「では、我々人間はいったいどうすればいいのでしょう」
 グランは妻となったミラーナを連れてルビスの塔へと来ていた。
 思えば、自分の戦いはこの塔を目指して旅立ったことから始まったのだ。それももう一年の前のことであるが、まるでもう何十年も昔のことのように思えた。
 この世界はゾーマが支配していたころと違い、日は昇り、空は青く、すべてのものが輝いている。
 だが、彼の心の中だけは、深い闇に閉ざされていた。
 この世界にはもう、自分の仲間はどこにもいない。
 ウィルザも。
 リザも。
 クリスも。
 みんな、自分一人を残していなくなってしまったのだ。
 唯一、隣にいるミラーナだけが、自分の心をわずかながらに理解してくれる。彼女のことは愛しているし、何よりも変えがたい存在ではある。だが、自分たちの世界の出身である者が他にいないということの孤独は、自分以外の誰にも分かるまい。
『グラン。あなたは自分で解決しようとせず、すべてを神に頼むのですか。努力を放棄した人間に、どのような価値があるのですか』
 それを言われて、グランは尋ねた自分を恥じた。ルビスの言う通りだ。まずは自分たちでどうにかしようとする意識が大切だ。それでも力が不足しているのならば、ルビスは必ず助けてくれる。だが、努力もしない者に手を貸すほど神は甘くない。
「人間の未来を救うには、破壊神シドーを倒さなければなりません。ですが、シドーを倒すには、シドーと同じ破壊の力を使わなければなりません。その力は──」
 そうだ。
 あっけないほど、簡単に答は見つかった。
「ウィルザが持っていた魔王の剣=破壊の剣。あれを使うことができれば」
 魔王の剣=破壊の剣は魔王ウィルザがいなくなった後もこの世界に残っていた。ウィルザは最後に光の剣=闇の剣を使い、その剣と、彼自身のエネルギーをすべて使い果たして不完全なシドーと刺し違えたのだ。だから破壊の剣自体はこの地上に残っている。それは今、グランが保管している。
 だが、あれを使うことができるのは『真なる魔王』のみ。破壊の力を完全に制御できる者のみが使うことができるのだ。だからかつての魔王の中で破壊の剣を使いこなすことができた者はウィルザの他には存在しない。あのゾーマですら、破壊の剣の姿を見ることすらかなわなかった。使い手を得た今でこそ、その瘴気は全くなくなっているものの、使うことができる人間がいるかとなると、話は別だ。破壊の剣を使うことができるのは過去も未来も、ウィルザただ一人なのだ。
「そうだったのか」
 グランは唐突に閃く。
「ガライがやろうとしていたのは、破壊の剣を使うことができる存在を作ることだったんだ」
 ガライはリザのところへやってくる前、魔王の島にわたるウィルザと話していたと聞く。つまり、あの島に眠るものが何だったのか分かっていたということではないだろうか。
 破壊の剣。それを使うためにはどうすればいいのか。
 そして、ガライはリザとフィオナに言ったのだ。決して死んではならぬ、と。そして、ウィルザ、リザ、フィオナの血が混ざった子が、いつか破壊神を封じることができるだろう、と。
 だが、もうこの世界にはウィルザもリザもいない。
 ガライが考えていたことは実現しなかったのだ。
「振り出しに戻っちゃったな」
 破壊の剣を使うためには、前提として破壊の力を制御できる存在であることが条件だ。すなわち、最初に魔王=勇者ありき、なのだ。
 そのウィルザがいなければ、もうどうにもならない。
(だったら、破壊の剣からその力を抽出することができれば──)
『それは人の身にあまる所業です、グラン』
 その考えを見通したルビスがたしなめる。
『人間は破壊神を生み出してしまった。その対抗手段として勇者システムを生み出しました。それと同じ過ちをあなたも繰り返そうというのですか』
「申し訳ありませんでした、ルビス様」
 グランは素直に謝る。そう。破壊の力にこだわってはいけない。現状で破壊神を倒す力をどうにか手に入れなければならないのだ。
「結局、ウィルザとリザがいなければ、人間に未来はないっていうことなのかな」
 自分の頭ではこれ以上のことを考えることは不可能だった。
 禁断の魔術=破壊の力を生み出すことに手をつけることはかなわず、かといって現状で破壊の剣を使うことはどうあがいても不可能だ。
 破壊神を倒す術が他にないのなら、もう人間には手の打ちようがない。
『グラン』
 が、そこで神が声をかけてきた。
『確かに私はあなたに努力せよといいました。ですが、あなたの願いを全くかなえない、とは言ってないのですよ。あなたに望みがあるなら、私に言ってごらんなさい』
 望み。
 その言葉はきっと、解決策があるというルビスの誘導だ。
 何を願う。
 何をかなえれば、人間は救われる。
 きっと、判断を過てば二度とルビスは力を貸してはくれまい。
 ならば。
 最善を。
「ウィルザとリザをもし、よみがえらせてくれるのなら、それを願います」
 それが最善。
 あの二人の子孫と、フィオナ王女の子孫が結ばれ、そして破壊の剣を使って破壊神を封じる。
 それが、可能ならば。
『不可能ではありません』
 だが、その答は意外にも許しが出た。
「どうすれば」
『難しいことではありません。この世界にはまだ二人の魂が残っている。それを形づくれば良いのです。グラン、あなたの望みは、ウィルザとリザの子、そちらなのでしょう?』
 その言い方は、まるで二人が大事なのではなく、破壊の力を使う存在だけが必要であるように聞こえて不愉快だった。だが、その理屈と感情をルビスは共に許した。
『それでいいのです。あなたは自分が何をしようとしているのか分かっている。その気持ちがあれば充分です。私の力で二人の子をこの世界に誕生させることは可能です。ただ』
 グランの動きが止まる。条件がある、というのだ。
『母体が必要です。人の子供を作るには、母体から生まれなければなりません』
「母体……」
 もちろん、すぐにグランの脳裏に描かれたのは、すぐ横に立っている彼の妻のことだった。
 だが、彼女にそんなことを頼んでもいいのか。自分たちにはまだ(当然といえば当然だが)子供がいない。それなのに、最初の子供を、自分たちの子ではないのに、産ませてもいいのか。
「グラン」
 だが、彼女は優しく声をかけてくる。
「私なら大丈夫。私が、二人の子供を産みます」
 ミラーナは力強く答えた。
 そうなのだ。
 彼女もまた、あの戦いを生き抜いてきた人物。
 彼女以外の誰にも、この役を任せるわけにはいかないのだ。
『よろしいのですか?』
 グランは頷いた。
 そして、ルビスの指先から一筋の光がミラーナの腹部に向かって射し込む。
『受胎しました。これより十月十日後に、二人の子は産まれるでしょう。グラン。この先、どのようなことがあったとしても、あなたはこの子を守らなければいけません。その意味が分かりますね』
「はい。人間の未来のために、自分は残りの生涯をすべて費やすことを誓います」
『よろしい。その覚悟があれば、この子もきっと健やかに育つことでしょう』
 ルビスの姿が徐々に薄れ始めてきた。現界する理由はなくなった、といわんばかりに。
「ルビス様」
『これより四百年の先、この子が必要となる時代がくるでしょう。そのとき、私はまたあなたがたに力を貸しましょう。そのときまで、私はしばしの眠りにつきます』
 そして。
 ルビスの塔には静寂が戻った。
「ミラーナ、ごめん」
 素直に、その言葉が出てきていた。だが、ミラーナは微笑んで首をふる。
「いいの。だって、私たちの最初の子でしょう?」
 自分たちで作ることを決めた子。
 ならば、たとえそれがウィルザとリザの血を引いていようが、その子自身は自分たちの子なのだ、と彼女は言うのだ。
「ミラーナ」
 グランは強く、彼女を抱きしめた。
「おいら、もっと強くなるよ。君と、この子と、そして世界を守れるくらいに」
「グランは、充分強いわ。もう、私のことを何度も守ってくれた」
「これからは、二人で、ずっと一緒に生きていこう」
「うん」
 そうして二人は、聖地で祝福を受けた──












