「ではこのマンゴー・紅イモソフトにチャレンジしてみよう」
「勇敢なお前に敬意を表する」






【8−B】







 五月二日。飛行機は定刻に出発。相変わらず真央は飛行機に弱いらしく、離陸時に「ひっ」という声を忘れない。
「本当に相変わらずだな。また手を握るか?」
「うん、頼む」
 手を差し出したら、それをしっかりと握ってくる。
 沖縄行きの飛行機は満席で、後方の二人掛けのシートに座れたから良かったものの、三人掛けとか四人掛けで隣に人がいたら恥ずかしいというレベルではない。
 沖縄には午後二時には到着できる予定だ。そうしたら最初は先に首里城を見てから那覇市内の宿へ行く予定でいる。夜は国際通りを歩いてみようというプランだ。
「せっかく移動時間にゲームができるようにDS持ってきたくせに」
「上空まで行けば大丈夫。とにかくこの揺れと加速、重圧が駄目なんだ」
「見事な自己分析」
「うるさいぞ、悠斗。帰ったらまたナス料理にしてやる」
「では手を離そう」
「悪かったすいませんでした助けてください」
 やはりこの会話のテンポがたまらない。一番話していて楽しい相手。それが真央だ。
 しばらくして飛行機が上空まで上がる。ここでようやくほっと息をついた。
「落ち着いたか」
「うん。いつも迷惑をかけてすまないな」
「迷惑ではないが、そうだな。今度のお前の誕生日には面白いところへ連れていってやろう」
「……なんだか、悠斗がひどくいじめっこのように見えてきたぞ。気のせいか」
「半分は当たりだが、もう半分は素直にお前を喜ばせるためだよ」
「ならよしとしよう。まったく、悠斗の言葉はときどき信用できないからな」
 話をして少し気がまぎれてきたのか、真央の顔色が少しずつよくなってきた。






 そして、沖縄那覇空港へ到着する。降下を始めてから着陸、そして減速まで真央は体をずっと硬くしていたが、やがてゆっくりと深呼吸して落ち着きを取り戻す。
「着いた」
 真央が窓の外を見る。もちろんまだ風景としてはただの空港だが、そこはもう沖縄だ。
「ああ、着いたな」
 天気が良い。沖縄の梅雨入りは五月中旬。旅行中、雨はほとんど降らないと聞いた。北海道のときと同じように、良い旅行日和となりそうだ。
 飛行機から降りて、手荷物受け取り場まで移動する。移動する通路のあちこちに胡蝶蘭が植えられている。普段は鉢植えでしか見られない高価な花だが、これだけ無造作にあると正直驚く。



