23.夢であるように

『誓いの証』






 フェイト・ラインゴッドは久しぶりの休みにファクトリーまでやってきていた。自分が休みとはいえ、相方のネルはいつものように忙しく仕事をしている。ネルが仕事をしているのに自分が休みを取るというのは珍しいことだった。たいがいは休日を返上してネルの傍で仕事をしているのが常だったからだ。逆に本当に休むと言われたときにネルの方が「珍しいこともあるもんだね」と本気で言ってしまったくらいだ。
 だが、今日は休まなければならない理由があったのだ。それがこのファクトリーまで来るということ、つまりアイテムクリエイションを行うというものだった。
 シランドのファクトリーには、フェイト・ブランドのメンバーが何人も常駐している。さすがにフェイト本人がいる場所なだけに、このシランドのファクトリーはなかなか倍率が高い。見事栄光の『お膝元』の地位を手に入れていたのはミシェルとバニラ、ガスト、スターアニス、マクウェル、そして大方の予想にたがわずマユが勤めていた。
「ああっ、フェイトさんっ!」
 フェイトがやってくるとマユは真っ先にかけつけてくる。それこそ、ちょうどそのときクリエイションをしていようが何をしていようが、常に『フェイト命』で行動している。これほど分かりやすい人物も稀だろう。
 ちなみにマユがシランド勤めなのに対して一番文句を言っていたのはエリザだったとか。もっとも、いずれにしても二人ともフェイトから恋愛対象としてとらえられてはいないのだが。
「おや、珍しいですね、こちらに来られるとは」
 ミシェルもその騒々しさに気づいたかのように顔を上げて尋ねてくる。静かなところを好むというこの天才少年は少しでも周りがうるさいと集中ができなくなるらしい。
 ふん、と鼻を鳴らすマクウェルに、お久しぶりです〜とのんびりとしたスターアニス、ご無沙汰しておりますと礼儀正しいガスト、そしてオーナーが来たというのに寝こけているバニラ。まあバニラはともかくとして、やはり全員がフェイトという存在を意識しているに他ならない。
 老若男女を問わず愛されているキャラクター。それがフェイト・ラインゴッドであった。
「悪いけど、みんな、今日はこのまま上がってくれないかな。きちんと今日の分の給料は出すから」
 そう、フェイトと契約しているフェイト・ブランドのクリエイターたちは、彼ら自身が発明したもので稼いでいるお金の他、契約相手のフェイトからも給料をもらえるという、なかなかリッチな給与体系をしている。そんなことをしてフェイトの懐は大丈夫なのかと心配するところだが、実のところフェイト・ブランドの収入は一つの経済圏を作り上げるほどであった。シランド勤めで家まで与えられているフェイトではあったが、そんなものはなくともこのクリエイターたちの発明品だけで充分に大金持ちであった。それこそ大陸に点在するファクトリーで働いているクリエイターたち全員を養えるくらい、彼は大金持ちであった。
「どうかなさったんですか?」
「うん。ちょっと一人で作りたいものがあったんだ」
 その朗らかな笑顔に対して、マユは一瞬せつなさそうな表情を浮かべる。
「そうですか、分かりました!」
 だがすぐにいつもの笑顔に戻ると、寝こけているバニラを蹴り飛ばして目覚ませる。
「それじゃ、失礼しまーす!」
 と、一番にファクトリーを後にした。
「駄目ですよ、フェイトさん」
 見送るフェイトに、スターアニスが声をかけてきた。
「あの娘はフェイトさんのこと、本気なんですから……ここを使うときは、あらかじめ連絡をくださらないと、可哀相です」
「ああ、ごめん」
「分かってないですね。みんな分かってるんですよ、フェイトさんがここに来られた理由を」
「え?」
「あの方のために、何かを作ってさしあげるおつもりなんでしょう?」
 にこやかに笑うスターアニスに、フェイトは頭をかいてごまかす。
「それでは、私たちはお先に上がらせていただきます。ここの閉めはお願いしますね?」
「ああ、明日からまた頼むよ」
「はい。承りました」
 そしてファクトリーから人がいなくなる。
 フェイトは一息つくと、いくつか素材を手に取る。
 このフェイト・ブランドが発展したのは、フェイト本人が作った発明品があまりに出来が良かったということが原因だ。いずれの分野においても質の高い発明品が次々と出てきて、一躍この世界の流通で名前を広めた。その影響で下火だったクリエイターギルドも持ち直している。それからこのギルドに対する登録者が増え、有能な人材はフェイトと契約することによって開発資金の提供を受け、フェイト・ブランドとして流通することとなった。
 その第一期ともいえる人材がマユやスターアニス、マクウェルであった。だからこそ彼らはフェイトのことを他のメンバーよりもよく知っているということが言える。
 フェイトがネルと付き合っていることなど、それこそ昔からいるこの三人にとってはごく当たり前のこととしてとらえられている。何しろファクトリーで一緒に作っていたりするのだから。マユなどは特に、フェイトやネルと料理の共同開発を行ったりしている。
 また、マユはフェイト・ブランド発足の際の一番最初の契約相手でもある。もっとも彼女はフェイトに惹かれて強引に押しかけてきていたのだが。
(今度、何かお詫びしないとな)
 彼女の気持ちは嬉しいし、彼女のような家庭的な女性と一緒になるならばきっと幸せになれるのだろう。
 だが、自分はもう決めたのだ。あの不器用な女性に全てをささげるということを。
(さて、やるか)
 気合を入れて、フェイトは製作台に向かった。






