NEON GENESIS KANONGELION
EPISODE:19 INTROJECTION
「第拾四使徒襲来! 駒ケ岳防衛線、突破されました!」
「総員、地対空迎撃用意!」
一気に発令所があわただしくなる。第拾参使徒襲来から、わずか数日で次が来るとは誰も思っていなかったことであった。
「目標は?」
石橋が尋ねる。
「はい、映像、出ます!」
そして、前面の巨大モニターいっぱいに白玉が映った。
『ぴこぴこ~』
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
全ての人間が、声を失っていた。
「何あれ。犬?」
ようやく疑問を口にしたのは、真琴。
「未確認宇宙生命体」
「あははー。まさに、使徒ですねー」
笑っている場合ではなかった。
使徒、ポテトエルはその巨大な体躯で跳ね、第三新東京市へと向かってくる。迎撃システムが攻撃を加えるが、なんの効果もなく第三新東京市へと侵入する。
『ぴこぴこ~』
ポテトエルが奇妙な声を発すると、巨大な十字架状の火柱が天空を貫く。
「衝撃派!?」
ネルフ本部が揺れる。美汐が状況を確認し、舞が答えた。
「第一から第一八番装甲まで、損壊」
その破壊力は、全員の顔を青ざめさせた。
「一八もある特殊装甲を、一瞬で」
真琴がうめく。特殊装甲に関しては、彼女が専任されていた。
「これでは、国連軍もたまったものではないですね」
秋子が困ったポーズで言う。こんなときでものんびりとした声を出せるのはさすがである。
「弐号機を緊急出撃。本部施設の直援にまわしてください」
「了解しました」
秋子の指示を受けて、佐祐理が各部署に指示を出していく。
「美汐さん、零号機は?」
「前回の攻撃で破壊した左腕がまだ再生できていません」
「戦闘は無理ですか」
「あゆは初号機で出せ。ダミープラグをバックアップとして用意」
二人に向かって、荘厳な声がかけられる。総司令である往人のものだ。
「分かりました。あゆちゃん、すぐに第七ケイジへ。初号機で出て」
『エントリースタート。LCL電化。A10神経接続開始』
あゆが初号機に乗り込み、シンクロスタートさせる、が。
「うぐっ」
突如、あゆの全身を嘔吐感が襲う。右手で口元を押さえ、前にかがみこむ。
「……祐一くん……」
「パルス逆流!」
「初号機、神経接続を拒否しています」
佐祐理と舞から次々と連絡が入る。
「いったい、何故」
美汐が頭を押さえる。まだ包帯は取れていない。
「碇」
石橋が、往人の耳元に囁く。
「ああ。俺を拒否するつもりだ」
往人は立ち上がると、素早く指示をくだした。
「起動中止。あゆは零号機で出せ。初号機はダミープラグで再起動」
「しかし、零号機は」
『ボク、零号機でいきます』
その命令をきいていたあゆが、初号機のプラグ内部から応答する。
(もう、祐一くんに守ってもらうわけにはいかないから)
初号機のLCLが緊急排水されていった。
『ぴこぴこ~、ぴこぴこ~、ぴこ~、ぴこ~』
四つの十字架が、天空に向かって伸びる。
その光景を、祐一と香里は黙って見ていた。
(冗談みたいな使徒だな)
セバスチャンは正真正銘冗談だったとしても、今までは純粋にカノンキャラだけで使徒も構成されていたはずなのに。
やはり最強の使徒ともなると、こういうキャスティングにもなるのだろうか。
「祐一くん」
香里が、祐一の左手を取る。
「……」
二人はしばし無言で見詰め合った。
ALERT! ALERT!
