「私にそんなプレゼントをくれるなんて、悠斗は神か、天使か」
「お前本当に魔王か」
【12−B】
六月二十日は真央の誕生日であるが、最初に会ったときに誕生パーティは六月十八日に行うという取り決めをしていた。
とはいえ、今年は二十日が日曜日。別に十八日にこだわる必要もないだろうと話し、誕生パーティを『十九日』にすると伝えたところ、真央から猛反発がきた。
「十九日だけは絶対に駄目だ」
「理由を聞かせろ」
「日本とオランダの試合の日じゃないか。これを私から取り上げるなんて悠斗は鬼か、悪魔か」
「鬼でも悪魔でもないし、むしろお前のために十九日と言っているんだがな」
ワールドカップ南アフリカ大会。真央にとって唯一となるワールドカップ。真央はすっかりこのサッカーという競技に心を奪われてしまい、毎日試合を観戦し、毎日寝不足になっている。
「私のため?」
「ワールドカップを見ながら食事をする、正確には食事を見た後でワールドカップを観戦する、というのはどうだ?」
「じゃあ、どこにも出かけないで自宅でパーティか?」
「いや。ワールドカップを観戦しながら食事ができる店があるんだ。店内の客みんなで日本戦を観戦する。盛り上がるぞ」
「私にそんなプレゼントをくれるなんて、悠斗は神か、天使か」
「お前本当に魔王か」
自覚のない魔王にとっては、神も天使も信仰の対象らしい。面白いものだ。
「ところで、プレゼントは何がほしいか決まったか」
誕生日とクリスマスのプレゼントはいつも真央からリクエストをもらっている。今回もすきなものを言えと伝えていたのだが。
「ほしいものというか、認めてほしいことというか」
「ほう」
「ワールドカップを見ていて寝不足が続くので、学校に行かなくてもいいという許可を」
「やるか阿呆」
その額を軽く叩く。
「さすがの私でも、毎日一時に寝て六時に起きるのは辛いんだ。それに週末は三時過ぎまで放映しているから全部見ないと」
「サッカー愛好者としては見事だと言っておくが、決められたことはしっかりとしろ」
「でも、私にとってはこれが唯一のワールドカップ、これを見逃せば二度とワールドカップは見られないんだ!」
「四年後のワールドカップも今回のワールドカップも一回限りだ。お前だけが特別というわけじゃない」
「鬼! 悪魔!」
「今日はお前、そればっかりだな」
やれやれ、とため息をつく。
「いずれにしても体調が悪いというのでもない限り欠席は許さん」
「それなら」
「仮病は駄目だぞ」
「ううー」
唸った。真央が唸った。レアなものを見てしまった。
「だいたい、学校の時間とワールドカップの時間は一切かぶっていないんだ。何の不満がある。お前の心がけ一つだろう。そのわがままは認められない」
「だから誕生日プレゼントなんじゃないか」
既に涙目。よほど認めてほしかったのだろう。
「新しいことを学ばなければ、それを取り戻すのには倍以上の時間がかかる。いずれにしても学校を休むというのは駄目だ。そういうルールに従うということもお前には学んでもらわなければならないしな」
「悠斗はぐうの音も出ないほどの正論を言う」
がっくりと力を落とす真央。
「だから一日だけにしておけ」
ぱっ、と真央は顔を上げる。
「一日くらいなら休んだところでそうは影響が出ないだろう。自分で日にちを決めて、好きな日に一日休んでもいい」
「悠斗、大好き」
真央がしがみついてくる。うん、これは抱きついてくるではなくて、しがみついてくるというのが正しいだろう。
「一日だけだぞ」
「分かった。それなら来週の金曜日にする」
「もう決まってるのか」
「ああ。日本戦の次の日。試合を見てからゆっくり寝る」
「そうすると、日本とデンマーク戦の話を学校でできなくなるな」
「やめた。来週の木曜日にする。試合直前までゆっくりと休んで、次の日はがんばる」
「前の日は地上波の試合は一時までしかやってないぞ」
「どうしろというんだ悠斗は!」
「お前の好きにすればいいと言っている」
真央は混乱している。魔王も混乱するのか。意外な事実だ。
「というわけで、誕生日プレゼントはそれ以外で考えておけ。土曜日に一緒に買いに行くぞ」
「これ以上考えることは今の私には難しすぎる」
まあ、ゆっくり考えればいい。それもまた経験の一つになる。
というわけで土曜日はまずショッピングからということになった。
