Lv.14

いつかの夢を見続ける地








 翌朝。
 覚えたてのルーラで彼女はダーマへと戻ってきた。
 自分が行ったことのある場所へ戻ることができるルーラの魔法。
 本来なら街の入口に飛んでいくのが普通なのだろうが、自分の場合だけは違う。
 毎日見ていた景色。小高い丘の上から眺めるダーマの町並み。
 ここに飛んでくるのはごく自然なことだった。
(リュカ様)
 胸のお守り袋を握る。
(上級魔法を三つ覚えました。でも、まだリュカ様には遠いです)
 軽々と上級魔法の全てを放った大賢者。いつか自分も、全ての人を守れるようになりたい。そう思ったのは、あの勇者と賢者の二人を見たからだ。
 二ヶ月という短い期間で自分の力は見違えるように変わった。だが、本番はこれからだ。
 十七の上級魔法のうち三つを取得。残り十四。
(よし)
 今日も修行が始まる。






「戻ったか。早かったの」
 三日で戻ればいいところを、二日目の朝には戻ってきているのだ。尋常なスピードではない。
 だが彼女なら下手するとそれくらいで戻ってきても不思議はない。正直なところ、三日はかからないだろうというのがラーガの目算だった。後はどれだけ早く戻ってこられるかが勝負だった。
「ならば、行くとしようかの」
 ラーガは椅子から立ち上がると、読みかけの本を閉じて机の上におく。
「どちらへ?」
「まあ、いろいろじゃ」
 ラーガはルナを連れて外に出ると、ルーラを唱えた。
 それからルナはラーガに連れられて、何日もかけて世界各地を見せて回られた。
 まず近くから。交易都市バハラタにやってきたルナは、ダーマでは見られないさまざまな産物に目を奪われた。
 それからアッサラーム。にぎやかな街だった。特に夜。あそこでは夜に出歩くものではないと堅く心に誓う。
 そしてイシス。砂漠の国。オアシスを中心に作られた国で、治安のよい街だった。
 ロマリアはものすごい繁栄していた。大きな建物、巨大な集会場。そして明るい市民たち。強い国なのだということが見て分かる。
 ポルトガは造船技術の発達している国だ。大きな船が何隻も港に並んでいるのを見た。
 エジンベアは貴族の国。田舎者に対して通行を拒んできたが、レムオルの魔法ですり抜けて中に入った。
 サマンオサは治安が悪かった。というより、国全体が暗い雰囲気だった。街ではいざこざが増えており、警備隊がいつもあちこちを回っていた。
 ジパングも同様だった。近年、西の洞窟にヤマタノオロチなる怪物が住みついて、それと決戦の日が近づいているとのことだった。
 アリアハンは島国ということもあってか、独自の文化が発達していた。とはいえ、あの勇者オルテガの生まれ故郷だ。それだけでも来た価値がある。
 そして最後に飛んだ場所。そこは極寒の地、レイアムランドだった。
「こんなところに何があるんですか?」
 知識としては既にその大陸のことは頭に入っている。
「さてな」
 ラーガはその凍える地に立つ建物の前に降り立つ。
「もしかしたらそれは、世界の希望なのかもしれん」
 そして、その建物の中に入る。
 中は外と違って暖かい空気で満ちており、生き返るようだった。
「ようこそいらっしゃいませ」
「ようこそいらっしゃいませ」
 と同時に、二人の女性が声を合わせて出迎える。
「おお、久しいな。息災だったか」
「ラーガ様にはご機嫌麗しゅう」
「わざわざのお越し、ありがとうございます」
 双子なのか、その美人の女性二人が交互に答えていく。
「お主らに紹介する者がいて来たのじゃよ」
「紹介ですか?」
「この方ですか?」
 その二人の美人に見つめられて、ルナはぺこりと頭を下げる。
「うむ。一年のあとにはダーマで最高の術士となっているであろう。ルナという。よろしく頼む」
「ルナと申します。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
 二人同時に頭を下げる。たとえ年下だとしても、ラーガが連れてきた人物ということで丁寧に扱ってくれているのか。
「アレを見せてもかまわんかな?」
「もちろんです」
「ラーガ様のご判断に、間違いなどありません」
「ほっほっ、年寄りをあまり甘やかすでない」
 そう言ってラーガはそのレイアムランドの神殿の奥へと向かう。ルナもその後ろにぴたりとついた。そして二人の女性がその後に続く。
 その先にあった大広間。そこは祭壇だった。
 中央にひときわ大きな台座と、その上にやはり巨大な卵。
 それを囲むようにして、六つの台座が、その上に捧げられるものを待っている。
