第拾幕






『……お兄ちゃんを、殺さないで……』
 目を閉じれば、妹の顔が浮かぶ。人生で一番幸せだった日々。最愛の妹と過ごした若き日。
『お……にいちゃ……逃げ、て……』
 変化は、突然だった。いつもと変わらない日常、だったはずなのに。それが突然、暴力によって打ち破られた。
『ルナッ! ルナァッ!』
 どこからか聞こえてきた叫び。あれは、自分の口から発せられたものであったのか。
 そして、目の前に立つ黒髪、黒瞳の帝国兵。無表情で、冷酷、残虐。そして、何の迷いもなく振り下ろしたその剣。
「きさま……きさまきさまきさま、あの時のっ!」
 ルーリックもまた、デルヴィス伯によってとどめをさされようとしている男の存在に気がついていた。
「将軍、なんのようですかな」
 伯は剣を振りかざしたまま、目線だけをルーリックに向ける。その血走った目に、何やら尋常ならざる雰囲気を感じる。
「伯爵閣下に、少々用事がありまして。その男は?」
「私の命を狙うふとどき者だ」
「なるほど」
 その男が誰であるのか。それはルーリックにとってどうでもいい、ことではなかった。
(この男)
 間違いない。
 自分がかつて、自分のために殺した少女の、兄。ここに来ているということは、伯に対しての復讐というところか。それにしても自分が襲撃をかけた日と同時にここへ来るとは、なんとタイミングのいい。
「将軍は、この男に何か?」
「その男の命、私が預かりましょう」 「預かる、とは?」
「それからもう一つ、あなたのお命も、私がもらっていくことにしましょう」
 す、と剣を抜く。
「何のつもりだ、将軍」
「あなたの存在は帝国のためにならない。残念ではありますが、お命、いただきます」
「なるほど。あの小僧が来たのは、そういう理由か」
 ルーリックには伯の言っている意味がよく分からなかった。だがそれはさほど重要な意味をなさなかった。とにかく伯を倒してしまえば全てが終わりなのだから。
「御免」
 ルーリックは剣を構えて一気に間合いを詰める。実力の差は明らかだ。伯は剣などほとんど使えなかったはず。一撃で決着がつくはず。
 だが、その予想は大きくはずれた。伯もまた剣を構えなおすと、ルーリックの一撃を軽く受け流し、逆に斬り払ってくる。
「なっ?」
 油断していたことは事実であるが、それでもこれほど見事な剣さばきができるとは想像していなかった。いや、伯にはできないはずだ。
「驚いているのか、将軍」
「まさか伯に武芸の心得がおありとは存じませんでした」
「そんなもの、帝国貴族であるこの私に必要があるはずもないだろう。私の今の力は、あの小僧によって植えつけられたものだ。私を殺害しにくるものがいるから、自分の身は自分で守れ、とな」
「あの、小僧?」
「親衛隊のヴァール」
「あいつが?」
 何が行われたのか、ルーリックには分からない。だが推測することはできた。
 伯に対して、一種の催眠術がかけられている。伯はそのことを理解しているようだが、同時に伯に一流の剣士としての力を兼ね備えさせている。
 これは、やっかいだ。
「そういうわけでな。今の私は卿と互角、いや、それ以上の剣の使い手ということだ」
「どういう、ことですか?」
「私にもよくは分からんが催眠術の一種だそうだ。不思議なもので、今の私は誰にも負ける気がせん。この大陸で屈指の剣士らしいからな」
 ヴァールが何をしたのかは、結局のところは分からない。ただ、伯が難敵である、ということだけはしっかりと伝わった。どうにせよ、伯は倒さなければならない。この大陸のためには。
「それでも、戦うというのか?」
「当然ですね。あなただけはどうしても倒さなければならない」
「ならば、ゆくぞっ」
 剣が打ち合わされる音が、部屋に響く。呆然とその音を聞き、戦いを見つづけていたのは、一人取り残されたウィルザであった。
 何が起きているのか、よく分からない。
 あの男は、妹の仇。伯もまた妹の仇。仇同士が今、争っている。
 いったい、何故?
