第陸幕






「それじゃあ、セリア」
「あ、ああ……」
 その夜。帝国へ戻るアイレスを、ウィルザとセリアの二人が見送りに出た。
 セリアとしては、どんなことをしてでも引き止めたかった。アイレスにしても、引き止められたなら迷うところであっただろう。
(あの時と、同じか)
 アイレスには、帰るところがある。
 二度までも、自分はアイレスに遠慮しようとしている。前は家族に、今度は。
「なあ、アイレス」
 じっと、見返してくるアイレスの前に言葉がそれ以上続かない。
 行かないでくれ。
 ずっと、俺の傍にいてくれ。
 その言葉が、どうしても口にならない。
(なんだよ、それは)
 ふと、自分が何を考えていたのかに思い当たり、苦笑を浮かべる。
(まるで求婚じゃないか)
 その様子を見たアイレスが苦笑し、セリアの肩に手を置いた。
「なんだよ、真剣な顔になったり、怪しげな笑いを浮かべてみたり。変な奴だな」
「いや、何でもないよ」
「そうか──そうだ、一つ言い忘れていたことがあった」
 アイレスが伝えたことは、ルーリックが反乱軍に派遣したスパイのことであった。
「ミレーヌ? あいつが帝国、いや、ルーリック将軍のスパイ?」
「はい。連絡は重要なものだけ、ミレーヌからルーリック様に伝えられていました。こちらからミレーヌには連絡をとらない、もしそうしていれば正体をつきとめられるおそれもありましたので」
「あいつには、そんな後ろ暗いところは何もなかったが」
「ええ、反乱軍に全面的に協力すること、その重大事項のみ連絡すること。その二点が任務でしたから」
「なるほど。ではこれからは、我々の連絡係になるということかな」
「そうですね。ルーリック様はおそらくそう考えておいででしょう」
(アイレス……)
 そんな話を、最後にしたいんじゃない。
 もっと他に、他に何か言いたいことがある。あるはずなのに。
「セリア、元気でな」
「アイレス」
「そんなに悲しそうな顔をするなよ。これからは、仲間だ。立場は違っても、あの誓いのために自分は全力をつくす」
「そうだな。帝国を妥当する。俺と、お前の誓いだ」
 そんなことを確認したいんじゃない。
 何か、何かを言いたいのに。
「それじゃあな」
「…………」
 アイレスは、ゆっくりと振り返り、帝国への道を戻っていく。
 その背中が姿を消しても、ずっとセリアはその後を見つめていた。
(俺は何を言いたかったんだ)
(分からない。でも、伝えたいことがあったんだ。ずっとお前を探していたんだ。お前に会えば、会えばどうにかなるとでも思っていたのかもしれない、俺は)
(俺の気持ちを、分かってほしかったのだろうか……)
(それとも俺は、都合のいいことばかり、あいつに求めていたのかもしれない)
「ねえ、セリア」
 ずっと思いにふけっていると、背後からウィルザの声がかかった。
「なんだ、いたのかウィルザ」
「ひどいな、それは」
 セリアを安心させるかのような微笑み。どことなく憂いを帯びた、相手のことを気づかう表情。
「セリアは、一緒に行きたかったんじゃないの?」
 目を丸くした。
「俺が、一緒に?」
「うん、そう見えた。アイレスを引き止めたいと思うより先に、アイレスと一緒に行きたいって考えているように見えた」
「それは考えすぎだ。俺はもう、お前の傍以外に行くところはない」
 ざざっ、とウィルザが後ずさった。
「……なんだよ」
「せ、せ、せ、セリア?」
「なんだよ、いったい」
「まさかセリアがそんなに優しい言葉をかけてくれるなんて」
「お前な、俺をからかうのもいいかげんにしろ」
 右手でかるく、こつん、とウィルザの頭を叩く。
(あんなことを言われたんじゃ、もうどこにも行けないじゃないか)
 当然そのことを口にしようものなら、ウィルザがつけ上がるのが目に見えているので決して言葉にはしない。だがそれはセリアの偽らざる本心である。
「だが、そうか、一緒に行くという手はあったな」
 突然、真剣な表情にうってかわって、セリアは考え込み始めた。
「ちょ、ちょっとセリア、本気かい?」
「本気だ」
「そんな……」
 ウィルザが泣きそうな表情になったので、逆にセリアの方がうろたえてしまう。
「ああ、違う、そうじゃない。安心してくれ、ウィルザ。俺はお前から離れるとか、そういうことを考えているわけじゃない」