「変わりはないようだな」
「はい」
「魔王バラモスの手も、このレイアムランドまでは伸びてまいりません」
 魔王バラモス──確かに聞いた。初めてダーマにやってきたときにラーガから教えられた存在。
「ルナ。見るがいい、この卵を」
「はい」
「この中に、不死鳥ラーミアが眠っている」
「不死鳥、ラーミア?」
「聞いたことはないか。まあ、古い伝説だ。山よりも高く飛び、船よりも早く駆け抜ける大空の主。そのラーミアがこの場所で、数百年の眠りについているのだ」
「数百年……」
 考えられないほどの長い年月。自分はまだ十歳。自分が生まれるずっと過去の出来事。
「魔王バラモスの居城は、ネクロゴンド丘陵の上にある。どのような場所か、知っているか?」
「はい。切り立った断崖に囲まれ、人の足では登ることができないところだとされています。ですが、その上は常春の世界で季節の変化がなく、争いのない土地だと聞いています」
「まあ、実際にはどういう場所かは分からんが、要するに行くことができないということじゃ」
「なるほど」
 そこまで話をすれば当然分かる。つまり、このラーミアが蘇れば魔王バラモスの場所までたどりつくことができる、ということだ。
「オルテガを失った後、ダーマとアリアハンが極秘裏に調査した結果、たどりついたのがここ、レイアムランドのラーミア伝説なのじゃよ。このことを知っているのはアリアハンでも二人、ダーマにもわしを含めて三人しかおらん。最少人数で動いておる」
 何故限られたメンバーで調査したのか。それは簡単なこと。もしそうした捜索が大々的に行われれば、バラモスにその動きを察知される可能性もある。また、ラーミアを甦らせようとして、心ない人たちによってこの卵が割られてしまうかもしれない。
 慎重に慎重をかさね、アリアハン王とその部下一人、ダーマでは賢者のうち三人、それだけで極秘調査が行われた。
「もしオルテガが生きておったときにこのラーミア伝説のことが分かっていたなら、彼はバラモスを討伐できただろう。かえすがえすも口惜しい」
「ですが、この卵はいつ孵るのですか?」
「それは伝説にある、六つのオーブというものが必要だ」
 ラーガの話をまとめるとこうだ。
 ラーミアは六つのオーブをそれぞれの台座に捧げられたときに甦る。そのオーブとは、レッドオーブ、ブルーオーブ、グリーンオーブ、イエローオーブ、パープルオーブ、シルバーオーブの六つ。
 それがどこにあるかは分からない。そのため、アリアハンとダーマにより捜索中なのだという。
「どこにオーブがあるかは分からんが、人の握り拳よりも小さい程度の宝石球なのだそうだ」
 ラーガは親指と人差し指とで丸を作る。それくらいの大きさだ、ということなのだろう。
「勇者が現れる前に、ダーマでできるかぎり集めたいと思っているのだがな」
「心当たりとかは」
「あればとっくに探しておる。一応他の国への打診はかけた。そういう宝石がないかとな。だが、返事は全てノーだ」
「それを見つけなければならないというわけですね」
「そう。だが、お前はまずバラモスを倒すだけの力を身につけるのが先じゃよ。ラーミアを甦らせて魔王に立ち向かい、結果返り討ちにあってはどうしようもない」
「はい」
「で、ワシがこの数日間、どうしてお前をあちこち連れまわしたのかは、もう分かっておるな?」
「はい。私にルーラで跳躍できる場所を増やすためです」
「よろしい。では、全ての場所への移動は可能か」
「レイアムランド以外は、もう全て試しました」
 そう。
 彼女はラーガと共に行動しながら、少し時間のあいた自由行動時に今までめぐってきた土地にルーラで戻って確認をしていた。
 それを聞くとラーガもさすがに予想外だったのか、大いに驚いた表情だった。
「まったくお主は、いつもこちらの少し先を進んでおる」
「ありがとうございます」
「じゃが、それなら早い。レイアムランドにももう来られるか」
「一度試してみます」
「うむ。それさえ分かっておれば結構。お主はいずれ、六つのオーブを集めた勇者と共にこの地を訪れる。そのときにルーラで来られれば早いからの」
 ラーガは既に自分を魔王討伐のメンバーと考えて先を見据えた行動をしている。それはこちらも望むところ。魔王を倒すということは、自分の周りにいる人たちを助けることになるのだから。
 魔王を倒しても平和にはならないかもしれない。魔王を倒したからといって争いはなくならないかもしれない。
 だが、自問してみる。魔王がいるのといないのと、どちらがベターか?