 だが、チャンスだ。もちろん、それは自分にとっての仇同士が共倒れになるとか、どちらか一人が倒されるとか、そういうことではない。仇は自分の手で討たなければ意味がない。だから、どちらか一人を確実に倒すことができる、そういうチャンスだ。
 どちらを倒さなければならないか。自分にとって直接の仇か。それとも、それを指示した男か。
 決断は、早かった。こうしている間にも、決着がつくかもしれないのだから、早く決断せざるをえなかったのだ。
「くうっ」
 ルーリックが押されて、一歩後退する。そこを逃さず、伯は右手を狙って斬りつけていった。それをなんとか回避して体勢を立て直そうとする。だが、それよりも早く胸元に向かって剣が鋭く伸びた。
 まずい、と思って回避するが、伯の攻撃が一瞬速かった。左足を引いて回避したのだが、左肩が完全に残ってしまっていた。
「かあああっ!」
 その付け根に深々と伯の剣が突き刺さる。貫通、はしていないようだ。だが、もはやこの傷で今の伯に勝つことは難しいだろう。
「将軍、ここまでだな」
「くっ、まさか、親衛隊でもない伯ごときに、やられるとは思いませんでしたよ」
「ごとき、などという言葉が出てくるから、私ごときに破れるのだと思うのだな」
 そしてルーリックにとどめの一撃を放とうと、大きく剣を振りかざし、
「デルヴィス!」
 その時、ウィルザが動いた。完全に死角となったところで声を大きく張り上げ、突進する。伯はその声と体に完全に注意を惹きつけられ、体が開く。
(隙、あり!)
 無防備になった伯の腹部めがけて、ルーリックは飛び込んだ。そして、右手だけで深くその体に剣を突き刺した。
「ぐっ……があっ……」
「妹の、ルナの仇だっ!」
 そして、ウィルザが剣を振り下ろした。鮮血をまき散らし、首が床に落ちる。遅れて、ルーリックが剣を引き抜き、二度、ぶるぶるっと痙攣を起こして伯の体もまた、倒れた。
 その音が室内に響いていたが、生き残った二人の意識はもう既に伯にはなかった。
「何故、私を助けた?」
 ルーリックは肩口の傷が痛んだが、相手も同じところに傷があるのを見て、自分が弱音を吐くわけにはいかないと気合を入れる。
 同じようにウィルザもまた、一つの仕事を終えて傷が痛みだしていた。だが、それ以上に相手への憎悪が自らを駆り立たせていた。
「お前は、私を憎んでいるのではなかったのか?」
「憎んでいるさ。今でも、当然な。きさまなんかと手を組むつもりはない。きさまは倒すべき仇だ。厄介な方を先に始末しただけのことだ」
「なるほど。自分は伯より弱いと思われたわけか」
「それだけじゃない」
 ウィルザは右手で剣を構える。
「あの時、僕はきさまから妹を守りきることができなかった。だから、きさまだけは、絶対、一人で、自分の手だけで、倒さなければならないと心に誓っていた」
「なるほどな」
「さいわい、同じところに同じ怪我がある。条件は、五分だ」
「たしかにな」
 こうして、今、一人の戦士としてこの青年と再び出会って、ルーリックは何ともいえない感慨を味わっていた。いつかこの青年と出会うことがあったなら、その時は自分の命を差し出そうと考えていた。だが、それはまだ早い。自分が今ここで死ぬわけにはいかない。今死んでしまっては、自分のために、大陸のために、今まで死んできた人たちが全て無駄死にとなってしまう。だから、今はまだ殺されてやるわけにはいかなかった。
 逆にウィルザは、今こそ仇を討つ時が来たと意気込んでいた。あの時、自分は妹を守ることができなかった。その復讐を果たす時が来たのだ。あの時はかなわなかったが、あれから確実に自分は成長している。勝てないなどとはとうてい思えなかった。そして不思議と、伯と対峙した時よりも冷静でいられた。ただひたすら、この時を待ち望んでいたことが、そうした落ち着きを取り戻させていたのかもしれない。
 二人は、同時に動いた。右手だけで、その大きな剣を振り回す。
 キィン!