爆発モニターが点滅し、爆発音が発令所に直接響く。
「ダメです、あと一撃で全ての装甲が破壊されます!」
そのとき、地上に弐号機が到着した。
「名雪、頼むわね」
秋子も厳しい表情であった。
「了解、お母さん」
名雪はパレットガンをフルオートにして、使徒に向かって連射する。
「もう、祐一には頼れないんだから!」
滅多にない名雪の叫び。
だが、それでもポテトエルに対しては何のダメージも与えられていなかった。
「A.T.フィールドは中和してるはずなのに」
名雪の顔に焦りの色が浮かぶ。
ポテトエルは再び跳躍して弐号機の方へと向かってくる。
「くっ」
弾倉が空になり、バズーカ型ロケットランチャーを両手に一つずつ持ち、五発ずつ撃ち込む。
爆炎で、完全にポテトエルの姿が見えなくなった。
(……やった?)
だが、ポテトエルはまるでダメージを受けたふうでもなく、その場で尻尾を振りつづけていた。
(うそ)
そして、衝撃派が生まれる。
『ぴこ、ぴこ~』
衝撃派が、名雪の──弐号機の両肩を貫く。
激痛で、目が見開かれる。
両腕が、大地に落ちる。
そして、弐号機の両肩から大量の鮮血が吹き上がる。
「がっ、あっ、あっ、ああああっ……」
うめき声だけが、名雪の口からもれる。
(ゆういち、ゆういち、ゆういち、ゆういち、たすけてゆういち……)
名雪の目から、激痛で涙が零れていた。
「あああああああああああああああっ!」
名雪は武器もなく、使徒に向かって突進する。
「名雪!」
これにはさすがに、秋子も声を上げた。
「全神経カット、早くっ!」
どちらが早かっただろうか。
佐祐理の作業と、ポテトエルの衝撃派と。
名雪の目が、限界以上に剥かれる。
喉に、衝撃があった。
弐号機の首が、撥ねられていた。
「名雪!」
その戦いの様を、祐一が愕然と見つめていた。
こんなに。
こんなにも、無力なのか。
「祐一くん」
香里が、真剣な声で言った。
「お願いがあるの」
「弐号機、大破!」
「パイロットは!?」
「無事です、生きています!」
非常灯がともる弐号機プラグ内部で。
名雪は、肩を震わせて泣いていた。
「うくっ、うっ、祐一、ゆういち……」
「初号機の状況は?」
「ダミープラグ、搭載完了しました」
舞が冷静に答える。
弐号機すら打ち破ったポテトエルに、片腕の零号機がかなうはずはない。
人類の運命は、初号機とダミープラグに託されたのだ。
「探査針、打ち込み終了」
美汐が頷いた。
「コンタクト、スタート」
だが。
ビーッ、ビーッ、ビーッ!
警告音が鳴り響く。
初号機の両眼が一度光を灯すが、すぐに消えた。
「パルス消失、ダミーを拒絶!」
「駄目です、カノン初号機起動しません!」
佐祐理に続けて、真琴も叫ぶ。
「ダミーを、あゆさんを……」
美汐がうわごとのように呟く。
「受け入れないというのか」
石橋も苦渋の表情であった。
そうした状況の中、ゆらり、と往人が立ち上がる。
「碇?」
「石橋。少し、頼む」
往人はその場を立ち去った。
(どうするつもりだ、碇……)
「お願い?」
空は、UN軍がポテトエルに仕掛けている攻撃で震動している。
大地は、ポテトエルが放つ衝撃派で揺らいでいる。
空と大地の間に、二人はいた。
「ええ。一生のお願い」
覚悟が決まっているのだろうか。香里はそれでも怯える様子はない。
「私はもう、なくしたくない」
ごうんっ、と爆風が二人の髪をなびかせる。祐一は目を細めるが、爆風を背にした香里は平然としていた。
「……祐一くんを、なくしたくない」
「香里」
「だから、私と逃げて」
祐一は顔をしかめた。
「逃げる?」
「そうよ。ここにはもう、誰もいない」
香里は弐号機の残骸を見つめる。
「名雪も、死んでしまったわ」
「……それは」
