マユは反乱のリーダーである貴族の子によって強引にドーアの扉まで連れてこられていた。
 乱暴な扱いを受け、部屋に連れてこられたときには既に体中が悲鳴を上げていた。
 ここで殺されるのだろうか、と泣きたくなった。いや、殺されるだけならまだいい。
 フェイトのことばかり考えて決して誰にも許すことのなかったこの体を、醜いこの男に奪われることだけは避けたかった。
「お前は、あのフェイトとかいう男と契約してるんだろう」
 貴族はいやらしい笑いを浮かべながら、部屋に連れ込んだマユを見る。
「だったら、どうだっていうんですか」
「ふん。あの高慢なクリムゾンブレイドにくっついてるだけのガキに、仲間を嬲られる思いっての味わわせてやろうっていうのさ」
「こ、来ないでくださいっ!」
「口ごたえするなっ!」
 ぱんっ、と貴族の手が彼女の頬をたたく。
「どうせここまで来て助かるとは思ってないんだろう? だったら楽しんどけよ」
「いやあっ!」
 嫌だ。
 こんな汚らわしい男に、触られるのですらおぞましいのに。
「フェイトさん、助けて!」
「こんなところにいるわけねえだろ。いい加減──」
「それが、いたりするんだよね」
 突然、部屋の中に響く第三の声。
 無論それは、屋根裏から音もなく降りてきたフェイト・ラインゴッドと、そしてネル・ゼルファーであった。
「なあっ!? ど、ど、どうし……」
 貴族の子はわなわなと震え、二、三歩よろめくと、その場にしりもちをついた。
「マユ」
 そして彼が、倒れていた彼女のところへ駆け寄る。
「大丈夫だったかい」
 ところどころ破れてしまっている服を隠すように、彼は上着を彼女にかぶせた。すると、マユはぼろぼろと大粒の涙をこぼし、わあっと泣き声を上げて彼の胸に抱きついた。
「フェイトさん、フェイトさん、フェイトさん……」
「もう大丈夫だよ。大丈夫だから、もう泣かないで」
 よしよし、と子供をあやすようにマユの頭をなでる。
 そして、少ししてから彼は戦士の表情となってしりもちをついた貴族を見た。
「仲間を嬲られる、か」
 この男は、まさしくフェイトにとっての弱点を的確についていた。
 彼自身が痛めつけられるよりも、彼の仲間を痛めつけられる方が百倍も苦しい。それをこの貴族はよく理解していた。
 だからこそ、現在の彼がかつてない程に怒っているのは言うまでもないことだった。
「確かに僕に対しては効果的だよ。お前はマユを苦しめた。たとえ何もなかったとしても、彼女の心は簡単に癒されることはない。お前の罪は、その命をもって購え」
「へ、は、は……」
 実力の差、というものを分かっているのか、もはや援軍を呼ぶことすら考えつかない貴族は、だらしなく口をあけて目の前に立って自分を見下ろしている青年に助けを請うかのような様子だった。
 無論、助かるはずもない。
「リフレクト!」
 フェイトの左足が貴族のあごを蹴り上げる。一メートルは軽く浮き上がっただろうか。
「ストライフ!」
 そして右足でその貴族の顔面を蹴り飛ばし、壁にそのままたたきつけた。
「やれやれ。私の出番はまったくなかったようだね」
 ネルは両手を腰にあててため息をついていた。
「ごめん。いいところばっかり持っていっちゃって」
「なに、かまわないよ。さて、あとは連鎖師団と協力して、部下たちを一掃しないとね」
「そうだね。マユ、立てるかい」
「は、はい」
 フェイトに支えられて彼女は立ち上がる。そしてまた、緊張から解き放たれたのか、再び彼女の目から涙がこぼれた。
「マユ」
「も、もう、駄目かと思って……そうしたらフェイトさんのことばかり頭の中に思い浮かんで。助けてほしいって、そればかり思ってました。フェイトさんはもう結婚されるのに、私のことなんか何とも思ってくれてるわけじゃないのに、それでも」
 そこから先は言葉にならず、ネルの前だということは分かっていたが、全力で抱きついて泣き声をあげた。彼が彼女の方を見る。さすがに彼女も肩をすくめただけだった。おとがめなし、ということらしい。
「大丈夫だよ。どんなときだって、僕はマユのことを助けにいくから」
「はい」
「だから、今は安全なところまで行こう」
「はい」
 だが、どうにも緊張から解き放たれて腰が抜けてしまったのか、その後自分で歩くことができなくなってしまっていた。
 そんなマユをフェイトは当然、お姫さまの抱えるようにして連れていくのだが、さすがにそれはネルの不評をかったらしく、後で「あれはやりすぎだよ」と釘を刺されたのは後日のこと。