「悠斗、あれがシーサーか?」



 その胡蝶蘭に囲まれて、沖縄の守り神であるシーサーの焼き物が置かれている。こういうところは観光客を楽しませようという沖縄の努力が見てとれるところだ。
 シーサーは本来悪霊避けの意味を持つ伝説の獣で、その焼き物は建物の門や屋根の上などに置かれることが多い。沖縄では普通に民家に置かれているので、そのたたずまいだけで観光客を喜ばせることができる。たいしたものだ。
「気に入ったか」
「そうだな。悠斗から聞いてはいたが、実際に日本と違う文化を目の当たりにするのは楽しいと思う。私はどうあっても海外には行けないしな」
 戸籍の問題はどこまでも真央を縛る。だが、海外に行かない日本人などいくらでもいるし、こうして旅行をしているので、全くどこにも行かない人よりはずっといろいろなものを見られるだろう。
「荷物を受け取ったらレンタカーだ。行くぞ」
「ああ」
 そうして空港を出て、レンタカー乗り場まで行く。ここからレンタカーの置かれている場所までワゴン車で移動する。那覇市内からは遠ざかる方向になるが、大量にレンタカーを置く場所が空港付近に設置できないのだから仕方ないことだろう。
 およそ十分くらい走ったところに巨大な駐車場が見えてきた。そこが目的地のようだった。
 ワゴン車の中で手続きの大半を終え、あとは金額を支払えばすぐにレンタカーに乗ることができる。ものの五分とかからずにすぐにレンタカーに乗り込むことができた。
「今回はこの黒の車か。よろしくな」
 真央がその助手席の扉に手をあてて挨拶をしている。こうした光景も北海道のときには見られなかったものだ。
「じゃあ、早速出発するぞ」
「ああ。もう既に沖縄の景色を見て興奮しているけど、悠斗以外に誰もいなければ我慢する必要はないからな」
 真央は笑顔で助手席の窓から外を眺める。目的地を登録して、発進。駐車場から出てすぐにわあわあと何か見るたびに声を上げる。
「本当に屋根の上にタンクがあるんだな」
「沖縄は昔から水不足で困っていた地域だからな。特に二十世紀に入ってからは毎年断水が続いて大変だったらしい。アメリカ占領下であちこちタンクが取り付けられた」
「へえ。あ、看板がある。タンク清掃、一回五千円だって」
「個人でできるようなものでもないし、放置しておけば不衛生だからな。沖縄にしかない産業ということだろう」
「今でも断水になるのか?」
「いや、本土復帰になってからはほとんどないはずだ。実際にタンクを使うことはないんじゃないかな」
 そうして那覇市内を抜けて、目的地の首里城へ到着する。首里城公園の地下駐車場に車を止めて、公園の中へ移動する。
「あれ、観光地なのにお金は払わなくてもいいのか?」
「首里城は有料区画と無料区画に分かれている。有名な守礼門は無料区画。世界遺産の正殿とかの方が有料区画だな」
「ふうん。やっぱり大切なところはお金をかけるということなんだな」
「そうだな。だが、正確には立て直された正殿は世界遺産ではないんだ。その下に眠る城跡の方が本体。そちらは部分的にしか見られない」
「詳しいな、悠斗」
「パンフレットに書いてある」
「なんだ」



 そうして守礼門に到着。午後になってもまだ観光客は多いが、それでも午前ほどではないのかもしれない。結局那覇市内は国際通り付近で土産物を買うか、首里城に来るくらいしかない。それから自分たちの目的地へと別れていく。
「ただの門だな」
「それを言ったらおしまいだ。琉球の着物を着て写真を撮ることもできるみたいだな。こちらは有料サービス」
「ぜひ」
 そうして服を着させてもらって写真撮影。自分たちのデジカメでも撮ってもらった。
「現像されたものは後で送られてくるらしい」
「楽しみだけど、このデジカメだけでも充分嬉しい」
 笑顔で真央が言い、さらにその奥へと進む。
 門を抜けた先、そこにひっそりと観光名所っぽくなっているところがある。



「あれはなんだろう」
「あれは園比屋武御嶽(そのひゃんうたき)。れっきとした世界遺産だ」
「は?」
 真央が驚いてまじまじと見る。
「あれが、か? どう見てもただの門か何かにしか見えないぞ」
「それが沖縄の歴史に深い関係のある遺跡なんだ。正直、俺が見ておきたかったのはここでね。そんな無造作に置かれている世界遺産がどんなものなのか、見てみたかった」
「正殿とか守礼門とかより?」
「そんなのは写真を見れば様子が分かる。こうして目の前に立つと、まあちゃんとした遺跡に見えないことはないが、周りの冷めた様子はあまり伝わらないだろう?」