『ルビス様は人間を愛されている神です。快く、人間のために協力をしてくれました。そのお力を借りまして、二人の力を現世に蘇らせることができるようになったのです。
 ルビス様のお力で、この世界に残っているウィルザとリザの魂を集め、それを新たな命として女性の体内に宿す。
 私の妻は、それを快く引き受けてくれました。
 今、彼女の中には一つの命が宿っています。ルビス様のお力で宿った御子です。ウィルザとリザの子です。私たちの子です。この子をしっかりと育て、次の世代へとつなげていくつもりです。』



 よかった、とフィオナは素直に思った。
 こうして、人の想いというものは受け継がれていく。
 自分も、きちんと人間の代表として、しっかりと務めを果たさなければならない。



『破壊神の祭器、邪神の像は結局いかなる方法を持ってしても壊すことはできませんでした。今は私が保管しておりますが、この手紙が届く頃には、誰にも分からない場所に隠すつもりです。
 また、ウィルザが使っていた『魔王の剣』ですが、あれは破壊の力、シドーの力にしてデインの力がこもっています。人間が使える唯一の破壊の力です。いつの日か私たちの子孫と殿下の子孫が結ばれた時、この剣を使いこなす新しい勇者が誕生するものと信じます。
 この子が生まれたら、私たちはこの子を育てるためにマイラを離れ、旅に出るつもりです。
 ムーンブルクに立ち寄るつもりはありません。
 私たちではなく、私たちの子孫たちが、いつの日か必ず出会うでしょうから。
 私と殿下が知り合いであるということも、この子には隠しておくつもりです。
 何百年か先、私たちの子孫たちがめぐりあうことを願いまして。

 それでは長くなりました。
 いつまでもお元気で。
 さようなら。
グラン』






 全部を読み終えてから、フィオナはもう一度だけその手紙を読み返してじっくりと自分の頭の中に入れると、それを燭台にかざした。
 手紙に火がついて、徐々に燃え落ちていく。
(いつの日か、私の子孫たちとウィルザ様の子孫たちがめぐりあう)
 たとえ自分の想いが届かないのだとしても。
 それは、なんと素晴らしいことなのだろう。
「人の想いは、永遠だということですね」
 机の上で燃え尽きた手紙の灰を見ていると、不思議と涙がこぼれた。
 今日のことは、すべて自分の中だけにおさめ、誰にも話さないようにしよう。
 きっとグランも同じ考えなのだろう。ただ、自分だけには伝えておかなければと思ったのだ。






 未来に残すものなど何も必要ない。ただ、未来を想う心があればそれでいい。
 誰もが未来を願い、誰もが幸福を願う。
 その気持ちがない未来に何の価値があるだろう。
 自分たちが後世に伝えること。それは、この世界があることの素晴らしさ。
 それだけだ。






「長い戦いが終わりました」
 目を閉じ、彼女は未来を想う。
 破壊神の降臨を防ぐ戦い、いや、破壊神そのものとの戦いだって、きっと人間は負けはしない。












 私たちには、この無限の想いがあるのだから。












Fin.






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