服とか服とかをひたすら見ていく。真央が真剣に服を探すのを見ているのは楽しい。こうしていると普通の女子高生なのだと思う。
「そういえば、学校祭の演劇はどうなったんだ?」
次の期末試験明けには学校祭がある。そのときに真央のクラスでは演劇をすることになったらしい。もちろん見に行くつもりだ。
「台本は麻佑子が昨日書き上げてきた。一通り読んだが、演劇向けになかなかよい仕上がりになっていた。見せ場がよく分かっている作りだ」
「ほう」
「安心してくれ。私は主役だが、キスシーンはない」
「それは安心した。そんなものを見せられたら舞台上の男を刺しかねない」
そう言うと真央が嬉しそうに微笑む。
「それは嫉妬ととらえていいのか?」
「解釈は自由に」
「ならそうしておこう。そう思ってもらえるのは女としては嬉しいものだ」
真央の様子は控えめにいっても【威風堂々】というものだろう。まったく、どう育てたらこういう性格になるのか。自分と初めて会ったときはここまでではなかった気がするが。
「六月一杯は舞台と衣装作成だな」
「本格的にやるつもりか」
「もちろん。といっても舞台が学園だからそこまで新しいものを作る必要も無い。制服が違う分は作らないといけないが」
「天野真央デビュー作か。楽しみだな」
「そう思ってくれるなら嬉しい」
「だが、このキャラクターだとお前の地でそのままいけるから、あまり演劇をする楽しさがないような気もするが」
「というか、劇の内容が決まった瞬間、主役は私しかいないとクラス中から一斉に指名を受けた」
それは分からなくもないが、真央はこのキャラクターほど自分勝手でもなければ強引でもめちゃくちゃでもない。ただその【威風堂々】さが一番適していると思われただけなのだろうが。
「学校祭はいつだ?」
「定期試験が七月の二日から六日。学校祭が七月の十七、十八日の土日。うちのクラス演劇は日曜日の午前十時」
「夏休み前の最後の大イベントだな」
「今年の夏休みはどこへ連れていってくれるんだ?」
「暑いから北海道か?」
「ゴールデンウィークに行ったばかりじゃないか」
「それなら東北を回るか。キャンピングカーを借りて車であちこち移動しながら二週間くらい」
「それは面白そうだ。今度こそツイッターで【どこどこなう】ができるな」
楽しそうに真央が笑う。最近もきちんとツイートしている。フォロワーも少しずつ増えている。麻佑子と笑美以外のクラスメートはHNで表現することにしたようだ。
「それなら計画を立てておかないとな。回りたいところをチェックしておこう」
「了解。初めての長期旅行だな。楽しみだ」
と、ちょうど通りかかった店舗の服を見た真央が自分の体にあてた。
「これはどうだ?」
薄いブルー地の半袖シャツ。
「似合っている。濃い色もいいが、薄い色も似合うな」
「ありがとう。まあ、今日はあまり荷物を増やしたくないところだけど」
「ほしければ買うといい」
「うーん」
悩んでいる。値段を見ると、真央のバイト代なら楽に買えそうなものだが。
「ならプレゼントしてやろう」
「本当に? でも、誕生日プレゼントが別に」
「それはそれ。こっちは中間試験学年三位記念。おかげで授業料が半額になって助かっている分」
「なるほど」
真央が笑う。
「それなら一ヶ月に一着は服をねだっても文句はないな」
「それくらいのご褒美があれば勉強ももう少しやる気が出るか?」
「まかせろ。これから卒業まで学年三位以内を死守して、毎月授業料半額分の服を買ってもらう」
「楽しみにしている」
実際、五月にあった中間試験で初の学年三位を達成し、真央は大変自信になっているようだった。それからも勉強はおろそかにしていない。たいしたものだ。
夕方になっていよいよ食事。
予約していた店は既にほとんどの席が埋まっていて、顔に日本の旗をペイントした人や、日本代表のユニフォームを着た人ばかりだった。
「いらっしゃいませ!」
店員も日本のユニフォームを来ている。今日は完全にワールドカップモードだ。
「今日は盛り上がっていきましょうね! 日本の勝利を一緒に喜びましょう!」
まだ試合も始まっていないが、勝利を確信したような言い方。オランダ相手ではなかなか勝つのも難しいだろうが、みんなが勝利を信じている。客も、店員も。