まだ分からないと言おうとしたが、神経接続が全面的にカットされていない限り間違いなく激痛でショック死しているだろう。
「私にはもう、祐一くんしかいない。だから、一緒に逃げて」
悲しげな表情。
そして。
その奥に秘められた決意を見抜いたとき、祐一は思わず苦笑してしまった。
「香里」
「なに?」
「お前、本気じゃないだろ」
「……」
「俺が天邪鬼だから、そう言えばカノンに乗る……そう考えてるな?」
「私、意外と演技力なかったのね」
「やれやれだな。俺はもう、戦士じゃなくなったってのに……」
祐一は、ぴこぴこ音を鳴らしている使徒を見つめた。
「でもね、祐一くん」
「なんだ?」
「半分は、本気よ」
「おいおい」
「私、祐一くんのことが、好きみたいだから」
祐一は、言葉をなくして香里を見つめた。
香里もまた、祐一を見返す。
「へえ」
「名雪と北川くんの手前、言いづらかったんだけどね」
「なるほど」
「それに、祐一くんも女の子には興味ないみたいだったし」
「よくご存知で」
「分かるわよ。女の子に声はかけるくせに、本気で口説こうとはしてなかったでしょ」
「まあな」
「名雪とか綾波さんのことが気になってるのかと思ったけど、そういう風でもなかったし」
「ああ」
「ときどき、ものすごく寂しそうな顔をしてたし」
「……してたか?」
「だから多分、私と同じなのかなと思って」
「……」
「大切なものをなくしているのかなって」
「香里」
「私の入る余地はないんだなって思ったけど、放ってもおけなくて」
(やれやれ、香里もだったのか)
なんだか、自分という存在は他人を心配させる性癖を備えているようだった。
秋子さん、佐祐理さん、それに香里。
(そんなつもりはないのにな)
そっとしておいてほしい。
誰も、自分の傷口に触れてほしくない。
それなのに。
(俺の方が、誰かに慰めてもらいたがっているのか?)
辛かったね。
悲しかったね。
そんなことを、言われたいとでもいうのだろうか。
(ヘドが出る……)
そんなことを意識したことはなかった。
だが、もしかしたらそういう感情があるのかもしれないと思ったとき。
祐一は、自分に嫌悪した。
「俺は、一人で生きる」
祐一は香里を拒絶した。
「ずっと、そうしてきた」
「そうね」
──と。
二人の前に、再びカノンゲリオンが現れる。
零号機であった。
左腕は、まだない。
「……あゆ?」
祐一は、愕然とした。
(初号機で出るんじゃなかったのか?)
しかも、ライフルもナイフも持っていない。
爆薬を、右手で抱えているだけ。
「玉砕するつもりか!?」
祐一は両手を強く握り締めていた。
「A.T.フィールド、全開」
あゆはN2爆弾を持って、全力で使徒に駆け寄る。
「自爆する気!?」
美汐が叫ぶ。秋子も目を細めた。
「零号機のシンクロカット!」
「駄目です、受け付けません!」
「そんな」
それは、あゆの方がロックしてシンクロカットできないようにしている、ということだ。
自分が死ぬことを、受け入れているのだ。
「あゆちゃん!」
秋子が叫ぶ。
だが、あゆは止まらなかった。
(ボク、祐一くんにいつも助けてもらってたから)
八角形のA.T.フィールドに零号機の右手が阻まれるが、それでも強引にN2爆弾をねじ込んでいく。
(今度はボクが守らないと)
ポテトエルのコア、鼻先に向かって右手が伸びる。
(ボクが、祐一くんを守る)
N2爆弾と、コアが接する。
(たとえ死んでも)
辺りが白く輝く。
(さようなら)
N2爆弾が炸裂し、巨大な爆炎が立ち上る。
「香里!」
爆風から守るように、祐一は香里を抱き寄せた。だがそれでも吹き飛ばされそうになり、必死にこらえる。
(あゆ──!)
自分が守っていた少女。
自分が守らなければならなかった少女。
(俺はいったい、何をやってるんだ)
自分は何のために戦っていたんだ?