 やはり右手だけしか使えないということからか、二人とも剣を打ち合わせた衝撃が直接体に伝わり、そのまま力比べの体勢に入ることができずに弾かれてしまった。そのまま間合いを互いに二歩ずつ下がって取る。
 一撃目の後は、沈黙と緊張の連続する時間が続いた。先に動いたのはウィルザだ。ちらり、と剣を揺らし、半歩前に進んでから勢いをつけて突く。ルーリックはそれを左に受け流し、そのまま剣を滑らせて相手の首筋を狙って振り上げる。
 それをしゃがんで回避すると、ウィルザは足払いをかけた。ルーリックは無理な体勢で剣を振ったせいか、それをまともに受ける。だがバランスを崩したにとどまり、体勢を低くして間合いをとろうと一度距離を計る。
 しかし、ウィルザはそれを追いかけて反撃の機会を与えなかった。小刻みに剣を突き出して、右腕と左足の二箇所に掠り傷を与える。だが、そこまでで完全に体勢を立て直されてしまい、続く上段の一撃をしっかりと剣で受け止められた。
 そして、ようやくそのまま力比べの体勢に入った。両者とも、これで負けるわけにはいかなかった。力比べに勝つか負けるかでは、相手に対しての圧力がまるで異なる。力では適わない、と相手に錯覚させることで自らの優位を保つことができるのである。
 右腕だけの力比べのはずであったが、二人とも痛んでいる左腕を添えてさらに力を込めた。左肩の傷口から、同時に血が飛び出る。このまま戦っていても双方ともに不利になっていくことは明らかであったが、それでも両者の意地がそれに勝った。二人とも、ここで引くことができるほど冷静ではいられなかったのだ。
「お前、どうして伯を殺したんだ」
「どうして、そんなことを気にする」
「仲間割れか?」
「私は、この大陸を変えてみせる。そのために今は帝国に与しているが、いつかは皇帝を倒してみせる」
「じゃあ、何故あんなことを」
「帝国に自分が裏切る可能性はないということを見せつけるために、必要なことだった」
「そんなことのために、僕の妹を犠牲にしたというのか」
「そのとおりだ」
「きさまも所詮、皇帝と何ら変わらない。人の命を踏み台にして、理想が語れるのだと思うなら、やってみるがいい。必ずきさまは挫折する。人の信頼を得られなくなってな」
「皇帝が皇帝たりえるのは、理想を追求するからでも、正義を兼ね備えているからでもない。力があるからだ。力のない理想など弱者の戯言にすぎない。理想のない力はたんなる暴力でしかないが、少なくとも私は皇帝と今の帝国ほどの暴力を行うために行動しているわけではない。分かってもらおうなどと虫のいいことも考えていない。私は、私の信念に従って行動するだけのことだ」
「気にいらない、気にいらないんだよ、その考えがっ!」
「ならどうしてほしい? 泣いて土下座して謝ってほしいのか?」
「てめえの命をよこせっ!」
「事が成就したあかつきには、考えてやってもいい」
「ふざけるなっ!」
 ついに、お互いの手が限界に達したところで、力比べが終わった。互いに剣をスライドさせて、同時に相手を斬りつけつつ、回避する。互角であった。会話の間ですら、一瞬たりとも気を緩めず、力をこめつづけていた二人であったが、決着はつかなかった。
「冗談などではない」
 ルーリックは剣を構え直して言う。
「私は自分のために死んだ者たち、そして自分が殺してきた者たち全てのために、この大陸を平和にするという義務があるのだ。それを果たすまで私は死ぬわけにはいかない」
「きさまがこの大陸を? それこそ馬鹿げている。大量殺戮者のお前についていく奴が、一人だっているもんかよ!」
「お前こそ、私怨にかられてばかりでは大局を見誤り、失敗するだろう」
「うるさいっ!」
 そしてまた、息もつかせぬ攻防が始まった。突き、斬り、払い、凪ぎ、時には体をぶつけあい、どちらも退くところを知らない互角の勝負が続いた。
 だが、よほど目のいいものならば、若干、ほんのわずかながらウィルザの方が優勢であった、と見極められたかもしれない。それを両者の心情から分析すれば、次の二つを上げることができる。一つはウィルザの精神面の問題である。復讐心にかられたウィルザは、左肩の怪我を気にしない程の興奮状態にあった。戦いに集中することができていた、ということである。そしてもう一つはルーリックの精神面の問題である。どれだけ割り切っているとはいえ、相手に対する負い目をルーリックは背負っている。それがいつもの剣技を鈍らせている結果につながっているのだ。
 しかしその二つの要因を加味してもなお、両者は相手が自分と同じ力量を持って戦っている、と感じていた。それほど伯仲した戦いであり、二人とも周りのことまで目に入る余裕がなかった。
 突然の変化が生じたのは、その戦いがしばらく続いた後のことであった。
 ウィルザが体勢を入れ換えようと足を踏み出した先に、伯の死体から流れ出た血が溜まっていた。それに気がつかずに全力で行動していたウィルザは、足が滑って完全にバランスを崩してしまったのだ。
 その隙を逃さず、ルーリックは剣を斬りつける。だが、相手の足が滑ったということが当然視野の中に入っていたため、先の負い目も手伝ってかその剣に威力がまるで入っていなかった。それはルーリックにとっての決定的な隙に他ならなかった。
 ウィルザはその不自然なルーリックの行動に何の疑問も持たなかった。両手両足を使って地面から飛び跳ねて相手の後方へ回り込み、バランスを立て直して相手の喉元めがけて突き上げた。
 きまった、とウィルザは思った。
 やられた、とルーリックは感じた。
 だが、その二人の思惑を完全に瓦解させたのは、次の叫びであった。

「ルーリック様っ!」
「やめろおっ、ウィルザッ!」

 それにウィルザの体は敏感に反応して動きが止まった。剣先はルーリックの喉元を刺していたが、決して深くはなかった。血は流れ出たものの、命に別状あるものではなかった。
「アイレス?」
「セリア?」
 開け放たれた扉にもたれかかるようにして、アイレスが立っており、そしてその腕にセリアが抱かれていた。
 その姿を確認してから、二人は改めて互いを見つめた。
 今、自分にとってもっとも信頼できる相手の傍にいる人物が、相手を何と呼んだか。
(まさか)
 考えれば、分かったことなのかもしれない。特にウィルザにしてみれば、相手の言葉から察することは充分に可能だったはずだ。ただ、相手が自分にとっては唯一の、そして相手にとっても自分が唯一の、不倶戴天の敵であるということがはっきりと分かってしまっていたために、その可能性を考えることすらしなかった。
 相手が誰か、などということは問題ではなかった。
(こいつが、帝国軍で反乱を企んでいるルーリック第二軍将軍……?)
