凶暴化したモンスターの駆除など、まさに目が回るほどの忙しさだった。
ネルの睡眠時間はもちろん削られていたが、フェイトはそれ以上に休んでいなかった。
「気づかれないようにしてたんだけどな」
「とっくに気づいてたさ。でも、なかなかあの二人が尻尾をつかませなくてね」
「いったい何をしたのさ」
「なに、ちょっと脅しただけだよ。私のフェイトに何するんだ、ってね」
「ちょ──」
突然の台詞に、顔中が真っ赤に染まる。
「あんたは、そこまでのことをしなくたっていいんだ。それこそ、何もしてなくたっていい。あんたは私の傍にいてくれれば、それで充分なんだ」
彼女は近づいてきて、自分の手を取る。
「私は、あんたと離れるつもりはないよ。あんたが宇宙に行くっていうんなら、私も一緒についていく。その心構えが、私にもできたんだ」
「ネル」
「もちろん、あんたが嫌だっていうんなら、それまでだけどね」
「嫌なわけないだろ」
彼もその手を握り返した。
「その言葉だけで充分だよ。ありがとう、ネル」
「どういたしまして。それじゃ悪いんだけどさ、ちょっと仕事がたてこんでるんだ。手伝ってくれるかい?」
驚いて目を見開く。
(手伝ってくれ、だって?)
今まで、彼女は自分にそんなことを言ったことはない。
それは、信頼の裏返し。
「ああ、もちろんだよ」
「助かるよ」
ふふ、と笑った彼女は、いつものようにマフラーに顔を埋めて見つめてきた。
「それにしてもあんた、あまり変な夢は見ないでくれよ?」
「え?」
頭の中が真っ白になる。
「あまり寝言を言うから、集中できなかったじゃないか」
「寝言って、何を」
「秘密」
くすくす、とネルは笑った。
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