「じゃあ、どういうことだい?」
「うん、アイレスが仕えているというルーリック将軍。一度自分の目で見ておくことが後々のためになるかもしれない」
「なるほど、協力を申し出たのがどういう人間か調べておくことも大事ということか」
「アイレスが信用するほどの人間だ。見なくてもそれだけで信頼はできるが」
 アイレスは二人の王者を見てそれでもなおルーリックを選んだ。つまりそれだけの魅力がその人物にはあるということである。
 ではもし、自分がルーリックを見たならばどういう印象を抱くのであろうか。ウィルザの下には戻ってこれなくなるだろうか。それとも、選ぶことができなくなってしまうだろうか。
「ウィルザ」
「分かっているよ。しばらく暇をくれって言うんだろ?」
「こういう時期だということは理解しているが……いや、今だからこそというべきかもしれない。戦闘が始まる直前、ルーリック将軍が直接ここへ向かう、まさに今。最小限の日程で、目的だけを果して戦闘開始前に戻ってくることも不可能ではない」
 それには向こうの状況を正確に把握しておくことが必要になる。帝国軍の動きにあわせてこちらが動くことができれば、ほんの数日で行って帰ってくることができるはず。
「いいよ」
「ずいぶん、あっさりと言うんだな」
「まあ、別に今日明日、すぐに行くっていうわけでもないだろうし、こっちは作戦さえ立ててしまえばあとは実行部隊の隊長たちに任せて構わないしね。あと問題になるのはセリアがそのままアイレスのところに留まって帰ってこないっていう可能性だけど、まあこれは考えても無意味だから」
「それはどういう意味だ?」
「もしアイレスと一緒に行動したいって思うんだったら、別に何もなくてもセリアは彼の元に行く。心配するだけ無駄ってわけさ」
「違いない。が、何だか見透かされているみたいで気味が悪いな」
「そりゃあそうさ。愛するセリアのことだったらなんだって」
 ぱん
「……痛い」
「帝国軍の動きを見て、何とか接触してみる。部下たちが動揺するかもしれないが、必ず帰ってくると説き伏せてくれ」
 セリアはそれだけ言い残して、砦への道を戻った。
「あ、待ってよセリア」
 遅れて、ウィルザがそれを追ってきた。セリアは無視して、足を早めた。






 帝国軍侵攻の報がもたらされたのは、それから三日後のことである。
 この事実から考えると、アイレスを送りだしてすぐに帝国軍は進軍を開始したということになるだろう。
『これくらいの時間で応戦準備もできないようでは、同盟を組むに値しないということではないかな』
 ウィルザはそう言うが、おそらくルーリック側としては、帝国軍が侵攻してくるという情報をこちらが手に入れているという前提で、行動しているのではないだろうか。
 とにかく帝国軍の侵攻ルートと速度はセリアの予測の範囲を超えるものではなかった。ルーリックが手加減をしているのか、それともセリアの能力が高いのか。いずれにしても敵軍の考えがはっきりしている以上、その先の侵攻ルートも推測がついた。
 既に迎撃準備、撤退準備は共に整っている。もはや自分にできることは、全てが終わっている。
(三日だ)
 帝国軍が侵攻してくるまで三日。
 自分が行って帰ってくるまで三日。
(帰って……)
 ウィルザが自分を信じてくれるよりも、セリアは自分のことを信じていなかった。一度アイレスのところへ行ってしまえば、もう二度とそこから離れられないのではないかという思いが募っていた。
『セリア』
 出発前、ウィルザがかけてくれた言葉が頭をよぎる。
『もし、君がそこに留まりたいと思うのだったら、僕はそれでもいいと思っている。僕に義理立てしようなんて思うくらいなら、君は君の信じた道を進んでくれ』
 そう言いながら、あいつは自分が帰ってくるということを疑っていない。
(もしも……)
 もしもアイレスとウィルザのどちらかを選ばなければならないとしたら、自分はどちらを選ぶのだろう。
 唯一の親友と、最高の主君。
 どちらも自分にとってはかけがえのないもので、比べることなどできない。お互いでさえなければ、他のどのようなものであっても比べ物にならないほど大切な存在だ。
 ウィルザのためならば、どのような犠牲をも厭わない。
 アイレスのためならば、全てを投げ捨ててもかまわない。
 だが、この二人のどちらかなど、自分には選べない!