(この青年が、かの反乱軍のリーダー……か。まさか、こんなことがあろうとは)
「ウィルザ」
 二人が、そしてアイレスも含めて三人が、そのセリアの弱々しい声に引かれて目線を移した。
「セ、セリア。その怪我は」
「俺は、大丈夫。それより、そいつは、帝国軍の奴だけど、アイレスの、上司の、ルーリックだ……だから、戦う必要は、ない……」
「もういい、喋るなセリア」
 アイレスが、後は俺が、というふうにしてセリアを黙らせた。
「ルーリック様。それにウィルザ殿。今セリアが言った通りです。ルーリック様は反乱軍の力を借りたいと思い、ウィルザ殿はそれに応じられた。つまり、我々が戦う理由はどこにもありません。この場は剣をお引きください」
「そうは、いかないのだ。アイレス」
 ルーリックは無表情で首を横に振った。
「そうだ。これはそんな次元の戦いじゃねえ。セリア、前に話しただろ、こいつは僕の妹の仇なんだ!」
「な……?」
「まさか、ルーリック様」
「そういうことだ、アイレス。お前についこの間言ったばかりだな。私が殺した少女の兄。それが彼だ」
「そ、そんな」
 セリアは、そしてアイレスは愕然とした。
 まさかそんな偶然があってもいいものなのだろうか。自分たちのそれぞれの主君が、憎み合う天敵同士だったなどと。
「ま、待て、ウィルザ」
「セリア、ごめん。これだけは譲れない。僕の妹を、何の罪もない妹の命を奪った、この男だけは許せない」
「ルーリック様、お考えなおしください。反乱軍のリーダーを討ったとして、喜ぶのは皇帝だけではありませんか」
「私としてはそれでもいいが、決着はつけなければならないだろう」
 ウィルザは引くつもりは無論なかったし、ルーリックにしても不思議なことにそれはなかった。無意識で、これもまたあの少女と同じように自分に課された試練だと位置づけているのかもしれない。
 だが、それぞれを主君と定めているアイレスとセリアの立場にしてみると、これほど辛いこともない。
「アイレス、俺」
「喋らなくていい、セリア。自分が何とかする」
「どうにかなる、んだったら、二人が今、戦って、ないだろ」
 ぜえぜえ、と苦しそうな呼吸の合間に言葉がもれる。それを聞いているのがあまりにも痛々しかった。
 そして二人が再び剣を構えようとした時。
「ウィルザッ!」
 セリアが再び叫んで、二人の視線が一瞬、そちらへ向いた。その時、
『危ないっ!』
 同時に叫んでいた。その叫びに、アイレスが後ろを振り返る。そこに、先程自分たちが倒したはずの、ヴァールの姿があった。
「アイレス」
「!」
 この時のセリアの行動は素早かった。アイレスを突き飛ばし、ヴァールの剣をその左肩で受けたのだ。
「セリアアアッ!」
 ウィルザが剣を捨てて駆け出した。遅れてその後をルーリックが追う。
 ばったりと倒れたセリアに駆け寄り、抱き上げる。そこへ、血まみれのヴァールが口だけ笑って近づいてきた。
「死ね……死ね……死ね……死ね……」
 この男は何者だ、とウィルザは戦慄を覚えた。突き飛ばされたアイレスもまた、こいつは不死身なのかと驚愕していた。ただ一人、ルーリックだけが冷静にその首をはねていた。
「し……しー……」
 その首が、落ちながら最後の言葉を漏らしていた。体はそのまま倒れて、痙攣を起こしていた。ウィルザは呆然としていたが、やがて我に返ると腕の中のセリアに優しく呼びかける。
「……セリア?」
 その目がゆっくりと開き、口が、震えながら言葉を紡いだ。
「……ウィル……ザ……」
「セリア。大丈夫、すぐに手当てするから」
「一つ、聞かせてくれ……」
「喋らなくていいから」
「お前の……いもう、と……美人、か?」
 ウィルザは涙で目を真っ赤にはらして、セリアの手をとって答える。
「ああ。世界一の美人だ」
「そう……か……俺……向こう、で、お前の……妹、嫁にするよ……」
