14.歌

『飛び方を忘れた小さな鳥』






 意外にも、というと彼女に失礼だろうか、だが彼女はあくまでも武人であって、文化人ではない。この表現は的外れではないと思う。意外にも、彼女は歌が好きだ。
 僕は通信機を使って銀河連邦で流行っている最新曲は必ずダウンロードするようにしている。シランドの城下町にあてがわれた自宅のPCにデータを移していつでも聞けるようにしている。
 最近の流行は女性ボーカルらしい。ダウンロードしてくるものの中にも女性ボーカルが多い。そういえばあのハイダ四号星に行った頃も女性ボーカルの曲で非常に売れた曲があった。
(なんだったかな)
 そこまで歌に詳しいわけではない。歌を買うくらいならゲームを買うというのが普通だった。
 そんなわけでちょうど自分のPCを操っていたとき、ふらりと現れたネルがそれを奪い取って、音楽を聞き込んでいるという状況だった。
「ネルって音楽が好きだったんだな」
「うん? そうだね、悪くない」
 いつになく穏やかな表情で聞き込んでいる彼女の姿は、前に子供に見せていた聖母の微笑にも似た。
「なんか気に入った曲ってあるのかい?」
 もう既に一時間以上はあれこれと聞き言っている。だが、同じ曲は一度も流れていなかった。
「どれもいい曲だよ。やっぱりあんたのところは文化水準も高いね」
「そうなのかな」
「こっちじゃ聞けない斬新な曲ばかりさ。とても参考になる」
「参考? ネルが歌うの?」
「私は歌わないけどね。でも、歌を聴く機会は多いから」
「へえ」
「シーハーツじゃ弦楽曲に鍵盤くらいしかないだろ? だからこんなに色々な音が出てくるのも面白いし、何よりここまで歌詞を練っているのがすごいね。それに声がいい」
「評論家みたいだね」
「仕方がないよ。陛下から感想とか聞かされるしね」
 なるほど、と彼は頷いた。つまり、御前での音楽鑑賞会か何かがよくあるということなのだろう。当然そうなればラッセルもエレナもクレアもネルも、高官たちは全員出席というのが当然だ。そして意見を尋ねられることも当然多いだろう。
「案外ネルって、文化系なんだな。この間も本とか読んでたし」
「あれはクレアに勧められてね。私はそれほど、文化に興味があるわけじゃないよ」
「でも、自分で歌ってみたいとは思わない?」
 一瞬、ネルは考えたようだったが、すぐに苦笑して首を振った。
「私には無理だよ」
「そんなことはないと思うけどな。ネルは声も綺麗だし、音程さえ外さなければ……」
 そして、じっとネルを見る。
「まさか、音痴?」
「……歌ったことがないから分からないよ」
 じろりと睨まれ、彼は肩をすくめる。
「じゃあ歌ってみる? カラオケ機能がついてる奴とかダウンロードできるし」
「いいよ、別に。そんなに興味があるわけじゃないし」
 案外冷めている彼女の言葉に、さすがにそれ以上は勧めることもできなかった。
 そしてちょうど次の曲に変わる。
(この曲)
 ピアノの伴奏に女性の声が重なる。
(ハイダのホテルでかかってた──)
 あの時の曲だ。
 やはりダウンロードしていたのだ。
「これはいい曲だね」
 ネルが嬉しそうに言う。
「分かるのかい?」
「ああ。心に染みとおるような感じだね」

  飛び方を忘れた鳥のように
  僕は何かを見失って
  傷ついたその場所から生まれ出た
  痛いほどの幸せに今……気づいて

「いい曲だ」
 ネルはとても満足そうに言って、同じ曲をもう一度かけなおす。
 よほど気に入ったのか、真剣に聞き込んでいる。
(飛び方を忘れた小さな鳥、か)
 僕は今、何かを見失っているのだろうか。
 彼女は今、何かを見失っているのだろうか。
 いや。
 見失っていたのは、僕らが出会う前のこと。
 大切な気持ちに気づかずにいた季節と時間。
 痛いほどの幸せ。
 それはもう、見つけている。
(失いたくない)
 幸せで、幸せすぎて失うことが怖くなるほど。
 この幸せに浸っていられるのはあとどれだけあるのだろう。
(ずっと、このまま)
 そんなことを考えながら。
 彼は、そして彼女は、その歌に誘われるように夢の世界へと落ちていった。





もどる