誰かのために戦っていたなんて、そんなつもりはなかった。
それなのに。
祐一は、爆風が収まった先を見つめる。
土煙の向こうに、使徒と零号機のシルエットが見えた。
「あゆーっ!」
衝撃派が、零号機の頭部をとらえていた。
「なんて……ばかな、N2の直撃を受けて、無傷……?」
クゼエルも、マモノエルも、N2の攻撃を受けてはさすがに無事ではいられなかったというのに。
あの使徒は──まさに化物だ。
(俺は……)
いったい何が気に入らないというのか。
自分が戦いつづけてきたのは、いったい何のためだったのか。
(誰かを守りたかったわけじゃない)
(ましてや、自分のプライドなんかのために戦っていたわけじゃない)
(美凪)
虫の声のした方に目を向ける。そちらにも長い道路が、延々と伸びていた。
その、歩道。
「……?」
人がいた。
自分と同じくらいの年の、少女、のように見えた。
あれは。
美凪?
あゆ?
そう。
最初から、自分は。
彼女を探していたのだ。
(俺は、あいつに会うために戦っていた……)
自分でも理解のできない理由が、心の中にこみあげてくる。
『だが、君にも分かるはずだ。いや、認められないかもしれないが、そういう気持ちを知ることができるはずだ。君だって、生き返ってほしい人間の一人や二人、いるだろう』
カノンに乗っているとき。
不思議と、美凪に近い場所にいるような気がしていた。
何故かは分からない。
具体的に意識したことはない。
ただ、今にして思うと、そう感じる。
(何故?)
「あゆの匂いがする」
いや、違う。
この幸福感は、ずっと昔に味わったもの……。
(美凪……?)
カノンに乗っていることで。
自分は、美凪と触れ合うことを求めていた。
自分のプライドとか、あゆを守るためとか。
そうじゃない。
結局、自分はカノンに乗りたかった。
だから。
自分から、美凪を奪った往人が許せなかった。
戦いや、北川のこと、許せないのは当然のことだ。
だがそれ以上に、自分と美凪との唯一の接点であるカノンを奪ったことが許せなかったのだ。
「俺は」
美凪を、もう二度となくしたくはない。
それだけが、自分の中ではっきりとしている。
「香里」
「……」
「ネルフに戻る」
「そう」
「だが、約束する。必ず戻ってくる」
「……」
「お前の知らないところで、死んだりはしない」
「待ってるわ」
「ああ、待っててくれ」
祐一は、振り返ると力強く走り出した。
(美凪)
ネルフに、美凪がいる。
美凪の心がある。
(もう一度、会う)
美凪に。
誰よりも愛しい人に。
『ぴこぴこ~』
三度目の衝撃派で、ジオフロントへの道が完全に開けた。
自らこじあけた穴に、ポテトエルがぴこぴこと音を立てながら飛び降りていく。
「最終装甲版、融解!」
真琴が叫ぶ。モニターで状況を確認した秋子が、顔を大きく歪ませた。
「メインシャフトが丸見えですね」
下手をすれば、この発令所も次の一撃で消滅するかもしれない。それだけの危険に曝されることになった、ということだ。
「初号機は!?」
「駄目です。ダミープラグ、拒絶されています」
美汐の質問に佐祐理が答える。
「このままでは、もう……」
「諦めたら終わりだぜ、佐祐理さん」
その場の空気が凍りつく。
その声の主を、全員が凝視した。
「初号気に俺を乗せろ。俺がカノンを動かす」
「祐一さん」
かろうじて声を出すことができたのは秋子。
「どこから、ここへ」
「俺も知らない道を知ってる奴がいてね。教えてもらいましたよ」
タネは、柳也からもらったメモ帳であった。
