Lv.12

描いた螺旋が光の中へ導く








「なに?」
 そしてナディアの予想が外れることなく、ラーガの顔が完全に驚愕に歪んでいた。
「まだ二ヶ月しかたっていないというのに、中級魔法を全て覚えたというのか?」
「はい」
 ルナが強く頷くとラーガはしばらく言葉もないという様子で天才少女を見つめていた。
(なるほど、これがそうか)
 ラーガは心の中で強く頷く。
 自分の考えが及ばぬ程の、圧倒的な才能!
(ならばワシも、全力で立ち向かわなければなるまいな)
 十七種の上級魔法。それを残さず伝えるときが来たということだ。
 かつてはクラウンに、そしてリュカに、それぞれ伝えたいと思っていた自分の魔法の全て。
 それがクラウンの村の子に授けることができて、なおかつ二人以上の才能の持ち主に授けることができて、それに何の不満があろうか。
「ナディア」
「はい」
 ルナの後ろにいたナディアが頷く。
「エジンベアの会議の件、キャンセルしておいてくれ」
「はい」
「それからこれより一ヶ月ほど、よほどのことがない限り、全ての業務は他の賢者たちに振り分けてくれ」
「了解しました」
「行け」
「はっ」
 ナディアはすぐに作業に取り掛かるために部屋を出ていく。
「さて、ルナよ」
「はい」
「ナディアがお前の全ての魔法を確認した以上、中級魔法は確かに使えるものと判断する。だが」
「私はまだ、魔法力が高くありません」
「そうであろうな。したがって、上級魔法を唱えられるとしても一度か二度。効率的な学習はまだ見込めぬ。そこで、お主を極限状態まで導き、まず上級魔法の何たるかを悟ってもらう」
「はい」
「上級魔法十七種、全て言えるか」
「はい。リレミト、ルーラ、バイキルト、ベギラゴン、マヒャド、レムオル、ドラゴラム、メラゾーマ、モシャス、イオナズン、パルプンテ、バシルーラ、ザキ、ザラキ、ベホマ、ベホマラー、バギクロスです」
「よろしい。ならば、これを読め」
 一冊の本が与えられる。それは『リレミト』のパスルートの参考書だ。
「リレミトですか」
「そうだ。これを最初に教える理由は分かるか」
「移動手段が最優先だからです。ダンジョンでパーティが危機に陥ったとき、リレミトがあればすぐに脱出できますし、ルーラがあればすぐに最寄の街まで帰還できます」
「その通り。優先順位が分かっているのはよいことだ。ではこれをすぐに頭の中に叩き込め。その間に準備をしてくる。五時間で戻る」
「はい、分かりました」
 そうしてラーガが部屋を出ていく。後に残されたルナはリレミトの本を開いた。
 パスルート、五一二。ヒャダインより多い。
 そして全てのセクションで分岐が行われ、八二三五四三本あるパスルートの出口のうち、五一二箇所に正確にマジックポイントを流さなければ発動しない仕組みになっている。
 いつものように頭の中に正確にパスルートを思い浮かべる作業を行う。
 五一二本のルートの丸暗記。
 これまで中級魔法は何十本の単位で済んでいたが、ここから先は何百本の単位が基本となる。今までもなまけていたつもりはないが、さらに高い集中力が必要だ。
(覚える)
 呪文の構築は楽しい。
 初級魔法では何も感じなかったが、中級魔法の構築を覚えるときは何か、パズルを解いているかのような面白さがあった。
 上級魔法はもっと複雑で、もっと面白い。一本一本のパスルートに意味があって、それを正確に通していくのが楽しい。
(できる)
 頭の中に描かれていくパスルート。
(五一二本。大丈夫)
 四時間後には、ルナは完全に暗記が完了していた。
 ちょうどその頃にラーガが戻ってくる。繰り返し復習している姿を見てラーガが微笑む。
「どうだ、調子は」
「はい、もう大丈夫です」
 予定時間より一時間早く終わっているが、それもラーガには予測済みだった。何しろ彼女は中級魔法を二ヶ月で覚えきった才能の持ち主だ。
「リレミトは法則性があるから簡単じゃろう」
「はい。途中から規則性がなくなったので、あとは何とかがんばって覚えました」
「ふむ」
 ラーガは少し考えたが、すぐに思い直した。
「ではすぐに向かうぞ。準備はできた」
「どこにですか?」
「ランシールだ」






