あの日から歩き続けた
どこへ行くかも決めないままに
忘れてしまう思い出は
手紙に載せて送ろう

さよなら 僕の故郷
寂しさを勇気に変えて
全てを捨てて
いつの日か たどりつく場所へと

いつの日か めぐりあう人へと



 私、山口麗奈(やまぐちれいな)はプロの作詞家だ。
 もっともプロとはいえ、バンド“TROY”専属の作詞家だ。
 もともと“TROY”がアマチュアだった時代から、私は詞をずっと提供してきた。
 おかげで大学に行くこともできず、気付けば“TROY”のスタッフの一員状態で毎日を過ごしている。
 大学に行くことを諦めてから二年。
“TROY”は今も活動を続けている。もっと高みを目指して。
 私は少し他人よりも感受性が高いらしい。おかげで他人の強い感情を感じ取り、そのまま言葉にして詞が生まれる。
 それに“TROY”のみんなが曲をつけ、ボーカルの颯(そう)が完璧に表現する。
 私は、私が感じたものを完璧に表現してくれる颯のことを愛している。
 今回の詞『新世界』は私にとって今までにない形で作詞した。
 他人の感情を読み取る『トランス』はなかった。ただそれに近いものがあった。
 それは、古いCM。
 背景にはトランペット。何かいろいろと言っていたような気もするが、そうした言葉は関係なかった。ただその画像が全てだった。
 草原に立つ、少年の姿。
 どこか孤独で、何かをなくしたような、そんな後姿。
 そして、CMの終わりに歩みだすところを見た瞬間に『トランス』した。
 いや、これは『トランス』とはいわない。過去に起こった『トランス』は他人の感情を読み取るもの。今回のCMからは何も感情など読み取れなかった。
 ただ、そのCMから受けたインパクトが、私に『世界』を見せた。
 そう、新世界。

 ──いつの日か、たどり着く場所へ──

 どこか、願いのようなものが、私の中にあった。
「今回の詞はいつもと違うな」
 颯に見せるとあっさりと言った。颯にも分かったのだろう。
 私は今年二十。颯は今年十九。この年下の男の子は初めて出会った四年前から大きな態度で年上を敬う素振りをまるで見せなかった。
「分かる? どうかな、いいかな」
「悪くはない。ただ……俺がうまく表現できるかは微妙だ。この詞には感情がない。タイトルどおり、新世界を表現できるかどうか、というところだな」
「それなら簡単だよ」
「何?」
「颯が、新世界の神になればいいんだから」
 言われた颯は「なるほどな」と答えた。
「俺の思う通りにやれ、ということか」
「そういうこと。悩むだけ無駄無駄」
「他人事だと思いやがって」
「他人事だし」
「惚れ込んでいる男にそんな虚勢を張っても無駄だ」
 ぐ、と言葉に詰まる。颯だって自分にぞっこんの癖に、と思わず心の中で考える。
「それは違うな」
 颯は私の考えを読み取ったのか、そんなことを言った。
「俺はお前に惚れ込んでいるわけじゃない。お前は俺の全てだ」
 突然、素面ですごいことを言った。
「……それを惚れ込んでいるって言うんじゃないの」
「違うな」
「どう違うの?」
「自分で考えろ。まあ、分からないだろうがな」
「ムカツク」
 颯はまるで顔色一つ変えずにその歌詞を手にして立ち去る。せっかく新しい歌詞ができたんだから、キスの一つくらいくれたっていいのに。そう考える自分は間違いなく彼に惚れ込んでいるのだろう。
(颯と私、どう違うんだろ)
 考えても分かるはずがない。自分は颯ではないのだから。






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