あのメモ帳の中にネルフ本部の完全な図面があり、発令所への緊急エレベーターを見つけたのだ。
「とにかく時間がない。第七ケイジへ行く。すぐにエントリープラグの準備を」
「は、はい!」
秋子や美汐が指示するより早く、佐祐理や真琴、舞が作業を始める。
「祐一さん」
「はい」
「どうして、戻ってきたんですか?」
「たいした理由じゃないです。あのカノンにもう一度乗りたかったからですよ」
「……そうですか」
秋子は悲しそうに俯く。
「申し訳ありません」
「気にしないでください。美汐、もうダミーシステムを動かすなんて真似、しないでくれな」
「どのみち、ダミーは拒絶されますから」
美汐は涙目で、祐一に近づいた。
「よろしくお願いします。必ず生きて戻ってきてください」
「任せとけ。口約束は得意だ」
「帰ってこないと、恨みますよ」
「それは怖そうだ。必ず帰ってくるようにしよう」
軽口を叩くと、祐一は第七ケイジへ向けて走り出した。
第七ケイジ。
そこに、いた。
碇、往人。
祐一の父親が。
「よお、往人」
往人は顔をしかめて、祐一を睨みつけた。
「何故ここにいる」
「ふざけたこと言ってる場合かよ。俺が乗る。それしか手はない」
「お前は抹消されたチルドレンだ」
「俺が乗ると、まずいことでもあるって感じだな。だが、俺が乗らないと使徒は倒せないぜ」
「……」
「往人、今にして思えばお前の行動は全て矛盾に満ちていた。お前のことだ、俺がチルドレンだなんてことはとっくの昔に知っていたはずだ。それなのに俺をチルドレンとして認定しなかったのは──お前がマルドゥックの頭領だってことはとっくに知ってるよ──チルドレンとして認定しなかったのは『俺が初号機に乗ることによってお前の計画に支障をきたす』からだ。観鈴を生き返らせるという目的を達成することができなくなる危険があるからだ」
「お前っ!」
「だからあゆと名雪だけで何とかしようとした。だが現実は甘くなかった。俺を呼ばなければ第三使徒以降の戦いに勝つことができなかった。それは今も変わらない。俺じゃなければ、あの使徒は倒せない。ダミーも使うことができないお前には選択の余地はない。俺を使え、往人!」
「そこまで知っていたとはな……やはりお前が最大の障害か、祐一」
「お前の目的はどうだっていい。今はお互いのために、目前の敵を倒す方が先じゃないのか?」
「……」
そうこうしている間にも、佐祐理らの指示でエントリープラグが用意されていく。
「祐一」
「なんだ」
「お前は、自分の目的を持っているのか?」
「なに?」
「いや──お前たちには関係のない質問だった」
祐一は目を細める。
「往人、何が言いたい?」
「気にするな。お前はカノンに乗れればいいんだろう。出撃しろ」
「ようし」
祐一は右手で左の掌を打つ。
「いっちょ、仕事してくるとするか」
「目標、メインシャフトに侵入、降下中です!」
舞が叫ぶ。
「目的地は?」
「セントラルドグマへ直進しています!」
「ここにきますね。総員退避、急いでください」
秋子の指示で、発令所が一気に混乱に陥る。
だが、総員退避しおえるより早く、そのモニターがこなごなにくだかれた。
「使徒!」
白い毛玉が、発令所に姿を見せる。
秋子も、美汐も、舞も、真琴も、佐祐理も、完全に凍りついたように動かなかった。
(死ぬ)
全員が、そう思った。
「うらああああああああああっ!」
そこへ初号機が突進した。
ポテトエルは初号機の体当たりを受けて、そのまま発令所から押し出される。
「祐一さん!」
「秋子さん、カタパルトの操作、お願いします!」
カタパルト?