 答は単純だ。だからそうする。それだけだ。
「ありがとうございます」
「お前は本当によく頭が回る。とても十歳とは思えんよ」
 ラーガが笑いながら言う。
「お二方、私はまたいつか、この神殿にやってきます」
「はい」
「お待ちしています」
 二人の態度は相変わらず恭しい。
「差し障りなければ、お名前を教えていただけますか」
「われわれには」
「名前はありません」
「ただこの卵を守るためにのみ生きる存在」
「どうぞ好きなようにお呼びください」
 とは言われても、同一人物としか見えない二人。どこで見分けるのかもよく分からない。
 だが、それでも同じ人間ではないのだから、絶対に違いは出る。それを見極める。
 じっと見つめてから、目を閉じる。そして頭の中に二人の姿を思い浮かべる。
 人が人を区別するとき、何をもって行うか。それは外見と名前だ。
 外見といってもさまざまだ。服や髪などのもっとも分かりやすいものもある。だが、それは服を変えたり髪形を変えたりすればそれで終わり。
 だから。
 見極めるときは、その人の顔でする。
 二人の差をきちんと見定めて、自分ではっきりと区別ができるようにならないと駄目だ。
「マイアさん」
 かすかに大人びた方を姉と見定め、そう呼んだ。
「ミアさん」
 それに対して若干幼さの残っている方を妹と見定め、そう呼んだ。
「そう呼んでもよろしいですか」
 双子の巫女は一度、お互いを見合った。
「はい」
「ありがとうございます」
「生まれてから私たちが名で呼ばれたのは初めてです」
「あなたに会えたことを心から感謝いたします」
 そして二人は同時に手を組み、感謝の気持ちを伝えた。
「そ、そ、そんなたいしたこと」
「いや、名を与えるというのはそういうことじゃよ」
 ラーガが面白そうに笑う。
「それにしても、お主たちに名前をもらって喜ぶような側面があるとは知らなんだ」
「我々も人の子」
「不老の縛りはあれど」
「嬉しいことは素直に喜びます」
「これに勝る喜びは不死鳥が甦るときだけでしょう」
 どうやらよほど二人の巫女には良い印象を与えたらしい。
「また会えるのを楽しみにしています」
「こちらこそ」
「ご来訪をお待ちしております」
 そして二人の巫女はお互いを見た。そしてマイアが、す、と神殿の奥へ消える。
「少しお待ちを」
 残ったミアが二人を引き止める。なんだろう、と待っているとマイアは奥から一つの髪飾りを綺麗な台に載せて持ってきた。
「これをお持ちください」
「あなたによくお似合いです」
「いいんですか?」
 巫女を見てからもう一度ラーガを見る。もらっておけ、とその目が言っている。
「ありがとうございます」
 そうして、そっとその髪飾りを取る。銀色に光る髪飾り。あまりそうした装身具をつけたことはなかったが、自分の水色の髪にそっとつけた。
「よくお似合いです」
「お美しいです」
 双子の巫女は笑顔で喜ぶ。そう言われたらルナとて悪い気はしない。
「まだ私には早いと思うけど」
「そんなことはありません」
「美しい人が飾ればもっと美しくなります」
 確かにルナは十歳にしては随分と大人びているし、顔立ちもいい。もう五年もすればダーマで一番の美少女と言われるようになるに違いない。
「ありがとう。毎日これをつけるようにします」
「あなたと再会できるのを楽しみにしています」
「くれぐれもお気をつけて」
 そうして、二人はレイアムランドからルーラでダーマへと帰る。
 その極寒の地へは、いつかきっと行くことになる。
 彼女たちはそれまで自分をずっと待っていてくれるだろう。
(早く、強くなりたい)
 勇者と共に旅立てるまで、あと何年かかるのだろう。
 だがそれでも、今の彼女には強くなること以外に考えることがなかった。






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