「さて、次は真央お待ちかねの海中道路だな」
「……何か含むところがあるような気がするのは気のせいか」






【8−D】







 二日目。ホテルの朝食バイキングをすませ、すぐに駐車場から出て一路南方へ。
 今日は南方の斎場御嶽(せーふぁうたき)から北上するルートを通る。定番のドライブルートだ。
「斎場御嶽までは一時間くらいか?」
「プラスもう少しというところだな。まだ眠ければゆっくりしていてもいいぞ」
「まさか。多少睡眠不足でも、こんな普段と違う街並みを見て興奮せずにはいられない」
 本当に旅好きになった。自分と同じ感覚で見て回れるのは旅のパートナーとしては一番ありがたい。
「斎場御嶽は悠斗も行きたかったのか?」
「ああ。沖縄に来たら、斎場御嶽と園比屋武御嶽(そのひゃんうたき)の二つだけは見ておきたかった。園比屋武は昨日見たから、今日は斎場だな」
「沖縄の神話にはあまり詳しくないが、園比屋武御嶽のことは昨日聞いた。聞得大王が最初に参るところだったな。斎場御嶽っていうのは?」
「その聞得大王が管理している土地だ。御新下り(おあらおり)といって、聞得大王の就任式が行われる場所でもある。琉球を開いた創世の神アマミキヨが下りたとされる久高島(くだかじま)がこの半島の先にある。船で普通に行ける場所だ。そこから白砂を持ってきて御嶽に敷き詰め、御新下りをするらしい」
「今でもか?」
「まさか。明治時代にはもう琉球王国はなくなったからな。今ではやっていない」
「そうか。でも、その久高島というところには行ってみたいな。神の降りた場所か。どんなところなんだろう」
「魔王的には気になる場所か」
「魔王と神は基本的に相容れない存在だろうが、深く関係しているものではある。だからというわけじゃないが、いろいろな神話に属する場所というものは見ておきたいな」
 なるほど、だとするとこういった史跡めぐりの方が基本的に楽しいということか。もちろん、景色のいい眺めなども好きなのだろうが。
 そうして県道八十六号線を通り、小さなトンネルが見えてくる。
「そろそろだぞ」
「何がだ?」
 この場所がどうやらまだ分かっていないらしい。
「トンネルを抜けたらすぐだ。見逃すな」
 ほんの十メートルか二十メートルくらいのトンネルを抜けた、その先だった。
「う、わぁ……」
 思わず、真央の口からため息がもれた。



「なんて景色だ。絶景だ」
「ニライカナイ橋。沖縄ドライブルートの中でも一、二を誇る絶景だな」
 橋が大きくヘアピンして下の橋が見える。その向こうは海。これは確かに絶景というものだった。
「悠斗」
 口調は怒っているが、目は窓の外に釘付けだった。
「何だ?」
「黙っていたな。こんな綺麗なところを通るなんて」
「驚かせてやろうと思ってな」
 意地の悪い笑みを見せても真央には見えない。少し進んだ先に、駐車スペースではないがちょっとした空き地を見つけてそこに入り、車から降りる。
「すごい、すごいすごい!」
「下の橋から見る景色も良さそうだが、これは上の橋から見た方が迫力がある。下の橋から見たら単なる海の風景にすぎないからな」
「悠斗に同感だ。これは橋と海でセットになった景色だ。恐れ入った」
 まだ興奮冷めやらぬといった様子でじっと景色を見、それからデジタルカメラを取り出して撮影を始めた。
「これは本当にいい景色だな。ありがとう、悠斗」
「どういたしまして。まあ斎場御嶽に来るならこのルートで来たほうが絶対にいいと思ったからな。正解だった」
「うん。悠斗はいつも正しいな。たいしたものだ」
 そうして景色を満喫したところで、再び車に乗り込み、さらにドライブを進める。斎場御嶽はもう目と鼻の先だ。
「沖縄はすごいな。景色だけで魅せるというのはなかなかできない。北海道もそれはとても良かったが」
「お前なら日本中の絶景を見るまで満足しなさそうだな」
「む。確かに見られるものなら全て見たいとは思うが、そこまで欲張りでもないつもりだ」
「可能な限り見せてやりたいよ。お前が日本にいられる時間は長くないからな」
「それこそ、最後の一年は日本一周の旅くらいしてくれるのではないのか?」
「ずっと旅行ばかりだと、旅行が日常になるからよくない。こういうのはたまにだからいいんだ」
 まあ、真央となら家にいようが旅行をしていようが、何であっても楽しいに違いない。
「それもそうだな。そろそろ到着か?」
「ああ。着いたな」
 斎場御嶽の駐車場に入る。
「さて、レンタカーの話を旅行前にしたのを覚えているか?」
「うん? 確か、現地で面白いものが見られるという話だったな」
「そうだ。ほら、見てみろ。見事に『わ』ナンバーばかりだ」
「本当だ」
 小さな駐車場にぎっしりと詰まった車。右も左も前も後ろも全て『わ』『わ』『わ』。
「本当にレンタカーばかりなんだな」
「交通機関で移動するより車の方が便利な土地だということだ」
「あのエメラルドグリーンの車、可愛い」
「あんなレンタカーもあるものなんだな。まあ、目だっていいのかもしれない」
 そうして入場券を売っている小さな建物に入る。反対側に出口があって、そちらから斎場御嶽へ行けるようだ。