食事が終わったころにちょうど試合時間。つまみとジュースも運ばれて、いよいよキックオフ。
「いけーっ!」
「ふせげーっ!」
一進一退の攻防が続き、客も店員もみんなで大型テレビを見ながら絶叫する。
前半はスコアレスのまま後半へ。だがしかし、後半八分。スナイデルの強烈なミドルシュートがGK川島の手をはじき日本ゴールへ。
「ああっ!」
思わず真央が、いや客のほとんどが立ち上がる。そして一斉にもれるため息。
「おしい」
「強烈なシュートだった。あれは打った選手を褒めるべきだろう。川島もよくはじいた」
後半十九分には中村俊介が、さらには玉田、岡崎も投入しよりオフェンシブに。
だが、オランダは交代したアフェライが抜け出してキーパーと一対一に。
「とめろーっ!」
客が総立ちで叫ぶ。だが、川島が気迫のセーブでピンチを切り抜ける。
「危ない」
その後もアフェライが再びシュートを放つが、やはり川島とDFとで何とかピンチを切り抜ける。
「川島神。守護神。絶対ついてく」
「サッカー選手は山ほどいるが、魔王のファンがいるプレイヤーは川島一人だろうな」
こめかみをおさえる。川島も妙なファンができてしまったものだ。
ロスタイムにはペナルティエリア内で選手が倒されたがノーホイッスル。
「あれは! 絶対PKだ!」
「そうだそうだ!」
「審判おかしい!」
繰り返しスローVTRが出るが、たしかに手でおさえこんだ様子はあるが、ファウルといえるかどうかは微妙なところだ。
「ううううう」
「ここまでか」
長いホイッスルが鳴って、観客から一斉にため息。だが、善戦した日本代表に、みんなが拍手を送った。
「負けた」
真央は涙目。こういうサポーターが日本中に大勢いる。日本代表も喜ぶだろう。
「残念だったが、まだ三戦目が残ってるからな」
「うん。デンマーク戦は自宅だけど、全力で応援する」
試合が終わって、客がそれぞれ支払いをすませて帰宅していく。
「楽しかった」
店を出て大きく伸びを一つした真央。負けはしたものの、観客みんなで盛り上がるという体験をした真央は、また一つ人間を好きになってくれたのではないだろうか。
「また来たいな。来れるかな」
「機会があればな。さすがにこの時間帯で日本代表が試合をするのはワールドカップ期間中にはないだろうが」
「いい誕生日だった。最後は勝てればもっとよかったけど、そればかりは仕方ないな。ありがとう、悠斗。楽しかった」
「何を言ってる。誕生日はまだ終わっていないぞ」
真央が疑問符を浮かべる。
「明日も休みだしな。少し車を走らせるぞ」
「どこに行くつもりだ?」
「まあ、ついてからのお楽しみだ」
「では期待していよう。悠斗のことだ。きっと私を喜ばせてくれるに違いない」
真央が言って駐車場の車に乗り込む。それから車を走らせて、目的地に到着したのは日付が変わるくらいの時間だった。
「暗いな」
「山の中だからな」
「なんていうところなんだ?」
「美の山公園」
「美の山って言われても、こんなに暗いと何も見えないぞ。人も少ないし」
「暗くて少ないのがいいんだ。こっちだ」
暗いので真央の手をひいて展望台に上がる。
「うわあ」
その真央の口から感嘆の声が上がる。
「綺麗な夜景」
「埼玉は夜景のスポットがあんまりないんだが、ここなら気に入るかと思った」
「気に入った。すごい気に入った。ありがとう、悠斗」
そして、ちょうど時間は十二時。日付が変わった。
「そういえば、お前の本当の誕生日は二十日だったな」
「ああ、うん。悠斗とは十八日が基本誕生日祝いだから、あんまり意識してないけど」
「というわけで、あらためて誕生日おめでとう、真央。お前と出会えた幸運に感謝する」
真央の目に、うっすらと涙が浮かぶ。
「……ありがとう、悠斗。こんなに嬉しいことは、そうそうない」
「それはよかった」
「私は絶対にこの日のことを忘れない。悠斗と別れて、もとの世界で生きていくことになったとしても、私は悠斗から優しくしてもらったこと、喜ばせてもらったことを絶対に忘れない」
「俺も忘れない。お前と一緒に暮らしているこの日々のことを、絶対に」
久しぶりに頭を撫でる。すると真央は目を閉じてその頭を自分の胸に預けてきた。
「大好きだ、悠斗」
「俺もだ」
【12-C】
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