11.夕暮れ
『夢にまで見た景色』
フェイト・ラインゴッドは暮れゆく街を眺めて、突然涙していた。
(……って、いったいフェイトさん、どうしちゃったんですかぁ?)
(分からないわよ。もしかして、ネル様とケンカしちゃったとか)
(そんなぁ〜。最近ネル様、すごく機嫌よかったのに)
(どうする? フェイトさんに声かけてみる?)
(そんな様子じゃないよぉ〜)
その背後でこそこそと話し合っていたのは毎度おなじみ豪華絢爛漫才コンビのファリン&タイネーブ。これでギャラはファリンの方が倍だというのだからいとをかし。
シランド城のバルコニー。西日が地平線に沈んでいく。街は紅く染まり、人々は帰宅の路を歩む。
そんな風景を見ながら涙する青年。
(絵になるよねぇ〜)
(こら、ファリン。あんたはこの状況をどう考えてるのよ)
(でもでもぉ、もしここでフェイトさんとネル様が別れたとしたら、私たちにもチャンスありってことだし〜)
(……それがネル様に伝わったら、あんた、死ぬよ?)
(冗談冗談♪)
とはいえ、さすがに微動だにせずじっと佇んでいる姿を見て放っておくわけにもいかない。
覚悟を決めて、二人は話しかけにいった。
「フェイトさぁん?」
おそるおそるファリンが声をかける。
「え?」
振り返ったフェイトは意外にもさばさばとした顔で、ただ涙だけが目尻から流れていた。
「ああ、ごめん。変なところ見られちゃったね」
彼はごしごしと服の袖で自分の目をこする。
「いえ。そんなことをしていては目が荒れますよ。どうぞ」
タイネーブがハンカチを手渡す。それを受け取った彼は「ありがとう」と答える。
それにしても、泣いているところを隠そうともしない青年。こういうときは恥ずかしがったりするものではないだろうか、と二人は思う。
よもや、そこまで気が回らないほど、ネルとの仲がこじれてしまっているのだろうか──
『フェイトさん!』
と、思い至ったとき、二人の声は仲良くハミングしていた。
「え、な、何?」
その剣幕におされるように、フェイトは一歩下がる。
「大丈夫ですぅ! ネル様にふられたとしても、人生終わりじゃありません!」
「は?」
「そうですよ。それに、まだ仲直りできないだなんて決まったわけじゃないんですから」
「えっと?」
「だいたい、ネル様もネル様ですぅ! いつもフェイトさんがこき使われてばっかりで可哀相です」
「あの〜……」
「私たちでよければ、いつでも相談に乗りますから……」
「その……なんか激しく誤解されてるみたいなんだけど、ネルがどうかしたの?」
彼は申し訳なさそうに頬をかく。
「ネル様とケンカなさったんですよねぇ?」
「だから、泣いてらっしゃったのではないのですか?」
「え〜っと」
フェイトはどうしたものかと苦笑する。
「ごめん、ただ、景色が綺麗だったから感動してただけなんだけど……」
その言葉に、二人は一瞬で石化する。
「だから、ネルとケンカ? そんなことはまあ、日常からけっこうあるとは思うけど、別に気まずくなるようなことを最近したことはないよ」
「景色……ですかぁ?」
逆に泣きそうになっているファリン。
「うん。僕が前にいたところじゃ、こんな景色見られなかったから。綺麗だなって思うと同時に、こんなところで暮らしていられる今の生活が凄く幸せに思えて」
「それじゃあ……私たちの早とちり、ですか」
「だいたい、ケンカしていつも泣いてるようだったら、ネルの相手はできないよ。何しろ、機嫌がいいときと悪いときがはっきりしてる人だから」
「それはそうですけどぉ……」
言葉もない二人に、フェイトはもう一度景色を眺める。
西日がほとんど沈み、空には星が瞬きはじめている。
「そうか……もう冬なんだよな」
肌寒さを感じた青年が、東から昇る星を見つめた。
「ここに来て、もう一年か。ファリンさんとタイネーブさんの早とちりにも、そろそろ慣れないとな」
ぐ、と何も言えずに言葉に詰まる二人。
と、その時。目線を下げたファリンの目に、フェイトが握っているものが飛び込んできた。
「それはなんですかぁ?」
「ん?」
フェイトは右手に握り締めていたものを開く。
「これ? さっき工場でクリエイションしてきたんだ。なかなかうまくできたから、ネルにあげようかと思って」
「お上手ですね」
「だろう? ネルが喜んでくれるといいけど」
緑色の石がはめこまれたネックレス。
それを見て、二人は顔を見合わせて笑った。
「だったら、早く渡してきた方がいいんじゃないですかあ?」
「そうですね。きっとネル様もお喜びになります」
「そうかな。うん、ありがとう」
フェイトはそう言うと、バルコニーから出ていった。
それを見送った二人は同時にため息をつく。
「やっぱり、あの二人の間に割って入るのは無理なんじゃない?」
「残念」
軽口を叩いて、二人は笑った。
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