10個の星




 夜になってから、食堂に全員が集まった。
 上座にはまだ誰も座っておらず、食事の準備すらされていない。
 上座から左手にはリンさん、ロアルさん、ジェシー、そして右手には響に私、そしてリョーコ。
 午後七時の鐘が屋敷の中に響くと、食堂の入口に控えていたサイモン氏が一礼して下座から挨拶を行った。

「本日はお忙しい中お集まりくださり、まことにありがとうございます」

 サイモン氏は日本語で話す。この間の冒険のときは思いもしなかったが、どうしてみんな日本語で話してくれるのだろうかと思っていたら、トレジャーハンターの『ロード』たる響に敬意を表して日本語を使うのだという。
 こうした複数のトレジャーハンターが集まっている場合は、その中で最も力があるとみられるトレジャーハンターの言葉を使うのが常なのだそうだ。
 おかげで私はほとんど言語関係で困ることはない。

「それはいいけどさ、じいさん。肝心の『ハワード』さんはどこなんだい? 未だに姿を見せてくれてねえが」

 その『ハワード』という名前がこの屋敷の持ち主であることは間違いないが、それが本名であるかどうかは分からない。空いている時間を利用して私もこの館の持ち主が誰なのか調べてみたが、この屋敷からは何も発見することはできなかったし、他のトレジャーハンター(ロアルさんとジェシー)も知らないとのことだった。

「旦那さまはご病気で、こちらにお顔をお見せすることはできません。申し訳ございません」

「おいおい、俺たちを集めたのはその『ハワード』って奴なんだろ? その張本人が現れないってどういうことなんだい?」

「旦那さまからは、お言伝をお預かりしております。まずはお食事をいただかれたく存じます。依頼の話はその後に願います」

 サイモン氏は全く表情を変えることもなく淡々と話していく。執事たるもの、どのようなときでも冷静でいられなければ務められないというところか。
 とにかく、ワインが注がれて食事の時間となった。
 食事は地元の海で捕れる魚を中心に、地元料理を中心としたものが最初からテーブルに燦然と並んでいて、どれから手をつけていいものか正直悩むほどだった。
 私はとりあえず響を見たが、彼が作法など知っているはずがない。いきなり魚にかぶりついていた。
 その点、リンさんはナイフとフォークを使って、前菜と思われる小皿から食べ始めた。
 彼を見習えばいい、と私は理解した。

「そういえばさー、ヒビキ♪」

 食事の最中でももちろん話し掛けてくるのはジェシーだ。

「あらジェシー、あなたまだヒビキの追っかけやってたの? 相手にされてないんだから、いい加減諦めたら?」

 そして当たり前のように突っ込みを入れるのはリョーコだ。

「ふん、嫌われてるリョーコよりはマシだと思うケド? そう思いませんか、ユキさん?」

 私に振らないでください──と心の中では大絶叫。

「やめとけよ、ジェシー。ユキさんが困ってるだろ」

「う〜ん、まあいいですけど。そういえばロアルさんとは今回初めてですね。お手柔らかにお願いします」

「あんた相手に手なんか抜けないさ。その分ならもう俺のデータなんて、ここに来る前から調べがついてたってとこだろ?」

「えへへ、バレちゃいますか?」

「世界最強のクラッカーが相手じゃ、手なんか抜けるわけないじゃない。あ〜あ、今回のネタは絶対モノにしようと思ってたのに、相手が悪すぎるわ」

 やはりこの5人が揃っていると、会話になるのはロアルさん、ジェシー、リョーコの3人らしい。上座に近い響とリンさんは無口だが、丁寧に食べているリンさんとがっついている響。あまりに対照的だった。
 食事は美味しい。でも、左の無口な2人、右の賑やかな3人。挟まれている私は非常にいづらかった。

(……胃が痛い)

 響の機嫌が悪いということを知っているだけに、右の脳天気な三人組がねたましくてならない。

「ところでさ、ヒビキ?」

 ジェシーがなおも話しかけようとして、ようやく響が視線を上げた。

「1つ聞きたいんだけど、今回のヤマはヒビキが絶対に手に入れなきゃならないものなのかな?」

 ぴたり、と全員の手が止まった。

(な、なに……?)

