18.あなたの隣で……

『落ち着ける場所』






 赤毛のクリムゾンブレイドはため息をついていた。仕方のないことだ。いくら任務のためとはいえ、ドレスを着てパーティに出るというのは、これ以上ない苦痛だ。
「さきほどから、ため息ばかりつかれているようですね」
 貴族の子弟が彼女に声をかけてくる。彼女はいつもは滅多に見せない営業用スマイルで受け答える。さすがにこういうところは彼女も貴族だ。
 今回ペターニで行われるパーティに参加することは、陛下からの命令だった。これは仕方のないことだ。だが、そこに可能であれば、フェイトと一緒に伴うようにとの指示があった。
 それについて、彼女はためらった。理由は簡単。
(あいつにドレス姿なんか、見せられなかったからね)
 ペターニで任務が入ったということを聞いた彼は、いつものようにまた一緒について来ると言った。だが、今回は極秘で動かなければならないからと言って断ったのだ。
(まあ、極秘で動かなければならないのは嘘じゃないんだけどさ)
 このパーティは表向きはペターニの豪商の誕生祝いということになっている。だが、この商人は所持が禁止されている商品の取引を行っているという話があるのだ。
 その調査を行うことが今回の目的だ。
 おそらくその豪商も気づいているだろう。自分がその調査にあてられているということは。
 だから、自分は囮だ。
(頼むよ、ファリン)
 こんな退屈な任務は早く終わらせてしまいたい。そう思いながら彼女は時を待った。






「は〜い」
 それに答えたわけではないだろうが、影で暗躍するファリンがようやくお目当てのものを見つけていた。
「まさかこんなところにあるとは思いませんでしたねぇ〜」
 堂々と本人の部屋に『それ』はあった。
 栽培途中の、麻薬。
「多分他にもあるんでしょうけど、とりあえずこの一鉢で充分ですぅ。さぁて、それじゃあ最後の仕上げにいきますか」
 クスクス、とファリンは笑った。
「ほんと、嘘つきさんですね〜」
 ファリンは背後に控えていた人物に微笑みかけた。






 宴も程よい時分となったころ、あちこちでダンスが行われていた。
 かくいうネルも何人もの貴族の子弟からダンスを申し込まれていたが、その全てをかたくなに拒み続けていた。
 そしてまたため息をつく。
(こんなことなら、虫よけに連れてくるんだったね)
 だが、こんなドレスを着ている姿を見られたくはない──恥ずかしい。
 彼には、こういう女らしくしている自分は見られたくない。
「まったく……」
 さっさと仕事を終えて帰りたい。このいやらしい男たちの視線から逃れたい。
 彼の優しい笑顔のところに帰りたい。
「ため息を疲れているお嬢さん。どうか私と、踊っていただけませんか?」
 下を向いていた彼女は顔を上げてまた「悪いけど──」と声を出しかけて凍りついた。
「どうか、お願いします」
 優しい笑みを浮かべているその青髪の青年は。
「フェ、フェイト、アンタ、なんで……」
 完全に目を白黒させている彼女の手を半ば強引に取った彼は、そのまま彼女を連れ出す。
「ほら、ネル」
 彼女の両手を取ってきた彼は、体を密着させてくる。
「なんで、アンタがここに?」
 小声で話しかける。恥ずかしくて顔を上げることすらできない。
「決まってる。ネルのドレス姿が見たかったから。まあ、結婚式の時でも悪くはなかったんだけど」
「馬鹿。だいたい、なんで私がここにいることを知ってるんだい?」
「ファリンさんに聞いたよ。潜入捜査なんだけど手伝ってほしいってね」
「あいつ……!」
「ファリンさんを怒らないでね。彼女は単に、ネルがここでパーティに出るっていうことを僕に教えてくれただけだから。彼氏がエスコートしないでどうするんですか、って怒られたよ」
「彼氏って、だいたいアンタ、招待状は……」
「いやあ、ファリンさんって器用だよね。本物と寸分違わないものが出来上がってたよ」
 偽造。全く、ここにも犯罪者がいるとは。彼女はステップを踏みながらため息をついた。
「で、首尾は?」
「オーケーだよ。証拠は手に入ってる。クレアさんの指示でこの屋敷はもう固めてある。この会場も逃げ道は全て封鎖してある。というわけで、あとはGOサインを出すだけ」
「……? じゃあ、なんでさっさとやらないんだい?」
「決まってる。もう大勢は決しているんだ。だったらネルのドレス姿を見るのと、ダンスをすることくらいは許してくれるだろ?」
「天然記念物的馬鹿だね、アンタは」
「でも、一人でつまらなかっただろ? 僕が隣にいる方が、ネルも安心できると思うけど」
 はあ、と大きくため息をつく。そして、彼の胸にもたれかかった。
「ネル?」
「残念だけど、否定はしないよ。全く、アンタは……」
 そして、綺麗に化粧をした顔を彼に向ける。一瞬、彼が驚いたのが手に取るように分かった。そして、くす、と笑う。
「ま、アンタが私の婚約者だっていうことを、周りに知らしめておくのは悪いことじゃないかもね」
「え?」
 そして、彼女は軽く背伸びして、彼の唇に口付けた。
 どよ、と周りが一斉にどよめく。
「ネ──」
「さて、そうしたら始めようか」
 彼女は素早く回りに視線を配る。
 それを察したのか、その瞬間屋敷の明かりが全て消えた。
 キャアッ、という声が上がる。
「動くな!」
 凛とした声が響いた。クレアの声だ。
「この屋敷は完全に包囲されている! 逃げ出す者は容赦なく捕らえる! その場から動くな!」






「お疲れ様でした、クレアさん」
「いえいえ、お役に立てて光栄です」
 全てが終わった後で、仲良く談笑する二人。それを見てネルがまたため息をつく。
「フェイトから聞いたよ。まったく、もう少し早く来てくれたってよかっただろうに」
「あら、その方がよかったの?」
 意地悪を言う幼馴染をぎろっと睨みつける。クレアは肩をすくめた。
「あ、ネル様! クレア様!」
 そこへ、今回一番の功労者であるファリンが登場する。
「ファリン……」
 へう? ときょとんとしているファリンの首ねっこを、ネルはむんずと掴み上げた。
「ちょっと話がある。来な」
「へうううううぅ?」
 その姿を見て、思わずフェイトとクレアが吹き出していた。
「ネルはよほど、フェイトさんにあのドレス姿を見られたくなかったんですね」
「そんなに恥ずかしがることないのにな。あんなに綺麗なんだから」
「あらあら。ご馳走様です」
「いえいえ」
 なにを仲良くしてるんだい、とネルは内心思ったが、まずはこの部下をお仕置きしなければならない。
 ため息をつきながら、ネルはその場を後にした。





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