「そんなに、俺を苦しめるなよ、二人とも……」
 自分が可笑しかった。自分には大切なものなど何もないと思っていたが、たった二つだけ、例外があったことが嘲笑に足りるものであったのだ。






 宵闇にまぎれて、セリアは帝国軍の陣営にもぐりこんだ。
 今夜の内に会い、今夜の内に帰る。時間の余裕は全くなかった。いくら自分がいなくても反乱軍が機能するとはいえ、やはり軍参謀がいるといないとでは大きな違いがある。
(まずは、なんとかアイレスのテントへ……)
 アイレスに会うことができれば何とか取り計らってもらえるはずだ。ルーリック将軍に直接会うことは難しいだろうが、その副官であれば接触は可能なはず。
「異常なし、と」
 巡回の兵士が、物陰に隠れているセリアのすぐ傍を通りすぎていく。陣営にもぐり込むことがそもそも困難な作業であったのに、この上巡回まで行っているとは、ルーリックという人物はよほど神経質なのか、それとも隙がないのか。隠密行動を取る自分にとってはどちらにしても面倒なことには違いない。
(アイレスの居場所が分かれば)
 巡回の兵士に直接尋ねる──無論捕らえるという意味であるが──方法もあったが、できることなら事を明るみにしたくはない。可能なかぎり目立つ行動は避けるべきだ。
(まずはこの陣営の全容を知らなければ)
 アイレスがいる場所が右なのか左なのか、それすら分からないというのでは接触することなど不可能だ。全容を探ってから、見当をつけて行動する方がいいだろう。
(とはいえ……)
 さすがに帝国第二軍。今まで見たこともない規模の軍隊であった。軽く万は超えているであろう。従軍している者まで含めたならばいったいどれだけの数がこの遠征軍に参加しているのか、考えるだけでおそろしい。
(さすがに正面きって戦っても勝ち目はないな。ウィルザめ、俺に黙って作戦を決めやがって)
 反乱軍の副リーダー、軍参謀という立場のセリアとしては、自分に何の相談もなく解決策を講じたウィルザのことを妬む気持ちが少なからずある。どのみち拠点を放棄する以外に策はなかったであろうが。
(徹底交戦して仲間を失う愚策は取りたくないしな)
 帝国第二軍といえば、首都防衛の任を負う帝国第一軍に対し、他国への遠征を主とする行動部隊としての任を負っている。反乱の討伐などは帝国第五軍が行うことが多いのだが、それは別に定まっているわけではない。第一軍をのぞいた残りの十二の組織、すなわち第二軍から第十三軍まで、これらは全て遠征・治安のための軍ということになっている。
 行動部隊として最高の権力をもつのが第二軍である。第二軍の将軍は第一軍を除く他の軍の指揮・命令権を握っている。だからもし第二軍が反乱軍を討伐するために全軍を集合させようと思ったならば、決して不可能ではないのだ。
 つまり、第二軍が出てくるという事実は、帝国にとって『本気』を示しており、いかなる犠牲を払っても敵軍を掃討することが使命というわである。
(正面から戦うのは無謀だ)
 だからこそ相手に効果的に被害を与え、壊滅したと見せかけて撤退するという作戦がもっとも有効である。そして、その戦略に思い至った人間が二人、存在する。
(なんとしても、会わなければ)
 ルーリックに会うことで、いったい何が変化するというのだろうか。それはセリアには分からない。だが、アイレスとウィルザが出会い、自分とルーリックが出会うことで、反乱軍とルーリック軍との間に何らかの絆ができるのではないか、とは思う。
「そこで何をしている!」
 しまった、と振り向きつつ身構える。思索にふけって周りに注意を払うことを失念していた。
(やむをえない)
 さいわい、相手は一人。他の兵士に気づかれる前に。
「抵抗するつもりか」
 男が剣を抜く。だがセリアは攻撃をしかける時間を与えず懐に飛び込み、みぞおちを突いた。鎧の上からでも、充分に衝撃があったはず。
「ぐふっ」