 私もつられて手が止まる。

「いや、お前らが期待している通りのものだ。金になる以外の使い道はないだろう」

「ふぅ〜ん、それじゃあ今回はちょっと気合入れてオタカラ狙ってみようかな」

「アンタは相手がヒビキなら絶対気合入るでしょうが」

「そういうリョーコだって、宝石相手じゃ目の色違うじゃない」

「おいおいお嬢さん方、俺だってリンだって、手を抜く気はさらさらないって分かってるかい?」

 既に雰囲気は元に戻っている。一瞬手が止まっていたリンさんも、食事を再開している。

(な、なんだったの、今の)

 響がとてつもない『力』を秘めた道具を集めていることは知っている。
 そして今回の道具はそのような『力』を秘めたものではない、ということなのか。

(2ヶ月ぶりの作業だけど、そんなに乗り気じゃないのかな)

 それともただ単に情報を与えないだけなのかもしれない。つくづく響という人間が謎に包まれていると思い知らされる。

「さて、そろそろ食事も終わりだろう。デザートを食べながらで構わないぜ、じいさん。説明を始めてくれ」

 ある程度きりのいいところで、響が控えていたサイモン氏を促した。さようでございますれば、と一言おいてサイモン氏は再び下座に立つ。

「今回みなさまにお探しいただく宝は、皆様の予測とは違ったものにございます」

「予測と違う?」

 ロアルさんが合いの手を入れる。

「はい。皆様は今回の宝が『ネフェルティティの左目』であるとお考えでしょう。それはある意味では間違いありません。が、それは旦那さまのお手元にあります」

「ほう。というと?」

「お集まりいただいた皆様に集めていただきたいのは『ボーアの星』です」

 全員の顔に疑問符が打たれる。表情が変わらなかったのは、リンさんと響の2人だ。

「なるほどね。ということは当然の帰結として、ここの『旦那さま』とやらはオランダ系移民の子孫ってわけか」

「さようでございます」

「んー、ヒビキ、ちょっと話が見えないんだけど」

 リョーコが会話に入ってくる。

「無知」

「仕方ないでしょ、知らないものは。で、なにさ」

「どうせそのじいさんに聞けば分かる話だからな……南アフリカはもともとオランダ人が殖民した、ということは当然知っているな」

 響は簡単にことのあらましを説明した。
 もともとオランダが殖民したこの南アフリカは、1814年のウィーン会議で正式にイギリスに譲り渡された。だが現地のオランダ系移民であるボーア人とイギリス人との間では軋轢が生じた。
 イギリス人が入植したのは、この地で金とダイアモンドが発掘されたからだ。イギリスはそれを奪おうとしてボーア人相手に戦争を起こした。これが1899年から1902年の間でおこったボーア戦争である。この戦争に勝利したイギリスは経済の権利を全て奪い、1910年、この地に南アフリカ連邦を設立させ、植民地化した。
 植民地化したとはいえ、政治の代表はボーア人が務める。その際、イギリス人がボーア人の政治体制を認めるにあたり、非公式に贈ったとされるのが『ボーアの星』と呼ばれる10個のダイアモンドだという。
 その10個のダイアをはめ込む紋章が存在し、それを持つものこそ南アフリカを制する者である、とイギリスから言い渡されたのだ。

「お詳しいですな。その話が国内の、一級秘密に該当するのですが」

「私も知らないよ。さすがヒビキだね!」

 サイモン氏の賞賛を我がことのようにジェシーが喜ぶ。

「だが問題は、そんなものを贈ったイギリス側の目論見だ」

「ははあ、その南アフリカを統べる者としての象徴たるアイテムを持たせることで、ボーア人の結束を弱めようとしたわけだ。内部分裂を狙ったんだな」

 ロアルさんが鋭いことを言う。

「そうだ。不文法だが、南アフリカ連邦の成立以来、ボーアの星を持つ者はこの国の王だ。もちろん1961年にイギリス連邦から脱退し、共和国となった現在の南アフリカではこんなものに価値はない。あくまでも南アフリカ連邦にとって、ボーア人にとって価値があるということだ」