「なに言っているんだよ。大丈夫、助かるさこんな傷くらい」
「だから……俺が……幸せに……する、から……ルーリックの、こと……許して……やれ……」
「セリアッ! 馬鹿なこと言うなっ! お前はまだ死なないっ! 俺を残して死ぬことは許さないっ!」
「すま、ない……それと、アイレス……いる、だろ?」
「ああ、セリア。すぐ隣にいる……もう、見えないのか?」
 アイレスもまた、涙を流していた。自分にとって唯一の親友が、既に助かる見込みがないことをよく分かっていた。さきほどの状態で既に危険な状態だったのだ。もはや、失血死は免れまい。
 それくらいのことは分かっている。だが、こみあげる感情は、制御することなどとうていできない。
「……セリア……ッ!」
「先……行ってる……あと……頼むわ……」
「誓いは……必ず……っ!」
「分かってる……お前は……約束を、やぶ、らない……ルーリックと、ウィルザを……」
「ああ……ああ、分かっている!」
「……お前らに会えて……楽しかったぜ……」
「セリア……ッ」
「も……眠いから……じゃ、な」
「セリア、セリアッ! 駄目だっ! 眠るなっ! 僕の命令だっ! 起きろっ! セリア、セリアセリアセリア、セリアーーッ!」
 アイレスは目を伏せて肩を震わせ、ウィルザはその遺体に抱きついて号泣した。ルーリックはセリアと会話したのは一度だけであったが、人物的に非常に好んでいた。敬礼をして、哀悼の意を表した。
 しばらくして、ウィルザはセリアの遺体を抱き上げた。
「ウィルザ殿」
「ルーリック。僕は君を許すつもりはない。決着は、必ずつける」
「……分かった」
「それから、アイレス。僕は君も許さない。こんなひどい怪我で、セリアをここまで連れてきて……セリアがそう頼んだんだろうけど、それでも、僕は君を憎みたい。筋違いだということは分かっているけど」
「ウィルザ殿!」
「君たちと協力することは、今後二度とありえない。そう思っていてくれ」
「分かった」
「ルーリック様!」
「それでは、また」
 ウィルザは自分の剣すら拾わずに、一人、いやセリアと二人で部屋を出ていった。アイレスはその後を追おうとしたが、できなかった。
 こうなることは、予測できたはずだ。
 セリアを連れてくれば、死ぬかもしれないということは。だが、自分は嫌われたくないという理由だけで、セリアを殺してしまった。
 憎まれても、仕方がない。
「アイレス、行くぞ」
「……」
「生き残った者は、死者の分まで前に進まなければならない。いつか自分が倒れる、その時まで」
「……」
「行くぞ」
「…………はい」
 アイレスはしばらくうなだれていたが、やがて立ち上がるとルーリックの後ろに立った。
 友を、失った。
 自分の誓いの相手が失われてしまった。
 それも、自分のミスで。
(……あのとき、何をしてでも止めるのだった……)
 悔いが残った。
 いや、そんな生易しいものではない。
(今の自分が、できることは……)
 目の前にいるルーリック。
 そして、セリアの遺体を抱えて消えた、ウィルザ。
(セリアの願い……二人を、結びつけることが、あいつへの一番の供養となるだろうか)
 だが、それは困難に思われた。
 ウィルザはルーリックばかりではなく、自分まで憎むべき対象としてみるようになってしまった。
(それでも)
 セリアの願いをかなえなければならない。
 この大陸のため、大切な仲間のために命を投げ出した彼のためにも。
(俺は……戦う)
 ウィルザと。
 そして、ルーリックと。
 二人を過去の因縁から解き放つために。
(君の分まで……セリア)
 涙が、零れた。










終幕

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