 ランシール。アリアハンと同じ島国。人口は四万人。
 島の中央部が砂漠となっている。南半球のため、北の方が暑く、島の最北端は熱帯の気候を呈するが、それ以外の海岸地形は温帯となる。
 航海が移動手段の中心であるこの世界において、好んでこの島まで来るものは少ない。ここに来る者はみな、理由があって訪れる。
 それは島の中央にある通称『地球のへそ』と呼ばれる巨大な地下迷宮だ。
 このダンジョンはランシールの神官によって管理されている。別名を『勇気の洞窟』という。このダンジョンに入る挑むときは、一度に必ず一人までというルールを作っている。一人でもモンスターと戦える力と知恵、そして勇気が備わっている者しか入ることができないのだ。
 モンスターそのものはさほど強くない。一階から二階、三階と地下深く下るにつれて敵は強くなっていくが、一階の探査だけならばさほどレベルが高くなくとも可能だ。
「そのダンジョンに私が挑めばいいのですね」
 ルナは緊張した面持ちだった。それは当然のこと、彼女は今までモンスターと戦ったことは一度もない。
「とはいえ、一階部分だけだ。敵もそれほど強くない。ベギラマ一回で殲滅できるような敵ばかりだよ」
 それでもルナ自身の体力的な問題もある。敵に囲まれたらもはや自分ではどうすることもできまい。
「賢者の力は武力ではない。知恵だよ。ほれ、ここに一階に出てくるモンスターの特徴と弱点リストがある。読んでおくがいい」
 それに目を通すと、確かに強くはない。ムオルからダーマまで来たときに出くわしたモンスターに比べれば雑魚も同然だ。
「二階に下りてはならん。とにかく一階の探査を行え。そこにこの鍵を置いておく」
 ラーガは金色に輝く鍵を見せる。
「これと同じものを持ち帰ったら終了だ」
「分かりました。がんばります」
 とにかく、何事もやらなければうまくいかない。まずは実際にやってみることが大事。
「では、行ってまいります」
「無事に戻ってこい」
 ラーガに見送られ、ルナはランシールの神殿から地球のへそに向けて歩き出す。
 砂漠で歩きづらかったが、既に日も傾き、暑すぎるということはない。これからどんどん寒くなる時間帯だろう。
 地球のへそまでひたすら歩き、到着したころには既に夜だった。汗をぬぐい、水を飲んでから、洞窟に入る。
(リュカ様)
 一度、お守りに手を触れる。大丈夫、自分は大丈夫。
 そして地下一階に下りる。左右に大きな石像。これが動き出したら大変。ゆっくりと周りを見て、モンスターの気配がないことを確認してさらに奥へ進む。
 その先が迷路。さて、どうやって移動するべきか。
(目印が必要ね)
 来たところの壁に一、三本の分かれ道に対して左からそれぞれ、二、三、四と書く。
 そして二の道から順に進み、分かれ道に出たら再び印をつけて、さらに奥へ。
 そうやって確実に奥へと進む。
 しばらく進んだところに少し大きな広間。いくつかの小部屋が用意されている。
 全部入って調べていくのは面倒だが、それでもやらなければ終わらない。
 一つ目の部屋から中に入る。宝箱発見。
「インパス」
 魔法を唱えるが、どうやら中身は空のようだ。当然だ。ここまでいったい、どれだけの冒険者が足を運んだというのか。
 次々に扉を回っていくが、どれもこれも宝箱は空。一つはミミックだったのが分かったので、すぐに撤退。
 そしてさらに奥へ進む。すると地下二階への階段が出てきた。
(地下二階には下りるな、と言われたわ)
 そこで広間まで引き返そうとして振り返る──
「モンスター!」
 いつからいたのか、そこに三匹のモンスターが存在していた。だが、賢者はあわてない。そして確実に次の対処を行う。
「ニフラム!」
 光に包まれたモンスターが、その場から消え去る。ふう、と一息ついた。危ない危ない。前に進むことばかりを考えるのではなく、きちんと周りを見るようにしないと。
 そうして広間に戻ってきた彼女は目を疑った。
(場所が変わっている)
 どうやら魔法的な仕掛けのようで、一度通ったところに戻ろうとしても、同じように戻ることができない仕組みになっているらしい。
(これじゃ、入り口まで戻れない)
 急に不安になったが、それでも大丈夫。まずは鍵を見つけることから。
 通路を抜け、いくつかの小部屋を確認し、時にモンスターと戦いながらさらに奥へ進む。
 そして、一つの小部屋にある台座の上に、金色の鍵を発見した。
「あった」
 モンスターがいないことを確認して、その金の鍵を取る。
 すると、部屋の扉がしまって、完全に動かなくなった。
 鍵を開けようと鍵穴に手に入れたばかりの金の鍵を差し込もうとしても、まったく大きさがあわない。
「どうして」
 ふと思い立って、金の鍵をもう一度台座においてみた。すると扉が開いた。
 なるほど、鍵はこの部屋の鍵。鍵穴は目に見えるものではなく、この台座が鍵穴なのだ。
 仕組みは理解した。そして脱出できることも分かった。そうなると不安はない。
 問題はどうやってこの鍵を持って帰るか、ということだ。
(ああ、そうか)
 何のことはない。単純なことだ。
 彼女は再び鍵を手にする。扉が閉まる。が、気にしない。
 自分の全身にパスルートを描く。そして、唱える。
「リレミト!」