「なあるほど。お前の言いたいことがやっと分かったぜ」

 ロアルさんはにやりと笑った。

「つまりここの旦那さまとやらは、白人絶対主義、南アフリカ連邦を再興させて、もう一回アパルトヘイトをやるつもりなんだな」

「だろうな。今『ボーアの星』を集める理由は、ボーア人、つまり白人を全部集めて一致団結し、開明的な政治に対して逆行させようとすることしかない」

 嫌な話だ。
 ここでもし『ボーアの星』とやらをすべてそろえたとしたら、この国は昔のように平等というものが失われてしまうのだろうか。

「お気にめす、めさないは皆様のご自由に願います。ですがそのかわり、謝礼として『ネフェルティティの左目』は差し上げましょう」

 全員の目の色が変わった。

「カーターが横流ししたという黒硝子か。考古学的価値は高いが、宝石としての価値はどんなもんなんだろうな」

 ロアルさんが肘をついて顎を手に乗せる。

「アタシは構わないよ。『ネフェルティティの左目』となれば、名前だけで充分集めるに値するね」

 リョーコはやる気まんまんだ。

「私も文句なし。リンさんも立ち上がってないところを見るとやる気ありってところね。ヒビキは?」

「つまらない仕事になりそうだが、暇つぶしには丁度いい」

「ふうん。ま、いいぜ。そういうことなら俺だって腕試しには丁度いい。この程度のヤマなら殺し合いになることもなさそうだしな。ま、現場で鉢合わせともなりゃそうはいかんだろうが」

「だが問題がある」

 響がそんなことはどうでもいいと言わんばかりに話を中断させる。

「その10個のダイアがどこにあるかということだ。場所がわからないのでは意味がないし、所持者がいるのなら買い上げるか、奪うかということになる」

「場所は、今よりお伝えいたします」

 そう言うとサイモン氏は6人分の紙資料を手渡していく。

「10箇所か……」

「はい。初代首相ルイ・ボータはイギリスの狙いを看破し、10個のダイアをこの南アフリカの地に眠らせることとしました。その資料に書かれている場所が、ダイアのありかです」

 全員が顔をしかめている。それはそうだろう。
 これだけの情報で、いったい何を調べろというのだろうか。

ヨハネスブルグの『スタークフォンテン洞窟』
プレトリアの『英雄墓地』
ケープタウンの『デビルスピーク』
ポートエリザベスの『7番目の城の丘』
キンバレーの『ビッグホール』
ダーバンの『ヴァスコ=ダ=ガマ時計塔』
ブルームフォンテンの『大統領官邸』(旧大統領官邸)
ジンバブエの『ビクトリアの滝』
ピーターマリツブルグの『最高裁判所』(旧最高裁判所、新タータム美術館)
ケープ半島の『喜望峰』

「具体的にどこにあるとは申せません。ルイは万が一のためということで、10箇所のありかのみをこうして残したのです。どこに隠したのかまでは定かではないのです」

「その不確定な情報だけで集めろってか……無茶な話だぜ」

 ロアルさんが毒づく。全員同じ気持ちだろう。

「場所だけが問題、というわけではない」

 それまで、ずっと黙っていたリンさんが、ついに口を開いた。

「ん、どういう意味だよ、リン」

「阿呆。ロアル、少しは頭を使え」

 リンさんの言いたいことを理解しているのか、響が後を続けた。

「目的のブツは10個、だが報酬はたったの1つ。この整合性をどうつけるか、ってことだ」

 全員の視線がサイモン氏に注がれる。

「はい。10個全てを集めてもってきてくださった方に、旦那さまは謝礼を差し上げたい、と」

「おいおい、そうでなきゃただ働きってことかよ」

「滞在費、交通費、その他の必要経費は全てこちらでお支払いいたします。また、みなさまの働きに応じた謝礼もご用意いたします。ですが、ネフェルティティの左目は最終的に10個全てを持ってきてくださった方のみにお渡しする、ということで」

「ということは、だ」

 五人の視線が、素早くテーブルの上を切った。

「……奪い合い、ってことだな」

「ふふ、燃えるわ」

「がんばるぞ〜」

「やれやれ。ま、少しは楽しめそうだがな」

 そのようなやり取りを聞いていた私は、この人たちが自分と決定的に違うところを一つだけ発見していた。

(……この人たちは、この仕事でお互いに命のやり取りをしても問題ない、と思っている)

 ジェシーの両親も、秘宝の奪い合いで響に殺されている。
 それが当たり前の世界なのだということを、この時私はようやく思い知っていた。



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