 男はよろめき、一歩後退する。生じた隙を逃さず、セリアは相手の側頭を蹴りつけた。呻き声をもらして、男はばったりと倒れた。すかさずセリアは相手をうつ伏せに組み伏せて後ろでに縛り上げる。
「相手が悪かったな」
 男の実力がかなりのものであることはセリアには分かっていた。だが、男が油断していたこと、セリアの実力の方がはるかに勝っていたこと、この二つが戦闘を手早く終わらせる原因となったのだ。
「聞きたいことがある。答えてもらえるだろうな」
 ナイフを取り出し、相手の首筋に押しつける。だが、相手は友好的にはならなかった。
「反乱軍か」
「さあ。どうしてそう思う?」
「反乱軍以外に、このようなことをする者がいるか」
「本当にそう言い切れるのか?」
 これは単なるはったりにすぎなかったのだが、意外な効果をもたらしていた。「まさか……」という呟きが、たしかにセリアの耳に届いた。
「俺を捕らえて、どうするつもりだ?」
「どうもしやしないさ。情報さえいただければな」
「お前が誰であれ、何も答えることはできない」
「アイレス、という名前を知っているか」
 セリアにしてみればこの男が何を考えていようがどうでもよかった。情報を引き出せるのなら有効に使う、協力的にならないというのであれば始末するだけのこと。
 男は黙り込んだ。知っているのか、それとも知らないのか。少し、ナイフを持つ手に力を込めた。
「アイレス殿が、どうかしたのか?」
「なに、昔話でもしようかと思ってな」
「昔話?」
「質問しているのは、俺だ。アイレスのことを知っているんだな?」
「…………」
 これは協力的にはならないかと、さらに力を込めようとした時。
「待て。一つ聞きたいことがある」
 男が突然そう言った。セリアは一度目を大きく開いて、そして微笑を浮かべた。
「自分の立場を分かっているのか?」
「そのつもりだ」
「いいぜ、言ってみな」
「お前はまさか、セリア、という名前ではないのか?」
 自分の名前が飛び出てきたことに驚いたが、動揺を表すほどセリアは幼稚ではない。
「そのセリアだったらどうするつもりだ?」
 自分の名前が出回っている。それはアイレスが部下に教えたという以外には考えられないことだ。うまくすれば、出会えるかもしれない。
「それは、言えない」
「言えよ。お前がアイレスの部下だってことは分かっているんだ」
「やはりきさま、くそっ」
 突如、男は抵抗を始めた。無駄なことを、と思いつつセリアはナイフを男の首筋から離した。
「お前、死ぬつもりだったな」
「殺せっ!」
「そういうわけにはいかない。お前にはアイレスの居場所を教えてもらわなければならないからな」
「居場所?」
「そうさ。古い友人のセリアが会いにきた、とアイレスに取り次いでくれると助かる」






「セリア。早かったな」
 セリアの顔を見て、アイレスは驚いた風もなく言った。
「やれやれ、こちらの行動は筒抜けか?」
「いや、推測しただけのことだよ。君ならどう動くか、とね」
「それで部下に俺の名前をばらまいたんだな。じゃあ、俺がここへ何をしに来たかはもう分かっているわけか」
「君の目的は、ルーリック様にお会いすること。そしてその人物を見極め、反乱軍との間に信頼関係を結んでおくこと」
「さすがだな」
 二人は微笑みあった。
「それにしても、こんなにうまくお前に出会えるなんて思ってもみなかったよ」
「もしあと一日来るのが早かったなら、会えなかったさ。自分が軍に合流したのは今朝のことだ」
「何、してたんだ?」
「反乱軍と戦うにあたって、いろいろと小細工をな」
「お前らしくない言い方だな。教えろよ」
「別にたいしたことじゃないが、耳を貸せ」
 よほど露顕することを恐れているのだろうか。セリアは目を細めてアイレスに近づいた。
(この戦いで、確実に殺さなければならない将兵を仕留める罠をしかけていたんだ)
(なるほど。具体的に、誰を消すつもりなんだ?)