全員の頭が真っ白になる。だが秋子にはそれだけで通じたようだ。
「カタパルト、射出用意!」
カタパルト、射出用意。
その言葉で二人が何を考えているのか、ようやく発令所メンバーが気づく。
(この二人──思考回路が似ている)
美汐が妙なところで感心する。もちろん指示をしながらである。
初号機はポテトエルを第七ケイジへと押し出していく。
そのもみ合いを、すぐ傍で往人が見つめる。
『ぴこっ! ぴこっ!』
毛玉は無理な体勢のまま衝撃派を放つ。それが初号機の左肘を捕らえた。
「うがあああああああああっ!」
左腕が落ち、鮮血が飛ぶ。
往人の全身に、赤い血が被った。
だが往人は微動だにせず、戦況を見守っている。
初号機は激痛に耐えてポテトエルを射出口まで押し込んだ。
「秋子さん!」
「五番射出! 急いで!」
さすがの秋子さんもこのときばかりは素早い指示だった。そしてすぐに初号機とポテトエルが地上へ向けて放たれる。
「くうううううっ」
暴れるポテトエルを片腕で押し込めることに祐一が全力を注ぐ。
(こんなところで衝撃派だされたら、死ぬな)
幸い、ポテトエルは連続して衝撃派を出すことはできなかったらしい。そのまま地上へと到達する。
「うおおおおおおおっ!」
カノンの内臓電源は三分。残り一分。
それで、カタをつけなければならない。
「こいつか!」
ポテトエルの鼻先が、シールドで覆われている。これでコアへのダメージを防いでいたのだ。
「引き剥がしてやる!」
右腕で、そのシールドを引き剥がそうとする。
毛玉が、苦しそうに『ぴこ~』と鳴く。だが、祐一は力を緩める気はない。
殺すのだ。
徹底的に。
生き延びるために。
美凪に会うために。
「死ねええええええええええっ!」
シールドを引き剥がし、プログナイフを右手に持つ。
そして、渾身の力をこめて、振り下ろした。
0:00:00
だが。
ナイフがポテトエルの鼻先に達する直前に、その動きが完全に停止していた。
「初号機、活動限界です!」
佐祐理の悲鳴が響く。秋子が、美汐が、顔を歪ませていた。
「とにかく、一刻も早く地上へ」
真琴がエレベーターの壁に手と頭をついて祈っている。
舞も、両手を組んで祈るようにしている。
「祐一さん」
エレベーターの扉が開き、発令所メンバーが地上へと駆け出す。
「祐一さん!」
彼らが最初に見たものは。
ポテトエルの衝撃派を受けて吹き飛ぶ初号機の姿であった。
「祐一さん!」
初号機は、力なく大地に崩れ落ちる。
その初号気に向かって、ポテトエルの二撃目が放たれた。
『ぴこっ!』
初号機の胸部から大量の出血がおこる。
「くうっ」
発令所メンバーが衝撃派による爆風に煽られる。
「初号機、胸部装甲版、破損!」
既に、使徒の攻撃を避けることも防ぐこともできない初号機の胸部に、きらりと何か光るものがあった。
「あれは?」
秋子が目を凝らして見る。
「コア……?」
そう、それは使徒が持つ光球と酷似していた。
それを見つけたのか、ポテトエルは初号機のコアに向かって、次々と衝撃派を繰り出す。
「動け!」
祐一は、必死で操縦桿を上下させた。
「動け! 動け! 動け! 俺しか使徒を殺せるやつはいないんだ、頼む、動いてくれっ!」
激痛も忘れ、祐一は必死に叫んでいた。
「動けええええええええっ!」
ドクン
どこかで、心臓の鼓動のような音が聞こえた。
(何だ?)
瞬間、祐一の動きが止まる。
非常灯のみに照らされた薄暗いエントリープラグの中、鼓動が、ゆっくりと祐一を包み込んでいく。
(この、感じ。まさか)
美凪か?
いや、違う。
これは、この感触はこの間の……。
祐一。
思い出してね。
私のこと。
そして、あの子のこと。
辛いこともたくさんあるかもしれない。
悲しいこともたくさんあるかもしれない。
でもそれは、祐一が一人で解決しなければならないこと。
私は、いつでも祐一を見守っているから。
(母さん……?)
