15.古いアルバム
『いつまでも忘れない』
「そういや、聞いてみたかったんだけどさ」
と、赤毛のクリムゾンブレイドが尋ねてきたのは年明け早々のことだった。
青髪の青年がいつものようにイベントになると「はい、チーズ」と言って彼女の姿を通信機とやらで写真に撮っていく。最初は慣れなかったが、最近ではもういつものことだった。
「なんだい?」
「その写真とかいうやつさ、あんたのはないのかい?」
「僕?」
「そうだよ。家族で撮った写真とかさ、そういうのあるんだろ?」
「あるにはあるけど……僕の父さんは妙なところで凝り性だったからなあ。旧型のカメラで撮ってたんだ」
「かめら?」
「ああ、こういう通信機に内臓されてるタイプのやつじゃなくて、専門家が使うような、写真を撮るためだけの専用機材のことだよ。だから、印刷されたやつしかないから手元にはないんだよね」
それを聞いて、少し残念そうな顔を浮かべるネル。
それこそ昔からの写真が残っているのなら、昔のフェイトの姿を見ることだってできるということなのだ。
……見たい。是非見たい!
と、ネルが思っても仕方のないことだろう。
「ちょっとその通信機、貸してくれるかい?」
「いいけど?」
それを受け取ると、ネルは一度部屋から出ていく。
しばらくして帰ってきたネルは、何故か上機嫌だった。
「どうしたの?」
ちょうどお茶に口をつけていたフェイトがおそるおそる尋ねる。
「いや、ソフィアに連絡取って昔のあんたの写真が残ってないかどうか尋ねてみたら、古いアルバムがあるから、画像に落として今から送ってくれるって」
「ごほっ!」
思わずむせかえるのは仕方のないことだろう。
「おや、早速来たみたいだね」
彼女は少し意地悪気味に彼をからかう。
「ひどいよ、ネル」
「何言ってるんだい。こういうときのために写真を残してあるんだろう?」
焼却処分しておくんだった、と後悔したフェイト。だが時既に遅し。
「随分子供の頃の写真だね。いつごろか分かるかい?」
追い討ちをかけるような彼女の台詞に、彼も完全に降参した。
「これは小学校の入学式の時だな。六歳の時だよ」
「学校? そうか、あんたは学問をやってたんだよね」
「僕らの世界じゃ、学校は全員が行くんだよ。少なくとも九年は誰でも勉強する。だから識字率は百%」
「へえ……さすが、進んでいるところは違うね。シーハーツもそうするべきかな」
「簡単にはいかないだろうけどね。でも、国を発展させたいんだったら、教育機関は充実するべきだと思うよ。そのためには指導できる教師の育成と、指導する場所としての学校の設立が必要になる。それも数多く必要になるから、財政的にはかなり厳しくなる」
「ふうん」
と、次の写真が送られてきた。フェイトがピースサインをして、後ろからソフィアがフェイトに抱きついている。
「なんだい、これは?」
「これは……僕が運動会のリレーのアンカーになって、二人抜いて優勝したときの写真だ」
「りれー? あんかー?」
「それはね、えっと……」
簡単にフェイトから説明を受けて、なるほど、とネルが頷く。
「それにしても、あんたたち、随分と可愛かったんだね」
「それは今が可愛くないって意味かなあ?」
「今はカッコよくなってるってことだよ」
素で惚気台詞を決められると、さすがのフェイトも赤くなって何も答えられなかった。
「次は?」
送られてきた写真は、フェイトがバスケットボールを持って指示を出しているときの写真だった。
「これは中学の時の公式試合の写真だ。バスケットボールって言って……」
またフェイトから詳しく説明が入る。時折マニアックな話になるのは、バスケの優秀選手に選ばれてしまっているからだろう。素人に話しているということを完全に忘れて熱が入っていた。
「次で最後だね。これは?」
最後の写真は、どこかのビーチでフェイトとソフィア、それにフェイトの両親の四人で写っているものだった。
「これ──!」
それを見た瞬間、フェイトが驚いて声を上げる。
「……まいったな。こんな写真が残ってたなんて」
「なにかあったのかい?」
彼は少し悲しげに苦笑した。
「ここはハイダ4号星。そう……ちょうど、僕がバンデーンの標的となって最初に襲われた場所さ。父さんが捕まったところだ」
「ああ……」
その父親は、エリクールで没した。
バンデーンのビウィグによって。
彼を守って。
「フェイト」
少し昔を思い返してしまった彼を、ネルは優しく抱きしめる。
「ネル……」
「写真っていうのは不思議だね。こうして、亡くなった人にまでまた会えることができる」
「うん」
「私たちは先に亡くなった人たちのことを覚えている。覚えていることで、その人たちの生きていた証になる」
「ああ」
「だから、私たちは、自分たちの父親のことをいつまでも覚えていないといけない」
「そうだね」
そう。ネルにしても、父親を失ったのだ。偉大なる先代クリムゾンブレイド、ネーベル・ゼルファー。それが彼女の父親。
「ごめん。ちょっと思い出しただけだから」
「気にしないでいいよ。親の死っていうのは、それだけ私たち子供にしてみれば辛いものなんだから」
「そうだね」
「そうだ。すっかり忘れていた」
通信機をテーブルに置いたネルが、真剣な表情でフェイトを見た。
「なに?」
「あんたは私の親に会っただろう? だから、今度は私があんたの親に会いに行かなきゃ」
「いいっ!?」
「……なんだい、その反応は」
じろっ、とネルがまたいつもの上目遣いで睨む。
「いや、別に、悪くはないけど。でもそうなると、エリクールから出ないといけないし」
「かまわないよ。陛下の了承さえもらえれば、一ヶ月くらいいなくなってもこの国は大丈夫さ」
いやだからそういうことじゃなくて。
彼はため息をついた。だが、こうなってしまうとネルは梃子でも動かない。
「クリフに来てもらわないとね。やっぱりこちらから出向くのが礼儀だから、しっかり準備していかないと。あんたんところの風習に従わないといけないし。やっぱりこの格好はまずいだろうし、マリアかソフィアに服とか用意してもらって……」
なんで今日に限ってそんなに積極的なんですかネルさん。
また、彼は大きくため息をついた。
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