「確かに。みんなほとんどちらっと見て素通りだ」
「もともと御嶽(うたき)ってのは、沖縄の神様の居る場所でな。聞得大王(きこえおおきみ)ってのは分かるか?」
「いや」
「聞得大王ってのは、琉球王国を霊的に守護するもので、王族の女性が就く最高位にあたる。聞得大王に就任するとまず最初にやるのが各地の御嶽をめぐることで、沖縄の神々にようは顔見せをするわけだ」
「なるほど、霊的というのはそういうことか。つまり神々と交信して、琉球を守る巫女のようなものだな」
「そういうことだ。で、この園比屋武御嶽は、数ある御嶽の中でも必ず最初に拝礼する場所、つまり国家の聖地に当たるわけだ。確か王家の守護神をここに呼び寄せて祀るようにしたはずだ」
「物知りだな、悠斗」
「興味があったからな。前からここは来たいと思っていた。期待通りだ」
「何がだ?」
「この寂れ方。昔は聖地と呼ばれていたところが、今ではただの観光名所、それでいて観光客に相手にされない場所。ここには神様がいるのにだぞ?」
「……悠斗は本当に意地悪だな」
「というわけでお参りしていくぞ。神様がいるのにただ通り過ぎるのは失礼というものだ」
「ああ」
 そうして二人で門の前に並んで手を合わせる。
「他に同じようなことをしている人はいないな」
 終わって周りを見ると「あれは何だろう」という様子で見ている人もいる。
「本当はきちんと香を立ててやるのが礼儀なんだが、さすがに衆人監視だし、寂れてても世界遺産だからな。周りに迷惑だ。手を合わせるので精一杯」
「そうだな。それにしても意外だ」
「何がだ?」
「悠斗はこういう、神とかには全く興味がないのかと思っていた」
「もしかしたら神ではなく、人間かもしれないぞ?」
 真央が顔をしかめる。
「どういうことだ?」
「聞得大王っていうのは王族の女性ではあるが、その地位についたら神として崇められることになる。この御嶽には別の島から王族の守護神を『連れてきて』そこに祀ることにしたとある。さて、何か感じるものはないか?」
「連れてこられたものが神ではなく人間だった?」
「その可能性もあるだろう。単なる思い付きだが、神というものは人間をモチーフにしていることが多い。昔、王族の尚氏がどこかの島から『神』と決め付けた人間を連れてきてこの御嶽で人身御供とした。それ以後、ここではその人間を神として祀るようになった。そう考えても別に辻褄が合わないわけじゃない」
「悠斗の想像力はすごいな。そんなことが何かの本に書いてあったのか?」
「いや、本当にただの思いつきだよ。でも、俺は基本的に神を信じていないが、神を信じていた形跡には敬意を払うようにしているんだ。昔、そこで何があったのかなんて分からないからな」
「悠斗はすごい」
 真剣に真央が頷く。
「まあ、これで用件は終わった。さあ正殿へ行こう」
 そしてまた坂道を登っていく。



 そうしてお金を払って有料区画に入る。入った正面が正殿だ。



「これは」
「赤いな」
「今までの建物より三倍大きい」
「ネタ禁止な」
「むう、それくらい言ってもバチはあたらないと思うが」
「それにしても、まあ何というか」
「うん。赤くて大きい以外は普通の建物だな」
「あらかじめ予想はしていたが、新たな感動はないな」
 そのまま中に入って、宮殿内部をぐるりと見学。
「絢爛華美ではあるが、随分小さく感じるな」
「その分、広場が大きくしてある。当時の仕組みは分からないが、それが一般的だったんだろう」
 一通り見学して、出口へ。
「もう夕方に近いはずなのに、随分暑いな」
「ソフトクリームでも買うか。ご当地ソフト。いろいろあるぞ」
 土産物に混じって沖縄で有名なアイス屋『ブルーシール』の出店がある。
「ではこのマンゴー・紅イモソフトにチャレンジしてみよう」
「勇敢なお前に敬意を表する」



「これはなんと、見事に毒々しい」
「山吹色と紫か。ありえない」
「とりあえず紅イモを一口」
 真央が一口食べる。口の形が丸く開いて「おおっ」と感動したような声。
「美味しい、これ美味しいぞ、悠斗!」
 本当か、と思いながら真央が差し出してくるソフトを一口いただく。甘く味付けされた冷たいソフトが口の中に広がる。
「紫のくせに何故ここまで美味い」
「意外な掘り出し物だ。さて、次はマンゴーだな。うん、こちらも美味しい」
 真央が嬉しそうにそれを食べてからまたこちらに差し出してくる。ありがたくもう一口。こちらはマンゴーの風味がそのまま凝縮された感じだ。こちらも美味しい。
「沖縄は美味しいものが多そうだ。最初からこれだと次も期待できる」
「あまり期待しすぎるなよ。どこに落とし穴があるか分からないからな」
 真央はすっかりご機嫌だ。まったく、ソフトクリーム一つでここまで機嫌が良くなるのだから、女の子というものは現金だ。







【8−C】

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