(五つの砦に侵攻する五人の部隊長だ)
(罠、とは?)
(万一仕留め損なった時のために、暗殺部隊を配置していたんだ)
(なるほどな。お前らしくはないが、効果的だ)
 もともとアイレスにせよ自分にせよ、そういう策略をめぐらせることは本分である。だが、騎士道精神を父親から植えつけられているアイレスにとって暗殺という手段をとることは辛い選択であっただろう。どちらかといえば、それは自分の領分である。
「なるほど。それで、俺はルーリック閣下に会うことはできるのか?」
「これからルーリック様のところへ行くところだった。君も来るといい。帝国軍の装備一式を貸すから、それで周りの目は誤魔化せる」
「了解」






 そして二人がルーリックのテントへ向かった。その、途中のことであった。
「これは、アイレス殿」
 アイレスがその声の主に向かって敬礼をしたので、慌ててセリアも帝国式の敬礼を行った。
「ほう、アイレス殿が誰かを伴っているとは珍しい」
「新しく私の部下になった者です。名前はリュシアといいます」
「リュシアです。お初にお目にかかります。以後、どうぞよろしくお願いいたします」
 アイレスが嘘をついた。それはつまり、この人物がルーリックたちにとって好ましい相手ではない、ということを意味している。それくらいのことはすぐに洞察できたので、自分もアイレスの嘘にのることにした。
「なるほど。やはり第二軍を統べる将軍の副官とは、一人で努めるには大変だということですか」
 立場がアイレスよりも上だということは間違いないであろう。だが、その風貌を見るとどうもそのような偉い人物には見えない。どちらかというと浮浪者か乞食のようだ。
「それとも、この兵士がそれだけの能力の持ち主ということですかな?」
 前髪がだらしなく目にかかっていて、どんな目つきでこちらを見ているのか、見極めることができない。だが、こちらを検分していることは間違いあるまい。
「ここのところ第二軍の事務が激増しているのです。一人で捌くのにも辛いところがありまして。それで事務能力に富んでいるこのリュシアを登用したのです」
「そうですか。リュシア、がんばってくださいね」
「ありがとうございます」
 その人物は、妖しげな微笑みを口許に残して、最後までその目を見せないまま立ち去っていった。
(今のは?)
(親衛隊の、ヴァール、という奴だ)
(親衛隊? 皇帝の?)
(ああ。親衛隊は皇帝の警護だけではなく、遠征軍に必ず一人同行して、記録係を努めることになっているんだ)
(何故……いや、いわなくてもいい。だいたい分かる)
 監視。皇帝に対して翻意を持っていないかどうか、裏切ろうとしていないかどうか、それを見極めているのであろう。
(ヴァールを、どう思った?)
(どう、と言われてもな)
(単純に、感じたことだけでもいい)
(そうだな。人間じゃないな、あれは)
 その答にアイレスは目を見張った。
(表現が難しいんだが、あれは魔性とでもいう気質を備えている。親衛隊の噂は聞いたことがあったが、なるほどな。あれでは噂にもなるだろうさ)
(戦って、勝ち目はあるか?)
(難しいな、俺一人では無理だ。あの気質は自分の強さからくる自信の裏返しだ。一見軟弱そうに見えるが、必要な筋肉はしっかりとついている。お前みたいに無駄な筋肉はどこにも見当たらない)
(ひどい言われようだな)
(事実に対して、俺は常に謙虚なんだ)
 目線を交わして、同時に吹き出した。
「それじゃあ、行こうか。ルーリック様がお待ちかねだ」
「そうだな、頼む」










第漆幕

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