「終わったね」
 それから丸一日かけて、ペターニの騒乱は終わりをむかえた。
 リーダーさえ押さえ込んでしまえば、後は単なる事後処理にすぎなかった。連鎖師団と協力体制を取り、人質をまずは解放し、四方の門を次々に落としていった。それほど苦労したわけではないが、時間はかかってしまった。
「休んでる暇はないよ。明日はお披露目なんだから、今日のうちに戻らないと」
「本当に休む暇もないのか。やれやれ」
「あの、フェイトさん」
 二人がシランドへ戻ろうとしたとき、なんとか立ち直っていたマユから声をかけられた。
「……これからも、ずっとフェイトさんのファンでいて、いいですか?」
 苦笑した。そういえば連邦大学の頃はバスケットをしていて固定のファンが何人かいたっけ、と思い返したりした。
「かまわないよ。もうすぐ結婚っていう牢獄に入るような僕でよければ」
「……どういう意味だい、フェイト?」
 軽口であるのは分かっている。だが、ネルの口調はかなり厳しかった。
「ありがとうございます! それで、またできればシランドに戻らせていただければ──」
「いいよ。結婚式が終わったら、またシランドにおいで。マユのために一つ、スペースは残したままになってるから」
 それを聞いた瞬間、またマユは涙を浮かべていた。だが、さすがに今度は理性が働いたのか、ネルの前で抱きつくようなことはしなかった。
「はい! フェイトさんのために、これからもおいしい料理を作ります!」
 ようやく元気が戻ったマユに見送られて、二人はシランドへと戻った。





 そして──





「……どうだい、フェイト?」
 式、当日。
 新郎新婦は、朝からおめかしをして、式の準備をしていた。
 化粧をして、ドレスアップしたネルは、まさに破壊力抜群だった。ドレスの型が崩れるのもおかまいなしに抱きしめたい、という衝動に駆られる。
「ものすごく、綺麗だよ」
「ありがとう。あんたもその格好似合ってるよ」
「そりゃ、あれだけ苦労させられて似合ってないって言われたら怒るよ」
 ほんの数ヶ月前に、どのような服にするかということで丸一日喧嘩した記憶はまだ新しい。彼女もくすっと笑った。
「式が始まる前に、言っておくことがあるんだ」
 フェイトは、正面から彼女を見つめた。
 彼女もまた、真剣な表情で彼を見つめる。
「まだ正式には言ってなかったような気がするんだ。だから」
「……ああ」
「愛してる。だから、僕と一生、共に過ごしてほしい。結婚、してほしいんだ」
「私もだよ、フェイト」
 結局。
 ドレスの型が崩れてしまったというのは、愛し合う二人にとっては当たり前のことで。





『あなたは今、この女性と結婚し、アペリスの教えに従い、夫婦となろうとしています。
 健やかなときも、病めるときも。
 豊かなるときも、貧しいときも。
 この女性を愛し、敬い、慰め、助け。
 その命の限り、かたく愛し続けることを誓いますか』

『誓います』

『今、男性より結婚の誓いがありました。
 それでは、あなたはこの男性と結婚し、アペリスの教えに従い、夫婦となろうとしています。
 健やかなときも、病めるときも。
 豊かなるときも、貧しいときも。
 この男性を愛し、敬い、慰め、助け。
 その命の限り、かたく愛し続けることを誓いますか』

『はい。誓います』










『それでは──この二人に、大いなる恵みのあらんことを!』





The END





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