25.残酷

『紅の女神』






「今回の一連のペターニでの事件だけど、主犯格が判明したわ」
 ペターニ防衛の任を帯びている連鎖師団『土』からの報告がシランドに届き、クリムゾンブレイドの二人は対策会議に入った。
 主犯は侯爵級の貴族で、麻薬の密売で金を稼ぎ、現在着々と力を蓄えているところだという。
「どうする?」
 単刀直入にネルが尋ねる。
「やっぱり、暗殺が一番早いわね。あなたには苦労をかけることになるけれど」
「かまわないさ。それが一番だっていうんなら、私に異存はないよ」
「私も──」
「いや、一人でいい。こういうのは私の仕事さ」
 クレアが心配そうな表情で見つめる。そして最後には頷いた。
「じゃあ、方法を決めましょう」
 そして、二人は詳細を決めていった。






 二人がそんな話をしているとはつゆとも知らないフェイト・ラインゴッドは今日も今日とてファリンと仲良くお茶をしていた。
 ファリンにとってはタダで甘味系が食べられる至福の一時、そしてフェイトにしてみるとネルが現在何の仕事をしているかを知ることができる情報収集の時間である。二人の思惑が一致するこの時間はお互い貴重であった。
「それがぁ、なんだか慌しかったんですよぉ。昨日今日の話なんですけど」
「慌しい?」
「はい。でもネル様はぁ、私にも教えてくれないんですぅ」
 彼女が最も信頼しているファリンやタイネーブにすら明かさないのは珍しい、というか滅多にないことだった。当然だ。彼女がもしも失敗すれば、その行動を把握できている人物が他にいなければ後の者が困る。アストールがアーリグリフへ行っている以上、その役割を果たすのはファリンとタイネーブなのだ。
「何の件かは予想がつきますか?」
「まあ、それくらいは分かりますよぉ。ペターニの件だと思いますぅ」
 ペターニ。確かに、以前から暗殺で出向いていたり、麻薬の密売を検挙したりとここ数ヶ月でいろいろなことがあった。現在のシランドが最重要で対応している地域だ。
「何かつかんでるっていうのかい?」
「それが分からないんですよぉ。今回、お二人ともすごくガードが固いんですぅ」
「どうにか分かる方法はないかな」
「う〜ん、ないこともないですけどぉ」
「すみません、フルーツパフェをもう一つお願いします」
 ファリンはにっこりと笑った。
「アイーダに頼みます」
「アイーダさんに?」
 人名リストで必ず一番最初に来るという、連鎖師団『土』の4級構成員だ。その割に血統限界値はかなり高かったりする。
「あの子なら多分いろいろ知ってると思います。すぐにお調べしますね」
「ええ、よろしくお願いします」






 アイーダは守秘義務を行使してなかなか口を割らなかったが、フェイトのたっての願いということで最終的には教えてもらえた。
 ペターニで反乱が企まれていること、そしてクリムゾンブレイドの二人がその対応を練っているということ、おおまかにいうとそのくらいだ。
 だとしたら、二人がどう考えるかということは予想がつく。
 おそらくは──暗殺。
 その事実を全て知った後で、フェイトは彼女の部屋に向かった。
 証拠が上がっているのなら、彼女たちが動くことに躊躇はないのだろう。従って行動は素早く行われるはずだ。それこそ、今夜にでも。
「ネル」
 彼女の部屋に入ると、彼女は既に戦闘態勢だった。
「どうかしたのかい?」
「ああ。ちょっと話があってね」
「悪いけど、ちょっとこれから出かけるんだ」
「その件なんだよ」
 彼は、言った。
「今回の任務、僕も一緒に行くよ。これが最後なんだろう?」






 彼女のナイフが一閃し、喉元から血が吹き出す。
 これによって、ここ最近ペターニで暗躍していた一連の事件は全てカタがついた、と言ってもいい。今までも麻薬の密売や反乱分子を片付けてきていたが、その黒幕であった人物との決着がついた以上、ペターニの反乱は未然に防ぐことができたと判断していいだろう。
 彼は、その光景を目の前で見た。






『ついてきたいって?』
 彼女は明らかに不機嫌な表情に変わった。彼女は自分のもう一つの仕事──暗殺の仕事について触れられるのを極端に嫌う。理由は単純、彼に知られたくないというのが原因だ。
『ああ。それが任務だっていうことは分かってるから。だから、僕が傍にいたいんだ』
 彼が一緒にいたかった理由は簡単だ。この暗殺の仕事は彼女の精神に多大な負担をかける。昔はそうでもなかったのかもしれないが、今は彼にその仕事について後ろめたさがある分、活動に少しずつ迷いが生じてきているのだ。
『あんまり、任務の邪魔をしてほしくないんだけどね』
『邪魔はしないよ。それとも、僕の力じゃ頼りにならない?』
『そんなことはないよ、でも』
『傍にいたいんだ。この仕事をしているときに君を一人にしたくない』
 彼も真剣な様子だった。彼女がこの仕事を負担に感じていることを彼は知っている。だから今まではできるだけその仕事には触れないようにして彼女を守り続けてきた。
『どうして、突然そんなことを言うんだい?』
『決まってる』
 彼は彼女を抱き寄せて言う。
『君にだけ、そんな思いをさせたくないからだよ』






 だが、暗殺の仕事を目の前で見たとき、彼女の一面を目の当たりにしたとき、彼は軽い衝撃を覚えていた。
 任務のためにはいくらでも残酷にも酷薄にもなれるのは分かっていた。だが、ここまで感情もなく行動できるのか、と少し怖くなった。
(出会った頃はこうだったよな)
 そう。彼女は任務には厳しい。どんなことがあっても任務を達成しようとする。
 そして同時に、激しい感情の持ち主でもあるのだ。
 冷酷と情熱。静けさと激しさ。
 二つのものを同時に兼ね備えている彼女。
(やれやれ)
 そういう女性だからこそ、好きになったのだと思う。
 一人を相手にしているのに、二人の人間がいるかのような錯覚。いつも話していて飽きることがない。
「終わったよ」
 彼女は呆然としている彼に話しかける。
「やっぱり、幻滅しているかい?」
「そんなことはないよ」
 彼は優しく答え、血まみれの彼女を抱きしめた。
「こら、あんたが汚れるだろ」
「かまわないよ。この血の半分は僕のものだ」
 そのまま力強く彼女を抱きしめる。
「戦う君の姿は素敵だ、っていうのはくどき文句なのかな」
 彼女はくすっと胸の中で笑った。
「普通は言わないね」
「だよなあ」
「でも、かまわないよ。それが褒め言葉だっていうのは知っているからね」
 彼女もまた、彼を力強く抱きしめていた。






 こうして、ペターニでの反乱は未遂に終わった。
 一年がかりでクリムゾンブレイドの二人が内偵していた事件は、最後はあっけないものだった。
 暗殺された侯爵級貴族の土地は全て没収となり、クレアとネルは何事もなかったかのようにその処理を行った。
(あまり実感がないんだけどな)
 フェイトがそんなことを思っていると、通信機のアラームが鳴り、メールが着信したことを告げられる。
「マリアからか」
 フェイトはそのメールを読み始めた。





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