初号機の目が、光る。
右手を突き出し、衝撃派を撥ね退ける。
『ぴこ?』
ポテトエルは不思議そうに首をかしげた。その隙を逃さず、初号機が跳躍し、飛び蹴りを決める。
『ぴこぴこ~』
ポテトエルが地上に叩きつけられる。
それを追って、初号機が再び跳躍した。
「始まったな」
柳也がその戦いを見ながら呟く。
「始まりましたね」
その声に反応する女が一人。
「裏葉。無事だったんだな」
「はい。柳也さんから第二支部が危険だと言われて、急いで退避しましたから」
「S2機関は人の手に余る」
「そのようですね」
「だが、人ならざるものならば、それを取り込むこともできるかもしれない」
「と、言いますと?」
柳也は初号機が飛び降りてくるのを見つめた。
「すぐに分かるさ」
初号機はポテトに馬乗りになると、右腕でポテトエルの左前足を引きちぎった。
「カノン、再起動……」
佐祐理が信じられないように呟く。だがその状況は見ている者にとっては明らかなことであった。
初号機はおもむろに、引きちぎった使徒の前足を、自らの左腕につなぐ。ぼこぼこっ、と接合面の細胞が活性化し、人間型の腕へと変化する。
「……すごい」
秋子がそう呟いたのが、唯一であった。
さらに驚くべき報告は、佐祐理がもたらしていた。
「まさか……信じられません! 初号機のシンクロ値、四〇〇%を超えています!」
四〇〇%!
全ての事象が、もはや誰にも理解のできない境地に到達していた。その中で美汐だけが、まじまじと初号機を見つめて呟く。
「目覚めた、というの。あの人が……」
秋子が素早く視線を走らせるが──それよりも先に初号機と使徒との間に変化が生じていた。
一度初号機の束縛から逃れたポテトエルが、距離を保ってA.T.フィールドを展開する。だが初号機は腕を一振りするだけで、その八角形の壁をたやすく斬り裂いた。
その余波で、ポテトエルの体にダメージを与え、大地に血の雨を降らせる。
初号機は、背中を丸めて腰を落とし、獣のように四足で移動を始めた。
「暴走している……」
舞の呟きに答えるものは誰もいない。
初号機は倒れたポテトエルに近づくと一度、おおおお、と唸り声を上げた。
『ぴ、ぴこぴこ~っ』
使徒の断末魔の声が響く。
初号機は大きく口を開き、そして──使徒にかぶりついた。
ごきゅ、という音が響いてその場にいた者たちに悪寒を走らせた。
「使徒を、食べてる」
ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ。
その音は、第三新東京市中に響き渡っていた。
余りのことに、真琴が気を失い、佐祐理ががたがたと震え出す。
「S2機関を、取り込んでいるんですね」
美汐だけが、青ざめながらも冷静に状況を見極めていた。
ポテトエルは、完全に動かなくなった。
初号機が食事する音だけがしばらく続いていた。
「祐一くん……」
香里が丘の上から、その様子を冷めた瞳でじっと見詰めていた。
しばらくして、初号機が満足したのか、立ち上がって再び、おおおお、と吼えた、
すると、肩や腕、背中、足などの装甲版が、次々と壊れていく。
何が起こったのか、秋子ですら目を見開いてその様をただ見つめていた。
「拘束具が……」
「拘束具?」
「そうです。あれは装甲版ではなく、カノンの力を封じ込めるための拘束具。その呪縛が、カノン自身の力で解き放たれていく……」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。
「私たちにはもう、カノンを止めることはできない……」
「初号機の覚醒と解放」
「往人司令は、シナリオを早めるつもりでしょうか」
「分からないな。だが、こうなった以上はこちらも用心しないといけないな」
「そうですわね」
「裏葉。もしものときは、頼む」
「はい」
「始まったな」
石橋が呟く。
「ああ。復活の時は近い」
往人が、ニヤリと笑った。
次回予告
カノンの覚醒により、人々は救われた。
だがそのカノンにパイロットは取り込まれ、物理的融合してしまう。
他の存在と同一化した祐一はそこに何を見るのか、何を知るのか、何を失うのか。
一方取り残された大人たちは彼の救出を画策する。
だが失敗する彼のサルベージ。号泣する少女たちが見たものは。
「……さすがに濡れ場はないですよねえ……」
次回、夢と記憶の狭間で交わした私と貴方の一つの約束
第弐拾話
もどる