「さすがに世界遺産。しっかりとした石碑にしてあるな」
「確か、聞得大王の就任式をする場所だったはずだな」
「そうだ。ここから少し離れたところに泉があって、そこで禊をする」
「みそぎ?」
「水で体を清めることだ。神になるために、穢れを払うということだな」
「ふうん。変なものだな。水をかけようがかけまいが、人の身であることには変わりないだろうに」
「全く同感だが、神というものはそういうものではないかな」
「なるほど。そして就任式に向かうわけか」
「ああ。琉球王国時代は御嶽は全て男子禁制だからな。拝所には聞得大王とその付き人しか行けなかった」
「世が世なら悠斗は入れなかったということだな」
「そうだ。久高島ではいまだに男子禁制の場所があるからな」
 そうして排所へ向かう。
「ここがユインチと呼ばれる排所」



「ふうん。なんだか大きなつららみたいなのが上から伸びてるな」
「あれは鍾乳石。あの先からしたたり落ちる雨や結露などを聖なる水とし、下に壺をおいて受け止める」



「空っぽだ」
「雨が降っていないからな。それに、ここに水がたまっていても触ってはいけない決まりだ。ほら、そこにも書いてある」
 壺の前に注意書きがあって、溜まっている水を持ち出さないようにと書かれている。
「それだけ神聖視しているということだな」
「ふむ。それほど大切なものにしては、すぐに触れるところにあるのもどうかと思う」
 真央がとてももっともなことを言うが、そのあたりは観光地ということなのだろう。
「さて、そうしたら反対側だな。今度はサングーイに行くぞ」
「サングーイ?」
「漢字では“三庫理”と書く。まあ、見てみれば分かる」
 そうして来た道を引き返し、分岐路から反対側の道へ進む。そしてサングーイが見えてきた。
「ここだ」
「なるほど、三角だな」



「どうやったらこんなものが作れるんだろう」
「自然は偉大ってところかな。地層のズレでこんなものが出来上がったとしたらたいしたものだ」
「通れるのか?」
「もちろん。この先に久高島の遥拝所がある」
 そうして通りぬけてみると、その向こうに海が見えた。



「あれが神の島か。真ん中の高い山がそれらしさを感じさせるな」
「クボー御嶽だな。そこが男子禁制の場所だ。久高島は五穀発祥の地として沖縄では伝わっている。神の国とされるニライカナイからもたらされたということだ」
「五穀?」
「米、麦、豆、粟、黍だな。場所や記録によって違うこともあるが」
「行ってみたいな。さすがに時間的に無理だろうけど」
「家に戻ったらインターネットで見てみるといい。横断歩道が島に一つしかないような場所だ」
「へえ、のどかだな」
「確かさいたま第一の修学旅行は沖縄だろう。そのときに行ってみたらどうだ」
「悠斗は来ないのか?」
「学生でもない俺が一緒に行くのか?」
 あくまでも学校は学校。もちろん、学校で何があったか、誰と話しているのかということはよく聞いているが、自分から学校でのことについてはノータッチにしている。
「それなら諦めるか、残念」
「まあ、他にも興味深い場所はあるさ。さ、そろそろ行くぞ」
 そうして坂道を下りていく途中でヒールを履いた女性三人組とすれ違う。
「あんな靴で、大丈夫なのかな」
「最後までたどりつけないかもしれないな」
「もしそうだとしたら準備不足だな。歩き回るつもりならあんな靴は邪魔なだけだ」
「ヒールのある靴に興味は?」
「ない。あれでは走れないじゃないか」
「お前は実に考え方が俺に似てるよ」
「悠斗に育てられたようなものだからな、似て当然だ」
 いや、最初からこのような調子だった。それは間違いない。まあ、この世界であれこれ覚えたことはあるだろうが。
「さて、次は真央お待ちかねの海中道路だな」
「……何か含むところがあるような気がするのは気のせいか」
 真央がジト目で睨んでくる。まさか、と一言だけ返すと、ふん、とそっぽを向いた。






 海中道路は沖縄東部、平安座島(へんざじま)とを結ぶ海上道路である。



 沖縄返還前の一九七一年に開通した道路で、海の中を走っているような気分を味わえる。全長約五キロ。ちょうど中心部に休憩所である『海の駅あやはし館』があり、たくさんの土産物が売られている。また、レストランなどもそろっている。
「ここは確か、いくつかの島が橋でつながっているんだよな」
「そうだ。海中道路からつながっているところが平安座島。そこから南の橋を抜けた先が浜比嘉島(はまひがじま)。北東に行けば宮城島。さらにその奥に伊計島」
「制覇するつもりはないんだよな?」
「まあ、海中道路が見たいというお前の希望だったからな。その先までは考えていなかったが」
「意地悪だぞ、悠斗!」
「別に引っ張っているわけじゃない。でもいい眺めだろう?」
 海中道路の休憩所は往路・復路ともパーキングがきちんとある。だが休憩所は片側にしかないので、道路の上を高架橋がかかっていて、そこを歩いて渡れるようにしてある。そこからの眺めはまさに、海と道。ニライカナイ橋といい、沖縄は随分と景観を気にしている。
「確かにいい眺めだけど」
「せっかくだから海でも見ながら食事にしよう」
 そうしてランチバイキングの食事を取り、パーキングへ戻る。そして次の目的地へ行こうとしたところだった。
「あれ?」
「どうした」
「さっきの車がまたいる」
「さっきの?」
 と、真央が指さした先に、斎場御嶽で見たエメラルドグリーンの車が止まっていた。
「なんだ、同じところに来ていたのか」
「挨拶したくなるな。また次、同じところだったらどうしようか」
「さすがにそこまで偶然は重ならないだろう。付けまわされているわけでもないだろうし」
「だいたい、斎場御嶽のときは私たちより先にいたじゃないか」
「違いない」
 そうして二人は車に乗り込んだ。偶然というのはなかなか面白いものだ。







【8-E】

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