 朝の光がファクトリーに差し込む。
 気がつけばいつの間にか眠ってしまっていたらしい。幸い冬とはいえ、ファクトリー内は火が絶えないので温かかったから風邪もひかなかったらしい。
 と、そこに横から暖かなカップが差し出される。
「あれ、マユ」
「お疲れ様です」
 だが、いつもの笑顔はそこにはなかった。
 逆に泣き出しそうな表情だ。
「完成したんですか?」
「ああ、まあね」
 フェイトは製作台の上に置かれているリングを見る。
「今日は早いんだね」
「寝ていても、悪い夢しか見なかったんです」
 マユの瞳には涙が浮かんでいた。
「夢ならよかったのに。自分の想いがかなわないとは分かっていたけど、それでも」
「ごめんね」
 フェイトは彼女の肩に手を置く。
「いいえ。フェイトさんがネルさんのためにここにいらっしゃるのは知ってますから。ネルさんにとっては、きっと幸せな夢。でも、私にとっては……」
「マユ」
「すみません、感傷的になってしまって」
 彼女は自分の人差し指で目じりの涙をぬぐった。
「そんなことないよ。マユの気持ちは嬉しいと思う」
「そんなこと言わないでくださいよぅ……」
 もうほとんど泣きじゃくっているマユに対して、どうすればいいのかと慌てるフェイト。
「それ、ネルさんに届けるんですよね」
「え、ああ」
「それじゃあ、もう行ってください」
「でも」
「いいですから。ここのことは私に任せてください」
 フェイトは頷くとリングを手にとってファクトリーを後にした。
 それを見送ることもせず、扉が閉まる音を聞いてから、マユは声を上げた。
 夢であればよかった。
 こんな現実を知りたくはなかった。
 だが。
 あんなに幸せそうな顔をしている彼を、これ以上困らせたくはない。
(失恋、か)
 最初からかなわぬ恋だと知っていながら、どうして自分は彼を追いかけていたのだろう。
 ここにいても辛いだけだと知っていながら、どうして自分はいつまでもここにいるのだろう。
 シランドにいればいるほど、彼に惹かれていく。
 いや、シランドじゃなくても同じか。
(配置換え、希望しようかな)
 そんなことを、ふと思ったりした。





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