 だが、変化は起きなかった。
「どうして?」
 リレミトのパスルートがうまく伝わらなかったのか。
 もう一度唱える。だが、同じ。
 効果が発動しない。何度唱えても、ダンジョンから脱出できない。
 一度金の鍵を置いてみる。すると数秒で扉が開いた。
(閉じる前に唱えるといけるのかな)
 パスルートに先にマジックポイントを通す。そして発動の瞬間、金の鍵を手にする。
「リレミト!」
 だが、やはり効果は発動しない。
 何故。正しくパスルートは通しているはずなのに。
 困った。
 どうして効果が発動しないのかが分からない。ここはダンジョンで、リレミトを唱えられれば必ず脱出できるはず。そしてラーガ師は間違いなく、自分にリレミトを使わせるためにこの部屋へ誘ったのだ。
 リレミトを使って脱出する。それがうまくいかないのは、そのパスルートが正しく作動していないからなのか。それとも他に要因があるのか。
 もう一度正しくパスルートを描く。そして唱える──失敗。
(もしかして、間違えて覚えてきた?)
 その可能性もある。だが、確かめる方法がない。
 どうすればいい。最悪の場合は魔法力が尽きる前に一度戻って確認をすることだ。だがそれは本当に最悪の場合。今はまだ、解決の筋道があると思う。
(ラーガ師は何とおっしゃってたかな)
 そう、覚えている。戻ってきてすぐに言った言葉。
『リレミトは法則性があるから簡単じゃろう』
 法則性──だが、その法則は第三セクションまでで、第四セクション以降はばらばらに配置されているようにしか見えない。第一から第三までは同じように分岐していく。第一セクションを頂点とするように、広がるように。
(広がる──)
 それだ。
 きっと、リレミトの法則性というのはそこにある。広がり。このままうまく広げていけば何かしらの法則が見つかるはず。そうすれば自分が間違って覚えているところも見えてくるはず。
 あるところでは二股に、あるところでは一本だけに、あるところでは三股に。
 共通性があるわけではない。だが、確かに、何か──
(これは?)
 分岐したパスルートを、全体的な視野で眺める。
 広がっている。
 円を描きながら、広がるように、いや違う、渦を巻くように──
(螺旋)
 そう、リレミトによる転移の力は、螺旋。円を描き、そして螺旋の力によって空間の移動を可能にする魔法。
(これが、パスルート)
 パスルートが間違っているわけではない。
 ただ、そのパスルート同士が相互に共鳴し、一つの紋様を描く。
 それが、リレミトの魔法なのだ。
「パスルート五一二、確認」
 しっかりと金の鍵を握り締める。
「リレミト!」
 彼女の体は、瞬時に消えた。






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